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出て一秒で発見 (水月+カサネ・サキヒコ)

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膝を叩いて震えを止め、深く息を吐く。何とか平静を取り戻した俺の元にボストンバッグを持ったカサネが戻ってきた。

「何入れよ……泊まりになるんだよな? 着替えとか持ってった方がいいよな」

「ですな、ある程度は貸せますが」

「パジャマと部屋着ワンセットずつでいいかな、ぁ、パンツ……」

「カサネたんのパンツ一覧が見れると聞いて!」

「シュバるな! そんな変わったパンツ履いてねぇよ!」

下着と靴下を詰めた引き出しをカサネの肩越しに覗く。黒と灰色のボクサーパンツだろう物ばかりで、確かに面白みはない。だが興奮はする。

「ぅへへ……」

「……んなに見たけりゃ見ててもいいよ」

カサネは下着と靴下を数枚ずつ取って引き出しを閉めずにボストンバッグの元へ戻った。

「泊まりなんて覚えがないから何持ってけばいいか分かんないな……」

「修学旅行はどうしたんです?」

「休んだ」

だろうと思った。せっかくの沖縄を……と思わなくはないが、まぁ、同じクラスに友達が居ないと学校行事は辛いよな。

「んー、まぁ日用品は我が家で貸しますから、そんなに気にしなくてもいいですよ。彼氏がお泊まりした時のために新品買って置いてたりもしますし」

「すごいなお前」

「ふふん」

「パソコン持ってきたいなぁ……」

「ノーパソならまだしもそのゲーミングは無理でそ」

「だよなぁ」

カサネはため息をつきながら携帯ゲーム機を一つ鞄に入れた。充電器、ヘッドホン等々電子機器が詰められていく。かと思えばボロいぬいぐるみが入る。

「それは?」

「フランクのお気に入り」

「なるほど」

「……そうだフランク!」

カサネはキッチンに走り、すぐに戻ってきた。青い枕? を持っている。

「カサネたん、それなぁに」

「ひんやりジェル枕。この鞄にはこれ入れるとこがあるんだ」

そう言ってカサネが部屋の真ん中に置いたのは犬猫を運ぶためのキャリーバッグだ。

「底に枕入れて、バッテリーをセット」

スマホより一回り大きいリチウムイオンバッテリーを鞄の側面にあるポケットに入れた。ポケットの底に何かあるようで、カチッと何かがハマった音がした。

「スイッチオーンヌ。すると静音ファンが回り出して鞄の中が涼しくなる」

「へぇー、すごいですな」

「高かったんだぞこれ。ま、フランクのためだからな。フランク、カバン!」

そう言いながらカサネは犬のオヤツが入った袋を振る。ガサガサという音を聞いてパグ犬はそのむっちりとした体型に反した素早さを見せた。

「おぉ、賢い」

てっきり袋を見上げて高速芸連打を始めると思っていたが、パグ犬はキャリーバッグに入って伏せをし、キラキラとした目でカサネを見上げた。

「よかったなぁフランク、イケメンに褒められて」

オヤツを一欠片与えながらカサネは優しい笑顔でパグ犬の背を撫でている。

「閉めるぞ~……よし、OK」

たった今までパグ犬が寝ていた犬用ベッドを手始めに様々な犬用品が詰められていく。

「九割フランクちゃんの荷物……これがペットユーザーの荷物か」

「こんなもんかなぁ……あ、そうだ。向こう住んでた時に買ってさ、残ってるヤツあるんだけど」

棚の奥に手を伸ばしたカサネはスプレーらしき物を俺に見せた。

「虫除けスプレーですか? あれ、熊描いてる」

「熊スプレー。期限切れてるけど保存状態悪くないはずだし、せいぜい噴射弱くなってるくらいだろ。変なの来たら使ってみようぜ」

「うーん……お化けに効くかなぁ」

「熊に効くんだから何にでも効くだろ」

生き物ならその言い分も分かる。物理無効の幽霊だとかに効くとは思えない。

「ふむ、使えるかもしれんな。覚えているかミツキ、スイ殿がネイ殿の扱う弾に力を込めて魑魅魍魎共に効くようにしたことを。アレをやればいいのだ」

「あー……サキヒコくん出来る?」

「スイ殿のように威力を上げるほどの霊力は込められないが、当たるようには出来ると思う」

「じゃあそれしてもらっていい? ありがとうね」

「あと三本あるけど」

「なんでそんなに買ったんですか」

「出先で出没情報聞いたら出先で買うだろ? で、何事もなく帰るだろ。持ち歩くの忘れるから溜まってくんだ」

「引っ越しの時に捨てたりしません?」

「東京は犯罪者多いって聞いたから……」

持ち歩かず収納スペースの奥の方に押し込んでいるところを見るに、いざ変質者や暴漢に襲われても何も出来なさそうだがな。

「な、なんだよその顔は……ほら、一人一本持って行こう」

「これ持ち歩くのちょっと恥ずかしいですな。あぁ、ボストンバッグは俺が持ちます。デッカバン二つは重いでしょう」

「ぇ……そんなっ、ぁ、いや、ありがとう……」

「でっかばんとは何だ?」

「デッカいカバンでデッカバン」

日本語は正しく使えと説教するサキヒコの呆れ顔を横目に、カサネのボストンバッグを肩にかけて玄関へ向かった。扉を少し開け、外に何も居ないことを確認する。

「よし、居ない……行きましょ」

正面の道には何も居ない、今のうちに走り抜けてしまおう。そう考えながら俺は外へ出た。

「カサネたん早く」

鍵をかけるカサネを急かす俺の鼓膜をガァガァと醜い鳴き声が揺らす。あの歪な頭をしたカラスだ、パッと分からない数、少なくとも十羽以上が電線の上からこちらを見ている。

「うわぁあカラス!? 俺カラス苦手なんですけどぉ!」

鍵をかけ終えたカサネが俺のシャツの裾をきゅっと掴む。緊迫した空気を緩ませる可愛い仕草に気が引かれたその瞬間、電線の上に居たカラスのうち一羽が目の前に下りてきた。カサネの家の塀の上でまた醜い声を上げている。

「……っ!?」

近くに来てようやく歪な頭の正体が分かった。人間の耳や目玉が乱雑に縫い付けられているのだ。窓ガラスを岩で擦ったような嫌な声を間近で聞き、思わず耳を塞ぐ──雲一つない嫌味なほどの青空だったはずなのに、突然俺達の居る場が日陰になった。

「ぇ……?」

日陰は一秒と経たず日向に戻った。一時だけの日陰を作り出したモノは、カサネの家と俺達を跳び越えてきたらしいモノは、くっついているだけで動かない無数の大きな目玉で俺を見た。


 コ

カエルの化け物が腐臭を漂わせていたことに、この時ようやく気が付いた。
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