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火の玉逃走 (水月+サキヒコ・歌見)

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電車に揺られ、歌見の住むアパートに着いた。ハッキリ言ってボロい、朝だと言うのに物音があまりしないことから考えるに夜勤の人間が多く住んでいるのだろう。

「お、水月」

そんな中朝支度をしていた歌見は俺を出迎えて顔を緩めた。

「おはようございますパイセン」

「あぁ、おはよう……お前学校はいいのか?」

「今日はいいかなぁと。荒凪くん周り結構ヤバいですし、猫ちゃん達は自力でここまで移動出来ないみたいですしおすし」

「猫……俺のボディガードしてくれる妖怪だっけ? どこに居るんだ?」

「今は歌見殿の肩の上で回ったり、頭の上で仰向けになり身体をくねらせたりしています」

「寝床の調整……?」

猫についてはあまり詳しくないが、その仕草は寝床の寝心地を整えている動きだと思う。

「猫ちゃん達は式神化されてるのであまり主人を離れられなくて、主人が仮主人を決めることでようやく主人から離れられるらしく……」

フタの許可がなければ化け猫達はフタの傍を離れられない。ヒトは昨晩フタを一度は説得し、俺を仮主人として認めさせたのだ。それをフタは忘れ、今日の別れ際に喚いた──アレが命令扱いされなくてよかった、再説得には時間がかかる。

「……で、仮主人はまた別の仮主人を決めることが出来て、いわゆる又貸しが出来るとのことでそ。だからわたくしによる配達が必要だった訳ですな。ということで、こほん……わたくし鳴雷水月は歌見七夜を仮主人として認めます!」

という宣言が必要かどうかは知らない。

「何かあれば猫ちゃん達が守ってくれるはずでそ。しばらくわたくしのお家に泊まっていただきたいので、今日は大学に荷物まとめて行ってくだされ」

「あぁ、分かった。ありがとうな水月」

「……わたくしが巻き込んじゃってるんです、わたくしに謝ることあれどパイセンが感謝すべきことなどありませぬ」

「気負うな水月、お前の責任じゃない。荒凪くんを預かったのはお前の意思じゃないし、荒凪くんが狙われてるのもお前にはどうしようもないことだ」

「でも……わたくしがもっと気を付けていれば、荒凪くんが見つかることはなかったかもしれなくて」

「見つからないようにしろって言われたか? お前に預けたヤツが悪い」

言われていない。言われていたら預けられたその日に祭りに連れ出したりしない。

「うーん……でもぉ」

「お前に、預けた、ヤツが、悪い」

「は、はい」

「よし。大学行ってくる。じゃあな水月、気を付けろよ」

有無を言わさぬ視線に気圧されて頷くと、歌見は笑顔に戻って俺の頭をわしわしと撫でた。駆けていく彼に手を振り、ボロアパートを後にした。

「次はいよいよカサネ先輩ん家だね。軽くイチャついて、説得して、一緒に家に帰る! これが理想。でも自信ないんだよねー」

なんて話しながら本日三度目の電車。カサネの家はギリギリ都内、もう都外に住んだ方が色々と安いんだから都内にこだわる必要なんてないだろうと思うようなところにある。少し時間がかかった。

「確かここ曲がって真っ直ぐ……」

「ミツキっ!」

以前遊びに来た記憶を頼りに歩いていると、突然サキヒコに肩を掴まれた。角を曲がることなく引っ張り戻される。

「サキヒコくん? 何を」

「シッ……静かに。音を立てるな」

「ぇ、な、何、何?」

「…………覗いてみろ」

サキヒコに倣って角から顔を出す。民家の塀に手を当て、電柱を邪魔に思いながら、そっと。

「……っ!? うわ……」

小さな手が口を塞ぐ。助かった、叫んでしまうところだった。

(ななななな何ですかアレ! えげつねぇクリーチャーが居ますぞ!? えっ、えっ、アレ、アレまさかっ)

人間ほどの大きさのカエルに、人の頭ほどの目玉が無数に生えたような、そんな化け物が佇んでいる。手足以外のパーツは無数の目玉のせいで体型すら定かではないが、キョロキョロと首を回しているように見える。

「……もう大声を上げないか?」

頷くと手を離された。角から覗くのをやめ、塀に背を預けて息をつく。

「何アレ……」

「物部が遣わしたモノだろう」

「あんな妖怪聞いたことないよ。でも、あんなに目があるのにこっちバレてないんだね……意外と目悪いのかな」

「どうするミツキ、私はあんなのと戦えないぞ。スイ殿に使った方便のように、師匠のどちらかにボディガードを頼むべきだったのではないか?」

「ヒトさんいわく二匹以下で行動したがらないらしいんだよ。寂しがりなだけなのか、フタさんの元を離れる時のフタさんの条件なのか、単に実力的な話なのか……その辺は分かんないけどさ」


  コ

「げこ?」

隣に目玉がある。人の頭ほどの大きさの目玉が、山ほど。カエルの化け物が忍び寄ってきていたんだ。

「……っ、あぁあああっ!? やっぱ見つかってたやっぱ見つかってたやっぱ見つかってたぁ!」

弾かれたように走り出す。

「右に跳べミツキ!」

サキヒコの指示通りに足を動かす。意図を聞いている暇なんてない。跳んだ直後、今まで俺が走っていた線上に長い舌が伸びた。

「は、はは……流石カエル。俺は蝿かなにかかよ」

「止まるな! 走れミツキ、逃げるんだ!」

「……っ、よ、よし、ジグザグ走行しよう! 行くよサキヒコくん!」

相手は霊的な何かだ。障害物に意味があるかは分からない。舌を避けるのに遮蔽物は頼りにしない方がいいだろう。

「サキヒコくんサキヒコくんっ、アイツあんなに目ん玉あるんだから人魂ぶつけてみない!? 効くかも! 出して出して人魂出して! あの炎の玉! 青いヤツ!」

「集中と溜めが必要だ! 止まれば食われかねない!」

「俺が抱えるから前来て!」

「…………分かった!」

数秒の逡巡の後、サキヒコは俺の前にふわりと浮かんだ。俺は小さな身体を横抱きにし、走った。サキヒコがミフユサイズでよかった、アキくらいあったらとてもじゃないが走れない。

「人魂、人魂……よし、出た! 行け!」

青い炎の玉がサキヒコの手のひらの上に出現する。サキヒコは俺の肩越しにそれを投げ付けた。背後でカエルの呻き声がする。

「あまり効いてない、が……目くらましにはなった、早く逃げようミツキ!」

「う、うん!」

カエルの化け物は指の長いぬめっとした手で目玉を撫で回している、熱かったのかな、いや、サキヒコが出す人魂はひんやりとしていたような……眩しかったのかな。

「はぁ、はぁ……も、辛い、息苦し……」

「空からカエルの位置を探ってみようか」

「アイツ目ん玉真上にもついてたからやめた方がいいよ。今見失ってるとしたら逆効果だと思う」

「……そうだな。はぁ……私もミタマ殿のように鼻が鋭ければいいのに。目でしか索敵が出来ないとは……すまないミツキ、約立たずで」

「何言ってんの、逃げられたのサキヒコくんの人魂のおかげじゃん。でもどうしよ、これからどう…………」

切らした息を整えることもなく話していた俺の脳裏に半分だけ白く染めた変わった髪の美少年の姿が浮かんだ。

「…………」

カサネは無事なのか?
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