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満たされない食欲 (水月+ハル・リュウ・カンナ・ミタマ)

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六時間目のチャイムと同時にシュカは弁当箱を鞄に戻した。流石に授業中堂々と弁当を食うほどの厚かましさはないか……いや、あるな。優等生を演じているからやらないだけだ。

「ねーみっつん、水曜日空いてる?」

ホームルームが終わり鞄を持ったその時、ハルに肩をつつかれた。

「ゃ、悪い。今週は先輩とこ行くんだ」

「そっか~……」

「歌見の兄さん?」

「カサネ先輩の方。悪い、ややこしかったな」

「別に誰とでもいいけどぉ~……」

「ハル、どっか行きたいとこでもあるのか?」

「場所は別に。みっつんとデートに行きたいの。もういっそ二人きりじゃなくてもいいからさぁ~、機会作ってね?」

むくれたハルの可愛いおねだり仕草には思わず二つ返事をしてしまいそうになる。デートなのに「二人きりじゃなくてもいい」なんて謙虚な物言いも、反射的に頷いてしまいそうになる原因だ。

「……三人以上で行くと俺放ってお前らだけで話し始めるからやだ」

「えっ、そんなことないっしょ、みっつんが……何だろ、中心? 主役? なんだし」

「紐でも紙でも想像してくれ、端っこがくっつく時に中心は最も遠くへ放り出されてるだろ」

「くっつかないから! なんでそう思ってんのか知んないけどぉ~、違うって証明してやる! りゅー、今度一緒にデート行くよ」

「ええけど、女モンの服買うのに付き合わすやとか、ジャラジャラとアクセ買いに行くんに着いてこいやとか、よぉ分からん顔面に塗ったくるもんに高い金払うんに連れ回すやとか、そんなん嫌やで」

最後のはメイクのことか?

「ハナっからみんなで楽しめるとこ考えるつもりだったけどぉ! んなこと言われると超ムカつく! 服二着持ってどっちがいいとか、何十回も更衣室出入りするとか、荷物全部持たせるとか、ぜ~ったいしてやるから!」

「やる側のくせして嫌なもんよぉ分かっとんのぉ、それあえてやろう言うんやから性根の腐り具合が目に見えて分かるようやわ」

「姉ちゃんがそういうタイプなの! やられる側はもうヤダ、やる側に回ってやる……!」

「負の連鎖を止めへんタイプの先輩や、そういうんを老害っちゅうんやで」

デートの行き先、俺が決めた方がよさそうだな。

「はぁ……ほら見ろ俺放ったらかしで二人で話してばっかだろ? なぁカンナ」

カンナはホームルームが終わった瞬間からずっと俺の腕を抱いている。ハルに水曜日の予定を聞かれた時も、ハルがリュウと言い争い始めた時もその間もずっと。

「カンナだけは俺のこと放ったからかさないよなぁ? 俺が他の子に構ってたら仕方なくリュウのとこ行ったりはするけどさ? いつも俺最優先で、俺第一っていうか俺唯一って感じで……ほんと嬉しい、大好きだよカンナ」

「……ぼく、も……みーく、すき……だぃ、すき」

「ふふ……なぁ、カンナとは外でデートしたことなかったよな。どこか行きたいとことかないか?」

「行き、た……とこ? ろ、ぃろ……ある」

「何個でもいいから言ってごらん?」

「ど、ぶつえ……ぼく、じょ……すい、ぞ……かん。ふれ、ぁ……こーな……じゅ、じつ、して……とこ、が……ぃ」

「生き物と触れ合えるところがいいんだな、分かった。調べておくよ」

やっぱり控えめな子の方が連れ出してやろうという気になる。もちろんハルのように積極的に誘ってくれる子もイイけれど。

「シュカは……」

シュカの方を向けば、彼はまた弁当箱を広げていた。

「あっご飯中? そっか、じゃあ帰るのもう少し後でいいかな。カンナ、おいで」

シュカの弁当はまだ半分以上残っている。俺は席に座り、カンナを膝に乗せた。座っていいのかと躊躇う仕草が何とも愛らしい。

「シュカともデート行きたいな、行き先に希望あるか? あ、ツーリング行きたいとか言ってたっけ……バイク、バイクなぁ、俺バイク乗るの怖いんだよなぁ。でも、シュカとデート……」

シュカとのデートのためならば、免許を取ってもいいかもしれない。考えただけで怖いし大したスピードを出せる気もしないけれど。



時間を開けて食べたせいでイマイチ腹が膨れていないとブツブツ呟かれる文句を聞きながら、ハル以外の皆と通学路を遡る。

「はぁもうやかましいのぉ、コンビニでホットスナックでも買ってきぃな」

「今日財布持ってきてないんですよ」

「電車乗って来とんねんから何なとあるやろ。交通系ICで買いモンて出来た……やんな?」

「やったことないから分かんない。カンナ?」

「しら、な……」

「まぁ手持ちないなら奢ってやるよ、どうする? コンビニ寄るか?」

なんて話しながら歩いていると、目の前の電柱の影から突然ミタマが現れた。狐耳と尻尾は引っ込めた、人前を歩く際に使う季節外れマフラー和服美少年の姿だ。

「っとコンちゃん、もっとじわ~っと出て来て欲しいなぁ」

「……しゅーちゃん、すまんかった!」

驚かされた俺の愚痴が本命の願いなど意に介さず、ミタマはシュカに頭を下げた。

「いえ……」

「詫びに何でも願いを叶える、言うてくれ」

「…………何でも?」

「うむ、尾が増えたことによりワシのぱぅわぁーは最高潮! これまでよりも範囲が広がり、効果が強力になった! まぁそれでも過度に物理法則を無視したような願い事は叶えられんが……みっちゃんが急にダンス激ウマになるとか」

「えっ過度に物理法則を無視した現象なの俺がダンス上手くなるのって」

「方向性を絞った幸運を授けるモノと考えよ。運が良かろうと技術は上がらん、普段より良い出来になることはあれど……激ウマまでは、ちょっと。努力するんじゃな」

今回はたまたまリズムに合わせられた、今回は特に上手くボックスを踏めた、そんな偶然を何度も起こして俺の実力の範囲内での最高記録は出せるってことか。体育祭の日は頼もうかな。

「幸運で片付く範囲……ですか、なら…………」

「うむ」

「……聞かれたくないかもだからちょっと離れてよっか」

母親のことだろうと予想した俺はリュウとカンナを連れて先を行こうとした。

「別に聞いていても構いませんよ。分野さん、私に今すぐ食事を届けてくれますか。私の空腹を満たす程度で構わないので」

「うむ、承った!」

食事? そんなのでいいのか? 母親は? やはり俺達の前だから本当の願いを言えなかったのだろうか、幸運程度ではどうしようもないと考えているのか? 考え込む俺の耳に男の怒声が聞こえてきた。

「はぁ!? どういうことだよ! やっぱりケンタ買って来いってお前……もうピザ買ったんだけど!? は!? ちょっ、おい切るなっ…………クソッ! あのクソ女……!」

小さめのピザを二箱持ち、スマホ片手に怒鳴っていた男はガックリと項垂れた後、俺達を見た。

「…………そこの男子高校生、腹減ってないか」

「えっ?」

「はい! 減ってます!」

シュカが手を挙げ、俺を押しのけ前に出る。

「元気いいなー……これやるよ。今買ったばっかなんだ。お前らはワガママな女に引っかかんなよ、じゃあな」

男は疲れた顔で駅前の店へ走っていった。

「おぉ……ケンタに一直線や。なんや苦労してそうなお人やなぁ」

「ピザGETッ! ありがとうございます分野さん」

「シュカなんかテンションおかしくない?」

「ポテトとミニチキンも付いてますよ。サラミとペパロニのオーソドックスなのと……ポテマヨですか、いいですねぇ」

「……一切れくれよ」

「あ、俺も俺も。ちょうだいなとりりん」

腹は減っていないつもりだったが、ピザの匂いを嗅ぐと食欲をそそられる。

「嫌ですよ」

「ぴざ……」

くぅ、と腹を鳴らしたのはカンナだ。彼もピザに惹かれている。

「仕方ないですね……一切れだけですよ、どっちがいいですか? 時雨さん」

「俺らはぁ!?」

「リュウ、俺らも腹鳴らすぞ!」

「腹の虫は関係ありませんよ、可愛げです」

「上目遣いだリュウ!」

「手を顎に添えるんや水月!」

きゅる~んっ、と効果音が付きそうなほどに可愛こぶってみたが、シュカには「キモッ」と一蹴された。その間もカンナはシュカの手からフライドポテトを与えられている……この世は不公平だ。
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