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好きなものを好きだと言って (水月+ノヴェム・ネイ・セイカ)
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眉間に皺を寄せ、目に涙を浮かべながら、ミルクも砂糖も入っていない真っ黒なコーヒーを飲んだノヴェムは口角を無理矢理上げた。
「おい、し……けふっ、けふ……」
「……ノヴェムくん、ブラックコーヒー飲めたからって大人とか、カッコイイとか、そういうのじゃないんだよ? ほら、お兄ちゃんのコーヒーなんてミルクティー色だよ」
「それはカッコ悪過ぎる」
「セイカはコーヒー飲んですらないだろ!」
「おにぃ、ちゃ……? ぱぱぁ、おにーちゃん、話す……ぼく、分からない」
ネイが翻訳してくれるようだ。なら俺は気にせず話そう、いや、もちろん翻訳が終わるまで待つ程度に気を回すのは必要だが。
「無理して自分が嫌だと思うもの飲んだって、何にもカッコよくない。自分が美味しいって思う分量……自分のこと、ちゃんと分かってるのが大人だと俺は思うな。そういう人好きだよ、俺」
ネイの翻訳を頷きながら聞いていたノヴェムは驚いたように目を見開いた。
《……! お母さんが見てたドラマうそつき! 何にもなしのコーヒー飲めるのがカッコイイ大人って言ってたのに! どうしようお父さん、ぼくカッコよくないって》
英語でペラペラと話しながら、ノヴェムの瞳は次第に潤んでいく。
《お兄ちゃんにきらわれちゃう……?》
《ノヴェム、あなたの好きな水月お兄ちゃんはそんなことで誰かを嫌う人ですか? あなたはそんな人を好きになったんですか?》
《…………わかんない》
《ごめんなさい、少し難しい質問でしたね。水月お兄ちゃんはノヴェムに美味しいコーヒーを飲んで欲しいんですよ。ノヴェムを大切に思っているからこそです。何とも思っていなかったり、嫌ったりしていたら、何飲んだって関心持ちませんよ》
《……ぼく、どうすればいいの?》
《ノヴェムのは私がもらいます。ノヴェムは、そうですね、甘そうな水月お兄ちゃんのコーヒーを分けていただいたらどうでしょう》
《人のを欲しがるのはダメだよ》
《すぐに作れてしまうのがインスタントコーヒーの良さです。これに関しては他人のものを欲しがるのはよくないことではありません》
親子の会話を聞いていると、如何に俺のリスニング能力が低いかを思い知らされる。英語の授業を俺が受ける意味なんてない気がしてくる。
《ノヴェム、あなたはピザが好きですね。ピザが好きな人と嫌いな人なら、好きな人との方が仲良くなれそうですよね?》
《……? うん……そう、かも?》
《味の好みが同じ相手には好意を抱きやすい……つまり、水月お兄ちゃんのコーヒーをノヴェムが美味しく飲めたら、好感度が稼げますよ》
《……! わかった! もらう!》
「水月くん、ノヴェムにコーヒーを分けてあげてください。カッコつけて頼んだ甘くないコーヒー、ノヴェムやっぱり飲めないみたいで……これは私が飲みますから」
ネイはノヴェムのコップを自分の元に引き寄せた。ネイのコーヒーにはミルクは入れていないが、砂糖は二杯入っている。彼は無糖も飲めるのだろうか。
「おにーちゃ、こーひー、ください」
ノヴェムは真っ直ぐに俺を見上げる。幼子の真剣な顔はどうしてこんなにも可愛いんだ。
「もちろんいいよ。どうぞ」
「ありがとー。おにーちゃ」
両手でなければコップを持てない小さな手、コップの縁を挟んだ唇の微かな尖り、幼さゆえの可愛いポイントをじっと見つめる。
《……甘い。コーヒーの味、全然しない》
「ぷっ、ふふ、ふふふふっ……」
「セイカ? どうした? なんか面白い話してるのか?」
「え、いや、別に……」
《シリアル食べた後の、牛乳みたい》
「……! ふっ……ふふ、ふふふ」
セイカは堪え切れないというように笑い出す。一体何なんだ? アキが面白い話でもしたのかと思ったが、彼の声は聞こえていない。サキヒコが彼にだけ聞こえるように何か話したとか……いや、サキヒコはこっそり笑わせるような子じゃない。
「なんなんだ……? まぁいいか。ノヴェムくん、どう俺のコーヒー、美味しい?」
「おいしー。あまい。ありがとー、おにーちゃ」
「よしよし……そうだ、荒凪くん。君は? どう? コーヒー。甘めにしたんだけどそれでよかった?」
俺のよりも少しコーヒーを多めに入れた、俺なら顔を顰める味のはずだ。荒凪は表情が変わらないから聞かなければ分からない。
「おいしい」
「そう? よかった」
「あらなぎ、おにーちゃん。こーひー、ください」
「……っ、だーめ。荒凪くんのはノヴェムくんには苦いよ、俺の飲んでいいから、ねっ?」
飲むうちに唾液がコーヒーに溶け出しているはずだ、大した量ではないと思うが危険は危険。荒凪との食べ物や飲み物の共有は避けさせなければ。
「あ、そうそう。お菓子あるよお菓子。遊園地のお土産! クッキーとか色々、食べる?」
「……? たべる」
「ちょっと待っててね。お菓子は確かこれとこれとこれと……みんなに分けなきゃだから、一個ずつ抜くか。えー、今何人居るっけ。アキとセイカとノヴェムと……」
他の彼氏達にも配る予定なので、一箱丸々今食べてしまう楽な選択肢は取れない。数を数えて、同じお菓子を一人につき一つか二つずつ分けていく。
「えっこれ思ったより少ない……どうしよう、半分こ頼むか……二箱買えばよかった」
床に座り込んで、たくさん買ったお土産の前で座り込む俺の元にとてとてとノヴェムがやってきた。
「あいる、へるぷゆー」
俺がちゃんと聞き取れるようにゆっくりと、日本人向けの発音で話しかけてくれた。
「ありがとうノヴェムくん。じゃあちょっとこの蓋持ってくれる?」
ノヴェムに渡したお菓子の箱の蓋をトレー代わりにし、今から配る予定のお菓子を乗せていく。個包装で助かった。
「ノヴェムくんは優しくて賢くていい子だね」
俺が幼い頃はこんなふうに誰かの手伝いを自分からしたことなんてなかったと思う。ノヴェムは特別優しくて賢い子だ。
「けなかわ~……ふふふ」
健気で可愛いノヴェムの頭を撫でてから席に戻った。
「おい、し……けふっ、けふ……」
「……ノヴェムくん、ブラックコーヒー飲めたからって大人とか、カッコイイとか、そういうのじゃないんだよ? ほら、お兄ちゃんのコーヒーなんてミルクティー色だよ」
「それはカッコ悪過ぎる」
「セイカはコーヒー飲んですらないだろ!」
「おにぃ、ちゃ……? ぱぱぁ、おにーちゃん、話す……ぼく、分からない」
ネイが翻訳してくれるようだ。なら俺は気にせず話そう、いや、もちろん翻訳が終わるまで待つ程度に気を回すのは必要だが。
「無理して自分が嫌だと思うもの飲んだって、何にもカッコよくない。自分が美味しいって思う分量……自分のこと、ちゃんと分かってるのが大人だと俺は思うな。そういう人好きだよ、俺」
ネイの翻訳を頷きながら聞いていたノヴェムは驚いたように目を見開いた。
《……! お母さんが見てたドラマうそつき! 何にもなしのコーヒー飲めるのがカッコイイ大人って言ってたのに! どうしようお父さん、ぼくカッコよくないって》
英語でペラペラと話しながら、ノヴェムの瞳は次第に潤んでいく。
《お兄ちゃんにきらわれちゃう……?》
《ノヴェム、あなたの好きな水月お兄ちゃんはそんなことで誰かを嫌う人ですか? あなたはそんな人を好きになったんですか?》
《…………わかんない》
《ごめんなさい、少し難しい質問でしたね。水月お兄ちゃんはノヴェムに美味しいコーヒーを飲んで欲しいんですよ。ノヴェムを大切に思っているからこそです。何とも思っていなかったり、嫌ったりしていたら、何飲んだって関心持ちませんよ》
《……ぼく、どうすればいいの?》
《ノヴェムのは私がもらいます。ノヴェムは、そうですね、甘そうな水月お兄ちゃんのコーヒーを分けていただいたらどうでしょう》
《人のを欲しがるのはダメだよ》
《すぐに作れてしまうのがインスタントコーヒーの良さです。これに関しては他人のものを欲しがるのはよくないことではありません》
親子の会話を聞いていると、如何に俺のリスニング能力が低いかを思い知らされる。英語の授業を俺が受ける意味なんてない気がしてくる。
《ノヴェム、あなたはピザが好きですね。ピザが好きな人と嫌いな人なら、好きな人との方が仲良くなれそうですよね?》
《……? うん……そう、かも?》
《味の好みが同じ相手には好意を抱きやすい……つまり、水月お兄ちゃんのコーヒーをノヴェムが美味しく飲めたら、好感度が稼げますよ》
《……! わかった! もらう!》
「水月くん、ノヴェムにコーヒーを分けてあげてください。カッコつけて頼んだ甘くないコーヒー、ノヴェムやっぱり飲めないみたいで……これは私が飲みますから」
ネイはノヴェムのコップを自分の元に引き寄せた。ネイのコーヒーにはミルクは入れていないが、砂糖は二杯入っている。彼は無糖も飲めるのだろうか。
「おにーちゃ、こーひー、ください」
ノヴェムは真っ直ぐに俺を見上げる。幼子の真剣な顔はどうしてこんなにも可愛いんだ。
「もちろんいいよ。どうぞ」
「ありがとー。おにーちゃ」
両手でなければコップを持てない小さな手、コップの縁を挟んだ唇の微かな尖り、幼さゆえの可愛いポイントをじっと見つめる。
《……甘い。コーヒーの味、全然しない》
「ぷっ、ふふ、ふふふふっ……」
「セイカ? どうした? なんか面白い話してるのか?」
「え、いや、別に……」
《シリアル食べた後の、牛乳みたい》
「……! ふっ……ふふ、ふふふ」
セイカは堪え切れないというように笑い出す。一体何なんだ? アキが面白い話でもしたのかと思ったが、彼の声は聞こえていない。サキヒコが彼にだけ聞こえるように何か話したとか……いや、サキヒコはこっそり笑わせるような子じゃない。
「なんなんだ……? まぁいいか。ノヴェムくん、どう俺のコーヒー、美味しい?」
「おいしー。あまい。ありがとー、おにーちゃ」
「よしよし……そうだ、荒凪くん。君は? どう? コーヒー。甘めにしたんだけどそれでよかった?」
俺のよりも少しコーヒーを多めに入れた、俺なら顔を顰める味のはずだ。荒凪は表情が変わらないから聞かなければ分からない。
「おいしい」
「そう? よかった」
「あらなぎ、おにーちゃん。こーひー、ください」
「……っ、だーめ。荒凪くんのはノヴェムくんには苦いよ、俺の飲んでいいから、ねっ?」
飲むうちに唾液がコーヒーに溶け出しているはずだ、大した量ではないと思うが危険は危険。荒凪との食べ物や飲み物の共有は避けさせなければ。
「あ、そうそう。お菓子あるよお菓子。遊園地のお土産! クッキーとか色々、食べる?」
「……? たべる」
「ちょっと待っててね。お菓子は確かこれとこれとこれと……みんなに分けなきゃだから、一個ずつ抜くか。えー、今何人居るっけ。アキとセイカとノヴェムと……」
他の彼氏達にも配る予定なので、一箱丸々今食べてしまう楽な選択肢は取れない。数を数えて、同じお菓子を一人につき一つか二つずつ分けていく。
「えっこれ思ったより少ない……どうしよう、半分こ頼むか……二箱買えばよかった」
床に座り込んで、たくさん買ったお土産の前で座り込む俺の元にとてとてとノヴェムがやってきた。
「あいる、へるぷゆー」
俺がちゃんと聞き取れるようにゆっくりと、日本人向けの発音で話しかけてくれた。
「ありがとうノヴェムくん。じゃあちょっとこの蓋持ってくれる?」
ノヴェムに渡したお菓子の箱の蓋をトレー代わりにし、今から配る予定のお菓子を乗せていく。個包装で助かった。
「ノヴェムくんは優しくて賢くていい子だね」
俺が幼い頃はこんなふうに誰かの手伝いを自分からしたことなんてなかったと思う。ノヴェムは特別優しくて賢い子だ。
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