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風邪っ引きにお説教 (水月+荒凪・セイカ・アキ・サキヒコ・ミタマ)

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プールの中に俺を引きずり込んでから、荒凪は何度も何度も片手では数え切れないほど俺の手で絶頂を迎えた。

「何考えてんだよバカっ! 風邪引いてるんだぞ、なんっでプール入ってんだよバカ!」

そして、帰ってきたセイカに怒られた。それはもう烈火のごとく。

「ごめんなさい……」

プールから出され、ドライヤーとタオルで水気をしっかりと取らさせられた俺は今、アキの部屋でタオルケットに包まれて正座している。人間の姿に変身させられた荒凪も隣で正座している。

「荒凪、お前鳴雷が風邪引いてるの知ってたよな?」

「きゅうぅ……」

「きゅーじゃない! 可愛こぶるな!」

「……みつき、げんき」

荒凪は俯いて人差し指で床をカリカリ引っ掻いている。拗ねているのかな。

「元気じゃない! 風邪引いてるんだ!」

「げ、元気だったんだよ、本当に……ちょっと寝たら結構よくなってさ。荒凪くん怒らないでやってくれよ」

「黙れ! 熱出して学校休んでおいてちょっとよくなったからってプール浸かるとか何考えてんだ!」

《スェカーチカ、何怒ってんだか知らねぇが可愛いお姫様にゃ笑顔のが似合うぜ》

《お前もお前だ秋風! お前この部屋に居たんだろ! 鳴雷がプール行くの止めろよ、風邪引いてんだからよ!》

セイカは俺に怒っている勢いそのままに、宥めようと口を挟んだのだろうアキにロシア語の怒声を浴びせる。しかし、アキは微笑ましいといった表情でセイカを眺め、くしゅくしゅと頭を撫で回した。

《何すんだよ!》

《きっちりした文法と言葉遣いで怒ってくんの可愛い~!》

「……っ、ちくしょう……いつかスラングまで完璧に覚えて罵倒してやるからな」

どういう会話の流れがあればそんな決意を固めることになるんだ? 教科書通りの言葉遣いをバカにされでもしたのか?

「クソっ、離せ秋風。次はお前だ分野! お前はなんで止めなかった!」

「ワシ昼過ぎまで寝とったんじゃ。起きたら稲荷寿司食って……あっちゃんにモフらせて、そうしとったらせーちゃん帰ってきよった。せーちゃんが怒鳴り散らしてプールから出すまでワシみっちゃんがプール入っとったことも知らんかったんじゃ、見逃しとくれ」

セイカはリュウに自宅まで送られたらしい、お礼のメッセージを送っておきたいのだが今スマホに手を伸ばせば更にセイカを怒らせることは明白だ。

「……無罪」

「勝訴じゃ!」

「次! サキヒコ!」

「ミツキがあまりに元気で失念していた。すまない。説教も罵倒も受け入れよう」

「……執行猶予」

素直に反省を示したサキヒコは許されたようだ、俺も素直に謝りはしたはずなのだが。

「あのー、俺達は……」

「実刑判決」

「刑務所にぶち込まれた! そ、そんな、お慈悲を……すぐ謝ったじゃん俺!」

「は? すぐ? プールの中でぐちぐちぐちぐち、髪乾かしながらぶちぶちぶちぶち、ずーっと言い訳してたよな?」

「…………すいません」

正座させられるまでセイカがここまで怒っていると気付けなかったんだ。心配しているけれどそれを素直に出せない照れ隠し的な怒りだと思い込んでしまった……違った。セイカは本気で俺を心配しているからこそ俺に正座を強要し、怒鳴り、睨み付けているのだ。

「なんでお前はそう自分を蔑ろにする」

「そんなつもりは……本当にもう元気だし……」

「特に木芽と鳥待、よく気にしてる。お前が自分を粗末にすることをな」

「してないって、大事にしてるよ自分のこと」

「なんで自分に気を回せないんだよ、彼氏が多過ぎるんじゃないのか?」

「回してるってば」

全然俺の意見聞いてくれないな。彼氏達よりも自分のことの優先度が低いのは当然だが、そこまで言われる程のことはしていない、特に今日はそうだ、体調がよくなって風邪を引いていたことを忘れてしまっていただけで自分を粗末に扱ったとかそういうのじゃない。

「なぁセイカ聞いてくれよ、俺そんな自己犠牲精神強くないって。俺保身すごいよ? 引くほどクズだよ?」

「……一人減らしてやろうか、一番負担の大きい俺を…………減ってやろうか、俺。今すぐプール飛び込んで溺れ死んでやるよ、そうすりゃ鳴雷は自分の世話する時間多少増えるんだよな?」

「なっ、なんでそんな話になるんだよ!」

思わず立ち上がり、足の痺れを堪えて一歩進み、セイカの肩を掴んで揺さぶった。

「…………だって、お前が」

「やめてくれよ……悪かったよ、心配かけて…………なぁ、本当に元気になったんだ、だから遊んじゃっただけで……自分に気を回す余裕がないとかじゃないんだ、ただちょっとバカだっただけで」

「………………離して」

「セイカっ、なぁ頼む、悪かった、俺が悪かった、だから死ぬなんて」

「死なないから! 離して……俺こそ、ごめん。死んでやろうかなんて…………は、ははっ、はははっ……お母さん、そっくり……何が気に入らないの私が嫌いなの私が死ねばいいのねそれで満足なのねそうなのねって、さぁ……よく言ってた。ふふ……似ちゃった。なんで。やだ。違う。鬱陶しいのも迷惑かけるのも嫌なのに……なんで、なんでぇ……なんで、俺」

ジトっとした光のない瞳からぼろぼろと大粒の涙が溢れ出す。宥めようとしても、俺に構われるのは今のセイカにとって俺に迷惑をかけていると感じるらしく、俺の腕の中でもぞもぞと弱々しく嫌がって逃げようとするばかり。

「セイカ、セイカ……大丈夫、大丈夫だからなっ、愛してるから……鬱陶しいなんて思ってない、大好きだから……」

焦って発した言葉は、たとえ本心だろうと感情が宿りにくい。

「…………ぁ、の……女っ」

なのに、思わず漏れただけの言葉には、腹の中身を全て吐き出しても足りないほどの憎悪が篭っていた。

「みつき」

セイカが錯乱する度、俺はセイカの精神を追い詰めた者に心の中だけで憎悪をぶつけてきた。今まではそれだけで済んでいた、でも今は違う。

「せーね、なくなて、ほしい?」

「…………ぁ」

荒凪が居る。俺の憎悪を簡単に攻撃にしてしまえる荒凪が。

「ち、違う……違うよ、荒凪くん……」

俺はいつまでこの誘惑に抗えるだろうか。セイカの母親を、セイカの身体を貪った連中を、セイカの手足を奪った者共を──俺に虫を食わせたアイツを、カンナに火傷を負わせた異常者を、ハルに恐怖症を植え付けた彼の父親を、アキの父親を、シュカに傷を残した者を──アイツを、アイツを、名も知らぬアイツらを、俺はいつまで見逃し続けられるだろう。
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