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おまけ

おまけ 徒労に終わる登校

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※カサネ視点 水月が風邪を引いて休んだ日のカサネの様子。



ようやく編集が終わった。いつもの投稿時間より一時間くらい遅くなったかな。いっそ明日に回すか? いや、いいや、投稿してしまえ。

「……よし」

アップロード完了。後はSNSで告知……出来た。

「ふー……」

パソコンの電源を落とし、席を立つ。軽いストレッチを行っているとスマホが鳴った。緊急地震速報だ。

「フランク! カバン!」

犬のオヤツが入った袋を振る。ガサガサという音を聞き付け、犬用ベッドで眠っていた俺の愛犬、パグのフランクが俺の足元に走り寄った。キャリーバッグを床に置きオヤツを一粒握れば、フランクはキャリーバッグに入って俺を普段以上にキラキラした目で見上げる。

「よしよし……」

オヤツを与えてバッグを閉め、扉を開けて枕を頭の上に乗せる。

「……? 揺れないな」

スマホで地震情報を確認する。俺が居る町の震度は一か、感じない訳だ。

「フランク、もうしばらく我慢出来んな?」

バッグに耳を当てるとぷすーぷすーと独特の寝息が聞こえてきた。寝ているなら入れっぱなしでも大丈夫だろう、揺れがいつまた来るか分からないし入れておこう。

「…………」

SNSを使って地震の情報を収集する。最も震度が高いのは戸鳴街で、戸鳴町は今豪雨と雷に降られていることが分かった。踏んだり蹴ったりだな。

「ん……?」

戸鳴町の震度は五弱? で、この町が一? そんなに差が出るものか? 地震には詳しくないから分からないけど。

「…………んー?」

戸鳴町の隣町、確か鳴雷が住んでいる町でも震度は三だ。戸鳴町だけが震度五、不思議だな。

「フランク、今日はここで寝るべ」

より強い地震の前触れという可能性もある。俺はパソコンを置いている机の下にフランクの寝床を移し、俺も机の下に頭を突っ込んで眠ることにした。



いつも通りのベッドで熟睡という選択肢を蹴った甲斐はなく、就寝中に地震は一度もなかった。

「はぁ……ベッドで寝りゃよかった。フランク、散歩行くべ散歩」

ハーネスを取り付け、フランクをペットカートに乗せる。ペットカートのハンドル下に付いている収納ポケットに懐中電灯を入れ、出発。

「夜明けが早まってんなー……もう寝ずに散歩行って昼間寝た方がいいな」

住宅街を抜け、薄暗い土手へ。懐中電灯で辺りを照らし、ペットカートからフランクを下ろした。

「っし、行くべ」

適当に一、二キロ散歩させたらフランクをペットカートに乗せ、帰路を行く。

「人通り増えてきたなー、帰ろ帰ろ」

懐中電灯をポケットに入れ、フランクに話しかけたりしながら家に帰った。



フランクに餌をやり、俺もカロリーバーを食べる。父母の朝支度の音は聞きたくないので完全防音の実況用の個室に入った。

「んー……ぁ、これいいかも」

視聴者から送られてくる、次に実況して欲しいゲームのリクエスト。URLを貼っているタイプのメッセージは無視し、プレゼンのつもりなのか悪意があるのかネタバレをしてくるアカウントはミュート。そうやって振るいにかけた上で、視聴者の皆様が教えてくれたタイトルを順に検索していく。

「お、これヒトコワ系かぁ、いいじゃん……とりあえずウィッシュリスト行きだわ」

父母が出勤するまでゲームを物色して過ごし、家に一人になったらベッドに寝転がった。スマホに送られてきた大量のメッセージを読むのだ、これは視聴者からのものではない。SAN値が減るレベルのイケメンこと俺の彼氏の鳴雷 水月からのものだ。

「これもうヒトコワだろ……なぁフランク」

長文メッセージ何通送ってきてるんだ。ちゃんと全部内容違うし。

「キモいわぁー……ホント残念イケメン」

彼氏いっぱい居るんだよな? しかもイケメン揃い。なんで俺なんかにこんなにメッセージ送ってくるんだ? これAI生成で自動送信だったりする?

「……天涯孤独のメンヘラが唯一の希望の理解ある彼くんに送るメッセの量と質なのよ。見ろよフランク」

保健室で早苗ちゃんとセックスする鳴雷を見た。普段のツンとした態度からは想像もつかないほど鳴雷に甘える早苗ちゃんの姿もそうだけれど、痩身の男の身体に興奮しそれを組み敷いた鳴雷の姿は……クるものがあった。

「普段送ってくるメッセはそうでもないんだぞ、ゲームの話とかさ……フランク、お前の話も聞いてくれるんだぞ? ちょくちょくキャバ嬢に入れあげてるおっさんみてぇなセクハラ全開メッセも来るけど……ははっ、体洗う順番聞かれたの初めて。マジキモい」

鳴雷は俺にもああいうことしたいのかな。俺も早苗ちゃんみたいにされるのかな。

「…………水月くん」

芯が熱い。足を強く閉じ、深く息を吐く。

「……鬱ゲー。鬱ゲーやろ。萎えさせよう、気分を…………」

送られてきたたくさんのメッセージは、あの保健室でのやり取りに関して。鳴雷は多分、俺が怒っていると勘違いしている。謝ったり、俺の機嫌を伺ったり、媚びたり、また謝ったり、そんな内容ばかりだ。情緒不安定なのが文章と内容から伝わってくる、一通ごとにアイツの感情は切り替わってる、その辺のゲームじゃ味わえない本物の異常者の気配がここにある。

「…………」

ゾク、と、自分の興奮を感じた。




今日は学校に行こう。鳴雷に直接顔を見せてやろう。こんな量と質のメッセージに対抗出来る文章なんて俺には思い付かない、面と向かって俺が怒っていないことを伝えてやろう、勘違いだと嘲ってやろう、俺はただ別れ際の「愛してる」に照れて昼食の誘いを断ったりメッセージを返せなかっただけなのだと教えてやろう。

「あーぁ、学校行くの面倒臭い。最初の方のメッセに返信しとけばよかった。なぁフランク。俺が無視したからどんどんヘラってったんだアイツ。ふふ……俺が、ちょっと何通か無視しただけでさ、めちゃくちゃ不安がって、こんなにメッセ送ってきてさ…………可愛いよなぁ! 俺が居ねぇとダメなんだ、水月くん、ふふ、ふふふっ……ぅへへへへ」

人類史上最高レベルのイケメンが俺の態度一つで情緒がおかしくなるなんて、こんなに愉快なことはない。

「フランク、行ってきます」

昨日地震があったばかりなのに家を空けるのは不安だが、寝床は机の下から動かしていない。もし棚からゲームやグッズが落ちたとしても、ここならフランクは安全だ。出かける飼い主に一瞥もくれない薄情な愛犬の頭を撫で、家を出た。




三時間目の途中で学校に着き、昼休みまで保健室で過ごした。カロリーバーを握り締め、ウキウキで生徒会長室へ向かった。

「うわ……」

部屋の前に同じクラスの紅葉と年積が居る。彼らは夫婦のように仲睦まじく話しながら、鍵を使って生徒会長室の扉を開けた。

「…………はぁ」

見つからずに済んだ。どうせ顔を合わせることになる相手だけれど、鳴雷が居れば彼が年積から庇ってくれる。彼が来ていないうちにヤツに会うのは危険だ、説教される。

「あっ、せんぱ~い! 珍し、今日来てたんだ~」

物陰から生徒会長室の扉を見つめていた俺の背後から、陽キャが声をかけてきた。階段を上ってくる足音も複数聞こえる。

「あっ、ぁ……うっ…………ぇ、へっ、へへ」

「……? そろそろ名前覚えてくれた~?」

ハルちゃんだ。苦手なタイプだからちゃんと覚えている。こくこくと首を縦に振りつつ、目をぎょろぎょろ動かして鳴雷を探す。

「はっ……は、る……ちゃっ」

「そうそうハルちゃ~ん。じゃ、こっちは?」

「へっ!? あっ、か、かんっ、な、ちゃ」

カンナちゃんは俺と同じ陰キャだと思う。髪型もちょっと似てるし間違いない。しかし陰キャとは陽キャが苦手なのは当然だが同じ陰キャが得意な訳ではないし、何なら陽キャよりも陰キャを見下し嫌っていたりするものなのだ。同族嫌悪ってヤツだな。何が言いたいかって? ハルちゃんよりカンナちゃんの方が話しかけやすいとか、そういう訳じゃないよってことだ。早く来てくれマイスイートハニー。

「なんや久しぶりに顔見た気ぃしますなぁ」

「りゅっ……!」

リュウくんだ。ド陽キャ関西人金髪コミュ強のリュウくんだ! 物理的にも精神的にも眩し過ぎて死にそう。俺も寒い僻地なんかじゃなくて大阪に生まれていれば彼のような陽キャコミュ強になれただろうか? いや多分無理だな、俺に大阪は無理だ、北海道バンザイ。都府県は俺には小さ過ぎる。

「ひゅっ……ハッ…………ふ……」

「かさねんなんか息ヤバない? どしたん?」

「ホントだ、虫見た時のみっつんみたい」

「……るっ、かみ、くん……はっ? な、鳴雷くん、どこ?」

「あー、みっつん今日休みなの」

嘘だろ!? じゃあ俺なんで学校来たの!? なんで確認しなかったの、何サプライズ気分で登校メッセージ送りもせず登校してんのこのバカサネ!

「え、休っ、ぇ、な、なんでっ?」

「風邪~」

風邪!? 俺が無視して不安がらせたから免疫弱ったのかな。

「真夏に風邪引くなんて器用な人ですね」

「エアコンガンガンにしてたんやろ。どーなんせーか」

「理由は知らないけど……」

俺のせいだよ、ごめんね早苗ちゃん。

「……ショーシャンクごっこでもしたんだと思う、アイツバカだから」

んな訳あるか。早苗ちゃん結構トンチキ思考してるんだな。いや、ボケなのか? 笑わせようとしてるのか?

「何それ」

「なんやそれ」

「何ですかそれ」

通じないの!? 最近の若い子怖い。迂闊なこと言えないな。

「……暑い。早く涼しいとこ入ろう」

「あっちょっ、せーか最近みっつん化してるよ! 俺達の知らないネタ振って勝手に滑るヤツ!」

「さっ早苗ちゃん待って隣座らせて……!」

鳴雷が居ないからと帰れる空気ではない。俺は仕方なく彼らに続いて生徒会長室に入り、早苗ちゃんの隣を確保した。

「鳥待一年生、鳴雷一年生の分の弁当だ」

「ありがとうございます!」

他のヤツの隣に座るのは無理、マジ無理。でも今は、鳴雷とのセックスを見た記憶が新鮮な今は、早苗ちゃんの隣も辛い。鳴雷居ないならいいや~と帰ればよかった、俺の姿がいつの間にか消えて気にするヤツなんて居ないだろうし。

「水月くんは今日は休みか……寂しいけれどちょうどいい、みんなちょっと僕の愚痴を聞いておくれよ」

隣に居る早苗ちゃんを見ると彼の乱れた姿を思い浮かべてしまう。同時に、鳴雷の雄らしいところも。俯いていよう、誰と話す訳でもないんだから。

「なになにザメさん、みっつんのこと~? みっつんの愚痴大会やっちゃう~?」

「陰口のようで感心せんな」

「水月くんに指輪を贈ろうと思っていてね。あぁ、すぐにではないんだよ? でもいつかは……そう考えて、彼の好きな宝石を聞いたんだ。結婚指輪はやっぱりダイヤモンドにするつもりだけれど、婚約指輪は彼の好きな宝石にしようかと思ってね」

紅葉、今無視したよな、年積のこと。

「彼、フォスフォフィライトが好きとか言っててね……」

「聞いたことありませんね」

「燐葉石のことだ」

「日本語で言われても分からんわ。それの何が困りますのん?」

「希少かつ加工が難しいから高価なんだよ。採掘地の閉山などもあってね。まぁ、お父様にねだれば済む話なのだけれど……まさかそんな面倒な石を選ぶとは思っていなくてね、青みがかっているとはいえ緑色だから僕の水月くんイメージとも違うし……聞いてくれてありがとう、ただの愚痴さ」

「あー……ちょっといいか紅葉、多分鳴雷、欲しいとかいう意味でそれが好きなんじゃないと思う。違う石でいいと思うぞ」

「そうなのかい? でも彼はあの繊細な色と輝きを見ると泣きそうになると話してくれたのだけれど」

「それはなんか……感情の起伏がおかしいオタクだからって言うか…………上手く言えないけど、別の石にしてくれよ、手元にあったら鬱陶しい泣き方しそうだし」

「感動で泣いてくれる分には贈る側としては嬉しいのだけれど」

「感動じゃないかも……よく知らないけど思い入れあるだけだから、贈っても紅葉のこと意識するか分かんないぞ」

「おや、それは困るね。僕の想いを常に感じて欲しくて贈るのだから」

「なら着けやすい方がいいんじゃないか、高いのだと家に飾りたがるから安めので。ゴテゴテしてない感じの。まぁそういうのは霞染とかの方が詳しいか」

「みっつんのファッション的に、シンプルなシルバーアクセに着地しちゃうんだよね~」

「そう……今後も水月くんにそれとなく聞きつつ、君にも相談させてもらっていいかな」

「もちろん!」

なんか話まとまったみたいだな。

「じゃあ次俺愚痴っていい? みっつんさぁ、あんなにカッコよくて髪型も色々変えてて服もすごいのにさぁ、ファッション用語全然知らなくて~……俺が話しても反応鈍いの! どういことアレ!」

「知らんがな……」

別の愚痴が始まった。首が痛くなってきて顔を上げると、早苗ちゃんと目が合った。

「…………鳴雷、親が選んだ服着てるだけなんだよ」

「あっ、そ、そ、そうなんだっ」

「アイツこれ知られんの嫌がるから、秘密な」

早苗ちゃんはイタズラっぽく笑って唇に人差し指を添えた。なんで鳴雷も早苗ちゃんも俺に秘密抱えさせるワケ!?

「トップスには頓着ないクセに、ニーハイとかトレンカとかには反応するのキモいし」

「エロ親父やな」

「トレンカって貧乏臭いタイツのことでしたっけ」

「穴空いてる訳じゃないからね!?」

鳴雷そういうの好きなんだ、俺も履いてみようかな。俺には似合わないかな。

「タイツ履いてたら顔踏んでくれとか言ってきてキモいし……」

「ただの靴下でも裸足でも言いますよあの人」

「え、俺言われたことあれへんかも」

「アンタは踏め踏め言う側だからじゃん!」

あの顔を踏むなんて無理だろ、嫌がる姿を見たくて言ってるのか? Mと見せかけたSってヤツか?

「しゅーはなんか愚痴ある?」

「一日何通もメッセージ送ってきてウザい、くらいですかね」

「分かる~……セクハラ多いし。りゅーも来てる?」

「オナニーのやり方とか指示されとるよ」

「うわ……」

「遠隔調教ですか、私のはそういうのじゃありませんね。時雨さんはいかがです?」

「どんな、ぼく……想像して、オカズにしたか……送って、きてくれ、るよ」

「あれ、じゃあコーデ写真送ったらシコいポイント箇条書きにしてくる俺のってマシな方? ザメさんは?」

「とても美しい愛の詩を送ってきてくれているよ、時折官能的な内容もあるけれど……君達に送られてくるようなものは少しも。本当に水月くんは君達にそんなメッセージを送っているのかい? とても信じられないよ」

「ミフユには弁当の感想を送ってくるぞ。調理中のミフユさんの手つきを想像して致しました、とか余計な内容があることも多いが……」

アイツそれぞれに対応したセクハラメッセージ送ってるのかよ、それを毎日全員に大量に? 暇なの? 打つの早いの? やっぱりAIなの?

「かさねん先輩にも来てる~? 日が浅いしセクハラメッセはまだかな」

「へっ!? 俺っ!?」

俺の番が来るかもとは思っていたが、早苗ちゃんの後だと思っていた、こんなの不意打ちだ。

「ぇ、あ……ふ、風呂で、どこから洗うーとか、靴下どっちから履くのーとか、そういうん……は、あったけど」

「あー、やっぱジャブだね~」

「ジャブなんだ……」

「ジャブジャブ。じゃあ~、次誰か愚痴ある人~」

「えっ早苗ちゃんには聞かないのっ?」

「……じゃあせーか、なんかある?」

あれ、ハルちゃんなんか不機嫌になった? なんでだろ、俺が悪いのかな、俺みたいな陰キャが意見すんなってことかなすいません黙ります。

「秋風とどんなプレイしたか事細かに教えろって要求されることが多いけど、あんまりちゃんと答えたことないな」

「秋風…………えっ、ぉ、弟っ、だったよね……な、鳴雷くんの。ぇ、えっ? ぷ、ぷれーって……えっちなヤツ? ゲームとかスポーツ的なのじゃなくてっ?」

「……あぁ、繰言まだ知らないか。アイツ兄貴の鳴雷に似て性欲ヤバいんだよ、だから鳴雷以外とも色々ヤってる。機会多いから俺が相手することが一番多いんだけど、鳥待とかも多かったっけ」

「私は上手いので好かれてるみたいですね」

「だからアキくん俺にあんま絡まないのかな~……でもナナさんにはよく絡んでるよね? なんかウブっぽいのにあの人」

「歌見は感度高くて面白いからじゃないですかね」

とんでもない会話が成されている。頭がぐらぐらしてきた。こんな高濃度の猥談、俺にはまだ早い。

「……ぁ、本番じゃなくて相互オナニー的な感じだから勘違いするなよ繰言。鳴雷、挿入は自分以外許さないから」

「ペッティングはセーフ、というか推奨されていますね。よく分からない感覚ですが水月は自分の彼氏同士の絡みに興奮するようなので」

「混ざりたがったりせぇへんのがよう分からんくて気味悪いんよねアレ……何人かでヤろ言うんは分かるんやけど、ヤっとるとこ見せてはちょぉ分からん」

「あなた水月と他の男がヤるところよく見せられてるじゃないですか」

「アレは放置プレイの延長みたいなもんで……! なるほど水月もMっ気があるっちゅうこっちゃな、なるほど……自決したわ」

「なんで死んだの!? 解決でしょ解決~!」

俺にはまだ早い。帰りたい。フランクに会いたい。ゲームしていたい。学校なんて来るんじゃなかった。

「せや、昨日地震あったん知っとる?」

「あー、速報鳴ったけど来なかったよね~」

「気付かなかったんじゃないですか? だいぶ弱かったでしょ」

「奇妙な地震だったな。マップを見た者は居るか? 戸鳴町だけが強く揺れ、他はそれほど……学者も首を傾げているらしい」

「プレート的にあそこだけ強く揺れるっていうのはおかしいんだよねぇ……ああいうことがあると土地の価値が変動しかねない、困ったものだよ」

「紅葉さんの家は土地転がししてるんでしたっけ?」

「言い方を考えろ鳥待一年生!」

注意するのは言い方に関してだけなのか……

「……アレなぁ、なーんや嫌な感じしてんなぁ。荒な……ぁ、いや、うーん、なんちゅうか……ゾクッて、ゾワッて、せぇへんかった?」

みんなポカンとしている。

「…………りゅー、地震苦手なタイプ?」

「いやそら得意やないけど……今までのんとはちゃうっちゅうか、なんか……えげつないもんが目ぇ覚ましたような」

「中二病……? 邪神の目覚め~、的な?」

「腹立つわぁ……もうええ」

機嫌を損ねたリュウくんはぷいっとそっぽを向いた。



昼食を食べ終えると早苗ちゃんは席を立った。

「どっ、ど、どこ行くのっ?」

「運動場。俺体育参加しないから、自分で運動しないと……」

「ぇ、えぇ……そんなっ、ぁ、カンナちゃんっ? 君はどこにっ」

「……? 図書室」

みんな結構バラけるんだな、鳴雷が休みだからか? 普段から? 日の浅い俺には分からない。ちょうどいい、便乗して保健室に帰ろう。年積に叱られる前に。

「あ、しぐ俺も行くわ」

リュウくん……

「……っ、あ……ま、待っ、て。りゅ……くんっ」

「ん? なんやかさねん、どないしたん」

「ぁの……話、が」

「……? すまんしぐ、先行っといて。話て何? 人前やない方がええような話やろか」

頷くとリュウくんは生徒会長室を出てすぐの階段の三段目に腰を下ろした。昼休みにこの校舎を利用する生徒がほとんど居ないのは俺も知っている、早苗ちゃんとカンナちゃん以外は部屋を出ないのなら、ここは開けているようで秘密の話が可能な場所だ。

「た、大したことじゃないしっ、さっき言わなかったの何なんだよって感じなんだけどさ」

「ぉん」

「昨日の地震……俺も嫌な感じした。予感的なのかと思って、デカいの来る前触れかと寝る場所普段と変えたくらいだもん」

「ほー……」

「いや、何か目覚めたとか、そういうのは分かんないけど」

「……荒凪くん知っとる?」

「荒凪……? いや、誰?」

「祭りの日ぃに水月が連れとった子。親戚やてみんなには説明しとったけど、コンちゃんやらサキヒコくんやらと一緒でまたなんやお化けやねん、しかもその二人とは比べもんにならんくらいヤバい。負そのものっちゅうか、穢れの塊っちゅう感じやねん」

鳴雷、何なの? いやリュウくんが中二病って説も……既に本物のお化け二人も憑けてる鳴雷がまた変なの引っ掛けたって方が信憑性高いか。

「一回荒凪くんに会ってみて欲しいわぁ、ほんで嫌な感じしたらかさねん俺とおんなしかもしれん」

「……同じ? れ、霊感的な? ないよそんなのっ、俺今まで何も見たことないしっ」

「俺もない。幽霊なんてサキヒコくん以外見たことあれへん。せやけど俺実家神社でなぁ、よぉないもんの区別くらいは付くんよ。かさねんもそんな感じちゃうかなー思てんけど、かさねん実家何?」

「俺の父さんと母さんは普通の会社員だよ……」

「そんなん俺もそうやわ、おかんは専業主婦やけど。神主やっとるんはもいっこ上、じいちゃん。かさねんの祖父母さんらは何してはるん?」

「農家……」

幼少期のことを思い出す。曽祖父母の元に預けられ、山を駆けて遊んだ日々のこと。曽祖父に教わった伝統、曽祖母に教わった世界の見方。

「関係ないよ、実家は。多分」

「ほうかぁ……せやけどあの地震で嫌な予感するっちゅうことは、そういう勘がええんやと思うで」

「一回死にかけたからかな?」

「どやろ、俺は死にかけたことあらへんし……せーかは死にかけたはずやけどそんなんなさそうやで」

「……じゃあ信仰心の強さとか? なーんて……ハハッ」

「あぁ、あるかもしれんなぁ。信じてへんかったら分かる訳あれへんし、俺実家神社やからそら他よりは自然と強なるやろうし……かさねん信仰心強いん?」

「…………ひいばぁちゃん達が話してくれた、色んな話……ちっちゃい頃に聞いたから忘れてることも多いけど、その話が好きってだけでいいなら」

「へー、どんな話なん?」

興味津々って顔だな。茶化したりはしなさそうだ。

「あらゆるものに、神様っていうか精霊っていうか……そういうのがあるんだよー、的な?」

「ほぉー、アニミズムやねぇ。かさねんとこも神道なん?」

「ゃ……家に仏壇あるし、違う……」

「そーなん。せやけど仏教の考え方とはちゃうし、祖父母さんかご両親が変えはったんかねぇ」

「うーん……ひいばぁちゃん達も一応仏教徒だったんじゃないかな。ひいばぁちゃん達もなんか、昔話的な感じで教えてくれただけだし……ひいばぁちゃん達がそういう信仰とか、文化持ってた本人って感じじゃない。ただ、先祖の話ちゃんと継いできただけで……」

真面目な話をすると頭が痛くなってくるな。

「へぇー! ええやんなんか、先祖代々大事に繋いだ世界観、それこそ信仰のあるべき形っちゅう感じするわぁ俺は」

「……そう?」

「うんうん、ええ話聞けたわぁ。おおきにかさねん! またこういう話しよな、コンちゃんとかも混ぜたいわぁ。今日はもう時間ないからなぁ……」

あぁそうか、リュウくんは俺と違って昼休みの終わりとか気にしなきゃいけないのか。

「ほんまありがとう、今日のところはお先に失礼させてもらうわ。堪忍な。おおきに。ほな!」

「ん、したっけ~…………はぁ」

手を振ってリュウくんを見送り、久しぶりに他人と長く話した疲労から立ち上がれないまま天井を見上げる。

「………………フランクに会いたいなぁ」

どうせ授業には出ないんだ、六時間目まで待つ必要なんてない。少し休んだら家に帰ろうかな。



ひとまず保健室に帰ってベッドに寝転がった。持ってきているゲーム機を起動させ、続きを遊んだ。



五時間目の終わりのチャイムが鳴った、休憩はもう十分過ぎるほど取ったがゲームのキリが良くない。もう少し……

「失礼しまーす」

扉が開く音と同時に声が聞こえた。保健医の「返事を待ちなさい」という注意に生返事をしつつ、声の主の独特な足音は真っ直ぐこちらに向かってきた。

「繰言ここ? あ、居た」

無遠慮にカーテンを開いたのは早苗ちゃんだ。

「さっ、さ、早苗ちゃんっ!? なっなな、なにっ、どしたの……どっか悪いのっ?」

「ちょっと聞きたいことあって」

「ぉ……俺に? 何?」

保健室に居る早苗ちゃんを見ていると、鳴雷とセックスしていた時の彼のことを思い出す。顔が勝手に熱くなり、俯いて隠した。

「繰言ってパソコンとか詳しい?」

「え、そ、そんな大したこと出来ないけどっ、並よりは……」

「本当? よかった。鳴雷、ゲーム関連しか詳しくなくてさ……木芽とかなら話せそうなんだけどあの人今忙しいから。あのさ、動画配信のやり方って分かる?」

「…………ぇ?」

バレた!? バレたのか!? 俺が動画投稿や配信を行っていることが!? 何故!? カミアちゃんにしかバレて居なかったはず、バラしたのかアイツ!

「鳴雷の弟分かるだろ、白いヤツ」

「ぅ、ぁ……」

「そ。秋風。アイツな、体質的に昼間はあんまり外出れないし小学校中退でめちゃくちゃバカでさ……ろくな勤め先なさそうだろ? 日本語話せないし。なのに鳴雷も鳴雷の親も秋風の将来のこと全然考えてないんだ」

あれ? シゲオンチャンネルがバレている訳ではなさげ……?

「顔はいいしダンス上手いから芸能系なら食ってけそうな感じするんだけど、日本語話せないし外での撮影は厳しいし……まずは動画配信とかで顔売って、そっから何か広げてく感じがいいかなって思ってるんだ」

「な、なるほど……?」

俺のことがバレている訳ではなさそうだな。よかった……疑ってごめんねカミアちゃん。

「でも俺も秋風もパソコン詳しくなくてさ、繰言がそういうの出来るんなら教えて欲しいんだけど……どうかな?」

「う、うんっ、やれるよ俺。動画の編集も出来るし、バズりやすい尺とか投稿時間も割と分かるっ……ぁ、ジャンルによるけど、ダンス動画なの?」

「秋風の特技はダンスか格闘技だから……うん、まずはダンスかな」

「ダンス上手いって、ど、どのくらい? 神業動画的な感じで売り出していいのかなっ、顔がいいならまずは上半身だけ撮すタイプのヤツで顔売ってからのがいいかも」

「んー……コサックダンス出来るんだけど。あとブレイクダンスも練習中」

「か、かなりの腕前って感じ……ハハッ」

「撮るのってスマホのカメラじゃダメかな?」

「ショートならスマホでもいいけど、ライトはアレ……あの、リングライト、とかあるといいかも」

「リングライト……? それって、ぁ、時間ない。ごめん繰言、もう行かなきゃ……続きはメッセで聞いていい?」

「あっ、ぅ、うんっ! き、気を付けて……」

早足で去っていく早苗ちゃんを見送り、ぼふんっと勢いよくベッドに仰向けに寝転がる。

「……動画投稿仲間、増えるかも。コラボとかしたり……? へへっ」

鳴雷の弟なら絶対バズる。だって同じ顔の鳴雷はバズったんだもん。最高の素材を俺がプロデュースしてやるんだ、なんかテンション上がってきた!
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