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優良ドライバー (〃)
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ヒトとその部下達に改めて礼を言い、挨拶をした。徒歩と電車で帰るつもりだったがヒトが車を出してくれることになった。表向きは荒凪が雨に降られて人魚の姿になり、人目に晒されては危険だからということになっているが、実際はヒトが俺と居る時間を増やしたいだけである。
「俺行きますよ?」
「あなた達は残飯を片付けておいてください。食事を終えている私が鳴雷さん達を送るのは合理的でしょう?」
「……ありがとうございます」
「珍しいこともあるもんだなぁ」
「いやこれは罠だ、正直に飯食ったらマナーがどうとか言われるに違いねぇ……!」
「言いませんよ。さ、鳴雷さん。こちらへ」
残飯呼ばわりに不満を抱きつつも表には出さず、荒凪に手を貸してふらつく彼を立ち上がらせた。
「……荒凪さん、何だか話し方が幼くなっていますよね。風呂場で話した時はまともに話せるのかと祭りの日の印象が変わったのですが」
「あぁ、人間の身体にまだ慣れてなくて発音とか練習中なんです。ね、荒凪くん」
「うん」
「歩くのが覚束無いのは分かるんですが、上半身は同じでしょう」
「それは俺も思わなくはないですけど実際上手く喋れてないし……エラの有無とか、色々あるんですよ」
「そういうものですかね」
「そうだ、コンちゃんフタさんの部屋で寝てるんだった。ヒトさん、俺コンちゃん呼んでくるので荒凪くん連れて先に車に行っててください」
よたよたと歩く荒凪の腕を掴み、ヒトに手を差し出させる。ヒトは少し躊躇った後、荒凪の手を優しく掴んだ。
「よろしくお願いします」
「よろ、しくー……おねが、します」
「……ふふ、お任せ下さい。行きましょう、荒凪さん」
穏やかな顔をしたヒトに安心し、俺はフタの部屋で眠るミタマを迎えにエレベーターに……今エレベーターに乗りたくないな。階段で行こうかな。
「あ、鳴雷さん。フタの部屋に入るなら部屋を出た後で全身にコロコロかけてくださいね。猫の毛を車に持ち込まないでください」
「はい、分かりました」
エレベーターに閉じ込められたことを思い出し、地震は連続するものだと考え、俺は階段を選んだ。最上階まで駆け上がり、結局揺れなかったなと安心半分に過去の自分の杞憂を嘲笑い、フタの部屋に入った。
「……っ!? あ、そっか……生きてる方の猫は居るのか」
ヨンとイツ、だっけ? 白猫と黒猫が物陰に隠れるのが見えた。フタが部屋に戻った時には脱走を企てたりフタに飛びかかったりするのに……扉を開ける前からフタではないと気付いていたのか? 動物の勘は素晴らしいな。
「コンちゃ~ん、コンちゃん居る?」
寝室に入るとベッドの上で眠る大きな三尾の狐を見つけた。美しい金色の毛皮に覆われた胸や腹がゆっくりと上下している。
「……コンちゃん、起きて」
くるる、と獣の喉が鳴る。目を閉じたまま身体を起こし、ぶるぶると全身を震わせ、ようやく開いた金色の瞳で俺を見つめる。
「帰るよコンちゃん」
ミタマは獣の姿のまま眠たそうに頷き、ポンと音を立てて手のひらに乗るほどの小さな子狐へと姿を変えた。
「……運んで欲しいようだな」
「いいけどさぁ」
細かな毛と柔らかい肉越しに感じる頼りない骨、確かな熱。小さな動物を手に抱くのは恐ろしい、落としてしまったら……何かの拍子に握り締めてしまったら……そんな恐怖がつきまとう。俺に全てを委ねて眠る子狐を見ていると、はみ出た舌を引っ張ったり肉球を揉みしだいたり耳を弾いたり、軽い意地悪をしたくなる。
「可愛いなぁ」
「うむ、ミタマ殿だと分かっていても動物の子供というのは顔が綻んでしまうものよ」
「食べたい……」
「おっと私とは感性が違うようだな、先程の同意は撤回させてもらう」
「ち、違うんだよ本気で美味しそうだと思ってるんじゃなくて顔を押し付けて思いっきりスゥハァしたりしゃぶったりはむはむ甘噛みしたり一回全部口に含んでみたいってだけで! 口までだよ口まで、飲み込みはしないって! いやのどごしもちょっと気になるかも……」
「……ミタマ殿は私が運ぶ」
「あっ」
怪訝な顔をしたサキヒコにミタマを取り上げられてしまった。
丁寧に猫の毛を取り、ヒトが待つ車へ向かった。サキヒコは結局ミタマを俺に渡すことなく後部座席に座り、膝の上で彼を眠らせた。
「シートベルトは締めましたね? 出しますよ」
俺は助手席に座り、ヒトの横顔を眺めた。運転する男の横顔というのは素晴らしいものだ、遠くを見つめる真剣な眼差しや、町中の様々な灯りに照らされる様。フタとのデートで車に乗った時は彼の不安な運転への心配や恐怖で横顔が堪能出来なかったが、ヒトなら──
「……チンたら走りやがってド無能が」
──おや? 車を大切にしているヒトなら車に傷をつけないように運転するだろうから安心だと思っていたのだが。あ、舌打ちした。
「どこ走ってんだクソ自転車! 無灯火は死ね! あ~クソ自転車轢き殺しても無罪な法律欲しい」
ハンドルの頂点に手首を乗せ、ヒトは不愉快そうに眉を顰めている。
「ウィンカー遅ぇんだよクソが!」
運転自体は丁寧だ、急ブレーキも急ハンドルもなければ、クラクションを鳴らす訳でもない。外から見れば優良ドライバーだろう、ただただ車内でうるさいだけ。
「んなに膨らまなくても自転車避けられるってのヘタクソが……」
ただ、同乗者の居心地が悪いだけ。
「俺行きますよ?」
「あなた達は残飯を片付けておいてください。食事を終えている私が鳴雷さん達を送るのは合理的でしょう?」
「……ありがとうございます」
「珍しいこともあるもんだなぁ」
「いやこれは罠だ、正直に飯食ったらマナーがどうとか言われるに違いねぇ……!」
「言いませんよ。さ、鳴雷さん。こちらへ」
残飯呼ばわりに不満を抱きつつも表には出さず、荒凪に手を貸してふらつく彼を立ち上がらせた。
「……荒凪さん、何だか話し方が幼くなっていますよね。風呂場で話した時はまともに話せるのかと祭りの日の印象が変わったのですが」
「あぁ、人間の身体にまだ慣れてなくて発音とか練習中なんです。ね、荒凪くん」
「うん」
「歩くのが覚束無いのは分かるんですが、上半身は同じでしょう」
「それは俺も思わなくはないですけど実際上手く喋れてないし……エラの有無とか、色々あるんですよ」
「そういうものですかね」
「そうだ、コンちゃんフタさんの部屋で寝てるんだった。ヒトさん、俺コンちゃん呼んでくるので荒凪くん連れて先に車に行っててください」
よたよたと歩く荒凪の腕を掴み、ヒトに手を差し出させる。ヒトは少し躊躇った後、荒凪の手を優しく掴んだ。
「よろしくお願いします」
「よろ、しくー……おねが、します」
「……ふふ、お任せ下さい。行きましょう、荒凪さん」
穏やかな顔をしたヒトに安心し、俺はフタの部屋で眠るミタマを迎えにエレベーターに……今エレベーターに乗りたくないな。階段で行こうかな。
「あ、鳴雷さん。フタの部屋に入るなら部屋を出た後で全身にコロコロかけてくださいね。猫の毛を車に持ち込まないでください」
「はい、分かりました」
エレベーターに閉じ込められたことを思い出し、地震は連続するものだと考え、俺は階段を選んだ。最上階まで駆け上がり、結局揺れなかったなと安心半分に過去の自分の杞憂を嘲笑い、フタの部屋に入った。
「……っ!? あ、そっか……生きてる方の猫は居るのか」
ヨンとイツ、だっけ? 白猫と黒猫が物陰に隠れるのが見えた。フタが部屋に戻った時には脱走を企てたりフタに飛びかかったりするのに……扉を開ける前からフタではないと気付いていたのか? 動物の勘は素晴らしいな。
「コンちゃ~ん、コンちゃん居る?」
寝室に入るとベッドの上で眠る大きな三尾の狐を見つけた。美しい金色の毛皮に覆われた胸や腹がゆっくりと上下している。
「……コンちゃん、起きて」
くるる、と獣の喉が鳴る。目を閉じたまま身体を起こし、ぶるぶると全身を震わせ、ようやく開いた金色の瞳で俺を見つめる。
「帰るよコンちゃん」
ミタマは獣の姿のまま眠たそうに頷き、ポンと音を立てて手のひらに乗るほどの小さな子狐へと姿を変えた。
「……運んで欲しいようだな」
「いいけどさぁ」
細かな毛と柔らかい肉越しに感じる頼りない骨、確かな熱。小さな動物を手に抱くのは恐ろしい、落としてしまったら……何かの拍子に握り締めてしまったら……そんな恐怖がつきまとう。俺に全てを委ねて眠る子狐を見ていると、はみ出た舌を引っ張ったり肉球を揉みしだいたり耳を弾いたり、軽い意地悪をしたくなる。
「可愛いなぁ」
「うむ、ミタマ殿だと分かっていても動物の子供というのは顔が綻んでしまうものよ」
「食べたい……」
「おっと私とは感性が違うようだな、先程の同意は撤回させてもらう」
「ち、違うんだよ本気で美味しそうだと思ってるんじゃなくて顔を押し付けて思いっきりスゥハァしたりしゃぶったりはむはむ甘噛みしたり一回全部口に含んでみたいってだけで! 口までだよ口まで、飲み込みはしないって! いやのどごしもちょっと気になるかも……」
「……ミタマ殿は私が運ぶ」
「あっ」
怪訝な顔をしたサキヒコにミタマを取り上げられてしまった。
丁寧に猫の毛を取り、ヒトが待つ車へ向かった。サキヒコは結局ミタマを俺に渡すことなく後部座席に座り、膝の上で彼を眠らせた。
「シートベルトは締めましたね? 出しますよ」
俺は助手席に座り、ヒトの横顔を眺めた。運転する男の横顔というのは素晴らしいものだ、遠くを見つめる真剣な眼差しや、町中の様々な灯りに照らされる様。フタとのデートで車に乗った時は彼の不安な運転への心配や恐怖で横顔が堪能出来なかったが、ヒトなら──
「……チンたら走りやがってド無能が」
──おや? 車を大切にしているヒトなら車に傷をつけないように運転するだろうから安心だと思っていたのだが。あ、舌打ちした。
「どこ走ってんだクソ自転車! 無灯火は死ね! あ~クソ自転車轢き殺しても無罪な法律欲しい」
ハンドルの頂点に手首を乗せ、ヒトは不愉快そうに眉を顰めている。
「ウィンカー遅ぇんだよクソが!」
運転自体は丁寧だ、急ブレーキも急ハンドルもなければ、クラクションを鳴らす訳でもない。外から見れば優良ドライバーだろう、ただただ車内でうるさいだけ。
「んなに膨らまなくても自転車避けられるってのヘタクソが……」
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