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疾走する人魚 (水月+荒凪・ミタマ)

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青白く仄かに発光する炎、人魂。強くなっていく雨の中それを追って行くと、金色の輝きが見えた。

「コンちゃん!」

手で傘を作らなければ目を開けていられないような大雨の中、大きな金毛の獣は鈴の音と共に人へと姿を変えた。

「みっちゃん、出られたか!」

「スイさんのおかげでね! 荒凪くん人魚になっちゃってる!?」

「分からん、雨のせいでよく見えん……みっちゃん足遅いのぅ。ワシもか。二足歩行ではこの程度が限界じゃな。普段より大きくなるからワシに乗れ」

そう言うとミタマは三尾の狐の姿に変わり、俺に併走した。

「えっ、いや悪いよそんな。追っかけるから先行って荒凪くん押さえておいてよ」

ミタマは何も語らずスピードを落とし、俺の背後に回ると俺のベルトを噛み、俺を頭上へ放り投げた。

「うわぁあっ!?」

一瞬の浮遊感、落下、着地……ではなく着狐。ミタマの背の上に乗せられてしまった。大きな獣に咥えられ背中に放り投げられる、ファンタジーものなどで一度は目にし、幼心に憧れる展開だ。

「尻、が……!」

犬の背を撫でたことがあるものなら分かるだろう、あの皮のすぐ下に背骨がありそうな感触を思い出して欲しい。人間の平たい背中とは違う、丸みのある背中……俺の尾骶骨とミタマの背骨は強くぶつかりあった。

「コンちゃんっ、尻が……尻が割れたぁ」

それよりどこにしがみつけばいいんだ? 首に腕を回せばミタマの首が締まるし、毛を掴んでは痛いだろう。人間のように肩が出っ張っていないから掴まりにくい。痛みに呻きつつ悩んでいると、ミタマは三本の尾を背もたれのようにして俺を支え、スピードを上げた。

「わっ……」

普段ならもふもふふわふわした尻尾によって夢見心地になれただろう、子供時代に夢見たあの猫のバスの乗り心地の疑似体験が出来たかも……だが今は土砂降り、びっしょびしょの尾は萎んでいる。ふわふわ感皆無だ。

(乗せてもらっといてなんですが乗り心地最悪でぞ。しかしめちゃくちゃ速いですな、這いずるしかなくなった荒凪くんなどすぐに捕えられまそ)

そもそもどうしてミタマは荒凪に追いつけていなかったんだ? 歩行もまともに出来ない荒凪の三次元的な逃走とは? その疑問はすぐに解消した。

「居た! 荒凪くん!」

暗い裏路地、晴天ならネズミが山ほど見られただろうそこに荒凪は座り込んでいた。サキヒコの人魂に照らし出されたその姿は異形そのもの。

(やっぱり人魚化してますな……腕もしっかり四本ありまそ。なんか、前より下半身が長いような)

荒凪は人間の胴ほどある長い魚の尾で地面を叩いて跳び上がるとパイプを掴んだ。四本の腕を器用に使い、時に壁を尾で叩いて向かいの壁に飛び移り、するすると壁を登っていく。

「……嘘ぉ!?」

人魚体って陸であんなに動けたの!? そりゃ秘書が採血すら諦める訳だ、あの運動能力で暴れられたら人間なんて一溜りもない。

「コンちゃん壁登れる?」

「一人ならな」

ミタマは俺を下ろして人間の姿へと戻った。

「屋上から屋上へと飛び移りよるが、追いつきそうになると地上へ降りる……今までそうじゃった。ワシはこのまま真っ直ぐ追う、みっちゃんはさっちゃんの案内に従って回り込むんじゃ」

「分かった!」

作戦を伝えるとミタマは狐の姿へと変身し、壁を蹴って登っていった。

「よし……お願いサキヒコくん」

人魂を通じて音が聞こえているとは思えないが、そう呼びかけると人魂が動き出した。またそれを追って、裏路地を駆けた。



人魂に従って走り回って数分、肺の痛みが逆に気にならなくなってきた頃、人魂が止まった。手で傘を作りながら何とか見上げると、鱗をキラキラと輝かせながら荒凪が降ってきた。

「荒凪くん!」

落下地点で両手を広げる。瞬きよりも短い間、荒凪と目が合った。途端、荒凪はヒレを広げて僅かに落下地点をズラした。

「トビウオかよっ……逃がすかぁ!」

四本の腕でヤモリのように這っていく荒凪の尾を掴む。俺を振りほどこうというのか荒凪は激しく尾を振った。剥き出しの配管や室外機に身体が叩きつけられたが辛抱強く尾を掴んでいると、身体が浮き上がった。尾を横ではなく上に振ったようだ。

「……っ!」

身体が宙に浮いた。濡れた魚の尾に手が滑った。投げ出された俺の身体の行く末は、車道だ。

「ぅぐっ! ふっ……ぅ……ぅゔ……」

背中から地面に叩きつけられた。肺の中の空気が追い出されて息苦しい。何より痛い。だが、たとえ苦痛を無視出来たとしても身体は動かないだろう、落下の衝撃はそれほど強かった。迫りくる車のヘッドライトに目が眩んだ。

「水月!」

絶叫が耳に届く。手首を強く掴まれ、人間のものとは思えない力で歩道に引っ張り戻された。

「水月、水月っ、水月……」

不安そうに俺を呼ぶのは荒凪の声だ。俺を抱き締めて裏路地に隠れた彼は、鋭い爪で俺を傷付けないよう慎重に指の背で俺に触れた。

「きゅうぅ……水月ぃ……水月」

「ぁ、ら……なぎ、くっ……げほっ、けほっ…………は、ぁ……」

「……! 水月!」

全身が痛い。指の一本も動かない。

「ごめん、ね? 安心……させてあげられ、なくて。弱くて、ごめん……」

「きゅ……水月、ごめんなさい、水月っ、死んじゃやだ、水月ぃ」

「ふふっ、死なないよぉ……君が助けてくれたんじゃないか。ありがとう荒凪くん、君が居なけりゃあのまま轢かれて死んでたかも」

荒凪に投げられなければ車道で寝転ぶこともなかったけど、それは口にしない。このまま強引に押し切る。

「……荒凪くん、君は確かに危ないのかもしれない。君のせいじゃなくて、君を作った人の悪意が、俺を傷付けるかもしれない。でもね、今みたいにさ、君が居なけりゃ俺は死んじゃう時もある。君の優しさがないと……荒凪くんに好きって思われてないと、俺ダメなんだ。頼りないかもしれないけど、今色んな人に君の危険性を取り除く方法を調べるよう頼んでるんだ……いつかきっと何も気にせず一緒に過ごせるようにするから、俺のところに戻ってきてくれないかなぁ」

「きゅるるる……戻る、戻る! だから水月、ぐったり終わって、元気なってぇ……水月ぃ」

「…………ありがとう。ごめんね。大好きだよ、荒凪くん」

戻るという宣言、同時に行われた四本の腕での力強い抱擁。荒凪を連れ戻さなければという意思だけで保っていた意識が、安堵によって失われた。
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