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霊視開始 (水月+荒凪・ミタマ・サキヒコ・スイ)
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霊視が始まって数十秒後、荒凪が喉を鳴らした。イルカのような声はおそらく二つ目の口から発せられている。
(荒凪くん、表の口より喉の口の方がなんか凶暴な気がするんですよな)
表に出ている口が動いて「きゅ~」と甲高く可愛く鳴いている時は、あまり意図は感じない。猫のゴロゴロ音のような、犬の甘え鳴きのような、そんなものだと思う。けれど喉の奥にある口から聞こえる鳴き声は、似ているけれど少し違う。唸っている。威嚇音のように感じる。
(不快感が思ってたより強くて嫌がってる、とかですかな?)
俺は荒凪を宥めようと彼の背を撫でた。
「……っ、ふー……OK、分かったわ。彼の種族……種別? そういうの」
だが、宥めるまでもなく霊視は終わった。荒凪の背を撫でる手はそのまま視線だけをスイに移すと、傷の入った液晶画面のように姿がブレていた。
「人魚じゃないわ、アマビエとかそういう変わり種でも──」
「あ、あの!」
「──なくて、ん? なぁにナルちゃん」
「なんか、スイさん……ブレてません?」
「……あらホント。霊視に思ったより霊力使っちゃったみたい。すぐ直すわ、ごめんね変なの見せちゃって」
自身の手を見下ろしたスイはぐっと拳を握る。するとブレは収まり、元通りの巨大な美女の姿が現れる。
「…………顔、見えてないわよね?」
「顔……?」
「アタシの顔、この顔以外に見えたりしてなかった?」
あぁ、実際の顔のことか。霊体を変形させて実体化させているという今俺が見ている顔とは別の、肉体の……本来の顔。スイはそれを見られたくないのか。
「はい、別に透けたり消えたりはしてませんでしたし」
「……そう? よかったわ。ごめんなさい、続けるわね。彼なんだけど……んー、呪いの藁人形って分かるかしら? 夜中に神社の木に打ちつけるってヤツ」
「はい。生で見たことはないですけど」
「河童と人魚が同じ妖怪という括りとするなら、彼は藁人形と同じ括り。呪いの道具、負の感情の増幅器、指向性を持たせるためのもの」
「ちょっ……ちょっと、待ってくださいよ。そんな、生き物でもないみたいなっ……」
「妖怪って生き物かのぅ」
「幽霊も生き物ではないですよね……」
「ちょっと黙っててよ! そういうこと言ってるんじゃないんだよっ!」
予想外の霊視結果に混乱してしまって、ミタマとサキヒコに八つ当たり紛いの怒鳴り声を上げてしまった。
「…………ごめん」
「ナルちゃん……ごめんなさいね、アタシの言い方が悪かったわ。あなたは別に霊感がある訳でもないんだものね、生き物かどうかは気にしちゃうわよね。アタシはね、物を食べるとか心臓が動いてるかとかより、人格があれば生きてると思うの」
「人格……ですか」
「ワシは石像じゃが、長年大事にされて魂と人格が宿って今のワシになったんじゃ。ワシ今生きとるじゃろ? みっちゃんと一緒に居られて嬉しいと感じるこの心は、生きとる証拠じゃ」
フタの元に居る三匹の化け猫達は既に死んでいるが、生きている時と変わりなくフタの傍に居る。サキヒコだってそうだ、彼の身体は埋葬されても彼の心は今ここに生きている。
「そう、誰かと会話して、楽しんで、悲しんで……それは生きてるってことよ。彼はそれをしてるでしょ? なら生きてるのよ、そして……」
突然スイが机を叩く。バン! と大きな音に驚いて一瞬息が止まった。
「……こういう小バエは生きてないから潰しても問題ないのよ。はぁ……下の階の飲み屋がハエ湧かせてるみたいでね、上がってくるのよ。嫌よねホント」
「虫は虫で生きてますよ……えっと、それで……荒凪くんなんですけど」
「うん?」
「呪いの、道具って……その、じゃあ、誰かが誰かを殺したいとか考えて、荒凪くんを作ったってことですか?」
「う~ん……そこ、変なのよねぇ。指定した相手を呪いたいなら、道具に人格なんてない方がいいわよね? 作った人の手を完全に離れてるらしいし……何がしたくて作ったのかよく分からないわ」
「そう、ですか……」
「ごめんなさい。アタシ作者の心境を答えよ的な問題苦手だったのよ」
そういう話なのか?
「問題なのは原材料ね。藁人形は藁だし……蠱毒とかは虫だけど、彼は多分……」
「……魚?」
「人間ね。魚は感じないわ」
「やっぱりそっちですか……」
「もう少し奥まで覗けばその辺も詳しく分かると思うわ、どうする?」
「……お願いします」
荒凪は人間に作られた怪異。養殖ではなく人工とも言うべきモノ。それが分かっただけでは何の対策も出来ない。荒凪が無意識に周囲に与える悪影響を抑えるため、少しでも多くの情報が欲しい。
「OK。ちょっと失礼するわね」
スイは机に膝をつき、荒凪の頭をその大きな両手で優しく挟むように掴まえると、前髪を上げて額同士を触れさせた。
「リラックスしてー……ゆっくり息吐いて、吸って~……」
荒凪は素直に深呼吸をし始めたが、目を閉じたスイに対し彼は目を見開いたままだ。もしかして瞼の動かし方が分からないのかな。
「何、これ。どうやったらこんな、ぐちゃぐちゃに……」
「…………! すーちゃん! 離れろ、罠じゃ!」
ミタマが叫んだ瞬間、大きな何かに弾き飛ばされたようにスイの身体が一瞬浮いた。ソファに叩きつけられ、そのままソファが背後に倒れる。頭でも打ったのかゴッと鈍い音がした。
「な、何、荒凪くんっ? そんなに嫌だったの!?」
「違う! 罠じゃ! 今あーちゃんの体内で発動したのが視えた、逆を言えば発動するまで視えなかった……巧妙に隠していたということじゃ。あーちゃんを調べようとしたモノを、深い霊視中の無防備な霊体を、尽く破壊するために」
「……! スイさん!」
背の低い机を飛び越え、倒れたソファの後ろに回る。
「スイ……さん?」
そこには、彫りの浅い整った顔立ちの長髪の男が倒れていた。
(荒凪くん、表の口より喉の口の方がなんか凶暴な気がするんですよな)
表に出ている口が動いて「きゅ~」と甲高く可愛く鳴いている時は、あまり意図は感じない。猫のゴロゴロ音のような、犬の甘え鳴きのような、そんなものだと思う。けれど喉の奥にある口から聞こえる鳴き声は、似ているけれど少し違う。唸っている。威嚇音のように感じる。
(不快感が思ってたより強くて嫌がってる、とかですかな?)
俺は荒凪を宥めようと彼の背を撫でた。
「……っ、ふー……OK、分かったわ。彼の種族……種別? そういうの」
だが、宥めるまでもなく霊視は終わった。荒凪の背を撫でる手はそのまま視線だけをスイに移すと、傷の入った液晶画面のように姿がブレていた。
「人魚じゃないわ、アマビエとかそういう変わり種でも──」
「あ、あの!」
「──なくて、ん? なぁにナルちゃん」
「なんか、スイさん……ブレてません?」
「……あらホント。霊視に思ったより霊力使っちゃったみたい。すぐ直すわ、ごめんね変なの見せちゃって」
自身の手を見下ろしたスイはぐっと拳を握る。するとブレは収まり、元通りの巨大な美女の姿が現れる。
「…………顔、見えてないわよね?」
「顔……?」
「アタシの顔、この顔以外に見えたりしてなかった?」
あぁ、実際の顔のことか。霊体を変形させて実体化させているという今俺が見ている顔とは別の、肉体の……本来の顔。スイはそれを見られたくないのか。
「はい、別に透けたり消えたりはしてませんでしたし」
「……そう? よかったわ。ごめんなさい、続けるわね。彼なんだけど……んー、呪いの藁人形って分かるかしら? 夜中に神社の木に打ちつけるってヤツ」
「はい。生で見たことはないですけど」
「河童と人魚が同じ妖怪という括りとするなら、彼は藁人形と同じ括り。呪いの道具、負の感情の増幅器、指向性を持たせるためのもの」
「ちょっ……ちょっと、待ってくださいよ。そんな、生き物でもないみたいなっ……」
「妖怪って生き物かのぅ」
「幽霊も生き物ではないですよね……」
「ちょっと黙っててよ! そういうこと言ってるんじゃないんだよっ!」
予想外の霊視結果に混乱してしまって、ミタマとサキヒコに八つ当たり紛いの怒鳴り声を上げてしまった。
「…………ごめん」
「ナルちゃん……ごめんなさいね、アタシの言い方が悪かったわ。あなたは別に霊感がある訳でもないんだものね、生き物かどうかは気にしちゃうわよね。アタシはね、物を食べるとか心臓が動いてるかとかより、人格があれば生きてると思うの」
「人格……ですか」
「ワシは石像じゃが、長年大事にされて魂と人格が宿って今のワシになったんじゃ。ワシ今生きとるじゃろ? みっちゃんと一緒に居られて嬉しいと感じるこの心は、生きとる証拠じゃ」
フタの元に居る三匹の化け猫達は既に死んでいるが、生きている時と変わりなくフタの傍に居る。サキヒコだってそうだ、彼の身体は埋葬されても彼の心は今ここに生きている。
「そう、誰かと会話して、楽しんで、悲しんで……それは生きてるってことよ。彼はそれをしてるでしょ? なら生きてるのよ、そして……」
突然スイが机を叩く。バン! と大きな音に驚いて一瞬息が止まった。
「……こういう小バエは生きてないから潰しても問題ないのよ。はぁ……下の階の飲み屋がハエ湧かせてるみたいでね、上がってくるのよ。嫌よねホント」
「虫は虫で生きてますよ……えっと、それで……荒凪くんなんですけど」
「うん?」
「呪いの、道具って……その、じゃあ、誰かが誰かを殺したいとか考えて、荒凪くんを作ったってことですか?」
「う~ん……そこ、変なのよねぇ。指定した相手を呪いたいなら、道具に人格なんてない方がいいわよね? 作った人の手を完全に離れてるらしいし……何がしたくて作ったのかよく分からないわ」
「そう、ですか……」
「ごめんなさい。アタシ作者の心境を答えよ的な問題苦手だったのよ」
そういう話なのか?
「問題なのは原材料ね。藁人形は藁だし……蠱毒とかは虫だけど、彼は多分……」
「……魚?」
「人間ね。魚は感じないわ」
「やっぱりそっちですか……」
「もう少し奥まで覗けばその辺も詳しく分かると思うわ、どうする?」
「……お願いします」
荒凪は人間に作られた怪異。養殖ではなく人工とも言うべきモノ。それが分かっただけでは何の対策も出来ない。荒凪が無意識に周囲に与える悪影響を抑えるため、少しでも多くの情報が欲しい。
「OK。ちょっと失礼するわね」
スイは机に膝をつき、荒凪の頭をその大きな両手で優しく挟むように掴まえると、前髪を上げて額同士を触れさせた。
「リラックスしてー……ゆっくり息吐いて、吸って~……」
荒凪は素直に深呼吸をし始めたが、目を閉じたスイに対し彼は目を見開いたままだ。もしかして瞼の動かし方が分からないのかな。
「何、これ。どうやったらこんな、ぐちゃぐちゃに……」
「…………! すーちゃん! 離れろ、罠じゃ!」
ミタマが叫んだ瞬間、大きな何かに弾き飛ばされたようにスイの身体が一瞬浮いた。ソファに叩きつけられ、そのままソファが背後に倒れる。頭でも打ったのかゴッと鈍い音がした。
「な、何、荒凪くんっ? そんなに嫌だったの!?」
「違う! 罠じゃ! 今あーちゃんの体内で発動したのが視えた、逆を言えば発動するまで視えなかった……巧妙に隠していたということじゃ。あーちゃんを調べようとしたモノを、深い霊視中の無防備な霊体を、尽く破壊するために」
「……! スイさん!」
背の低い机を飛び越え、倒れたソファの後ろに回る。
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