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深夜の呼び出し (水月+ネイ・荒凪・ミタマ・サキヒコ)

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喉の奥にもう一つの口が控えている。それは、ウツボなんかが持つ特性だ。表に出ている一つ目の口で捕らえた獲物を、二つ目の口で体内へ引きずり込む……ウツボはそんな生態を持つ生物らしい。

(お腹辺りはイルカっぽく、声もイルカっぽい。ヒレは、種類はちょっと分かんないですけど、金魚みたいにヒラヒラはしてなくて、硬くて大きい……トビウオ系? でも蛇みたいな身体の長さはウツボと言われると納得するような、やっぱりヒレは全然違うけど)

特定の種の魚と人が合体したような人魚ではないようだ。まぁ、そもそも人魚かどうかも怪しいって話だからな。

「みつき、うがい、おわた」

「ん、じゃあもう寝よっか。おいで」

しかし人間の姿でも魚っぽさが残っているのは……体内は乾かないからか? 体内まで化ける必要を見出していないから?

「ふとん……? たかい」

「うん、ベッド。この上で寝るの」

「べど」

布団は知っているみたいだけれど、ベッドは初めて見たのか、身体を揺すってスプリングを楽しんでいる。

「これ枕ね」

放っていたらいつまでも座ったまま身体を揺すっていそうだ、枕を示して寝転がることを促した。荒凪は素直に横になり、枕に頭を乗せた。

「ちょっと詰めてね~」

隣に寝転がり、一緒にタオルケットを被る。

「電気消して」

少し声を張ると部屋の灯りが消えた。

「みつき」

「ん?」

「おやすみ」

「……おやすみ、荒凪くん」

ウェーブのかかった髪を撫で、目を閉じた。それから数十分後、スマホが鳴った。電話だ。荒凪を起こさないよう素早く取り、深夜遅くに電話なんて非常識だと内心怒りを覚えつつ部屋を出た。

「もしもし」

母はまだ起きているようだ、灯りが点いている。俺は廊下で電話に対応した。

『もしもし、水月くん? 先程ようやくノヴェムを寝かしつけたので、そろそろ来て欲しいのですが……』

「えっ、あ、あぁ……分かりました。すぐ行きます」

母がまだ起きている今、玄関から外に出るのは難しい。アキの部屋に行くフリをするか。

「あら、水月。まだ起きてたの?」

「はい。ちょっとアキきゅんのお部屋に突貫してきますぞ」

「ふーん……まぁアキならいいけど、セイカ寝不足にさせてやるんじゃないわよ」

ムラついてヤりに行くと思われてるな、これ。まぁ怪しまれずに外に出られたのでよしとしよう。ネイの家はすぐ向かいだ、庭を渡る用のスリッパもどきでも問題ない。

「…………あ、こんばんはネイさん」

インターホンに指を添え、音でノヴェムを起こしてしまわないかと不安になり、メッセージを送った。ネイはすぐに出てきて穏やかな顔で俺を出迎えた。

「こんばんは、水月くん。と、荒凪くんもいらしてくれたんですね。お茶請けを増やさなくては」

「え……? あれっ、荒凪くん! 寝たんじゃなかったの?」

「……みつき」

いつの間にか着いてきていた荒凪は俺の服の裾を握り締めた。

「裸足じゃないか、スリッパまだあったろ? 履いてくればよかったのに……すいませんネイさん、何か足を拭くものとかってありますか?」

「ウェットティッシュでよければ。怪我はありませんか?」

「えっと……はい、大丈夫そうです」

荒凪を玄関に座らせ、足を拭いてやった。傷などはない。

「きゅる…………ごめんなさい」

「俺の方こそごめんね、何も言わずに出てきちゃって……」

「水月くん荒凪くん、リビングへどうぞ」

「はい。ぁ、荒凪くん、ノヴェムくん寝てるらしいから廊下では静かにね」

人差し指を立て、唇に当てながら小声で伝えた。

「……のべむ、いる?」

「うん、ネイさんの子だもん」

「こ。おやこ?」

「うん、あれ、聞いてなかったっけ?」

「おやこ……よく、わからない」

荒凪の手を引いてリビングへ。ネイに促されソファに腰を下ろすと、背の低い机にクッキーが置かれた。

「コーヒーと紅茶、どっちになさいますか?」

「あ、お構いなく…………えっと、すいません、ミルクと砂糖大量に入れたコーヒーがいいです。荒凪くんは……荒凪くん、どっちがいい?」

「……? わかんない」

「ホットミルクで」

すぐにホットミルクと淡い色のコーヒーが運ばれてきた、いやカフェオレと言うべきか。

「すいません、ありがとうございます」

「……ありがとー、ねい」

荒凪も礼を言った。俺を真似たようだ。

「いえ、もう時間も遅いですし早速本題に入りたいのですが……掴んだ情報とは? 荒凪くんも居ていいんですか?」

「……はい。あまり大したことじゃないんですけど……日本神秘の会、ネイさんが言ってたのは略称だったみたいで、正式には日本神秘生類創成会、だそうです」

「…………なるほど。宗教法人として登録されている名前は確かに日本神秘の会なのですが、あの宗教はあくまで隠れ蓑に過ぎないということですね。しかし、生類創成が増えて、どう意味が変わるのか……その辺りも知れたんですか?」

日本神秘生類創成会、いちいち呼ぶには長いから神秘の会って呼んでいいかな。

「はい。神秘の会では妖怪を養殖してるみたいなんです」

ネイは深いため息をついた。

「やっぱりオカルト系ですか……上に止められてしまいますね。前にも言った通り、オカルトには我々は介入不可なので。神秘の会はこの国の安寧のため絶対に潰すべき組織なのに……! 霊能力者なんていう化け物相手のハンターじゃダメなんですよ、化け物を利用する人間の組織の相手は! ずっと言ってるのに……!」

「あ、熱くならないで……えっと、それで、妖怪を養殖してる理由は、富裕層向けの愛玩動物として……あと、兵器利用も、って」

「……後者が本命ですね、どう考えても。怪異を自由に操れたら人類の平和な繁栄なんて夢物語になる世界が来てしまう。ミタマさん、サキヒコさん、今いらっしゃいますか?」

チリン、と鈴の音。いつの間にかミタマとサキヒコが姿を現し、ソファに腰かけていた。

「やろうと思えばあなた達には総理大臣の暗殺など児戯、そうでしょう? あらゆる警報や監視どころか壁すらすり抜けるデタラメな霊という存在、ただ歩くだけで重要人物の隣に並べる……恐ろしい話ですよ。人間が操る怪異による国家転覆もありえない話じゃない」

「無理じゃぞ」

「無理、ですね。暗殺なんて……」

「総理っちゅうんは何度かてれびで見たが、ギッチリ護りが憑いとる」

「歩く結界、と言いますか……ある程度上り詰めた方は、ちゃんと霊の対策をしていますよね」

「ワシらに殺せるようなもんならとっくに死んどる。生霊やら呪いやら、人間の悪意によってな」

「ねい殿は我々を買い被りすぎだ」

「人間の悪意よりも人間を殺すものなどありゃせんよ」

ニィ、と口の端を耳に届きそうなくらいに持ち上げて笑うミタマから、暗く粘っこい嫌なプレッシャーが放たれる。

「……ですから悪意を持った人間が怪異という新たな武器を手に入れる可能性を危険視しているんですよ私は。怪異そのものではなく。そう言ってますよねずっと」

「ワシのカッコつけ返せ」

「あなた方の力だけで暗殺が果たせないのは分かりました……ですが、あなた方のその力がテロ組織などにとって有用なのは間違いない。神秘の会は新たな武器を流通させていると言ってもいいっ……絶対に潰してやる」

ネイの毅然とした態度のおかげでミタマの異様な雰囲気は萎んだ。呼吸すらしてはならないと思わせるような重苦しいプレッシャーから解放されてしまえば、喉元過ぎれば熱さを忘れ、ミタマの人外らしさをもっと長く味わっていたかったなんて考える。それが俺だ。
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