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伝わらない言葉 (水月+セイカ・ネイ・ノヴェム・シュカ・リュウ・レイ)

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目を覚ましたノヴェムに目を擦るのをやめさせ、自分の足で地面に立たせる。まだ目が覚め切らずぐらつく彼を俺はしゃがんだまま支え、前髪をかき上げ、そのオッドアイが開くのを待った。

「ノヴェムくん、おはよう」

あえて日本語で話しかけてみる。ノヴェムは目を閉じたまま「ん~」なんて生返事。

「のべむ、ほら、預かっていた物だ」

サキヒコがくったりとした大きな猫のぬいぐるみをノヴェムに差し出す。ネイが手に入れた射的の景品だ。

《ねこさん……》

ノヴェムは寝ぼけ眼ながらネコのぬいぐるみを嬉しそうに抱き締める。

《ねこさん、おとーさん、くれたの》

「ん……? キャット、ネコ? お父さん……ん?」

《おとーさん、かっこよかったぁ》

「……お父さん? ん? 寒い……? えっ?」

ダディ以外はよく聞き取れない。ノヴェムが寝起きで上手く口が回っていないからというのも大きい、大きいんだ、大きいはずだ、俺のリスニング能力はそこまで低くない!

「水月の英語力絶望的過ぎひん?」

「酷いですねぇ」

「なんだよお前らは分かったのかよ今のぉ!」

俺を嘲笑っていたリュウとシュカは顔を見合わせ、またくすりと笑った。

「ネコ、父親がくれました」

「父はかっこよかった、やろ。ネイさん、正解発表してくれへん?」

「どぅるるるるるるるるるる……」

人力ドラムロールだ。

「……るるるっ、ででん! 正解!」

「よっしゃー、優勝やー」

リュウが棒読みでノった。シュカは冷たい目でネイやリュウを見ている。いつもの二人のノリだ。

《あれ、みつき……おにーちゃん?》

「……! 今水月って言った? そうだよ水月お兄ちゃんだよ~」

《お兄ちゃんだぁ……えへへ。ノヴェムのとこ帰ってきてくれたの? お兄ちゃん》

「よしよし。起きた? おはよう」

「おはよぉ、みつきおにーちゃ」

ネコのぬいぐるみを抱き締めて、にっこりと笑う。幼いノヴェムの無邪気な笑顔はたまらなく可愛い、その笑顔を向けられる対象であることに引け目を感じるほどに。

「おにーちゃん、おにいちゃん……んー……ぅー……」

「ん? どうしたの?」

荒凪は何か悩んでいる様子だ。

「なんて言うか分からんのんとちゃう? 日本語勉強中やろ、その子も」

「秋風さんよりよっぽど喋ってるし、上手いですけどまだまだ途上ですからね。分からない言葉の一つや二つ、三つ四つ……」

「アキくん全然上達せぇへんよぉなったよな」

「狭雲さんに甘えてるんでしょう」

ジロ、とシュカの視線がセイカに向く。睨んでいる訳ではないが、切れ長の瞳の眼光は鋭い。

「……へへ」

そんな鋭い眼光を受け、セイカは緩い笑顔を返した。

「へへじゃないですよ」

「セイカ、ノヴェムくんなんか言いたいみたいだから聞いてやってくれないか?」

「あなたも甘えてますよね」

「水月の英語の成績も下がるわ……」

「ぇ」

セイカが驚いたような見開いた目で俺を見る。

「……甘えてんの、お前」

「ぅ、いや……英語の勉強は頑張ってるよ? 授業に置いてかれない程度にはさ、文法とかも結構やれるようになってきたと思うんだよ。ただ、その、俺……耳が自信ないって言うかぁ、ネイティブの発音は……ちょっと、と言いますか」

「実戦は大抵ネイティブ相手デスから、その発音に慣れなければ勉強の意味ありまセンよ」

「大半の日本人にとって英語は学歴積むためのモンで、実際に外人とコミュニケーション取るためのモンじゃないんです」

「悲しいデスね……」

「でも私は違います。実践的な英語を身につけたいと思ってます、機会があればご教授を願っても?」

「構いまセンよ、日本暮らしが長く衰えているかもしれませんが……」

海外暮らししたことないだろ。日本生まれ日本育ちのくせに。まぁでも、英語の実力は本物だから講師としては申し分ないだろう。

「幼い頃から慣れた言葉はたとえ土地を離れても忘れませんよ」

だから日本育ちなんだってネイは。

「シュカ、それって萌え萌えな博多弁をいつでも引き出せるってことか?」

「……私都会育ちなので方言薄いんですよ。方言枠は天正さんにお譲りします」

「え~、俺も方言薄まっとるてぇ」

「ああそうですか。じゃあ……あ、繰言さんたまにだべとか言ってませんでした? アレが安易なキャラ付けや意味不明なボケじゃないのなら、彼も方言枠ですね」

「ツッコんでや! コッテコテやないかい言うてや! いや俺程度でコテコテ言うんあれやねんけどもや、自分らからしたら十分コテコテやろっちゅう配慮っちゅうか侮りっちゅうか……」

「黙りなさい」

ぺちん、とシュカの裏拳……いや、拳を握ってはいなかったから、裏平手? とにかく、シュカはノールックでリュウの口に手の甲をぶつけて黙らせた。いや、リュウはその程度では黙らない、よく回る口だ。

「おにーちゃん、おにぃちゃん!」

「ん? どうした?」

よくもまぁあそこまで言葉が出てくるものだと感心しながら、シュカに反発するリュウを眺めていると、ノヴェムが飛び跳ねながら俺の手を引いた。

「……おにぃちゃん」

「んー……ごめんなぁ、お兄ちゃん英語よく分かんないから、日本語で言えなそうだったらセイカに」

そこまで言って、気が付いた。

「……水月くん? どうしましタ?」

息子のことなのだから、ネイに頼むのが普通では? セイカよりネイの方がノヴェムに立ち位置が近いし。じゃあ、あえてセイカを呼び付けて翻訳してもらおうとしている俺は……

「……甘えてる。俺甘えてたわ、セイカ。お前に」

「えっ」

「ごめんな、気を付けるよ」

アキとの会話はもちろん、テスト前の勉強、その他様々セイカの知識を頼ることは多い。自分で調べたりする癖を付けなければ俺はどんどんバカになっていく、これ以上バカになっては超絶美形では誤魔化し切れなくなる。

「ぁ、いや……別に…………俺は」

「ちゃんと言ったらどうっすか? ガンガン甘えて欲しいって」

「は!? いや、俺はそんなっ」

「否定とかいいっす。分かりやすいっすよ」

「そんな……違う……俺は、俺は、そんな」

「も~、同じことばっか言って。せーかくんの気持ち分かったっすよねせんぱい、じゃんじゃん甘えてあげて欲しいっす!」

「……セイカ」

レイに背を押され、俺はアキに抱えられているセイカの前に立った。

「な、何? 鳴雷……」

「授乳手コキ……してくれるってことか?」

「…………する……わけ、ねぇだろクソバカが!」

「痛ァ!?」

ガンッ、と金属製の脛が俺の腕を打った。
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