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花火を見せたい (水月+ヒト・荒凪・ハル・セイカ・アキ)
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クレープを食べ終えた荒凪の口周りの汚れを拭いてやり、車椅子のハンドルを握り直す。
「秋風さんはずっと狭雲さんを片手で抱いていますね、力持ちなんですねぇ。それとも狭雲さんがすごく軽いとか?」
「両方ですね。アキ、俺より力強いんですよ。俺の方が腕太いのに不思議ですよね。ま、俺もセイカを片手で抱っこし続けるくらい出来ますけど」
「素晴らしい。でも、流石に私を抱えるのは無理ですよね?」
「短時間ならイケると思います。寝てる間に床に落ちちゃったフタさんベッドに持ち上げたこともありますし……ヒトさんフタさんとそんなに重さ変わりませんよね?」
「……ええ、多分」
ヒトの機嫌が目に見えて悪くなった、フタの話題を出したせいか? 失敗した、一番分かりやすいエピソードだったけれどするべきじゃなかった、歌見の話にしておくべきだったか。
「お姫様抱っこしましょうか」
「目立ちますよ、お断りします。また今度……二人きりの時にお願いします」
冷たい声で突き放されたかと思えば、すぐに蕩けた顔を向けられる。キスどころか手を繋ぐことすら出来ないのが苦痛だ、もう組員にバラしてしまってもいいんじゃないか? ダメか。
「そろそろ花火の時間ですね、見に行きましょう。点火役は私ではありませんが、管理はしなければならないので少しの間離れますね」
「はい。あっ、あの……ダメだとは思うんですけど」
「はい……? 点火したいんですか?」
「…………フタさんにも、花火見て欲しいなって」
ヒトの表情が途端に歪む。眉間に皺を寄せ、何か言おうとしたのか一瞬口を開けたがすぐに歯を食いしばり、押し黙った。
「ダメですよね、やっぱり……暴れた人だって覚えられてるかもしれないし、また誰かに殴りかかるかもしれないし…………みんなで、花火見たかったんですけど、フタさんは無理……ですよね」
「…………あの髪が二色の方や、紅葉さん達の姿を見ていませんが……来ていないんですよね?」
なんだ? 突然。どうして彼らの話をするんだ? 俺はフタの話をしたいのに。
「あ、はい……カサネ先輩は人混み苦手で、ネザメさん達は誘拐とか気にしなきゃいけない人達だから……」
「あぁ、理由はいいんですよ。彼らはここに居らず、花火を見ることも出来ない訳ですが……それはいいんですか?」
「え……」
「見たってどうせすぐに忘れるフタに、そんなに花火を見せたいんですか? 他にも花火を見られない恋人が居るのに、フタだけは我慢出来ない?」
大人しくしているなら、周囲の人間に顔を覚えられていないのなら、車から連れ出すだけで花火を見せられるんだ。この場に居ない者と居る者とでは扱いは変わるだろう。
「……動画でも撮って、グループチャットにでも送ればいいじゃないですか。来ていない子達にも見せられますし、フタは忘れる度に見返せる」
「動画と、直じゃ……やっぱり違いますよ」
「現代っ子らしくない意見ですね」
「動画よく見る現代っ子だからこそです。臨場感ってあるでしょ。まぁ……ダメ元です、そんなにガッツリ説得されなくったって、フタさん無理に連れてきたりしませんよ……我慢します。撮って、後で一緒に見ます」
「……そうしてください。どうしても直接花火を見せたいなら、後日コンビニで手持ち花火でも買えばいいんです」
「あ、それいいですね。プチ花火大会! 彼氏だけ集めればヒトさんとも遠慮なくイチャつけますし」
「え……私? そ、そうですね、事務所の者の目がないなら、あなたと…………ふふ、鳴雷さん、あなたは私のこといつも考えてくれているんですね、フタの話ばかりするからちょっと焼きもち焼いちゃってました……刺々しい態度取ってごめんなさい」
「いや、そんな……謝るほどの態度じゃなかったですよ、俺がワガママ言ったのが悪いんだし。あ、すいませんいつまでも引き止めて、お仕事あるのに……行ってらっしゃいヒトさん、また後で」
公園の真ん中。夜店がなく、少し開けた場所。そこには花火が準備されている、ナイアガラ型と呼ばれる花火だ。地上から二メートル程のところに花火をたくさん括りつけたロープを貼り、滝のように火花を降り注がせる形のもの。アキもセイカも荒凪も初めて見るだろう、花火だけでなく彼らの反応も楽しみだな。
「……はい、行ってきます」
ヒトは名残惜しそうにしながらも花火の準備を進めている穂張組組員の元へ向かった。
「もうすぐ花火始まるよ、荒凪くん。結構光るから最初はびっくりするかもね、でも綺麗だよ」
「はなび……」
「そう、花火。また今度個人的に花火大会開こーって話になったから、今日で気に入ったら荒凪くんも参加してね。あぁそうそうセイカ、アキ花火ヤバいかも、サングラスかけとくよう言っといてくれ」
「ん」
短い返事の後、セイカは俺には少しも聞き取れない異国の言葉を操ってアキと話し始めた。俺が頼んだ忠告だけでなく雑談もしているのか時折笑い声が聞こえてくる。
「みっつ~ん!」
「うわっ……ハル?」
ドンっ、と背中に勢いよく抱きつかれた。顔は見えないが、この細い腕と浴衣の袖、何より男にしては少し高めの愛らしい声はハルのものだ。
「花火みっつんの隣で見たくて走ってきちゃった」
「そっかぁ、ふふ……手も繋ぐか?」
「うん! ね、ヒトさん花火の着火係とかやる感じ?」
「あぁ……ヒトさんがやるって言うか、タイミングの管理するとか言ってたかな。火ぃつけ終わったら戻ってくるってさ」
「ふーん。あの人みっつん独り占めしたがるしぃ、今日はあんま時間ないみたいだったしぃ……みっつんも二人きりがよさそうだったから~、みんなでみっつん達見送ったんだけど~」
「やっぱり気ぃ遣ってくれてたのか、ありがとうな」
まぁ、俺が彼氏達から離れたのは荒凪に兄弟や家族の話題を聞かせないようにしたかったからだが……ヒトが二人きりを好むから、というのもない訳じゃない。
「せーか着いてっちゃうんだもん、うわって感じ」
「俺が俺の意思で動けるように見えるかよ」
「アキくんに言えばよかったじゃん。みっつん二人にしてやろーとか、超可愛いハル様と一緒がいいな~とか?」
「…………鳴雷と一緒がよかったんだ」
「ピョッ……!」
ボソリと呟かれたセイカの本音に俺の喉から奇声がチラリ。
「そんなん俺らもだし~」
「いいだろ、そもそも鳴雷は荒凪連れてってたんだから」
「……ま、それはそうだけど」
「俺は好きなだけワガママ言っていいって秋風に言われてるし」
「もぉ~アキくん! あんまり甘やかさないの!」
名前を呼ばれたことだけは分かったのだろう、アキはハルを見つめて首を傾げた。
「俺が甘やかされるのが気に食わないならロシア語覚えるんだな」
「……ま、気に食わないって程じゃないけど~。せーかはツンツンしてワガママ言ってるくらいが一番平和だし? ね、みっつん」
「そうだな。顔べしょべしょにしてウジウジしてるのも可愛いけど、みんなで居る時だとちょっと気まずいからなぁ」
「ツンツンもべしょべしょもしてない!」
ウジウジの自覚はあるのか?
《肩に乗せろ!》
セイカがロシア語で何かを言った。アキは可愛らしく「だ!」と肯定の返事をし、セイカを担ぎ上げ肩に座らせた。
「ふん……いい景色だ」
「とぐろの兄の方じゃん」
「ちょっと二人のサイズ感近過ぎるけどな」
「……変形自在なら手足どうにかなりそうで割といいな」
「せーか割と漫画読んでるよね~」
「勧められた分はちょっとずつ読んでる。俺からすると霞染が結構読んでるの意外なんだけど」
「姉ちゃんが集めてるからね~」
漫画の話題に疼き始めたオタク心を押し殺し「まぁ有名作品ならちょっと分かるよ」な態度を保つ。これが俺にとっては何より辛い、歌見の個チャに長文送ってバランスを取るか……
「秋風さんはずっと狭雲さんを片手で抱いていますね、力持ちなんですねぇ。それとも狭雲さんがすごく軽いとか?」
「両方ですね。アキ、俺より力強いんですよ。俺の方が腕太いのに不思議ですよね。ま、俺もセイカを片手で抱っこし続けるくらい出来ますけど」
「素晴らしい。でも、流石に私を抱えるのは無理ですよね?」
「短時間ならイケると思います。寝てる間に床に落ちちゃったフタさんベッドに持ち上げたこともありますし……ヒトさんフタさんとそんなに重さ変わりませんよね?」
「……ええ、多分」
ヒトの機嫌が目に見えて悪くなった、フタの話題を出したせいか? 失敗した、一番分かりやすいエピソードだったけれどするべきじゃなかった、歌見の話にしておくべきだったか。
「お姫様抱っこしましょうか」
「目立ちますよ、お断りします。また今度……二人きりの時にお願いします」
冷たい声で突き放されたかと思えば、すぐに蕩けた顔を向けられる。キスどころか手を繋ぐことすら出来ないのが苦痛だ、もう組員にバラしてしまってもいいんじゃないか? ダメか。
「そろそろ花火の時間ですね、見に行きましょう。点火役は私ではありませんが、管理はしなければならないので少しの間離れますね」
「はい。あっ、あの……ダメだとは思うんですけど」
「はい……? 点火したいんですか?」
「…………フタさんにも、花火見て欲しいなって」
ヒトの表情が途端に歪む。眉間に皺を寄せ、何か言おうとしたのか一瞬口を開けたがすぐに歯を食いしばり、押し黙った。
「ダメですよね、やっぱり……暴れた人だって覚えられてるかもしれないし、また誰かに殴りかかるかもしれないし…………みんなで、花火見たかったんですけど、フタさんは無理……ですよね」
「…………あの髪が二色の方や、紅葉さん達の姿を見ていませんが……来ていないんですよね?」
なんだ? 突然。どうして彼らの話をするんだ? 俺はフタの話をしたいのに。
「あ、はい……カサネ先輩は人混み苦手で、ネザメさん達は誘拐とか気にしなきゃいけない人達だから……」
「あぁ、理由はいいんですよ。彼らはここに居らず、花火を見ることも出来ない訳ですが……それはいいんですか?」
「え……」
「見たってどうせすぐに忘れるフタに、そんなに花火を見せたいんですか? 他にも花火を見られない恋人が居るのに、フタだけは我慢出来ない?」
大人しくしているなら、周囲の人間に顔を覚えられていないのなら、車から連れ出すだけで花火を見せられるんだ。この場に居ない者と居る者とでは扱いは変わるだろう。
「……動画でも撮って、グループチャットにでも送ればいいじゃないですか。来ていない子達にも見せられますし、フタは忘れる度に見返せる」
「動画と、直じゃ……やっぱり違いますよ」
「現代っ子らしくない意見ですね」
「動画よく見る現代っ子だからこそです。臨場感ってあるでしょ。まぁ……ダメ元です、そんなにガッツリ説得されなくったって、フタさん無理に連れてきたりしませんよ……我慢します。撮って、後で一緒に見ます」
「……そうしてください。どうしても直接花火を見せたいなら、後日コンビニで手持ち花火でも買えばいいんです」
「あ、それいいですね。プチ花火大会! 彼氏だけ集めればヒトさんとも遠慮なくイチャつけますし」
「え……私? そ、そうですね、事務所の者の目がないなら、あなたと…………ふふ、鳴雷さん、あなたは私のこといつも考えてくれているんですね、フタの話ばかりするからちょっと焼きもち焼いちゃってました……刺々しい態度取ってごめんなさい」
「いや、そんな……謝るほどの態度じゃなかったですよ、俺がワガママ言ったのが悪いんだし。あ、すいませんいつまでも引き止めて、お仕事あるのに……行ってらっしゃいヒトさん、また後で」
公園の真ん中。夜店がなく、少し開けた場所。そこには花火が準備されている、ナイアガラ型と呼ばれる花火だ。地上から二メートル程のところに花火をたくさん括りつけたロープを貼り、滝のように火花を降り注がせる形のもの。アキもセイカも荒凪も初めて見るだろう、花火だけでなく彼らの反応も楽しみだな。
「……はい、行ってきます」
ヒトは名残惜しそうにしながらも花火の準備を進めている穂張組組員の元へ向かった。
「もうすぐ花火始まるよ、荒凪くん。結構光るから最初はびっくりするかもね、でも綺麗だよ」
「はなび……」
「そう、花火。また今度個人的に花火大会開こーって話になったから、今日で気に入ったら荒凪くんも参加してね。あぁそうそうセイカ、アキ花火ヤバいかも、サングラスかけとくよう言っといてくれ」
「ん」
短い返事の後、セイカは俺には少しも聞き取れない異国の言葉を操ってアキと話し始めた。俺が頼んだ忠告だけでなく雑談もしているのか時折笑い声が聞こえてくる。
「みっつ~ん!」
「うわっ……ハル?」
ドンっ、と背中に勢いよく抱きつかれた。顔は見えないが、この細い腕と浴衣の袖、何より男にしては少し高めの愛らしい声はハルのものだ。
「花火みっつんの隣で見たくて走ってきちゃった」
「そっかぁ、ふふ……手も繋ぐか?」
「うん! ね、ヒトさん花火の着火係とかやる感じ?」
「あぁ……ヒトさんがやるって言うか、タイミングの管理するとか言ってたかな。火ぃつけ終わったら戻ってくるってさ」
「ふーん。あの人みっつん独り占めしたがるしぃ、今日はあんま時間ないみたいだったしぃ……みっつんも二人きりがよさそうだったから~、みんなでみっつん達見送ったんだけど~」
「やっぱり気ぃ遣ってくれてたのか、ありがとうな」
まぁ、俺が彼氏達から離れたのは荒凪に兄弟や家族の話題を聞かせないようにしたかったからだが……ヒトが二人きりを好むから、というのもない訳じゃない。
「せーか着いてっちゃうんだもん、うわって感じ」
「俺が俺の意思で動けるように見えるかよ」
「アキくんに言えばよかったじゃん。みっつん二人にしてやろーとか、超可愛いハル様と一緒がいいな~とか?」
「…………鳴雷と一緒がよかったんだ」
「ピョッ……!」
ボソリと呟かれたセイカの本音に俺の喉から奇声がチラリ。
「そんなん俺らもだし~」
「いいだろ、そもそも鳴雷は荒凪連れてってたんだから」
「……ま、それはそうだけど」
「俺は好きなだけワガママ言っていいって秋風に言われてるし」
「もぉ~アキくん! あんまり甘やかさないの!」
名前を呼ばれたことだけは分かったのだろう、アキはハルを見つめて首を傾げた。
「俺が甘やかされるのが気に食わないならロシア語覚えるんだな」
「……ま、気に食わないって程じゃないけど~。せーかはツンツンしてワガママ言ってるくらいが一番平和だし? ね、みっつん」
「そうだな。顔べしょべしょにしてウジウジしてるのも可愛いけど、みんなで居る時だとちょっと気まずいからなぁ」
「ツンツンもべしょべしょもしてない!」
ウジウジの自覚はあるのか?
《肩に乗せろ!》
セイカがロシア語で何かを言った。アキは可愛らしく「だ!」と肯定の返事をし、セイカを担ぎ上げ肩に座らせた。
「ふん……いい景色だ」
「とぐろの兄の方じゃん」
「ちょっと二人のサイズ感近過ぎるけどな」
「……変形自在なら手足どうにかなりそうで割といいな」
「せーか割と漫画読んでるよね~」
「勧められた分はちょっとずつ読んでる。俺からすると霞染が結構読んでるの意外なんだけど」
「姉ちゃんが集めてるからね~」
漫画の話題に疼き始めたオタク心を押し殺し「まぁ有名作品ならちょっと分かるよ」な態度を保つ。これが俺にとっては何より辛い、歌見の個チャに長文送ってバランスを取るか……
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