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兄弟に取り合われて (水月+ヒト・フタ)

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祭りの喧騒が遠く聞こえる。舌と舌を絡め合う淫靡な音ばかり大きく聞こえる。ヒトの熱が伝わってくる、ヒトの興奮が伝わってくる、この腕も唇も二度と離したくない。

「んっ……ん、ふ…………はぁっ、ふふ……鳴雷さん、激しい……」

「……ヒトさんが煽るから」

名残惜しい。永遠に抱き合っていたいしキスしていたい。でも、それじゃせっかく紅潮して可愛らしい顔が見られないし、言葉も交わせない。それに、フタを解放出来ない。

「ちょっと汗かいちゃいました……ってちょっと鳴雷さん! 何やってるんですか!」

黒い車の後部座席の扉を開けた。すぐに扉との隙間に身体をねじ込み、ヒトが扉を閉められないようにする。

「……あ、みつきぃ」

先程見た時は仰向けだったのに、フタは今はうつ伏せだ。海老反りの要領で顔を上げた彼は俺を見つけるとふにゃりと笑った、そこにネイを襲ったあの苛烈さはない。

「え……ちょっとヒトさん、親指だけ縛ってあるんですか?」

「結束バンドって言いませんでしたっけ」

「いや結束バンドのこういう使い方知りませんよ普通の高校生は……うわ痛そう。フタさん、大丈夫ですか?」

「指いた~い」

拘束を解こうと暴れたのか、フタの親指は赤くなっている。

「今外しますからじっとしててください」

「は~い」

「ちょっと鳴雷さん……」

「今は大人しいし大丈夫ですよ」

ヒトも同意見ではあるのか、それ以上は何も言ってこなかった。結束バンドを外すとフタは手をグッパッと動かし、それから大きく伸びをして起き上がった。

「はぁ~……ありがとみつきぃ。ね、みつき、なんで俺動けなかったの?」

「……暴れて危ないから縛って閉じ込めたんですよ」

「え? なんで?」

「知りませんよ、なんで急に人に殴りかかったりしたんです?」

「ヒト兄ぃに殴りかかったの? 誰が?」

「ややこしい名前ですいませんね」

ヒトは不機嫌そうに鼻を鳴らす。彼の予想通り、フタに事情説明をさせるのは不可能だろう。

「フタさん、急に知らない人を殴ったんですよ」

フタからしてみればネイは知らない人、だよな? ミタマの首を切りつけた時だとかに顔を合わせたことくらいあるはずだが、フタがネイを認識しているとは思えない。

「殴った……? 誰が?」

「フタさんが。拳ちょっと痛くなったりしてませんか?」

手の甲をすりすりと撫でてみるもフタは俺からのスキンシップを喜ぶばかり、暴力に慣れた彼の拳はあの程度使ったところで痛まないらしい。

「……痛いところ、ありませんか?」

「ん~……頭ぁ、このへん」

フタは側頭部を指す。ヒトが下駄を履いたまま蹴ったところだ。

「冷やしたり……でいいのかな、血は出てなさそうですね。立てますか? シェパードさんのとこ行きましょう」

「みつき」

「はい?」

「みつきかわいいねぇ。なんか、ん~……? なんだろ、ちがう。みつきなんだけど、ちがう気がする」

「…………あっ、浴衣着てるからですかね? 普段洋服なので、雰囲気違うってことですか?」

「……な訳ないでしょ、普段なんて覚えてませんよこのバカは」

ヒトが背後から冷める言葉を投げかけてくる。けどこれは俺が今フタに構っているから、大人気なくも悋気している証拠。俺にはそれが分かるからヒトへの気持ちもフタへの気持ちも燃え上がるばかりだ。

「も~、冷たいこと言って。そんなこと言う暇があったら俺の浴衣姿褒めてくださいよ」

「え……す、少し時間を」

「えぇ? 弟への憎まれ口はポンポン出てくるのに、恋人への褒め言葉は出てこないんですかぁ?」

挑発しながらヒトの大きな身体にもたれかかる。俺よりも小柄な彼氏達には出来ないスキンシップが楽しくて、自然と笑みが零れる。

「た、たくさん出てくるので選ぶのに時間がかかるんです! えっと……可愛いと思いますよ私も、でもそれ以上にカッコイイと思います。和装というのはやはり色気が惹き立って素晴らしい、ただ……だからこそ少し、目のやり場に困るというか」

ヒトの指がうなじを逆撫でる。突然の刺激への驚きとくすぐったさで身を跳ねさせると、ヒトの両腕が身体に巻きついた。

「…………抱かれたい」

絞り出すような吐息混じりの声。背後で響く車の扉が閉まる音。

「ぇ、わっ」

ぺっぺっとヒトの腕が俺から引き剥がされ、似た体格ながらアンバランスな肉付きの男に背後から抱き締められた。

「……みつき俺のぉ」

俺の肩に顎を乗せ、不機嫌そうな声でフタはそう言った。

「はぁ!? 私のですけど!?」

「俺の!」

「ちょ、ちょっとやめてください、どっちのでもありませんから! も~……仲良くしてくださいよぉ」

「ね~みつきぃ、あっちなんかやってるよ。楽しそうだし一緒に行こ~」

「お祭りですよ。フタさんさっき暴れたからダメです、怖がられちゃうし最悪通報されちゃいます」

「これ以上の騒ぎは避けたいものですね。車の中でじっとしていてくれませんか?」

「なにが面白いのそれ」

「てめぇが暴れるから悪ぃんだろうが!」

「まぁまぁまぁまぁ! ヒトさん怒鳴らないで! フタさん覚えてないみたいですし……ねっ?」

「覚えてなきゃ無罪ですか?」

「割とそういうもんじゃないですか? 責任能力云々とか……よく知りませんけど」

「でも酔って物壊したら普通に弁償するものですよ」

「記憶なくすほど酔うのはその人が悪い気がしますし……フタさんが忘れっぽいのはフタさんのせいじゃありませんし」

「フタには甘いんですね、私には厳しいのに」

ふいと顔を背けて拗ねる仕草はとてもアラサーの男とは思えない。だがそれがイイ。

「みつきぃ、あっち行こ~」

ヒトがそっぽを向いたのをいいことに、フタが俺を祭り会場へと引きずる。踏ん張ってはみたものの、簡単に持ち上げられて何の抵抗も出来なくなった。

「ダ、ダメです! ダメですってば! 通報されちゃう!」

「フタ! 待ちなさい!」

何とかヒトに助け出され、彼と二人がかりでフタを車に押し込んだ。だが、拘束なしで彼をここに閉じ込めておくことは出来ないだろう。

「やっぱり縛っておきましょう」

「可哀想ですよ……」

「代わりのアイディアが?」

「ぅ……それは…………あっ、そうだ。ヒトさん紙あります?」

「ええ、本部の方には……少々お待ちください」

神社に立てられたテントへと走るヒトを見送り、祭りへ行きたがるフタを宥めながら、俺は自分のアイディアが上手くいくことを強く祈った。
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