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跡をつけよう (水月+ミタマ・サキヒコ・セイカ)

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秘書が帰り、母も家に戻った。プールには血が混じっているので、念の為今日は入るなとアキに伝えた。

「血、下水に流して大丈夫かな?」

プールサイドに垂れた血は既に排水溝まで追いやって流してしまった。その後でセイカが不安を口にする。

「俺は手のひらの薄皮溶けただけだし、水と混じって薄まれば大丈夫じゃないかな。プールも多分入っても何ともないだとは思うし」

「ビニールとか注射器は大丈夫でも、金属が腐食しないかは別問題だろ。水道管に何かあったら修理すごく大変だぞ」

「でももう流しちゃったし、心配しても仕方ないよ。もう部屋に戻ろう、荒凪くんも……あー、荒凪くんは俺が運ぶよ。足痛いもんね。じっとしててね」

デッキチェアに大人しく座っていた荒凪を抱き上げる。見た目相応の重さだ。

「待て待て待て待て待て鳴雷!」

「な、何?」

「お前びっしょ濡れだろ!」

「え? あ……」

そういえば俺、荒凪にプールに引きずり込まれたんだったな。まずい、忘れたままアキの部屋に行って秘書と話し込んだぞ。床濡らしちゃったかも。

「そいつは秋風に任せろよ。着替えは分野とかに持ってきてもらうとしてさ、それ脱いで絞って体拭いてろ」

「あ、あぁ……そうさせてもらうよ、悪いななんか」

アキに荒凪を託し、ミタマとサキヒコに着替えを持ってくるよう頼んで服を脱ぐ。絞ってから洗濯機に入れるつもりなので、脱いだ服は適当に投げた。

「……! うわ……」

足に鱗の跡がくっきり残っている。そんなに強く長時間締められた訳でもないし、夏物の薄地とはいえ布越しだったのに。

「ほぉー……すごいのぅ」

サキヒコと共に着替えを持ってきてくれたミタマが俺の下半身をしげしげと眺めながら呟く。

「コンちゃん、おかえり。サキヒコくんも。やっぱりすごいと思う? ちなみに大きさだけじゃなくて持久力も硬さも最高水準だから」

「そっちの話じゃないわぃ! はよしまえ!」

顔に丸めたトランクスを投げ付けられた。痛みは全くないし、汚くもないけれど、不愉快だ。

「……少し巻き付かれただけでそれか、恐ろしいな。痺れや痛みはないか?」

「全然ない」

「そりゃそうじゃ、鬱血痕じゃあるまいし」

「え、違うの? じゃあ何?」

「ワシが噛んだ時に驚いて全身に霊力を込めたのじゃろう。単なる質の違う霊力の残滓、それが肉体に浮き出ただけじゃろうから不都合はない。そう気にするな」

「スタンプみたいなもん?」

「ふむ……絞り出して溜めた絵の具に別の色の絵の具を数滴落としたようなものじゃ、混ぜなければ表面に残って目立つ柄となるじゃろ? 肌が新陳代謝で剥がれるように、日常生活の中で霊体もまた新しい霊力へと置換されていく。表層にこびりついた別の霊力など、すぐに消える」

「へー……」

「…………しかしポッと出の魚に跡をつけられるのは不愉快じゃな。みっちゃん、腕を出せ」

「ん? うん」

ミタマが俺の腕をぎゅっと握り、しばらくして離す。

「……よし、ついたじゃろ」

ミタマに握られていたところには肉球の跡があった。

「えっ何で!? 手形じゃなくて肉球形って、可愛い~! コンちゃん手に肉球……ないよね? 今ないよね、えっ何で何で~?」

「霊力を放出する形を歪めれば好きな形に変えられる。そうさな、もう一つやろうか」

ミタマは今度は俺の手を取り、手の甲に口付けた。すると、手の甲にハートの形の跡が浮かび上がってきた。

「おぉ! 可愛い!」

「ワシからの気持ちの形じゃ」

「えっ……もうコンちゃんったら~! 急にキュンキュンさせてくるじゃん!」

「……ミツキ、私もやりたい」

「サキヒコくんも? じゃあ左腕でいいかな」

「霊力を込めた手で触るんじゃ。みっちゃんに霊力を流し込むんじゃないぞぃ、下手に死者の霊力を流し込むのは危険じゃ」

俺の左腕を握ろうとしていたサキヒコの手が止まる。

「……危険って、具体的には?」

「布団でぬくぬくしとるのにひんやりジェル枕を急に突っ込まれるようなもんじゃ、びっくりするじゃろ」

あまりにもしょぼい危険だ、ミタマの口から「ひんやりジェル枕」とかいう単語が飛び出した衝撃の方が大きい。サキヒコは安心した様子で俺の腕を握った。

「……ミツキ、これが私の気持ちを形にしたものだ」

サキヒコの手が離れる。形容し難い、奇妙な模様が浮かび上がっている。何だこれ、腐った桃を地面に叩きつけたような……ホントなんなんだこれ。

「さっちゃんの気持ち、怖いのぅ」

「……!? ち、違います! 私もミタマ殿に倣ってはぁとを描いたのです!」

「下っ手くそじゃのぉ~、さっちゃんみたいなのを当代では画伯っちゅうんじゃ、画伯じゃ画伯、よっ画伯サキヒコ!」

めっちゃからかわれてる……お化け的にはこれ、絵が下手とかそういう分類なの?

「も、もう一回、ミツキ、もう一回だけ私に挽回の機会を!」

「あ、う、うん……じゃあ、二の腕とかに」

手の甲にこんな跡残したら彼氏達に心配されてしまう。俺からは少々見えにくいが二の腕を選んだ。そしてまた、歪で気味の悪い模様を描かれた。

「何故!」

「霊力操作ド下手くそじゃのぅ。まるでパスタにかけるチーズを机にドバっと出してしまうよう……ヤーッ! って感じじゃ」

「はぁとを……私は、はぁとを作りたかったんだ。信じてくれミツキ、似ても似つかないがはぁとなんだこれは」

「う、うん、ハートだね。気持ちは伝わってるよ。サキヒコくんハートの意味は分かってるよね?」

「心臓だろう?」

それはそうだが、マークとして送る際は「好き」が一般的だろう。分かっていなかったのか?

「ミツキと居るととうに止まったはずの心臓が跳ねる、痛む…………心臓は命そのものだ、私の命は既に主様のために使ってしまったが……今確かに跳ねているこの心臓は、今ここに居る私の存在は、ミツキに捧げる」

「……そんなに俺のこと想ってくれてるんだ。嬉しいなぁ……返せてるかなぁ、俺。俺も愛してるよサキヒコくん」

小さな身体を抱き締めて、その冷たさに震える。いくら触れ合っても変わらない体温が少し寂しい。

「跡が上手くハート型にならない訳だよ」

気軽なマークのイメージがあるハートに込めるには、少々大き過ぎる気持ちだ。

「……?」

「ふふ、サキヒコくんは可愛いね」

「ぁ……あり、がとう。日本男児として、年積の者としては、あまり喜ばしくない言葉だが……ミツキに、惚れた……わ、私、サキヒコにとっては……とても嬉しい言葉だ」

「…………本当にもう、可愛いなぁ」

下着以外の服を着るのを忘れたままサキヒコを愛でる。サキヒコ越しに見たミタマは「下手な方が得など理不尽じゃ」と不満げに尾を揺らしていた。
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