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食べた? (水月+セイカ・アキ・荒凪・ミタマ・サキヒコ)

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胸ぐらを掴まれたと認識した瞬間には、俺の身体は浮いていた。アキやシュカなんて目じゃない怪力でプールの中へ、水中へと引きずり込まれた。

「鳴雷っ!」

「……っ!?」

まずい。水面は遠くないのに、届かない。いや、掴まれているのは服だ、焦らず脱げば──足に何かがぐるぐると巻き付いた。蛇、いや、魚の尾? 荒凪の下半身だ。

「がふっ……」

巻き付かれた驚きと足を動かせなくなった恐怖で慌てて息が漏れる。苦しい。歪む視界の中、荒凪が俺の顔に向かって泡を吐いた。

「…………っ、はぁっ……はっ、ひゅ……え?」

泡は何故か俺の頭の周りに留まり、ヘルメットのように、宇宙服のように、俺の頭を水から除いた。呼吸も問題なく出来る。

「水月」

「…………」

「水月」

鋭い爪が泡をつつく。けれど破れることはなく、荒凪はニコニコと笑っている。彼の首に三本ほど切れ目が見えた、エラのようだ。彼はそこで呼吸している……なら、この泡を作り出す力は、俺と水中に居るためだけのもの、人間と共に泳ぐためだけに身に付けた技なのか? 本当に害のない妖怪なんだな。

「ごめんなさい」

「え? あ、いや、びっくりしたし一瞬苦しかったけど、大丈夫だよ」

喋っても問題ないみたいだ。

「……? ちがう。ずっと、返事しなくて」

「あぁ、そっちか」

「僕達まだ、人間だと声、上手く出ない」

「……そうなんだ」

話せているだけでなく、表情もちゃんと変わっている。まんまるな目は相変わらず見開かれたままで少し気味が悪いけれど、それもまた可愛い。

「俺の言葉はちゃんと届いてたんだね?」

「うん、ごめんなさい。話しかけてくれて、嬉しかった」

「……表情とかも人間に化けてると上手く出来ないのかな?」

「身体、上手く動かない。手、引っ張ってくれたの、歩きやすかった。ありがとう。水月、俺達……痛っ!?」

「ぅぐっ……!」

ぎゅうぅっ、と足を締め上げられる。振り向けば大きな狐が荒凪の尾に牙を立てていた。狐は激しく首を振る、俺の足を離させようとしている、のか?

「コンちゃん!? 待って違う! 荒凪くんは俺を襲ってる訳じゃ……!」

尾が緩んだ瞬間、首根っこを掴まれ、引っ張り上げられた。顔が水面に出ると同時に泡は割れ、俺はそのまま服を掴まれて引っ張られ、プールサイドに持ち上げられた。

《はぁっ、クッソ重い! ふざけんなよ兄貴……何なんだよその魚のバケモンは!》

「アキ……」

「鳴雷っ、無事か? よかったぁ……急に引きずり込まれたから、俺っ……! はぁ……もう、気を付けろよなぁ……いくら顔が可愛くても化け物は化け物だろ?」

「違うんだよ! 助けてくれたのはありがとう、でも勘違いなんだ。荒凪くんすぐになんか、泡? みたいなの俺に纏わせてさ、息出来るようにしてくれたんだ。すごかったよアレ」

「はぁ……?」

涙を滲ませていたセイカの表情が怪訝なものへと変わっていく。

「確かじゃぞ。みっちゃんは水中で喋っとった。ちゃんと見てから噛めばよかったわぃ……怪我させてしもうた」

プールサイドに上がってきたびしょ濡れの狐は一切濡れていない金髪の美少年の姿へと変わる。

「コンちゃん……勘違いだったけど、まぁありがとう、助けてくれようとして。気持ちは嬉しいよ、本当に。荒凪くん、荒凪くん大丈夫? 怪我どんな具合?」

「…………痛い」

水面に顔だけ出した荒凪は眉尻を下げ、悲しそうに呟いた。

「ごめんね、俺が溺れると思ったみたい……荒凪くんが嫌いで噛み付いた訳じゃないんだ、許してあげてくれる?」

「僕は、いいけど……僕は、痛がってるし……俺もいいけど、俺痛がってるし」

「ん……?」

「お前が急に鳴雷引っ張るのが悪い! シャチがアシカ攫う時の動きだったぞ、水中でも……何だっけ? 大丈夫に出来るんだっけ? だったらそれ説明してからやれよ! こっちには水着の用意とかあるんだ、鳴雷びしょ濡れじゃねぇか」

「セイカ、あんまり怒らないであげて……」

とぷんっ、と荒凪の姿が水の中に沈む。揺れる水面からは水中をうねる人魚の像が歪んで見えた。

「拗ねちゃったかな」

「……俺言ったの正論だもん。ぁ……誤解だって秋風に言っとかないとな、仕留めかねない。秋風~」

昨日の晩から今朝にかけて、セイカとアキの距離が妙に空いていたように感じたのだが……戻ったのかな? 仲直り出来たのか、いや、喧嘩ってほどのことはしてなかっただろうけど。後で聞いてみよう。

「けほっ……」

「コンちゃん? 水飲んだ?」

「……いや、そういう訳ではないが……げほっ、けほ……ごほっ」

咳き込むミタマの背をさすりつつ、不意にプールを見る。大きな魚の尾から伸びる赤い霧のような血が目を引いた。

「生の物を与えないこと……外で濡らさないこと、一日四時間は泳がせること……彼の身体の一切を食べないこと…………食べ、ない……コンちゃん…………噛んで」

血が出るほどに噛み付いて、首を振って、アレはもう「食べた」ことになるのでは? 肉の一欠片、血の一滴でも飲み込んでしまったのでは?

「コンちゃんっ、不老不死になってない!?」

元から不老不死みたいなもんだろ付喪神なんだから、なんて返事を待っていた。けれどミタマからの返事はなく、彼は血を吐きながらプールサイドに膝をついた。

「……!? コンちゃん、コンちゃん!? は!? 何これどういうこと!?」

咳き込む度に血が吐き散らされる。嗚咽したミタマの口から固形の血の塊のようなものが滑り落ちる。セイカとアキも傍に駆け寄り、サキヒコも姿を現し、荒凪もプールサイドに手をかけて心配そうな目を向けた。

「あっ……えっ、と……えっと、サキヒコくん母さん呼んできて!」

焦りながらも俺は一番早く母の元へ辿り着けるであろうサキヒコを選び、託した。

「セイカは俺のスマホ使って秘書さんに電話!」

「わ、分かった!」

続けてセイカにスマホを投げ渡す。

「アキ、コンちゃんの背中さすってあげて。分かる? 背中、なでなで」

「……! だ!」

アキにミタマの介抱を変わってもらい、俺は荒凪に向き直る。

「荒凪くん、何か分かる?」

問い詰めるように言うな、問い質すように言うな。

「コンちゃんがこうなったことに、心当たりとか……ないかな?」

決して脅すな、優しく聞くんだ、俺。
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