上 下
1,529 / 1,971

食事の楽しさ (〃)

しおりを挟む
一欠片のおやつをエサにパグ犬をカサネの部屋に閉じ込めた。

「まぁ何かあるだろ」

カサネは冷蔵庫を開き、冷凍庫を開き、首を捻る。

「使っていいもん分かんねぇべ……悪い鳴っ、み、水月くん。なんか、こう……届けてくれるやつ」

「出前頼んでいいんですか? やった、何食べようかな。カサネたんは何食べますぅ?」

「俺はいいって」

「別に食べられない訳じゃないんでしょ? 一緒に食べましょうよ、寂しいじゃないですか」

白と黒に分かれた髪、その前髪はカンナほどでないものの長めで、目が隠れたり隠れなかったり……という具合。そんな髪の向こうからじとーっと俺を見つめている。いや、睨んでいる?

(セイカ様みたいにジト目って訳じゃありゃーせんが、かわゆいですなぁ。ちょっとタレ目? 前髪長くて目元よく見えませんな……)

顔をしっかり見せてくれと頼んだら、カサネは余計顔を隠してしまうと予想する。

「嫌ですか? 今はもう味も匂いも普通なんでしょう?」

「……食うってのが脳みそからすっぽ抜けちまったの。カロリーバーも無理矢理食ってるだけで、本来食事なんかしたくないワケで…………なぁ、飯食うのが至上の喜びって人間ばっかりじゃないんだ。押し付けないでくれよ」

「押し付けたつもりはっ……ごめんなさい、じゃあ……一人分だけ頼みますね」

ここまで嫌がられるとは思っていなかった。食事は喜びだと思う、そうでなければ辛いだろう。毎日しなければいけない行為なのだから、喜びがなくては。

「あぁ、そうしろ」

俺はカサネに一口でも食べてもらいたくて、大盛りを頼んだ。カサネは俺と一緒に食べ始めようという意識すらないらしく、部屋から持ってきていたらしいカロリーバーを開封し、齧り始めた。

「…………あ、来たみたいです。もらってきますね」

「ん」

カロリーバーを食べ終えたカサネの生返事を受け、玄関へ。届いた大盛りトンカツカレーを受け取り、カサネの向かいに座る。

「うーん……思ったより多いですね」

「それくらい食えるだろ? 男子高校生って大食いらしいじゃん」

「バー一本で満足してる男子高校生が何言ってんですか。ちょっと手伝ってくれません?」

「自分で食えるだけ食えよ、俺に食わせて足りませんじゃバカだろ」

本当に食べるのが嫌いなら俺も強要はしないけれど、カサネは長い間正常な食事が出来ず食事の楽しさを忘れただけなんだろう? 食わず嫌いとそう変わらないじゃないか。食べてみたら気に入るかもしれない、もしそうなったら今まで嫌がっていた分だけ後悔する。彼氏の後悔は減らしてあげたい。

「美味し~。俺あんまり辛いのは苦手なんですけど、これちょうどいいです。コクがあって」

ずっとカロリーバーばかりを食べていたのなら刺激の強い物は避けた方がいいだろう。けれど鼻腔を突き、食欲をくすぐって欲しいのでカレーを選んでみた。

「トンカツはサクサクで美味しいですね、カレーに浸かってるところもまた、味が染み込んでて……」

「…………お前そんなに俺に飯食わせたいワケ? 食レポしながら食うのが癖とは思えないけど」

「……バレました? 食事って人生の結構な割合占めてるじゃないですか。三大欲求の一つですし、どうせなら楽しんだ方がいいと思いません?」

「バーなら食べながら作業出来るし、結構な割合占めてるとは思えないな。三大欲求ね……食欲性欲睡眠欲だっけ? 三つともあんまりねぇんだよ俺」

めっちゃ寝てそうなのに。

「はぁ……ま、お前がそこまで言うなら一口くらい食ってやるよ。お前を諦めさせるためにな」

そう言って右手を差し出すカサネに、俺はスプーンを突き出した。

「あーん」

「…………はぁ」

深いため息をつき、カサネは俺の手からカレーを一口食べてくれた。

「んっ……」

カサネは一瞬眉を顰め、口元を押さえ、それから僅かに表情を緩ませた。

「懐かしい……カレー食べたの久しぶりだよ。言ったよな? 癌のせいか薬のせいか、飯が変な匂いして食うの嫌になったって。カレーは香辛料キツめだからか、そんなに変な感じしなくてさ……家で薬入れてる時はよく食ってた」

「入れてるって、飲んでる……じゃなくて?」

「知らねぇの? 抗癌剤は錠剤や粉薬じゃねぇよ。液体。首……じゃねぇな、胸? この辺? に穴空けて、管挿して、何時間か入れっぱ。点滴じゃねぇけど、まぁ似た感じ」

「へぇ……」

「ステージ4だからキッツい薬入れられてさ、癌が縮んだら腹開いて、切り取って……しばらくしたら転移が見つかって、また薬入れて、また別の転移があって、切り取ったり……色々…………地獄だったね。殺すなら早く殺せって気分になる。いや、今もかな……俺なんか、何者にもなれないんだから……あのままドラマチックに非業の死でも遂げた方がまだお話になったってもんだぜ。癌根治した少年、引きニート化の末自殺~……とか、虚しいだろ? 医療ってヤツがさ」

なんだ、将来が不安なだけなんじゃないか。長く死を見つめていたからそっちを向きがちになっているだけだ。

「もう一口食べます?」

「…………うん」

「……ね、先輩。根治したんですから、もう忘れちゃいましょ? 自殺とか考えちゃってるんだったら尚更、今を楽しまないと。美味しいもの色々食べて、色んな人と話してみて、恋人と恋人らしいこともしてみましょうよ」

「………………お前オタクだけど陽キャだな」

初めて言われた、俺は自分のことをド陰キャだと思っている。今のは別に俺の人生の心構えだとかじゃない、客観的に考えた励ましの言葉だ。

「もし先輩が将来働けなかったら俺が養いますよ、毎日可愛い笑顔で出迎えて俺を癒してください」

「は……? なっ、何言ってんのお前。バカじゃないの、高校生カップルが同棲とか結婚とかありえないんですけどっ。ホ、ホモハーレムとか長持ちする訳ないっ、学生の間のお遊びだろっ」

そう否定するカサネの頬は確かに赤い。俺のプロポーズ紛いの言葉にときめいてはくれたようだった。
しおりを挟む
感想 440

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

処理中です...