冴えないオタクでしたが高校デビューに成功したので男子校でハーレムを築こうと思います

ムーン

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おまけ

おまけ 一、二、三の秘密

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※三人称視点 水月と出会う前の穂張三兄弟のお話。




201X年12月25日都内某所。早朝。

「ここに麻薬を卸してた根っこの組織の壊滅、デリヘル業からの完全撤退、金貸しも辞めさせて……後何やったっけ?」

「ショバ代取るのやめさせたとか~?」

「あぁ、それもやったな。他にも何か色々やった気はするが……ぁー、まぁいいや、別に」

とある事務所の一室、着物に身を包んだ地黒の青年と足首まで髪を伸ばした若い男が話していた。親指二本を結束バンドでまとめられ、目隠しをされ、猿轡をされ、吊り下がった縄を首にかけられ、キャスター付きの椅子に乗せられている中年男性の前で。

「金遣いの荒い組長さんは、シノギがなくなっても生活水準を下げられず……なんか、色々嫌になって……自害! ってシナリオって訳。どう?」

「いいんじゃない?」

「死体もウチの医者に処理させるから、多少拘束痕あっても大丈夫だし……組員はお前が黙らせるよな? 次期組長」

「もちのろーん。任せてよ」

「よし、じゃあこっちおいで。そのまま前に進んで……ストップ!」

着物の青年は長髪の男の背後に回り、優しく肩を押して中年男性の前まで導いた。長髪の男は盲目なのだ。

「……育てる気のない子作り、結果として存在する悲惨な幼少期を過ごした二人……の、大人。そう、大人になってんだ、お前の息子は三人とも。おかしくないか? 俺の両親は俺が学生だった頃に死んだのによぉっ! なぁ! おかしいだろおかしいよな正しくないよなこの世界! でもそんなのダメだよな? 俺のご主人様が生きてるこの世界が正しくないなんてダメだよな? 飼い犬の俺が正さないとな……ってことで死ね。ほら、サン、巣立ちだ。殺せ」

「ボクすだちよりレモンの方が好きかな」

長髪の男が椅子を蹴り倒す。中年男性の首に彼自身の全体重がかかり──

「…………ばいばい、パパ」

──ほどなくして痙攣が止まり、脱力した身体がだらんと垂れ下がる。

「っしゃ、死んだな」

結束バンド、目隠し、猿轡が外される。

「パパ死んじゃった?」

「あぁ、俺からのクリスマスプレゼントだ。嬉しいだろ?」

「……汚い金で後生大事に育てられてきたことに気付いた時、吐き気がした。ヤクザ嫌いなんだよね、ボク。そんな潔癖症のボクに……世の中の汚いモノなーんにも見てないボクに、殺しやらせるなんて、それも実の父親……はぁ、ホント性格悪いよねまひくん。撮ってんの? これ。まぁそんなことしなくてもアンタに逆らう気はないけどね、俺絵ぇ描いてたいだけだし」

「画家は好きだ、応援してるよ。心底な」

「胡散臭いなぁ……さて、次期組長はボクだけど……ボクは絵だけに集中したいから、この組の管理とか……なんだっけ、まひくんが言ってる……あー、建築業に転身? ってヤツ、やる気出ないんだよね」

「ヒトに譲りゃいい。これから協力してゆっくり組員減らしていこうぜ。聞き分けの悪いのはまた殺しゃいい」

青年と男はぶら下がる中年男性をそのままに、部屋を去る。

「ちっちゃい頃から面倒見てくれてた人達だから、無事に辞めさせてあげたいなぁ。ショバ代払ってた店にでも押し込もうか。何年かすりゃそれなりの地位になるだろ。焼肉屋にでも入れりゃ生レバ食べ放題」

「流石サン、いいアイディア出すな。どうやるかは任せるよ、俺の協力が要るなら都度連絡しろ」

「は~い。もう帰るんだっけ? またね」

「あぁ、クリスマスに恋人と過ごさないなんてありえないからな。あばよ」

青年が去ると長髪の男は深いため息をついた。

「………………クソ野郎」

父親殺しをやらせた青年への怒りなのか、ヤクザというものを嫌悪してきたくせに殺人に手を染めた自分自身への罵倒なのか、それは男自身にも分からないことだった。





201X年1月13日都内某所。昼過ぎ。


「よし、じゃあこの本の五十六ページ。言ってみろ」

黒い着物を着た地黒の青年が、外ハネの酷いくせっ毛の長身の男にそう言った。青年の手には小説があった、男の手には何もなく、肩と膝の上に猫が乗っていた。

「えーっとぉ……」

男は何も見ず、小説の一ページを唱えてみせた。内容を理解しているとは思えない、ただ意味も分からず読み上げているだけのような調子で。

「……一言一句完璧だ! 相変わらずとんでもない記憶力だなぁフタ~、お前はホント優秀だ」

「フリガナ振ってたからギリ読めた~」

「そうかそうか……しかし、ニィは結構な歳なのにまだ肩に登るんだな」

「ん~? ぁー違うよ、乗りたがるから俺が乗せてんの~。イチもニィももう足腰よわよわでさぁ~、俺のベッドにも乗ってこれないんだよね~、ミィも最近元気ないし~……寒いからかな? 猫、暖かいの好きだし。暖房は切らさないようにしてるんだけどね~」

「……寿命だろうな。覚悟しとけよ」

「じみょ……?」

「じゅ、みょ、う」

「じゅみょー…………あー、アレ? 分かった~、覚悟? しとくね~」

ヘラヘラと笑っている男は寿命という言葉の意味を知らなかった。けれど、男は他人にバカだと思われるのが嫌いだった。こうやって知ったかぶりをすることはしょっちゅうだった。

「……本当に分かってんのかね」

分かっていない。説明をしても理解しないだろう。男は何かを覚えるのはとても得意だったが、記憶と記憶を繋げて事実に気付いたり、記憶を応用してものを考えたりするのが苦手だった。

「まぁいいや」

青年は文章を目で見て覚えるのは得意だったが、人の顔を覚えるのが苦手だった。そもそも認識していないから、違いもよく分からず、そのため覚えられない……と言った方が正しいか。青年にとって人間の顔の違いは、大量生産のぬいぐるみの僅かな刺繍のズレによる個体差程度の差でしかなかった。だから、青年は男を外付けの記憶媒体として重宝していた。

「また来るぜ」

「ばいば~い。ほら、イチ、ニィ、ミィも。ばいばーいって」

アレ誰? と聞けば、氏名年齢住所その他諸々、男が知っている全ての情報がその場で開示される。とにかく便利だったのだ、ある時までは。



その、ある時とは。それは、男の三匹の飼い猫のうちの二匹が死んだ時だった。同時に死んだのではなく、数日ズレての死だったが、男は飼い猫の死に気付かず青年が部屋を訪れるまで死骸を放置していた。

「うっ……ぉ、おい、フタ……辛いのは分かるが、そのままってのは……冬だからまだ大丈夫そうだがそのうち蛆が湧くぜ? 弟に猫九相図でも描かせる気かよ」

「あ、ボスー。いらっしゃい。ボスに聞こうとしてたことあったんだよ。イチとニィが分裂したんだ、五日前にイチ、二日前にニィ。ぴょんぴょん元気に走り回ってるのと~、全然動かないの」

男には死んだ人間や動物の霊が視えた。霊感、というものが人一倍強かったのだ。強過ぎる霊感は彼に霊を不透明度100パーセントで見せた。よくイメージされる幽霊のように透けていたり足が見えなかったりしないのだ、男には生きているものと死んでいるものの区別が付かなかった。幼い頃からそうだったし、彼は頭が鈍い方だったので、死を理解していなかった。だから──

「これが動かない方のイチとニィね。なんか臭い。こっちが動く方のイチとニィ。なんか冷たい。二匹とも……じゃなくて、四匹とも? 四匹ともご飯食べないし、トイレしないし、水も飲まないんだよね~。楽でいいけどさぁ~」

──心底愛する飼い猫達の死を悼むことなく死骸を放置し、霊となった猫達に今まで通りの世話をしているのだ。

「はぁ……死んだんだよ。動いてんのは霊だ、動かないのは死体」

「……? 死ぬ? と、分裂してぇ~……元気になるの?」

「俺にはその動いてる方の二匹は見えねぇ。俺は零感だからな……ご主人様の体液を口かケツか血管に入れなきゃ霊力宿らねぇんだよ、キスか中出しか輸血ってことだな。ってそれはどうでもいいか。幽霊については前に教えたはずだがな……覚えてるだろ?」

「幽霊は~……肉体、霊体、魂で構成されてる生物の~……肉体が機能を停止して、霊体と魂だけになった姿である~……肉体を持つ生物から霊力を吸収して霊体を維持する~…………だよね?」

「おー、完璧に覚えてるな。理解頑張れ。コイツらは火葬が決まるまでクーラーボックスにでも入れとくか、ドライアイスもらってきてやるよ」

男はその後、青年に言われるがままに葬儀を済ませ、二匹の猫のために小さな墓を二つ作った。幽霊になったばかりの猫達は興味深そうに、あるいは興味なさげに、自らの墓に猫パンチを繰り出したり、飼い主に毛繕いをしてやったり、猫らしく自由気ままに過ごしていた。



数日後──

「おいフタ! どういうつもりだお前仕事バックレやがって! 昨日は現地集合だって伝えたよな!」

「え~? 知らなーい……」

「……? おい、フタ。コイツ誰だ?」

青年は一週間前にカタギに戻されたばかりの、男と何年も一緒に過ごしてきた元ヤクザの男の顔写真を見せた。

「知らなーい。誰~?」

「……俺のことは分かるか?」

「えーっとぉ……なんか~、えらい人ぉ?」

「トマト、ナス、キュウリ、ニンジン。俺が一番最初に言った野菜の名前は?」

「野菜の名前? 野菜ならとうもころしが好き~」

男は数少ない長所だった異常なまでの記憶力を失っていた、異様なまでに忘れっぽくなっていた。青年は原因を調べた。まずは脳腫瘍を疑いCTスキャン、次に精神疾患を疑いカウンセリング、その次には何かしらの祟りや呪いを疑って霊視にかけた。その結果、猫達の霊が取り憑いたことによる悪影響だと結論が出た。

「…………なるほどな。霊は居るだけで周囲に居る人間に悪影響を及ぼす……取り憑いた場合はその相手にのみ、重く……」

霊体を維持するのには霊力が必要だ。霊力を自己生成出来る霊など居ない、生者で言うところの摂食に近い。霊力の補給方法は怪異なら様々だが、ただ生き物が死んだ結果霊になっただけのモノなら、生者から霊力を奪うのが基本となる。

「甘くてさ~……あれ? 甘いってぇ……何が? お菓子くれんの? ちょーだい、俺チョコ味がいいな~」

霊力を奪われた結果、何で補填するのかは生者によって様々だ。体力が落ち疲れやすくなる者が最も多く、次に多いのは生殖能力だけが落ち込み勃たなくなったり月経不順になったりする者だ。

「…………本当、激レアだなお前は。ズバ抜けた霊的視力だけでも充分珍しいのによ」

男が奪われた霊力を補填するために使ったのは記憶だ。情報をエネルギーに変換するとは、超が付くほど珍しい特異体質なのだ。

「おい、フタ。お前最近物覚えが悪いだろ。すぐ忘れて怒られる回数が増えなかったか? ヒトあたりにさ」

「え~……? そうだったかなぁ、覚えてないや」

「それがおかしい。お前は日付を言えばその日にあった重大事件だの、ヒトの天然ボケだのを教えてくれる異常記憶力が特徴だったじゃねぇか。原因は猫だ、猫を消滅させればお前は元通りだ」

「猫~? イチニィミィ~?」

青年は持っていたアタッシュケースから注射器を取り出し、首の太い血管に高次霊能力者の血から抽出したほぼ透明の液体を注入した。これにより、少しの間誰でも霊能力者になれる。青年は手を合わせ、唱え始めた。

「かけまくもかし──」

「……? イチ? ニィ? どしたの?」

猫達の姿が透け始める。男は本能的にそれがどういう現象か理解した。

「…………ゃ、やだっ! やだ、イチニィ行かないで! どこにも行かないで、やだやだやだやだっ! 俺の傍に居てよ俺から離れないでよ俺と一緒に居てよぉっ、なんでどっか行こうとすんの俺のこと嫌いなの!? やだやだごめんなさいごめんなさい嫌なとこあったら治すから行かないで嫌わないで捨てないでやだぁあっ!」

「──なぎのおおか……ぁー、フタ?」

青年が祝詞を止めると猫達の姿はゆっくりと元の不透明さへ戻った。

「ぁ……よか、た。行かないで……ずっと一緒に居てよ。何でもするから、俺何でもするからぁ……」

青年は知らないことで、男ももう忘れてしまったことだが、男には置いて逝かれることにトラウマがあった。安価な売春婦だった母親が、かつてたった一人の家族だった母親が、目の前で消えていったのだ。

「嫌わないで……」

男は母親とくだらない喧嘩をした。その後、母親はタチの悪い客に虐め殺された。度の過ぎたSMプレイ中の事故だ。男には死を理解出来なかった、だって母親は自分の死体を見下ろしていた。母親は読経が終わるとあっさり成仏した。死体は燃やされ骨となった。二人に分裂したように見えた母親は、二人とも一日足らずで消えたのだ。

「……悪かったよフタ。もう唱えないから泣くな、ほら、猫共心配してるぜ? うわっ、俺に威嚇すんなよ……これだから猫は。やっぱり犬が一番だね、従順サイコー」

死も成仏も火葬も何も理解出来なかった、けれど全てを覚えていた当時の彼は、朝食にする予定だった食パンを深夜に腹が減って食べてしまったというくだらない理由から起こった喧嘩で自分が母親に嫌われて、嫌われたから、消えてしまったのだと納得してしまった。
盗み食いが、記憶力だけがあって思考力のない自分の愚かな行動が、母親に嫌われた最後の一押しだったのだと結論付けてしまった。
実際は違うのに。叱り過ぎてしまったと後悔した母親は、いつもより多く豪華な夕飯を用意しようと、普段は断るプレイをチップ欲しさに受けていたのに。
まぁ、真実を彼がもし知ったとしても、彼は自分を責め心に深い傷を負うことには変わりないのだが。

「…………ミィが分裂したら早めに呼べよ? アイツもそろそろ死にそうだし……お前がそんだけ執着してりゃ、経の一つでもなきゃ成仏出来ねぇよ」

半年後、三匹目が死に、墓は三つになった。男にまとわりつく猫の霊は三匹になった。

「ヒトが引っ掻き傷まみれだ。俺もしょっちゅう引っ掻かれる……仕事の邪魔も多いぜ、モンペ気取りの猫共め。ちょっと縛っとくか。陰陽道の式神あたりがベストフィットかな? コホン、えー…………イチ、ニィ、ミィ、三匹をフタの式とする。フタの許可なく生者に干渉することを禁ずる……こんなとこかな?」

「……? ボス何ぶつぶつ言ってんの~?」

「おーぉー威嚇しとる威嚇しとる。俺引っ掻けなくなって悔しいか? その代わり、フタの許可が出た時の力は当社比二~三倍のはずだぜ。式化ってのはそういうことだ」

「なるほどぉ~!」

「何も分かってねぇだろ。ったく……」

青年は男の記憶力が悪くなったことを不運とはとらえていなかった。記憶力が優れていることによる便利さよりも、記憶力が悪いことによる便利さの方が上だったのだ。
それまでの男はいくら口止めをしても仕事の内容を兄弟に漏らしてしまっていた、しかしこれからはもう口止めは必要ない。
これまでは忘れるのが不得意だからと避けてきた心に負担がかかる仕事も、いくらやらせても問題ない。何をやらせたってすぐ忘れるんだから心を病まない。
青年が忘れてはならない人間なんて、居なかった。だから記憶力なんて絶対に欲しいものではなかった。何でも覚えるヤツよりも、何も覚えられないヤツの方が、話してて楽しいし可愛げがある。そう青年は考えていたから、一切の対処をしなかったし考案しようとも思わなかった。





201X年12月25日都内某所。夕暮れ。

「……父さん」

首吊りがあった部屋で佇む男一人。長身の彼の髪はワックスで撫でつけられオールバックとなっていた。

「あなたが死んで一年が過ぎました……あなたが一番可愛がっていたサンは葬式の時からケロッとしてましたよ。見えてないと言っても酷いんじゃありません? 可愛がる子を間違えましたね、私にしておけばよかったのに」

机に焼酎を置き、ワイングラスにぶどうジュースを注ぎ、一口飲んだ。

「……結局、私と飲んでくれませんでしたね。成人した時くらい……一緒に飲んで欲しかった。サンとは、よく飲んでたくせに……サンは今でも落書きばっかりしてます、組長なのに。当然盲目のままだし、やる気もないまま……どうしてあんなのを私より可愛がったんですか? どうして」

恨み言を呟き、ジュースを飲み干し、近くにあったボトルからまたワイングラスにジュースを注いだ。

「フタ……そうだ、あなたが死んでしばらくしてからフタの様子がおかしくなったんです。今まではずっと覚えている的外れなことを話して会話が難しかったでしょう、それがあなたの死からしばらくして何も覚えなくなって会話が難しくなったんです……バカなりにショックだったんですかね? やっぱり可愛げはありますよね、サンよりは」

男は、父親の命日だからと買った、普段なら手を出さない高級なジュースのボトルをつつき、つまらなさそうにため息をついた。

「やっぱり、父さん、あなたはおかしい……私を一番に可愛がり、次にフタ、最後にサンという順番であるべきだった。なのにあなたは真逆、サンを溺愛しフタを優秀な組員に任せ、私は全くの放置……私が組に入るのすら渋ったと聞きましたよ。私の母親が無理を言ってあなたに押し付けたとか、そんな噂をしている組員が居ました。あなたの躾が悪いからですよ! 次期組長の、若頭の私のあんな噂……! 私が、組長を継ぐべきだったのに……あんなやる気のない油彩バカより! よっぽど!」

空になったワイングラスが机に叩き付けられ、煌めく破片が部屋に散らばる。男はぶどうジュースを引っ掴み、始末の悪い酔っ払いのようにラッパ飲みをしながら部屋を出ていった。



201X年12月28日都内某所。早朝。

「え……? 私を、組長に?」

昨日まで不貞腐れていたオールバックの男は間抜けな顔で驚いていた。その対面には着物姿の地黒な青年が居る。

「あぁ、俺はお前が組長をやるべきだと思ってる。お前こそが器だってな」

「……! あなた、見る目がありますね! 流石上り詰めている人間は違います」

オールバックの男は心底喜び、着物姿の青年は内心ほくそ笑んだ。先代組長の死を不審に思う者が居ないかと仕掛けていた盗聴器に記録された、男の愚痴。愛されなかった子供の駄々、組長になりたかったという思いを青年は利用するべきだと判断した。

「ただまぁ俺は組を買取ったとはいえ部外者だし、表立ってお前の推薦とかは出来なくてな……お前の親父さんの遺言通り、サンが組長になっちまった」

ちなみにその遺言状は偽造品である。

「……最近どんどん組員が辞めてってるだろ? 近所で店始めたりしてるよな」

「ええ、何もなしでカタギに戻させてやるなんて、サンはやる気がないにも程がありますよ」

「完全なカタギって訳じゃあもちろんないけどよ……お前の言う通りだ、サンは組長の器じゃない。だから俺がちょっと工作してるんだよ、裏でコソコソやってんの。それで組員減ってんだ」

「えっ……? ど、どうして減らすんです? せっかく買い取った組が弱っちゃ……意味ないでしょう」

「俺が欲しいのは組のガワだ、中身じゃねぇ。ぬいぐるみだってヨレてきたら綿の取り替えするだろ? 要らねぇのは出して、新しいのを入れる。サンも近々追い出すよ、ヤクザやる気なさそうだし大人しく出てくだろ。そしたらお前が組長だ、俺が選んだヤツを下につけるから上手く使ってやってくれ」

「…………私を、組長に……する? 私に、部下を? 私をそんなに……買ってくださっているんですか!?」

驚愕する男に青年は妖艶な笑みを返す。

「俺は飲み屋で見かけるような、不満をタラタラ話すタチじゃねぇ。やりてぇこと、やることを話す。もう少し待ってろ、組長にしてやる」

「あぁ……そんな、こんなことって……やっと私を正当に評価してくれる人が現れた! 今までの人生で一番幸せです!」

「まだ何にもなってねぇだろ。組長になったらたっぷり働いてもらうからな」

「はい! あなたのためなら!」

着物姿の青年はその返事に満足し、数分適当に話した後、部屋を去った。近所の居酒屋で長髪の男と落ち合い、ぶつけない乾杯のように焼き鳥の串を持ち上げた。

「ッエーイ。いやぁ扱いやすいわお前の兄貴」

「うぇーい……だろ? まひくんなら上手くいくと思ったよ」

「三兄弟でダントツで使えねぇんだよなアイツ……使いどころがないって言うか。やる気はあるし従順そうだけど……無能なバカってやる気ある方が厄介だからなぁ」

「キツいこと言うね~」

「フタは最高の才能持ち。お前は頭がいいし絵が上手い。前にも言ったけど、絵描きが好きなんだよ俺」

「何度も聞いたよ~」

「……お前はヒトにハメられて組長辞めることになった、的な態度取れよ? お兄ちゃんに花持たせてやれ」

「ハイハイ。ボクとまひくんの結託は秘密、と。ねぎまに誓う?」

「俺ねぎダメだ。犬だから。死んじゃう。つくねにしようぜ」

青年はおどけながらつくね串を持ち上げる。

「ボクつくね頼んでないや。ん~、鶏皮でいい?」

男は鶏皮の串を持ち上げる。再びぶつけ合わない乾杯のようにし、誓う。

「つくねに誓って!」

「鶏皮に誓って~!」

一瞬間を置いて、ゲラゲラと笑い声が個室に響く。恐ろしいことに彼らは酒を一滴も飲んでいない、シラフだった。
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