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使えない物 (〃)
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ネイ曰く、スペシャリスト揃いだという穂張事務所。その応急手当担当の男が来てくれた。多分、フタがしでかした瞬間を見たのだ。そしてすぐに事務所に戻り、手術道具一式を取ってきてくれた。
「道具を持ち歩いていなかったこと、深くお詫びする」
「いりません大丈夫ですありがとうございます早く縫ってあげてくださいっ!」
「……術式を開始する」
手袋をはめると男は針を持ち、糸を通した。
「照らせ」
「ス、スマホでいいですかねっ」
「影が出来にくいよう複数台使いましょう」
セイカが持っていたアキのスマホも使い、ネイと協力して計三台のスマホのライト機能で男の手元を照らす。
《縫うのか? 離した方がいいよな》
《待ってください秋風くん!》
着信が何件も来ている。全てカサネからだ、慌てて出てきてしまったから説明をろくにしていない、心配をかけてしまったな。だが折り返している暇はない。
《私が翻訳します。私が翻訳する彼の指示に従ってください》
《了解》
《シェパードさんでしたね。私が秋風くんに指示を伝えます、彼が何をすべきか教えてください》
《……とりあえず圧迫止血はやめろ。まず血管を縫う必要があるから皮と肉をどかして欲しい、道具は足りないが……指示をするから彼に使わせてくれ》
ネイはロシア語と英語を使い分けてアキと男の橋渡しをしているようだ。アキが手術の助手として働き始めた。血を見ても冷静に傷口を弄くり回せているアキとは違い、俺は焦り鼓動を乱し手元を照らすのがやっと。情けないにも程がある。
《……? おかしい》
「どうしたんです?」
《……手応えがない。皮膚も肉も掴める、血も温かい。けれど鉗子で挟んでも挟めない、針を刺しても刺さらない。糸を通しても通らない。煙に施しているような、不思議な感覚だ。これでは縫えない》
「え……?」
「ネイさん、どうかしたんですか?」
「……分かりません。触れているのに手術道具では触れないと……煙に針や糸を通しているようだと言っています。これはまさか、彼が人ではないからなのでしょうか」
煙に……? 実体化しているのに? 目に見えるのに、触れられるのに、道具だけが上手くいかない? そんな馬鹿なことがあってたまるか。
「な、鳴雷……そろそろ稲荷寿司届くから、もらってくる」
「…………あっ、あぁ、頼む! あっセイカ! 顔と服、血がついてる! 玄関の電気切っとけ、勝手に点くからアレ!」
「細かいところに気付きますね、その観察眼で何か解決策は浮かびませんか?」
「え……わ、分かりませんよ……あっ、ボス、あの秘書さん、あの人が持ってたバール、コンちゃんを殴ったバールにはお札が貼ってました、ああいうの必要なんじゃ……?」
「なるほど……シェパードさんが例の秘書に集められた人材なら、オカルトにも造形が深いはず」
ネイが英語で男と話し始めた。
「……オカルト系の仕事の担当はフタという男だそうです。自分はそういった現場について行くことはあっても何も見えないし、何故か怪我をしたボスやフタ、その他の者の手当をするだけだと。つまり……彼には何も分からないということですね」
「そんな……!」
彼らにとって怪異は討伐する存在でしかなく、治療することなんてないだろうから、怪異の治療の技術なんて開発されていないのだろう。
「どうしよう……分かんない、分かんないよぉっ……」
「落ち着いてください水月くん! 冷静に考え続けるんです、そうしていなければ起死回生の一手など現れません」
「な、鳴雷っ、稲荷寿司届いた……」
「口に突っ込んで!」
考えろと言われても何も思い付かない。考え続けたって俺の出来の悪い頭ではどうしようもない、アニメやゲームで集めたオカルト知識は役に立たないか? 考えろ、考えるんだ俺!
「手では触れられるのに、道具には触れられない……命のない物体には触れられない? いや、でも、ゲームなどのコントローラーには触れていて……有機物と無機物の差もなさそうで……クソ、分からない…………ん? 水月くん、電話……」
カサネからだ。今は彼と話している暇は……いや、どうせ俺には照らすことしか出来ないんだ。オカルトにも造詣が深いだろうオタクの数を増やすのは無駄ではないはずだ、三人寄れば文殊の知恵とも言うし。
『……もしもし、鳴かっ……水月くん? ど、どう? 何か、刺されたとか言ってたけど、どんな感じ? 今話せる?』
スピーカー機能をオンにしたスマホからカサネの声が漏れ出す。
「知恵を貸してくださいカサネ先輩っ!」
『へっ!?』
「コンちゃんがっ……狛狐の付喪神が切り付けられました! なんか特殊な、霊刀? とからしくて、普通の刀だったらなんてことないのに、霊体に傷が入っちゃったとかそこから霊力が漏れ出してるとかでっ、今死んじゃいそう……消えちゃいそう? なんです!」
『お、おぉ……霊体だの霊力だのをリアルで聞く日が来るとは思わなんだって感じだけど幽霊見たしな……マジピンチなんだな、電話してる場合か? あ、知恵貸せとか言ってたっけ……お、俺幽霊今日初見だったオカルトド素人なんですけどっ』
「傷を縫おうとしてるんですけど上手くいかないんです! 針刺しても糸通してもなんか……なんか、感覚がないって、煙縫おうとしてるみたい? って!」
『…………その、針は……なんかその、切ったのと同じ、霊刀的な……霊針? じゃないんだよな、そういうのないの?』
「ないんですぅ! コンちゃんが死んじゃうぅ……」
「水月くん泣かないで! 気をしっかり持って考え続けてください!」
ネイに背を叩かれて気合いを入れ直すも、ぐったりとしているミタマを見るとその気合いが萎み始める。
『…………あの……さっ……お葬式だと、ほら、一緒に入れる、副葬品? ってあるだろ?』
埴輪とかの話か?
『副葬品にはわざと傷を付けるだろ? 傷を付けることで、この世での役目を終えた物ってことになって、故人があの世に旅立つ時にあの世に持ってく物になる……わ、わざわざ説明しなくても知ってるか、ごめん…………つっ、使えないかな、これ……あの世に持ってく物……傷付けた物なら、何とか、なったり…………ダメ、かな』
「…………物の幽霊ってことですか!? 人間の幽霊や、その幽霊と同じ霊体に使えるのは、物の幽霊……! なるほど! 試してみます! シェパードさんっ、えっと」
「私が説明します」
ネイが英語で男に何かを伝えると、男は懐疑的な表情で首を捻った。ネイは構わずメスを持ち、男の手から針を奪って針にメスを押し付け、ギリギリと嫌な音を立てさせた。
《おい! メスが傷む!》
《弁償はします。次、糸……糸?》
ネイは針に通してある糸にそっとメスを押し当て、切断した。
「き、切れちゃった……い、いや、これは確実に使えない、針も……傷が入ったし、少し曲がった、こんなの医療現場では使えない。使えないんだ。シェパードさん! この使えない物を使ってみてください!」
「……分かった」
数センチの短い糸が通っている折れ曲がった針。滑稽でしかないそれが再び、ミタマの首に押し当てられた。
「道具を持ち歩いていなかったこと、深くお詫びする」
「いりません大丈夫ですありがとうございます早く縫ってあげてくださいっ!」
「……術式を開始する」
手袋をはめると男は針を持ち、糸を通した。
「照らせ」
「ス、スマホでいいですかねっ」
「影が出来にくいよう複数台使いましょう」
セイカが持っていたアキのスマホも使い、ネイと協力して計三台のスマホのライト機能で男の手元を照らす。
《縫うのか? 離した方がいいよな》
《待ってください秋風くん!》
着信が何件も来ている。全てカサネからだ、慌てて出てきてしまったから説明をろくにしていない、心配をかけてしまったな。だが折り返している暇はない。
《私が翻訳します。私が翻訳する彼の指示に従ってください》
《了解》
《シェパードさんでしたね。私が秋風くんに指示を伝えます、彼が何をすべきか教えてください》
《……とりあえず圧迫止血はやめろ。まず血管を縫う必要があるから皮と肉をどかして欲しい、道具は足りないが……指示をするから彼に使わせてくれ》
ネイはロシア語と英語を使い分けてアキと男の橋渡しをしているようだ。アキが手術の助手として働き始めた。血を見ても冷静に傷口を弄くり回せているアキとは違い、俺は焦り鼓動を乱し手元を照らすのがやっと。情けないにも程がある。
《……? おかしい》
「どうしたんです?」
《……手応えがない。皮膚も肉も掴める、血も温かい。けれど鉗子で挟んでも挟めない、針を刺しても刺さらない。糸を通しても通らない。煙に施しているような、不思議な感覚だ。これでは縫えない》
「え……?」
「ネイさん、どうかしたんですか?」
「……分かりません。触れているのに手術道具では触れないと……煙に針や糸を通しているようだと言っています。これはまさか、彼が人ではないからなのでしょうか」
煙に……? 実体化しているのに? 目に見えるのに、触れられるのに、道具だけが上手くいかない? そんな馬鹿なことがあってたまるか。
「な、鳴雷……そろそろ稲荷寿司届くから、もらってくる」
「…………あっ、あぁ、頼む! あっセイカ! 顔と服、血がついてる! 玄関の電気切っとけ、勝手に点くからアレ!」
「細かいところに気付きますね、その観察眼で何か解決策は浮かびませんか?」
「え……わ、分かりませんよ……あっ、ボス、あの秘書さん、あの人が持ってたバール、コンちゃんを殴ったバールにはお札が貼ってました、ああいうの必要なんじゃ……?」
「なるほど……シェパードさんが例の秘書に集められた人材なら、オカルトにも造形が深いはず」
ネイが英語で男と話し始めた。
「……オカルト系の仕事の担当はフタという男だそうです。自分はそういった現場について行くことはあっても何も見えないし、何故か怪我をしたボスやフタ、その他の者の手当をするだけだと。つまり……彼には何も分からないということですね」
「そんな……!」
彼らにとって怪異は討伐する存在でしかなく、治療することなんてないだろうから、怪異の治療の技術なんて開発されていないのだろう。
「どうしよう……分かんない、分かんないよぉっ……」
「落ち着いてください水月くん! 冷静に考え続けるんです、そうしていなければ起死回生の一手など現れません」
「な、鳴雷っ、稲荷寿司届いた……」
「口に突っ込んで!」
考えろと言われても何も思い付かない。考え続けたって俺の出来の悪い頭ではどうしようもない、アニメやゲームで集めたオカルト知識は役に立たないか? 考えろ、考えるんだ俺!
「手では触れられるのに、道具には触れられない……命のない物体には触れられない? いや、でも、ゲームなどのコントローラーには触れていて……有機物と無機物の差もなさそうで……クソ、分からない…………ん? 水月くん、電話……」
カサネからだ。今は彼と話している暇は……いや、どうせ俺には照らすことしか出来ないんだ。オカルトにも造詣が深いだろうオタクの数を増やすのは無駄ではないはずだ、三人寄れば文殊の知恵とも言うし。
『……もしもし、鳴かっ……水月くん? ど、どう? 何か、刺されたとか言ってたけど、どんな感じ? 今話せる?』
スピーカー機能をオンにしたスマホからカサネの声が漏れ出す。
「知恵を貸してくださいカサネ先輩っ!」
『へっ!?』
「コンちゃんがっ……狛狐の付喪神が切り付けられました! なんか特殊な、霊刀? とからしくて、普通の刀だったらなんてことないのに、霊体に傷が入っちゃったとかそこから霊力が漏れ出してるとかでっ、今死んじゃいそう……消えちゃいそう? なんです!」
『お、おぉ……霊体だの霊力だのをリアルで聞く日が来るとは思わなんだって感じだけど幽霊見たしな……マジピンチなんだな、電話してる場合か? あ、知恵貸せとか言ってたっけ……お、俺幽霊今日初見だったオカルトド素人なんですけどっ』
「傷を縫おうとしてるんですけど上手くいかないんです! 針刺しても糸通してもなんか……なんか、感覚がないって、煙縫おうとしてるみたい? って!」
『…………その、針は……なんかその、切ったのと同じ、霊刀的な……霊針? じゃないんだよな、そういうのないの?』
「ないんですぅ! コンちゃんが死んじゃうぅ……」
「水月くん泣かないで! 気をしっかり持って考え続けてください!」
ネイに背を叩かれて気合いを入れ直すも、ぐったりとしているミタマを見るとその気合いが萎み始める。
『…………あの……さっ……お葬式だと、ほら、一緒に入れる、副葬品? ってあるだろ?』
埴輪とかの話か?
『副葬品にはわざと傷を付けるだろ? 傷を付けることで、この世での役目を終えた物ってことになって、故人があの世に旅立つ時にあの世に持ってく物になる……わ、わざわざ説明しなくても知ってるか、ごめん…………つっ、使えないかな、これ……あの世に持ってく物……傷付けた物なら、何とか、なったり…………ダメ、かな』
「…………物の幽霊ってことですか!? 人間の幽霊や、その幽霊と同じ霊体に使えるのは、物の幽霊……! なるほど! 試してみます! シェパードさんっ、えっと」
「私が説明します」
ネイが英語で男に何かを伝えると、男は懐疑的な表情で首を捻った。ネイは構わずメスを持ち、男の手から針を奪って針にメスを押し付け、ギリギリと嫌な音を立てさせた。
《おい! メスが傷む!》
《弁償はします。次、糸……糸?》
ネイは針に通してある糸にそっとメスを押し当て、切断した。
「き、切れちゃった……い、いや、これは確実に使えない、針も……傷が入ったし、少し曲がった、こんなの医療現場では使えない。使えないんだ。シェパードさん! この使えない物を使ってみてください!」
「……分かった」
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