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零れる霊力 (水月+ミタマ・サキヒコ・セイカ・ネイ・アキ)

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電車に揺られている間ずっと生きた心地がしなかった。車窓を流れる景色を遅く思ったのは初めてだろう。

「ミツキ……どういうことなんだ? ミタマ殿が刺されたというのは」

「分かんないよっ!」

姿を現していない声だけのサキヒコに向かって怒鳴り、車内の人間が少し俺から離れた。

「……ごめん」

駅を出て、家までの道を走りながらサキヒコに謝った。

「いや、私の方こそすまなかった。人が多い場所で話しかけてしまって……」

「ちょっと余裕がなくて、大声出しちゃって……はぁっ、家、意外と遠い…………っし着いた! コンちゃん! コンちゃんっ!」

玄関に飛び込み、ダイニングに走り、リビングを見、自室の扉を開け放つ。ついでに通学鞄を投げ込んでおく。

「どこぉ!?」

「庭だミツキ!」

ダイニングに戻って窓を開け放ち、庭に飛び出す。まだ明るい空の下、芝生の上に黄金の獣が横たわっていた。

「鳴雷っ……」

「水月くん……!」

三尾の大きな狐の首元は赤く染まり、同じように芝生とウッドデッキの一部にも赤色が見えた。太陽の下、日傘を差さず帽子さえ被らず芝生に膝をついて狐の首を押さえているアキの手もまた赤く染まっている。

「コンちゃん…………セイ、カ……ネイさんっ、何が……」

「すみません、私は何も見ていなくて……セイカくん、まず深呼吸を。落ち着いてください」

ネイは震えているセイカの背を叩き、落ち着かせようとしている。だが、服や顔に赤い斑点が見えるセイカの呼吸は決して落ち着かない。

「な、鳴雷っ、みつき居るって、あのっ、桜の刺青の人……えっと、フタ、そうフタ、フタに聞かれてっ……鳴雷じゃないけど、鳴雷やってた分野呼んで……そ、そしたら急にっ、急に、いきなりっ、わ、分野の首……首から、血が」

「…………どういうこと?」

「分かんないぃっ! 分かん、ない……急に血めっちゃ出てっ、それでぇ……分野が、狐に戻って……倒れ、てっ……お、俺、秋風呼んでっ、鳴雷に電話して……さ、騒いでたら、ネイ来てっ」

「私はあっちの方で穂張事務所の方と話していました。確か、カイとかいう方と……騒ぎを聞いて振り向いた時にはミタマさんはこの状態で……ミタマさんの前には刃物を持った男が居ました。くせっ毛の激しい、前髪に二筋白いメッシュが入った黒髪の男です。不思議そうに首を傾げていました、取り押さえようとしたところ……突然、身体が動かなくなり、逃げられました」

「……フタさんが、こんなことしたって言うんですか」

「私は現場は見ていません、あの男がフタという名前なのかどうかも知りません。見ていたのはセイカくんですが……どうですか?」

「わ、分かんないっ、分かんない……」

「目にも止まらぬ早業だったのか、ショックでその瞬間の記憶が飛んだのか……」

ネイはフタの名前も知らなかったようだし、彼が嘘をつく意味はない。ネイに怒るな、彼はフタを犯人扱いしてる訳じゃない。フタが犯人なのだ、動機だってある。

《兄貴! どうすんだ、頸動脈イッてるぞこれ! 止血はしてるが後から後から溢れてくるしっ、もう限界だ! 病院なり何なりとっとと決めろ!》

「……水月くん、秋風くんは頸動脈が切れていると、圧迫止血ではもう限界だと……病院に行くなら早く決めろと言っています」

「えっ?」

ネイ、ロシア語分かるのか? って今はそんなこと気にしている場合じゃない。病院……病院? 何病院だ? 人間? 動物?

「……っ、コ、コンちゃん……初めて会った時、首取れてたよね……ダ、ダメなの? 首、切れるの……取れてた、のに。死ぬとか……あるの? コンちゃん……病院、人間のじゃない? 動物? なんかっ、石工職人とか探した方がいい?」

苦しそうに呼吸をしていたミタマが前足に力を込め、起き上がる。アキが押さえている傷口からぶしゅっと血が吹き出る。

「コンちゃんっ、無理しないで……」

ミタマの姿がぼやけ、狐から人の姿へと変わる。いつものような変身のキレがないのは弱っているということだろうか。

《うぉっ……急に変わるなよ。ここか、よし……毛皮がねぇ分、狐より止血はしやすいな》

「み、ちゃん」

「コンちゃんっ、大丈夫……? びょ、病院、要る?」

「ふ、つ……の、刃なら……ワシを、切るなど、ガハッ、ハァッ……ふか、の……だが、ふーちゃ……の、あの、刀っ……霊刀、じゃ。霊や、妖を斬るための、怪異狩りのためのっ、ヒュッ……刀」

ふーちゃ……ふーちゃん、フタのことだ。やっぱりフタがやったんだ。

「……つ、つまり?」

「首が、離れるだけならっ、問題ない。じゃが……ハァ……傷口、から……霊力が、零れ……ゆく。消えて、しま……」

「え……!? き、消える……?」

「まずい、のぅ……本霊、に……しばらくっ、記憶を、上げとらん……分霊、を……また、分けてもっ……ハッ……フ…………今の、ワシとは……ちが、ぅ。消えとぉ……ない」

クラウドにバックアップを取っていない状態で端末に記したデータが紛失しそう、という感じだろうか。

「お、俺から吸って! 霊力? ガンガン吸ってよ! 多少俺の体調おかしくなってもいいから! ネイさん冷蔵庫から油揚げ取ってきてください! セイカ! セイカは出前で稲荷寿司とかきつねうどんとかとにかく油揚げ入ってるの注文して!」

「分かりました」

「わ、分かった……」

ネイが室内へ走り、セイカが電話をかけ始める。

「えっ、と、稲荷寿司を五人前。住所は、えっと──」

「水月くん! 持ってきました!」

買い置きの油揚げをミタマの口にねじ込む。切れた首を強く押さえられているのに、飲み込みにくそうにする素振りはあまりない。

「霊力というエネルギーがどういうモノかは全く分かりませんが、見た目の通り血が流れ続けている状態と見ていいのでしょうか。なら……霊力の補充、油揚げを食べる……でいいんですか? 意外とお手軽…………これは、輸血と解釈出来ますね。なら根本的解決にはなりません」

「分かってますよそんなことっ! 傷口を塞がないと……普通の外科手術なら、縫うんですよねこういうのって。やっぱり病院行かないと。ネイさん、救急車を……」

通りの方から車の急ブレーキ音が響いてきた。そしてすぐ様こちらへ向かってくる何者かの足音が聞こえてくる。

「……!」

ネイがジャケットを開き、ホルスターに入れた拳銃に手を伸ばす。銃携帯してるのかよコイツ!

「ぁ……ま、待って! やめてくださいネイさん」

アタッシュケースを持った男性の顔には見覚えがある。確か、穂張事務所の人間だ。

「えっと……確か、シェパードさん」

元軍人、それも衛生兵だったとか聞いた覚えがある。形州の折れた鼻の応急手当を行っていた男だ。

「兄貴分フタの癇癪の責任を取りに参った」

開かれたアタッシュケースの中身はメス、針、鋏、糸、注射器、薬品、その他諸々素人には分からない頼もしい道具の数々──!
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