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幽霊の証明 (水月+歌見・サキヒコ)
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バイト終了後、母お手製のミントスプレーを歌見に振りかけてやった。
「はぁあぁあ……涼しい、もはや冷たい、スーッとする……! 相変わらず最高だ、お前に会えない土日のバイトは辛かったよ」
「もう少しロマンティックな理由で言って欲しかったですな、そのセリフ。ハッカ油は簡単に薬局で買えますぞ」
「おー……」
「うわ自分で作る気が一切ないお返事でそ」
「お前に甘えてるんだよ」
「ンンンッ、何でもして差し上げまそ!」
「ちょっろ。ふふっ……なぁ、そろそろあの金持ちの子の誕生日会だろ? 貧乏大学生にゃあの子のお眼鏡にかなうような物買えないよ……お前はどうするんだ?」
バックヤードの長椅子に寝転がるのをやめた歌見は真面目な顔で俺を見つめる。
「考え中でそ。ミフユたんが帰ったら彼に相談しようかな、と」
「側近のちっちゃい子か。なるほどな、連絡は取れるし俺もそうしようかな……ん? 帰ったらって?」
「おや、グルチャ見てませんかな? ネザメちゃまは豪華客船で誕生日パーティしてるのでそ」
「あぁ、見た見た。そっか、まだ帰ってないんだな。そりゃ一日二日じゃ帰ってこないか。しかし……そんな豪華なパーティしたんなら俺達はもう何やっても勝てなくないか?」
「真心では勝てるはずでそ」
「何だ、手作りでもするのか?」
「それはそれで難易度が高いですな……! ウォールミフユを突破する品質のプレゼントなど……あっ、そうだ、パイセンに紹介しておかねばならぬお方が」
ミフユの話をしていたら思い出した。歌見にはまだサキヒコもミタマも紹介出来ていないことを。誕生日会で騒ぎにならないよう事前に伝えておかなければ。
「ん? また彼氏増やしたのか? いい加減上限設けろよ」
「おいでませサキヒコきゅ~ん」
「はじめまして、沙季彦だ。うぅん、私はずっと見てきたからはじめましてと言うのも変な感じだ……」
突然姿を現したサキヒコに歌見は驚き、長椅子に座ったままながら後ずさった。
「てっ……手品、師?」
「サキヒコくん、幽霊っぽいことやって」
「幽霊っぽい……? うーん、こうか?」
サキヒコはその場で数センチ浮かんだ。歌見はまた驚いたようだが、まだ幽霊の証明には足りないと俺は思った。
「先輩すり抜けて」
「こう……か?」
歌見の胴を貫くようにサキヒコがすり抜ける。歌見は腰を抜かしてしまったが、もう少し欲しいな。
「仕上げだ。サキヒコくん血ぃ出して、なんかショック受けた時とかなってるじゃん。落ち込まないと出せないならいいけど……」
「あぁ、死んだ時の姿だな。いつものこの姿が整えている姿なのだ、あの姿の方が基本だからいつでもなれるぞ。ああなっていると気分が落ち込むからなっていないだけで、あちらの方が楽だ」
俺が気負わないようにしっかりと説明しながら、サキヒコは血みどろの姿へと変わった。頭蓋が割れ、腹部には短剣が刺さり、手や足が妙な方向へ折れ、這いずったために爪が剥がれた痛々しい姿へと。
「ひぃっ……!?」
「これで幽霊って信じてくれたかな。サキヒコくんそれ痛くはないんだよね?」
「あぁ、全く」
「ちょっと見ていい……?」
「ん……? あぁ、気分が悪くならないのなら好きなだけ」
俺は恐る恐る血がこびりついた黒髪に触れた。パキパキと固まった血が砕け、赤黒い粉が散る。髪を掻き分けて割れた頭の傷口を覗き、息を呑んだ。
「わ……の、脳みそかなこれ」
「見えるのか?」
「ゃ、分かんない、表面剥がれただけの皮か肉かも……手は」
「手?」
「あぁあ爪剥がれてる痛そぉ~……! こっち変な方に曲がってるし……あぁ………………お、お腹の刀抜いていい?」
「えっ? まぁ……構わないが」
そっと短剣の持ち手を握り、ゆっくりと引き抜いていく。
「痛くないんだよね?」
「……歯間ぶらしを、抜いている感じ」
「歯間ブラシ使ったことないくせに適当言わないの、俺も使ったことないから分かんないし」
とりあえず痛くはなさそうだと安心し、抜き切った短剣はひとまず床に置いた。床が赤黒くなってきたが、液体ではなく固体の血ばかりだ。
「ちょっと開きますよ~……くぱっと」
細い傷口を拡げ、中を覗く。よく見えない。
「何にも見えない……なんか赤黒いことしか分かんない……」
「何が見たかったんだ?」
「内臓……」
「……切ってみるか? ちょうど刀もあることだ、この姿だと瑞々しい見た目はしていないと思うがそれでもよければ」
「えっ、い、いや……それは流石にいいよ」
ちょっとしたリョナ趣味があるとはいえ、大好きな彼氏の身体を自分の手で開くことまでは望まない。俺は見えているなら見たいんであって、見えていないものを見ようとは思えない。ミニスカートからのパンチラは喜んでも側溝に入ろうとは思わない大多数の男性達と同じだ。
「おい……水月」
「あっパイセン、分かっていただきました? サキヒコきゅんは幽霊彼氏なのでそ」
「神社行こう」
「え」
「お祓いしなきゃ……」
「ま、待ってくだされ彼氏なんですってサキヒコきゅんは!」
「牡丹灯籠知らないのかお前は!」
「大丈夫なんですってサキヒコきゅんはわたくしを取り殺したりしません! 聞いてくだされ、リュウたそは分かりますな?」
「ん? あぁ、金髪で関西弁の子だろ。話しやすくて好きだぞあの子。で?」
「神社生まれなんでそ」
「あぁ……んなこと言ってたかな、大層な名前してるもんなーとか言った気がするよ」
「サキヒコきゅんの安全性はリュウどののお墨付きでそ」
「……なら、大丈夫……なのか?」
血みどろの姿ではなくなったサキヒコを歌見はじっと見つめる。歌見のリュウへの信頼度は随分と高いみたいだ。神社生まれってスゲェ。俺は改めてそう思った。
「はぁあぁあ……涼しい、もはや冷たい、スーッとする……! 相変わらず最高だ、お前に会えない土日のバイトは辛かったよ」
「もう少しロマンティックな理由で言って欲しかったですな、そのセリフ。ハッカ油は簡単に薬局で買えますぞ」
「おー……」
「うわ自分で作る気が一切ないお返事でそ」
「お前に甘えてるんだよ」
「ンンンッ、何でもして差し上げまそ!」
「ちょっろ。ふふっ……なぁ、そろそろあの金持ちの子の誕生日会だろ? 貧乏大学生にゃあの子のお眼鏡にかなうような物買えないよ……お前はどうするんだ?」
バックヤードの長椅子に寝転がるのをやめた歌見は真面目な顔で俺を見つめる。
「考え中でそ。ミフユたんが帰ったら彼に相談しようかな、と」
「側近のちっちゃい子か。なるほどな、連絡は取れるし俺もそうしようかな……ん? 帰ったらって?」
「おや、グルチャ見てませんかな? ネザメちゃまは豪華客船で誕生日パーティしてるのでそ」
「あぁ、見た見た。そっか、まだ帰ってないんだな。そりゃ一日二日じゃ帰ってこないか。しかし……そんな豪華なパーティしたんなら俺達はもう何やっても勝てなくないか?」
「真心では勝てるはずでそ」
「何だ、手作りでもするのか?」
「それはそれで難易度が高いですな……! ウォールミフユを突破する品質のプレゼントなど……あっ、そうだ、パイセンに紹介しておかねばならぬお方が」
ミフユの話をしていたら思い出した。歌見にはまだサキヒコもミタマも紹介出来ていないことを。誕生日会で騒ぎにならないよう事前に伝えておかなければ。
「ん? また彼氏増やしたのか? いい加減上限設けろよ」
「おいでませサキヒコきゅ~ん」
「はじめまして、沙季彦だ。うぅん、私はずっと見てきたからはじめましてと言うのも変な感じだ……」
突然姿を現したサキヒコに歌見は驚き、長椅子に座ったままながら後ずさった。
「てっ……手品、師?」
「サキヒコくん、幽霊っぽいことやって」
「幽霊っぽい……? うーん、こうか?」
サキヒコはその場で数センチ浮かんだ。歌見はまた驚いたようだが、まだ幽霊の証明には足りないと俺は思った。
「先輩すり抜けて」
「こう……か?」
歌見の胴を貫くようにサキヒコがすり抜ける。歌見は腰を抜かしてしまったが、もう少し欲しいな。
「仕上げだ。サキヒコくん血ぃ出して、なんかショック受けた時とかなってるじゃん。落ち込まないと出せないならいいけど……」
「あぁ、死んだ時の姿だな。いつものこの姿が整えている姿なのだ、あの姿の方が基本だからいつでもなれるぞ。ああなっていると気分が落ち込むからなっていないだけで、あちらの方が楽だ」
俺が気負わないようにしっかりと説明しながら、サキヒコは血みどろの姿へと変わった。頭蓋が割れ、腹部には短剣が刺さり、手や足が妙な方向へ折れ、這いずったために爪が剥がれた痛々しい姿へと。
「ひぃっ……!?」
「これで幽霊って信じてくれたかな。サキヒコくんそれ痛くはないんだよね?」
「あぁ、全く」
「ちょっと見ていい……?」
「ん……? あぁ、気分が悪くならないのなら好きなだけ」
俺は恐る恐る血がこびりついた黒髪に触れた。パキパキと固まった血が砕け、赤黒い粉が散る。髪を掻き分けて割れた頭の傷口を覗き、息を呑んだ。
「わ……の、脳みそかなこれ」
「見えるのか?」
「ゃ、分かんない、表面剥がれただけの皮か肉かも……手は」
「手?」
「あぁあ爪剥がれてる痛そぉ~……! こっち変な方に曲がってるし……あぁ………………お、お腹の刀抜いていい?」
「えっ? まぁ……構わないが」
そっと短剣の持ち手を握り、ゆっくりと引き抜いていく。
「痛くないんだよね?」
「……歯間ぶらしを、抜いている感じ」
「歯間ブラシ使ったことないくせに適当言わないの、俺も使ったことないから分かんないし」
とりあえず痛くはなさそうだと安心し、抜き切った短剣はひとまず床に置いた。床が赤黒くなってきたが、液体ではなく固体の血ばかりだ。
「ちょっと開きますよ~……くぱっと」
細い傷口を拡げ、中を覗く。よく見えない。
「何にも見えない……なんか赤黒いことしか分かんない……」
「何が見たかったんだ?」
「内臓……」
「……切ってみるか? ちょうど刀もあることだ、この姿だと瑞々しい見た目はしていないと思うがそれでもよければ」
「えっ、い、いや……それは流石にいいよ」
ちょっとしたリョナ趣味があるとはいえ、大好きな彼氏の身体を自分の手で開くことまでは望まない。俺は見えているなら見たいんであって、見えていないものを見ようとは思えない。ミニスカートからのパンチラは喜んでも側溝に入ろうとは思わない大多数の男性達と同じだ。
「おい……水月」
「あっパイセン、分かっていただきました? サキヒコきゅんは幽霊彼氏なのでそ」
「神社行こう」
「え」
「お祓いしなきゃ……」
「ま、待ってくだされ彼氏なんですってサキヒコきゅんは!」
「牡丹灯籠知らないのかお前は!」
「大丈夫なんですってサキヒコきゅんはわたくしを取り殺したりしません! 聞いてくだされ、リュウたそは分かりますな?」
「ん? あぁ、金髪で関西弁の子だろ。話しやすくて好きだぞあの子。で?」
「神社生まれなんでそ」
「あぁ……んなこと言ってたかな、大層な名前してるもんなーとか言った気がするよ」
「サキヒコきゅんの安全性はリュウどののお墨付きでそ」
「……なら、大丈夫……なのか?」
血みどろの姿ではなくなったサキヒコを歌見はじっと見つめる。歌見のリュウへの信頼度は随分と高いみたいだ。神社生まれってスゲェ。俺は改めてそう思った。
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