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おまけ
おまけ VRデートver2
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※フタ視点。1443話 弟の映像 で水月が帰った後のフタの様子。 《》は猫の言葉です、フタにも他の人間にもニャーニャーとしか聞こえていません。
今日は休日。けれど朝から予定があるとスマホが教えてくれたので、ソーセージパンを食べてすぐに外に出た。
「こんにちは穂張さん」
「こんにちはー」
「こんにちは~」
スマホに案内された先は公園、集まっていたおばさん達に挨拶されたので、挨拶し返した。
「えーっとぉ、何すんの~?」
彼女達は誰なのか、何故集まっているのか、これから何をするのか、全く何も分からない。
「相変わらずねぇ穂張さん、少しは会報見てもらいたいもんね」
「ちょっと、穂張さん少し頭弱いんだから仕方ないでしょ」
頭弱い……
「ボロボロの猫が居るって話よ。地域猫じゃないみたい。捨て猫か、他所の縄張りから追い出された野良猫ね」
「その猫ちゃんを見つけて保護するのが今回の目標よ」
「猫探せばいいの~? そこに居るけど」
公園のベンチの上でくつろいでいる猫を指す。
「今言ったこと聞いてなかったの? あぁもういいでしょこの人、私達だけで始めちゃいましょ」
「待ってよ、穂張さん猫見つけるのはすごく上手いの。あのね、弱った猫が、居るの」
「弱った猫~?」
「そう。可哀想でしょ? 早く見つけて保護してあげないと」
「物陰とか探してね」
弱った猫、それを探すのが今日やることらしい。スマホにメモしておかないと。
「……ねぇ、スマホ弄り出したんだけど。本当に役に立つのこの人」
「そう思えないのも無理はないけど本当にすごいんだって」
「行ってきま~す」
ヒト兄ぃに教わった。人を探す時は人に聞き込めって。だから猫を探す時は猫に聞き込むんだ。
「ちょっといい?」
ベンチの前に屈んで猫に話しかけてみると、片耳を持ち上げ片目を開けた。話を聞いてくれる気になったみたいだ。
「弱った猫、探してるんだ。見てない?」
イチが俺の肩からベンチの上に移り、なーなー鳴き始めた。
《ウチの子が弱った猫探してんだ。知ってること話せ。隠すと酷いぞ》
《心当たりないにゃー、そういうのはボスに聞いて》
イチに返事をするみたいにベンチで寝ていた猫も少し鳴いた。イチは俺の肩に戻ってきて、ニィとミィと一緒に俺の顔の周りで鳴いた。
《フタちゃん、ボスのところ行きましょ》
《フタちゃんボス分かる? 覚えてる?》
《案内してあげるからねフタちゃん》
「にゃーにゃーうるさい~……何ぃ、前見えないってぇ……」
俺の顔にスリスリしながら三匹同時に鳴いたかと思ったら、三匹とも俺の肩を離れて前を歩いていった。
「イチニィミィどこ行くの~?」
《はぐれないでねフタちゃん》
《転ばないように気を付けてフタちゃん》
《ミィ、フタちゃんの傍に憑いてる》
ぴょん、と俺の肩にミィが戻ってきた。気まぐれだなぁ。
「お、ミィおかえり~」
イチとニィの後を着いていくと、公園の茂みの奥、誰かが捨てたダンボールの中で隻眼の大きな猫が丸まっていた。
「こんにちは~」
《化猫憑きのフタ坊か。何の用だ》
隻眼の猫はゆっくりと起き上がって俺を見上げた。話を聞いてくれるのかな? 話……? 話って何だっけ、スマホ見ないと。
「えーっと…………弱った猫、知ってる?」
《弱った猫?》
《この子が入ってる保護猫クラブに情報が入ったらしいんだ》
《地域猫じゃあないらしい。迷い猫か捨て猫か……アンタなら知ってんだろ》
《隠し事はナシだろボス。さぁ出せ今出せすぐに出せ》
「早く見つけて~、ご飯あげたり病院連れてったりしないとだからぁ……知ってたら教えて」
《ウチのフタちゃんがこう言ってんだろが!》
《さっさと答えろジジイ!》
《フタちゃんの時間はタダじゃねぇんだぞ!》
《フタ坊以外の態度が最悪だなこのモンペヤクザ共が。場所教えてやるから勝手に行きな、心当たりのヤツで合ってるならそこに居るはずだ》
隻眼の猫とにゃんにゃん可愛く鳴き合ったイチとニィとミィはどこかへ向かって走り始めた。
「待って~」
《フタちゃん、こっちこっち》
《走っちゃダメ! フタちゃん転んじゃう!》
《ミィ、やっぱりフタちゃんに憑いてる》
ミィだけが戻ってきた。イチとニィは少し走るスピードを落とし、公園の外へ。広い道路を渡っていく二匹を追って、俺はガードレールを乗り越えた。
「待って待っ……!?」
ドンッ、と強い衝撃を受けて道路に転がる。
《フタちゃん!》
《てめぇフタちゃんに何してんだコラ!》
《末代まで祟ってやるペーパードライバーが!》
車に撥ねられたみたいだ。アスファルトで擦ったのか右腕が真っ赤になっている。立ち上がると視界が揺れ、フラついてガードレールに手をついた。
「てめぇどこ目ぇつけてんだ死にてぇのか! いきなり飛び出してくるんじゃっ……」
車から降りてきた男は俺を見て怒鳴るのをやめた。
「和彫り…………だっ、大丈夫ですか? お怪我は……えとっ、救急車呼びますっ?」
「……? 俺、今急いでたと思うから……」
「あっそうなんですね! えっとじゃあ、俺はこれでっ……!」
男は慌てた様子で車に乗ると車を急発進させ、去っていった。何だったんだろう。あれ、なんか腕痛いな……うわ血まみれじゃん。コケたっけ?
《逃げやがったあの野郎!》
《フタちゃんに怪我させておいて!》
《生きたまま豚の餌にしなきゃ気が済まねぇ!》
今何をしていたか忘れたのでスマホのメモ帳を確認すると、弱った猫を探していると記されていた。
「イチ~、ニィ~、ミィ~、弱った猫ってどこにいると思う~?」
《フタちゃんっ、それより手当てを……!》
《……無理。フタちゃんに私達の言葉は通じない》
《猫を早く見つけて家に帰らせるのが一番》
会議するみたいに顔を突き合わせてにゃんにゃんと可愛く鳴き合った三匹はどこかへ向かって歩き始めた。広い道路を渡り、ガードレールを乗り越え、向かった先は駐車場だ。
《この辺ってボスは言ってたけど》
《匂いが濃くなってきた、これなら辿れる》
《あの車のとこに居るみたい。下には居ないけど》
三匹は白い車の元へ向かった、車の中では若い男がスマホを弄っている。三匹は屋根に登ったり下に潜ったりした後、ボンネットの上で飛び跳ねた。
《分かったフタちゃん! この中!》
《エンジンルームに潜り込んでやがる!》
《フタちゃんここ開けて! ここ!》
ぴょんぴょん跳んで、ぱしぱし猫パンチして……遊んでるんじゃないみたい。何かを伝えたいのかな。
「何~? ん~……?」
「…………あ、あの、なんすか?」
車の窓が開いて若い男が顔を出した。俺がそっちを向くと三匹は騒がしく鳴いて、またボンネットに猫パンチをする。
「………………あぁ! こうか!」
俺は車のボンネットを思い切り殴った。凹んだ。
「ひぃっ!?」
《違う開けてって言ってるのフタちゃん!》
《あっでも出た! 下から出た!》
《捕まえてフタちゃん!》
ニィとミィが車から降りて車の下に潜り込む。二匹に続いて車の下を覗くと猫が居た。毛がボサボサでところどころハゲて、目ヤニの酷い黒猫だ。
「よっ……と。暴れないでね~」
《じっとしろ若造!》
《フタちゃんは早く手当しないとなの!》
《見て分かれ!》
イチとニィとミィが呼びかけると黒猫は耳を倒して縮こまった。
「……猫? 猫バンバンってヤツすか……いや、強くね……へこんでるんすけど…………ぅう、ヤクザめ……クソ」
車の窓が閉まった。何か言ってた気がするけど、まぁいいや。猫を見つけた。で、どうするんだっけ?
《フタちゃん、こっちこっち》
《クソ無礼なババアに預けて帰りましょ》
《そんな汚い猫持ってたら雑菌入っちゃう》
三匹はまた公園に戻っていく。猫を抱いたまま三匹を追うと、立ち話をしているおばさん達の間で三匹は止まった。
「穂張さん……!? 何その怪我!」
「腕すごい血よ!? 何があったの!」
「猫~……」
「猫? あら、猫ちゃん……こっちもボロボロねぇ」
「連絡あった猫ってこの猫かしら。どっちにしろ早く病院連れてかないと」
「すげぇハゲてんだけど~、大丈夫~?」
「多分大丈夫よ、弱ってるけどそこまででもないし。病院で治療すれば元気になると思うわ」
「穂張さんも病院行きなさいね……? 何があったの、猫に引っ掻かれたなんてレベルじゃないわよね」
「早く治したげてね~。じゃ、俺帰る~」
「病院行きなさいよ! はぁ……びっくりした、でもほらすごいでしょ穂張さん。猫探しに三十分かからないのよあの人」
「確かにすごいわねぇ。猫のために大怪我したのに文句一つも言わないで……ああいうのが本当の極道よね、任侠って言うか仁義って言うか……」
事務所までの道をスマホに聞いて、歩いて、事務所に着いた。駐車場の方にヒト兄ぃが居たから、入る前にそっちに行った。
「ヒト兄ぃ~、怪我したぁ~、治して~」
じっとミラー見つめていたヒト兄ぃは、振り向きざまに俺を殴った。
《フタちゃん!? フタちゃん!》
《ヒトてめぇ最近大人しいと思ってたのに!》
《殺してやる! 喉笛食いちぎってやる!》
フラついて尻もちをつくとイチが駆け寄ってきた。ニィとミィはヒト兄ぃの頭に猫パンチをしたり、顔に噛み付いたりしている。
「へへっ」
イチもニィもミィも可愛いなぁ。
「……っにを笑ってんだこのバカがっ!」
顔を踏み付けるように蹴られ、地面で頭を打つ。続けて腹を蹴られ、俺は丸まって身体の前面を守った。
「ミラーの塗装が剥げてんだよてめぇまた擦ったろ! 何回言ったら分かるんだ車に傷をつけんなって! てめぇは擦るわぶつけるわ、サンは杖でガンガン叩くわ……! こっの愚弟共が!」
頭、背中、腰、色んなところを蹴られた。
「はぁっ……はぁっ………………あっ、しまった……鳴雷さんに怒られるっ……フタ、この件は内緒に……どうしたんですこの怪我。腕えらいことになってますよ、頭からも血が……まさかまた車に撥ねられたんですか? 相変わらず不注意ですねぇ。でもちょうどいい、全部車に撥ねられた怪我です。その鼻血も、各所に出るだろうアザも……いいですね?」
ヒト兄ぃがなんかベラベラ喋ってる。殴られんの終わりなのかな。
「あなたのせいで鳴雷さんに嫌われでもしたら、あなたもあなたの飼い猫も無事では済ましませんよ。いいですね、私はあなたに何もしていません」
「……うん?」
「よしよし、従順なのはあなたの長所ですね。あなたのように従順で、サンのように目以外は優秀な弟が欲しかった……はぁ、愚弟しか居ないなんて私はなんて不幸なんでしょう…………私はこれから少し出かけます。その血、事務所を汚す前に拭くか洗うかしなさいね。後、少しどいてください。轢きますよ」
ヒト兄ぃは俺を蹴り転がして移動させると、車に乗って去っていった。俺はゆっくりと立ち上がり、事務所に入った。
「うわぁぁぁあ!? どうしたんすかフタさん!」
「兄貴ぃ!? シェパード! シェパァアードッ!」
仕事場に顔を出してみると弟分達がワラワラ寄ってきて騒いだ。
「うるさい……なんか頭痛いんだよ、黙れ」
「てめぇら口閉じろ!」
「「「押忍!」」」
「手当します。座ってください」
キャスター付きの椅子に座らされ、手当てを受けた。消毒とか何か色々痛かった。腕と頭に包帯巻かれた。
「流石元衛生兵、鮮やかな手腕ってヤツだな」
「大丈夫すかフタさん」
「頭打ってんなら病院行った方がいいすよ」
「あくまで応急手当。病院をお勧めする」
「……もう終わり? ありがと~」
手当てが終わっても傷は痛いままだ。部屋で寝ることにした俺はさっさと仕事場を出た。
部屋に戻り、ベッドに寝転がるも、なかなか眠れない。色んなところが痛くて嫌な気持ちが膨らむので、恋人の顔を見ようとスマホを持った。
「ん……? 動画?」
写真を見ようと思っていたけれど、異様に長い動画を見つけたのでそっちを見てみた。キャプションも確認した。みつきとのデートを撮ったものらしい。俺はすぐにスマホ用VRゴーグルをはめた。
「みつき……」
すぐにみつきが映った。まるで目の前に居るみたいだ、にこにこ笑って可愛らしい。
『うどん食べたいです!』
空が暗いし、これから晩ご飯かな?
「うどん食べたいのか~、かわいいねぇみつき、かわいい~……いくらでも奢ってあげるね~」
みつきと一緒に道を歩いている間はみつきの顔がよく見えない。でも隣に立つみつきの頭のてっぺんが見下ろせている。みつきはつむじまで可愛い。
『俺はすき焼き釜玉……コンちゃんはきつねうどん?』
『みっちゃんは分かっておるのぅ』
何か居る。誰? 俺とみつきのデートなのに、何こいつ。なんか見たことあるけど……よく思い出せないや。とにかく邪魔だ。
『ちょフタさん、俺自分で払えますよ』
当然だけど、俺が奢ってあげたみたい。でもみつきは遠慮してる。健気で可愛い。お小遣い大事にして欲しい。
『フタさんはよく来てたりします?』
『分かんな~い』
『分かんないかぁ~』
俺の真似みたいな口調だ。俺の真似してるの可愛いし、そういう喋り方も似合ってて可愛い。
『俺これきらい……』
『えっ!? 牡蠣好きで頼んだんじゃ……』
『食べたくない……』
『……えっと、あっ、俺のと交換します?』
俺が食べてたの、俺が嫌いなヤツだったみたい。みつき、自分のと交換してくれた。優しい。だいすき。
『みっちゃんは優しいのぅ。ええこええこ』
何してんのコイツ。何触ってんの。確かにみつきは優しいけど、なんでコイツ俺の目の前でみつき触ってんの。
『わ……もぉ、急に撫でないでよ~』
みつきもなんで嬉しそうにしてるの。そいつなんなの? なんで俺何も言わずに見てるの?
『これめっちゃおいしい』
何食ってんだよこのバカ! みつき取り返せよ! って今言ったってどうにもならない。みつきは俺の知らないヤツの隣でうどんを啜ってた。
食べ終わって、店を出たら一度事務所に戻って車デートだ。みつきが道案内をしてくれている。着いたのはボロボロのビル。
『うわぁ……落書きしてるし窓割れてるよ』
みつきはスマホのライト機能を使って中を照らしている。なのに、足のない女の人とか、血まみれのおじさんとか、頭の欠けた子供とかには、見向きもしない。
「なんで? みつき……みつき優しいから、病院呼んだりしないの変…………あっ、死んでんのか。へへ……」
みつきには見えていないんだなぁ。前に回り込んできた着物の子も見えてないのかな?
『たくさん居ますね』
『さっちゃんみたいな魂持ちは居らんの。安心して食ってきぃ。みっちゃんの守りはワシに任せぇ』
着物のヤツ同士がなんか話してる。
『ん? どったのイチ、ニィ、サキくんと行くの~?』
サキくん? あぁそうだサキくんだ! イチニィミィと仲良しのサキくん! 思い出せた思い出せた。金髪の方も知り合いなのかな、そっちは思い出せないや。
『……サキヒコくんしばらくかかるでしょうし、肝試ししましょっか!』
みつきが俺の腕に抱きついてきた。
『みつき暗いのこわい? 可愛いねぇみつきは』
やっぱり俺とは話が合うなぁ。流石俺だと関心していたけれど、俺が開いた扉の中に誰かが居て、何かをみつきに投げつけてきたから、やっぱり俺はダメでバカだ。
『…………見覚えのある顔だな』
國坊だ。ボスの弟。穂張組が一番守らなきゃいけない人。みつきも知り合いらしくて、ちょっとの間楽しそうに話してた。しばらくして國坊はどっか行って、入れ替わりにサキくんが帰ってきた。
『あっおかえりサキヒコくん。じゃあ戻ろっか。フタさん、車戻りましょ』
車に乗って、移動して、またサキくんだけどっか行った。
『みぃーつきぃ~』
『フタさん、どうしました?』
『ひま』
『暇って……じゃあ俺とイチャイチャしましょ』
『なにそれ』
『ちゅーしたり、ぎゅーしたり、恋人っぽいことするんです』
動画の中で俺はみつきとぎゅーして、ちゅーしてた。いいなぁ。俺もしたいなぁ。
サキくんが帰ってきたら車に乗って、今度はお墓に着いた。サキくんと金髪のヤツが中に入って、俺とみつきは外で待ってた。
『わ~、かわいいねぇ。かわいいよみつきぃ』
金髪のヤツは中に入る前、みつきに自分の尻尾を移していった。みつきのお尻からもふっとした尻尾が生えていて、ぶんぶん揺れていて、可愛い。
『どうしたのみつき~、お墓こわい?』
みつきが胸に飛び込んできたみたいだ。カメラの位置的に顔とかは映らないけど、抱きついてるってことがもう可愛い。
「はぁ……みつきぃ…………どこ居るんだろ、会いたいな~……ん?」
みつきのことを考えていたら動画が進んだ。イチとニィとミィが威嚇しているみたいだ。
『フ、フタさんっ、フタさんフタさんフタさんっ! 見えてるんですよねアレっ、フタさんにも見えてますよねあの黒いの!』
塀をすり抜けて黒いお化けが現れる。三匹とみつきが怖がってるのはコイツみたいだ。俺の大切な子達を怯えさせるなんて許せない、さっさと潰しちゃえ動画の俺。
『みつきちょっと手ぇ離して』
『嫌です! 怖い!』
みつき怖がりだなぁ。こんなのちょっと小突くだけで逃げちゃうのに。
『俺の彼氏をさ~……ビビらせんないでくれるぅ? かわいいんだけどね~』
あ、ほら、ちょっと蹴っただけなのによろけた。
『みつきぃ~、もう怖くないよ~』
カッコイイとこ見せられたかも。みつきもっと俺のこと好きになったかな?
『……今、の、なんなんですか?』
『今のって~?』
『……っ、もう忘れちゃったんですか!?』
あれ、なんか怒ってる? どうしたんだろう、何怒ってるんだろう。俺何かしたのかな、昔のことだけど俺がごめんねみつき。
その後しばらくみつきは怒ってて、俺は動画を止めてゴーグルを外した。
「……イチ~、ニィ~、ミィ~」
ヨンとイツは寝室に居ない。ベッドの上でゴロゴロしていた三匹だけを呼んだ。
「なんで俺頭悪いのかなぁ……こんなんじゃ、みつきに嫌われる……ヒト兄ぃやサンちゃんみたいに頭良くなりたい……」
《フタちゃん泣かないで。あんな性悪共みたいになんてならなくていいの》
《ちょっと忘れたくらいで嫌うような心の狭い子にフタちゃんは勿体ない》
《世界一尊いフタちゃんに釣り合う人間がなかなか居ないのは仕方ないよ》
「…………ふふ、にゃーにゃー言ってぇ……ぁーあ、みつきもお前らみたいにずーっと俺の傍に居ればいいのにな~……賢くなったらもっと俺のこと好きになって、居てくれるかなぁ……はぁ、みつき…………ん? 何、ゴーグル? あ、動画見てたんだっけ。うわみつきじゃんラッキー、ちょうどみつき見たかったんだよね~」
ベッドに落ちていたゴーグルを拾い、止めてあった動画を再生した。
『尻尾返してもらうぞぃ』
みつきのお尻に生えてた狐の尻尾が毟り取られた。せっかく可愛かったのに。もっと見たかったな。
「……なんか知らねぇヤツらがずっと話してる。何この動画~……みつき喋んねぇの?」
根気よく待っているとみつきが喋りだした。
『…………ごめんなさい。ごめんなさい、フタさん……ごめんなさい』
なんか謝ってる。
「どしたのみつきぃ、俺になんかしたの? いいよぉどうせ覚えてないしぃ。許す許す、許すから泣き止んでくれないかな……早く慰めろよ昔の俺」
みつきは見たいけど、泣き顔は見たくない。どうしよう、ちょっとシークバー弄ろうかな。
『フタさん………………俺のこと、好き?』
ゴーグルを外そうとして、みつきの声が聞こえて、慌ててかけ直した。
「好き好き好き~!」
目が潤んだみつきが俺を見上げている。可愛い。可愛過ぎる。
「はぁあ超かわいい……ん、なんか……ちんこ痛い」
張った感覚に不快感を覚え、ズボンと下着を脱いでみると陰茎がパンパンに張っていた。朝によくなるヤツだ。朝じゃないのに何だろう。
「……あ、みつき見ながらすると、なんか……イイかも」
《こらフタちゃんティッシュ用意してからしなさい!》
《ミィ、ティッシュ取ってきて!》
《まだイチとニィしか物に触れないじゃん!》
「イチニィミィうるさいよ、みつきの声聞こえない」
みつきを見ながら、みつきの声を聞きながら、陰茎を扱く。めっちゃくちゃ気持ちいい。
『大好き……フタさん』
動画の中でみつきが抱きついているみたいで、顔はよく見えない。
「はぁ……みつき、みつきっ、ん…………ぁ、出た」
慌ててゴーグルを外し、ベッドの上に落ちていティッシュボックスを引っ掴む。
「やばいやばいベッド汚した。ん……? あ、ティッシュの箱穴空いてるじゃん、これ……猫が噛んだ跡だ、噛んだの誰!」
《コイツ》
《持ってきてあげたんでしょ!》
《早く拭いて!》
三匹は抗議するみたいに騒がしく鳴いている。まぁ大した穴じゃないし別にいいや、それより早く拭かないと。
掃除を終わらせて一息ついていると、人の声が聞こえてきた。音を辿ると俺のスマホがゴーグルにはまっていた、動画を見ていたみたいだ。
「わ……いつから再生しっぱなしだったんだろ、充電なくなっちゃうじゃん」
今は動画を見る気分じゃない。ゴーグルからスマホを外し、動画を止め──
『みつき、殺せばずっと俺のかぁ』
──ようとした指を止めた。
『仕事中だってずーっとずーっとずっとずっとずっとずっと傍に居てくれるよね~……忘れる暇ないくらい、ずぅっと、さぁ?』
みつきを殺す? そっか、なるほど、確かに。死んでるイチとニィとミィが見える人、ボス以外に居ないし、みつきを殺せばみつきも俺とボス以外に見えなくなるのか。死んだら学校とかないし、暇なみつきは唯一話せる俺の傍にずっと居る。ずっと一緒なら俺はみつきのこと忘れないから、みつきに怒られたり嫌われたりしない。
「…………最高じゃん!」
俺はスマホのメモアプリを開き、すぐにみつきを殺すことをやることリストに記した。
「みつき、みつき、ふふ……ずーっと俺のぉ~」
苦しめちゃ可哀想。頸動脈をサッと切っちゃうのが一番早く死ぬかな?
《また思い付いちゃった、水月殺し。メモしたから今度は忘れないかな》
《一人殺したくらいじゃ死刑にならないし、いいんじゃない?》
《人間の幽霊ならフタちゃんと話せるし、フタちゃん寂しくないね》
「イチニィミィ~、ドスどこやったっけ~」
声をかけるとイチはベッドの下に潜り、埃にまみれた俺の短刀を取ってきてくれた。
「ありがと~」
《どういたしまして、フタちゃん》
《いくらフタちゃんの頼みでも、あれ霊刀よ?》
《幽霊も切れるヤツ……よく触れるねイチ》
「研いだ方がいいかなぁ」
《刃剥き出しで落ちてた訳じゃないんだし》
《それでも何か変なオーラ出てるって》
《近寄るとヒゲぴりぴりするから嫌い》
切れ味を確認するため鞘から抜くと三匹は慌てて物陰に逃げた。俺は卓上カレンダーを取り、軽く刃を押し当ててみた。力をほとんど入れていないのに、スーッと刃が通ってカレンダーは真っ二つになった。
「……うん、殺せる」
鞘に戻し、デニムの尻ポケットに突っ込んだ。
今日は休日。けれど朝から予定があるとスマホが教えてくれたので、ソーセージパンを食べてすぐに外に出た。
「こんにちは穂張さん」
「こんにちはー」
「こんにちは~」
スマホに案内された先は公園、集まっていたおばさん達に挨拶されたので、挨拶し返した。
「えーっとぉ、何すんの~?」
彼女達は誰なのか、何故集まっているのか、これから何をするのか、全く何も分からない。
「相変わらずねぇ穂張さん、少しは会報見てもらいたいもんね」
「ちょっと、穂張さん少し頭弱いんだから仕方ないでしょ」
頭弱い……
「ボロボロの猫が居るって話よ。地域猫じゃないみたい。捨て猫か、他所の縄張りから追い出された野良猫ね」
「その猫ちゃんを見つけて保護するのが今回の目標よ」
「猫探せばいいの~? そこに居るけど」
公園のベンチの上でくつろいでいる猫を指す。
「今言ったこと聞いてなかったの? あぁもういいでしょこの人、私達だけで始めちゃいましょ」
「待ってよ、穂張さん猫見つけるのはすごく上手いの。あのね、弱った猫が、居るの」
「弱った猫~?」
「そう。可哀想でしょ? 早く見つけて保護してあげないと」
「物陰とか探してね」
弱った猫、それを探すのが今日やることらしい。スマホにメモしておかないと。
「……ねぇ、スマホ弄り出したんだけど。本当に役に立つのこの人」
「そう思えないのも無理はないけど本当にすごいんだって」
「行ってきま~す」
ヒト兄ぃに教わった。人を探す時は人に聞き込めって。だから猫を探す時は猫に聞き込むんだ。
「ちょっといい?」
ベンチの前に屈んで猫に話しかけてみると、片耳を持ち上げ片目を開けた。話を聞いてくれる気になったみたいだ。
「弱った猫、探してるんだ。見てない?」
イチが俺の肩からベンチの上に移り、なーなー鳴き始めた。
《ウチの子が弱った猫探してんだ。知ってること話せ。隠すと酷いぞ》
《心当たりないにゃー、そういうのはボスに聞いて》
イチに返事をするみたいにベンチで寝ていた猫も少し鳴いた。イチは俺の肩に戻ってきて、ニィとミィと一緒に俺の顔の周りで鳴いた。
《フタちゃん、ボスのところ行きましょ》
《フタちゃんボス分かる? 覚えてる?》
《案内してあげるからねフタちゃん》
「にゃーにゃーうるさい~……何ぃ、前見えないってぇ……」
俺の顔にスリスリしながら三匹同時に鳴いたかと思ったら、三匹とも俺の肩を離れて前を歩いていった。
「イチニィミィどこ行くの~?」
《はぐれないでねフタちゃん》
《転ばないように気を付けてフタちゃん》
《ミィ、フタちゃんの傍に憑いてる》
ぴょん、と俺の肩にミィが戻ってきた。気まぐれだなぁ。
「お、ミィおかえり~」
イチとニィの後を着いていくと、公園の茂みの奥、誰かが捨てたダンボールの中で隻眼の大きな猫が丸まっていた。
「こんにちは~」
《化猫憑きのフタ坊か。何の用だ》
隻眼の猫はゆっくりと起き上がって俺を見上げた。話を聞いてくれるのかな? 話……? 話って何だっけ、スマホ見ないと。
「えーっと…………弱った猫、知ってる?」
《弱った猫?》
《この子が入ってる保護猫クラブに情報が入ったらしいんだ》
《地域猫じゃあないらしい。迷い猫か捨て猫か……アンタなら知ってんだろ》
《隠し事はナシだろボス。さぁ出せ今出せすぐに出せ》
「早く見つけて~、ご飯あげたり病院連れてったりしないとだからぁ……知ってたら教えて」
《ウチのフタちゃんがこう言ってんだろが!》
《さっさと答えろジジイ!》
《フタちゃんの時間はタダじゃねぇんだぞ!》
《フタ坊以外の態度が最悪だなこのモンペヤクザ共が。場所教えてやるから勝手に行きな、心当たりのヤツで合ってるならそこに居るはずだ》
隻眼の猫とにゃんにゃん可愛く鳴き合ったイチとニィとミィはどこかへ向かって走り始めた。
「待って~」
《フタちゃん、こっちこっち》
《走っちゃダメ! フタちゃん転んじゃう!》
《ミィ、やっぱりフタちゃんに憑いてる》
ミィだけが戻ってきた。イチとニィは少し走るスピードを落とし、公園の外へ。広い道路を渡っていく二匹を追って、俺はガードレールを乗り越えた。
「待って待っ……!?」
ドンッ、と強い衝撃を受けて道路に転がる。
《フタちゃん!》
《てめぇフタちゃんに何してんだコラ!》
《末代まで祟ってやるペーパードライバーが!》
車に撥ねられたみたいだ。アスファルトで擦ったのか右腕が真っ赤になっている。立ち上がると視界が揺れ、フラついてガードレールに手をついた。
「てめぇどこ目ぇつけてんだ死にてぇのか! いきなり飛び出してくるんじゃっ……」
車から降りてきた男は俺を見て怒鳴るのをやめた。
「和彫り…………だっ、大丈夫ですか? お怪我は……えとっ、救急車呼びますっ?」
「……? 俺、今急いでたと思うから……」
「あっそうなんですね! えっとじゃあ、俺はこれでっ……!」
男は慌てた様子で車に乗ると車を急発進させ、去っていった。何だったんだろう。あれ、なんか腕痛いな……うわ血まみれじゃん。コケたっけ?
《逃げやがったあの野郎!》
《フタちゃんに怪我させておいて!》
《生きたまま豚の餌にしなきゃ気が済まねぇ!》
今何をしていたか忘れたのでスマホのメモ帳を確認すると、弱った猫を探していると記されていた。
「イチ~、ニィ~、ミィ~、弱った猫ってどこにいると思う~?」
《フタちゃんっ、それより手当てを……!》
《……無理。フタちゃんに私達の言葉は通じない》
《猫を早く見つけて家に帰らせるのが一番》
会議するみたいに顔を突き合わせてにゃんにゃんと可愛く鳴き合った三匹はどこかへ向かって歩き始めた。広い道路を渡り、ガードレールを乗り越え、向かった先は駐車場だ。
《この辺ってボスは言ってたけど》
《匂いが濃くなってきた、これなら辿れる》
《あの車のとこに居るみたい。下には居ないけど》
三匹は白い車の元へ向かった、車の中では若い男がスマホを弄っている。三匹は屋根に登ったり下に潜ったりした後、ボンネットの上で飛び跳ねた。
《分かったフタちゃん! この中!》
《エンジンルームに潜り込んでやがる!》
《フタちゃんここ開けて! ここ!》
ぴょんぴょん跳んで、ぱしぱし猫パンチして……遊んでるんじゃないみたい。何かを伝えたいのかな。
「何~? ん~……?」
「…………あ、あの、なんすか?」
車の窓が開いて若い男が顔を出した。俺がそっちを向くと三匹は騒がしく鳴いて、またボンネットに猫パンチをする。
「………………あぁ! こうか!」
俺は車のボンネットを思い切り殴った。凹んだ。
「ひぃっ!?」
《違う開けてって言ってるのフタちゃん!》
《あっでも出た! 下から出た!》
《捕まえてフタちゃん!》
ニィとミィが車から降りて車の下に潜り込む。二匹に続いて車の下を覗くと猫が居た。毛がボサボサでところどころハゲて、目ヤニの酷い黒猫だ。
「よっ……と。暴れないでね~」
《じっとしろ若造!》
《フタちゃんは早く手当しないとなの!》
《見て分かれ!》
イチとニィとミィが呼びかけると黒猫は耳を倒して縮こまった。
「……猫? 猫バンバンってヤツすか……いや、強くね……へこんでるんすけど…………ぅう、ヤクザめ……クソ」
車の窓が閉まった。何か言ってた気がするけど、まぁいいや。猫を見つけた。で、どうするんだっけ?
《フタちゃん、こっちこっち》
《クソ無礼なババアに預けて帰りましょ》
《そんな汚い猫持ってたら雑菌入っちゃう》
三匹はまた公園に戻っていく。猫を抱いたまま三匹を追うと、立ち話をしているおばさん達の間で三匹は止まった。
「穂張さん……!? 何その怪我!」
「腕すごい血よ!? 何があったの!」
「猫~……」
「猫? あら、猫ちゃん……こっちもボロボロねぇ」
「連絡あった猫ってこの猫かしら。どっちにしろ早く病院連れてかないと」
「すげぇハゲてんだけど~、大丈夫~?」
「多分大丈夫よ、弱ってるけどそこまででもないし。病院で治療すれば元気になると思うわ」
「穂張さんも病院行きなさいね……? 何があったの、猫に引っ掻かれたなんてレベルじゃないわよね」
「早く治したげてね~。じゃ、俺帰る~」
「病院行きなさいよ! はぁ……びっくりした、でもほらすごいでしょ穂張さん。猫探しに三十分かからないのよあの人」
「確かにすごいわねぇ。猫のために大怪我したのに文句一つも言わないで……ああいうのが本当の極道よね、任侠って言うか仁義って言うか……」
事務所までの道をスマホに聞いて、歩いて、事務所に着いた。駐車場の方にヒト兄ぃが居たから、入る前にそっちに行った。
「ヒト兄ぃ~、怪我したぁ~、治して~」
じっとミラー見つめていたヒト兄ぃは、振り向きざまに俺を殴った。
《フタちゃん!? フタちゃん!》
《ヒトてめぇ最近大人しいと思ってたのに!》
《殺してやる! 喉笛食いちぎってやる!》
フラついて尻もちをつくとイチが駆け寄ってきた。ニィとミィはヒト兄ぃの頭に猫パンチをしたり、顔に噛み付いたりしている。
「へへっ」
イチもニィもミィも可愛いなぁ。
「……っにを笑ってんだこのバカがっ!」
顔を踏み付けるように蹴られ、地面で頭を打つ。続けて腹を蹴られ、俺は丸まって身体の前面を守った。
「ミラーの塗装が剥げてんだよてめぇまた擦ったろ! 何回言ったら分かるんだ車に傷をつけんなって! てめぇは擦るわぶつけるわ、サンは杖でガンガン叩くわ……! こっの愚弟共が!」
頭、背中、腰、色んなところを蹴られた。
「はぁっ……はぁっ………………あっ、しまった……鳴雷さんに怒られるっ……フタ、この件は内緒に……どうしたんですこの怪我。腕えらいことになってますよ、頭からも血が……まさかまた車に撥ねられたんですか? 相変わらず不注意ですねぇ。でもちょうどいい、全部車に撥ねられた怪我です。その鼻血も、各所に出るだろうアザも……いいですね?」
ヒト兄ぃがなんかベラベラ喋ってる。殴られんの終わりなのかな。
「あなたのせいで鳴雷さんに嫌われでもしたら、あなたもあなたの飼い猫も無事では済ましませんよ。いいですね、私はあなたに何もしていません」
「……うん?」
「よしよし、従順なのはあなたの長所ですね。あなたのように従順で、サンのように目以外は優秀な弟が欲しかった……はぁ、愚弟しか居ないなんて私はなんて不幸なんでしょう…………私はこれから少し出かけます。その血、事務所を汚す前に拭くか洗うかしなさいね。後、少しどいてください。轢きますよ」
ヒト兄ぃは俺を蹴り転がして移動させると、車に乗って去っていった。俺はゆっくりと立ち上がり、事務所に入った。
「うわぁぁぁあ!? どうしたんすかフタさん!」
「兄貴ぃ!? シェパード! シェパァアードッ!」
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「うるさい……なんか頭痛いんだよ、黙れ」
「てめぇら口閉じろ!」
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手当てが終わっても傷は痛いままだ。部屋で寝ることにした俺はさっさと仕事場を出た。
部屋に戻り、ベッドに寝転がるも、なかなか眠れない。色んなところが痛くて嫌な気持ちが膨らむので、恋人の顔を見ようとスマホを持った。
「ん……? 動画?」
写真を見ようと思っていたけれど、異様に長い動画を見つけたのでそっちを見てみた。キャプションも確認した。みつきとのデートを撮ったものらしい。俺はすぐにスマホ用VRゴーグルをはめた。
「みつき……」
すぐにみつきが映った。まるで目の前に居るみたいだ、にこにこ笑って可愛らしい。
『うどん食べたいです!』
空が暗いし、これから晩ご飯かな?
「うどん食べたいのか~、かわいいねぇみつき、かわいい~……いくらでも奢ってあげるね~」
みつきと一緒に道を歩いている間はみつきの顔がよく見えない。でも隣に立つみつきの頭のてっぺんが見下ろせている。みつきはつむじまで可愛い。
『俺はすき焼き釜玉……コンちゃんはきつねうどん?』
『みっちゃんは分かっておるのぅ』
何か居る。誰? 俺とみつきのデートなのに、何こいつ。なんか見たことあるけど……よく思い出せないや。とにかく邪魔だ。
『ちょフタさん、俺自分で払えますよ』
当然だけど、俺が奢ってあげたみたい。でもみつきは遠慮してる。健気で可愛い。お小遣い大事にして欲しい。
『フタさんはよく来てたりします?』
『分かんな~い』
『分かんないかぁ~』
俺の真似みたいな口調だ。俺の真似してるの可愛いし、そういう喋り方も似合ってて可愛い。
『俺これきらい……』
『えっ!? 牡蠣好きで頼んだんじゃ……』
『食べたくない……』
『……えっと、あっ、俺のと交換します?』
俺が食べてたの、俺が嫌いなヤツだったみたい。みつき、自分のと交換してくれた。優しい。だいすき。
『みっちゃんは優しいのぅ。ええこええこ』
何してんのコイツ。何触ってんの。確かにみつきは優しいけど、なんでコイツ俺の目の前でみつき触ってんの。
『わ……もぉ、急に撫でないでよ~』
みつきもなんで嬉しそうにしてるの。そいつなんなの? なんで俺何も言わずに見てるの?
『これめっちゃおいしい』
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『さっちゃんみたいな魂持ちは居らんの。安心して食ってきぃ。みっちゃんの守りはワシに任せぇ』
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『ん? どったのイチ、ニィ、サキくんと行くの~?』
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「はぁ……みつきぃ…………どこ居るんだろ、会いたいな~……ん?」
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『フ、フタさんっ、フタさんフタさんフタさんっ! 見えてるんですよねアレっ、フタさんにも見えてますよねあの黒いの!』
塀をすり抜けて黒いお化けが現れる。三匹とみつきが怖がってるのはコイツみたいだ。俺の大切な子達を怯えさせるなんて許せない、さっさと潰しちゃえ動画の俺。
『みつきちょっと手ぇ離して』
『嫌です! 怖い!』
みつき怖がりだなぁ。こんなのちょっと小突くだけで逃げちゃうのに。
『俺の彼氏をさ~……ビビらせんないでくれるぅ? かわいいんだけどね~』
あ、ほら、ちょっと蹴っただけなのによろけた。
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『今のって~?』
『……っ、もう忘れちゃったんですか!?』
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その後しばらくみつきは怒ってて、俺は動画を止めてゴーグルを外した。
「……イチ~、ニィ~、ミィ~」
ヨンとイツは寝室に居ない。ベッドの上でゴロゴロしていた三匹だけを呼んだ。
「なんで俺頭悪いのかなぁ……こんなんじゃ、みつきに嫌われる……ヒト兄ぃやサンちゃんみたいに頭良くなりたい……」
《フタちゃん泣かないで。あんな性悪共みたいになんてならなくていいの》
《ちょっと忘れたくらいで嫌うような心の狭い子にフタちゃんは勿体ない》
《世界一尊いフタちゃんに釣り合う人間がなかなか居ないのは仕方ないよ》
「…………ふふ、にゃーにゃー言ってぇ……ぁーあ、みつきもお前らみたいにずーっと俺の傍に居ればいいのにな~……賢くなったらもっと俺のこと好きになって、居てくれるかなぁ……はぁ、みつき…………ん? 何、ゴーグル? あ、動画見てたんだっけ。うわみつきじゃんラッキー、ちょうどみつき見たかったんだよね~」
ベッドに落ちていたゴーグルを拾い、止めてあった動画を再生した。
『尻尾返してもらうぞぃ』
みつきのお尻に生えてた狐の尻尾が毟り取られた。せっかく可愛かったのに。もっと見たかったな。
「……なんか知らねぇヤツらがずっと話してる。何この動画~……みつき喋んねぇの?」
根気よく待っているとみつきが喋りだした。
『…………ごめんなさい。ごめんなさい、フタさん……ごめんなさい』
なんか謝ってる。
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みつきは見たいけど、泣き顔は見たくない。どうしよう、ちょっとシークバー弄ろうかな。
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「好き好き好き~!」
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「……あ、みつき見ながらすると、なんか……イイかも」
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《ミィ、ティッシュ取ってきて!》
《まだイチとニィしか物に触れないじゃん!》
「イチニィミィうるさいよ、みつきの声聞こえない」
みつきを見ながら、みつきの声を聞きながら、陰茎を扱く。めっちゃくちゃ気持ちいい。
『大好き……フタさん』
動画の中でみつきが抱きついているみたいで、顔はよく見えない。
「はぁ……みつき、みつきっ、ん…………ぁ、出た」
慌ててゴーグルを外し、ベッドの上に落ちていティッシュボックスを引っ掴む。
「やばいやばいベッド汚した。ん……? あ、ティッシュの箱穴空いてるじゃん、これ……猫が噛んだ跡だ、噛んだの誰!」
《コイツ》
《持ってきてあげたんでしょ!》
《早く拭いて!》
三匹は抗議するみたいに騒がしく鳴いている。まぁ大した穴じゃないし別にいいや、それより早く拭かないと。
掃除を終わらせて一息ついていると、人の声が聞こえてきた。音を辿ると俺のスマホがゴーグルにはまっていた、動画を見ていたみたいだ。
「わ……いつから再生しっぱなしだったんだろ、充電なくなっちゃうじゃん」
今は動画を見る気分じゃない。ゴーグルからスマホを外し、動画を止め──
『みつき、殺せばずっと俺のかぁ』
──ようとした指を止めた。
『仕事中だってずーっとずーっとずっとずっとずっとずっと傍に居てくれるよね~……忘れる暇ないくらい、ずぅっと、さぁ?』
みつきを殺す? そっか、なるほど、確かに。死んでるイチとニィとミィが見える人、ボス以外に居ないし、みつきを殺せばみつきも俺とボス以外に見えなくなるのか。死んだら学校とかないし、暇なみつきは唯一話せる俺の傍にずっと居る。ずっと一緒なら俺はみつきのこと忘れないから、みつきに怒られたり嫌われたりしない。
「…………最高じゃん!」
俺はスマホのメモアプリを開き、すぐにみつきを殺すことをやることリストに記した。
「みつき、みつき、ふふ……ずーっと俺のぉ~」
苦しめちゃ可哀想。頸動脈をサッと切っちゃうのが一番早く死ぬかな?
《また思い付いちゃった、水月殺し。メモしたから今度は忘れないかな》
《一人殺したくらいじゃ死刑にならないし、いいんじゃない?》
《人間の幽霊ならフタちゃんと話せるし、フタちゃん寂しくないね》
「イチニィミィ~、ドスどこやったっけ~」
声をかけるとイチはベッドの下に潜り、埃にまみれた俺の短刀を取ってきてくれた。
「ありがと~」
《どういたしまして、フタちゃん》
《いくらフタちゃんの頼みでも、あれ霊刀よ?》
《幽霊も切れるヤツ……よく触れるねイチ》
「研いだ方がいいかなぁ」
《刃剥き出しで落ちてた訳じゃないんだし》
《それでも何か変なオーラ出てるって》
《近寄るとヒゲぴりぴりするから嫌い》
切れ味を確認するため鞘から抜くと三匹は慌てて物陰に逃げた。俺は卓上カレンダーを取り、軽く刃を押し当ててみた。力をほとんど入れていないのに、スーッと刃が通ってカレンダーは真っ二つになった。
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