1,446 / 2,054
浴衣と簪 (水月+ハル)
しおりを挟む
自室に戻った俺は収納していた手芸用品を引っ張り出していた。
「弟君……アキカゼへの対応はしないつもりか? 相当寂しがっていたようだが」
「……ハルとの約束破る訳にはいかないからね」
「それもそうじゃの。さっちゃん、ワシらは逢瀬の邪魔をせんようあーちゃんの元へ行こうぞ。大勢で盛り上げてやれば寂しさも多少忘れるじゃろう」
「はい。いい案だと思います。流石ミタマ殿」
二人は扉を開けず、すり抜けて部屋から出て行った。机の上に置いていたテディベアを手に取り、ベッドに座る。
「……やっほーレイ。これからハルと家デートなんだ。今映ったかな、サキヒコくん。おかっぱの子。あの子は新しい彼氏なんだけど、実は結構前から居て……海に旅行に行った時にさ──」
──サキヒコについての紹介をテディベアに向かって行った。これでレイにもサキヒコのことが知れたはずだ。次会う時の紹介が省略出来たな。ハルにもサキヒコを紹介しておきたかったが、一人一人に紹介するのも手間だし明日の昼休みにでもまとめて話すか。
それからしばらく、インターホンが鳴った。
「こんにちは~!」
「こんにちは。よく来たなハル、なんか……大荷物だな? どうした?」
「お泊まりしたいな~って……いい?」
「いいよ。あぁ、だから通学鞄持ってるのか」
ハルが持っているのはボストンバッグと、十二薔薇のロゴが入った通学鞄。ボストンバッグの方は着替えや化粧品だろう。
「髪下ろしてるのも可愛いな、旅行中の風呂の後以来……かな?」
ヘアゴムもヘアピンも何も使わず、黒髪をそのまま腰まで垂らしているハルの姿は激レアだ。前髪の赤いメッシュが普段以上に目立って見える。
「えへへ、ありがと」
「とりあえず部屋おいで。エアコン点けてるからさ」
「はーい」
ニコニコと機嫌良さげに俺の後を着いてくるハルはとても可愛い。この無邪気さは二人きりだからだろうか、周囲の目を恥じたり、他の彼氏と張り合ったりすることがないから普段より温和なのかな……と考察してみたり。
「じゃ、早速なんだけど……えーと、簪を作るんだよな。手芸屋で簪の芯は買ってきたんだ、見た感じただの棒だけど……これでどうやって髪留めるんだ?」
手作りした簪の飾り部分を接着することで初めて完成する、簪の棒部分。開封したばかりのそれを揺らしていると、ハルが手を伸ばした。
「ちょっと貸して」
「ん」
「こうやってぇ、くるくる~ってして、ザク!」
束ねた髪に簪を刺し、回転して、頭皮に沿っている髪の根元近くに刺した……? 何でこれで髪が留まるんだ? 長髪だったことがないから分からないな。
「雑だから形歪だけど~、こんな感じだよ。ちょっとしたお団子が出来るんだ~」
「あぁ……和服に似合う感じの髪型だな」
「でしょでしょ。あのねみっつん、みっつんのインスピレーションの助けになればと思って~……浴衣持ってきたから、着ていい?」
「フライングで見られるのか、それは嬉しいな。ぜひ見せてくれ」
「うん! じゃ、出てって」
「……え?」
「見られてちゃ着替えらんないじゃん。早く出てってよ」
まぁ、うん。そりゃそうだ。恋人同士だからって、そういうプレイでもないのに着替えを見せてもらえることなんてありえない。俺は渋々外に出て、扉の向こうからの「絶対覗かないでよ!」という念押しを聞いた。
扉をこっそり開けようとすると目ざとく気付いたハルにバンッと閉め直されるので、覗きを諦めた俺は大人しくハルからの許しを待った。
「いいよ~」
扉を開け放ち、浴衣姿のハルを見る。簪を抜いて髪を垂らした彼の身を包むのは赤い浴衣、柄は鶴。帯は……何て言えばいいんだろう、彩度と明度が低い黄色って感じ。
「みっつんの部屋なのに追い出してごめ~んって言うつもりだったんだけどさ~……五回も覗き未遂されたら謝る気なくすよね~…………みっつん? どうしたの、何か言ってよ~、みっつーん?」
「……可愛い」
「えっ、ぁ、ありがと……えへへ、みっつんなら褒めてくれるって分かってたけどさ~……嬉しい」
「可愛いよぉ……」
「えっちょ、なんで泣くの!?」
「分かんない、可愛過ぎて混乱した」
「どういうこと!?」
どういうことも何も、言った通りだ。感情が昂ったあまり混乱し涙が出たのだ。
「ふぅ……落ち着いた。悪いな取り乱して」
「う、うん、いいよ。いつものことだし」
「しかしすごいな。浴衣って一人で着られるものなんだな」
「まぁね~」
「……それ、何百万とか言わないよな?」
「あははっ! 言わない言わない、町のお祭りにそんなの着てくのは逆にダメだよ、ファッションに一番大事なのはTPOなんだから」
デートで何百万もする着物を着てくるのはTPOを弁えた行為と言えるのか?
「これ五十万ちょっとだから」
「十分高いじゃん!」
安心させられた分、落差がすごい。俺は今にもブリッジしてしまいそうなくらいに仰け反り、叫んだ。
「売れ残りの反物仕立ててもらっただけだから~、俺的にはタダだけど」
「お坊ちゃまがよぉ……」
「あははっ、家にプールある人に言われたくないって」
「それもそうかもしれないけど、俺は高い服とか食べ物とか……そういう贅沢してないからなぁ、習い事もやってないしバイトしてるし……お坊ちゃまエピソードないんだよ」
「……人一人勝手に連れてきて居候させてるのは?」
「そのパターンお坊ちゃまエピソードとして聞いたことないけど……うーん、まぁそうか、セイカのことは完全に俺のワガママだからな……プールとかサウナとか用意してもらえるような、俺の旨みって感じじゃないから見過ごしてたけど……よく考えたら恋人と同棲してるんだもんな俺!」
「うらやま~。俺もみっつんと同棲した~い」
「卒業したらしようぜ!」
「わ~いしよしよ~! えへへ……割と本気めで、ね。ふふ、楽しみ~……」
もちろん俺も本気だと頷き、将来を誓い合う。同棲の約束をした彼氏は多い、家の広さを今のうちから想定しておいた方がいいかもしれないな。
「弟君……アキカゼへの対応はしないつもりか? 相当寂しがっていたようだが」
「……ハルとの約束破る訳にはいかないからね」
「それもそうじゃの。さっちゃん、ワシらは逢瀬の邪魔をせんようあーちゃんの元へ行こうぞ。大勢で盛り上げてやれば寂しさも多少忘れるじゃろう」
「はい。いい案だと思います。流石ミタマ殿」
二人は扉を開けず、すり抜けて部屋から出て行った。机の上に置いていたテディベアを手に取り、ベッドに座る。
「……やっほーレイ。これからハルと家デートなんだ。今映ったかな、サキヒコくん。おかっぱの子。あの子は新しい彼氏なんだけど、実は結構前から居て……海に旅行に行った時にさ──」
──サキヒコについての紹介をテディベアに向かって行った。これでレイにもサキヒコのことが知れたはずだ。次会う時の紹介が省略出来たな。ハルにもサキヒコを紹介しておきたかったが、一人一人に紹介するのも手間だし明日の昼休みにでもまとめて話すか。
それからしばらく、インターホンが鳴った。
「こんにちは~!」
「こんにちは。よく来たなハル、なんか……大荷物だな? どうした?」
「お泊まりしたいな~って……いい?」
「いいよ。あぁ、だから通学鞄持ってるのか」
ハルが持っているのはボストンバッグと、十二薔薇のロゴが入った通学鞄。ボストンバッグの方は着替えや化粧品だろう。
「髪下ろしてるのも可愛いな、旅行中の風呂の後以来……かな?」
ヘアゴムもヘアピンも何も使わず、黒髪をそのまま腰まで垂らしているハルの姿は激レアだ。前髪の赤いメッシュが普段以上に目立って見える。
「えへへ、ありがと」
「とりあえず部屋おいで。エアコン点けてるからさ」
「はーい」
ニコニコと機嫌良さげに俺の後を着いてくるハルはとても可愛い。この無邪気さは二人きりだからだろうか、周囲の目を恥じたり、他の彼氏と張り合ったりすることがないから普段より温和なのかな……と考察してみたり。
「じゃ、早速なんだけど……えーと、簪を作るんだよな。手芸屋で簪の芯は買ってきたんだ、見た感じただの棒だけど……これでどうやって髪留めるんだ?」
手作りした簪の飾り部分を接着することで初めて完成する、簪の棒部分。開封したばかりのそれを揺らしていると、ハルが手を伸ばした。
「ちょっと貸して」
「ん」
「こうやってぇ、くるくる~ってして、ザク!」
束ねた髪に簪を刺し、回転して、頭皮に沿っている髪の根元近くに刺した……? 何でこれで髪が留まるんだ? 長髪だったことがないから分からないな。
「雑だから形歪だけど~、こんな感じだよ。ちょっとしたお団子が出来るんだ~」
「あぁ……和服に似合う感じの髪型だな」
「でしょでしょ。あのねみっつん、みっつんのインスピレーションの助けになればと思って~……浴衣持ってきたから、着ていい?」
「フライングで見られるのか、それは嬉しいな。ぜひ見せてくれ」
「うん! じゃ、出てって」
「……え?」
「見られてちゃ着替えらんないじゃん。早く出てってよ」
まぁ、うん。そりゃそうだ。恋人同士だからって、そういうプレイでもないのに着替えを見せてもらえることなんてありえない。俺は渋々外に出て、扉の向こうからの「絶対覗かないでよ!」という念押しを聞いた。
扉をこっそり開けようとすると目ざとく気付いたハルにバンッと閉め直されるので、覗きを諦めた俺は大人しくハルからの許しを待った。
「いいよ~」
扉を開け放ち、浴衣姿のハルを見る。簪を抜いて髪を垂らした彼の身を包むのは赤い浴衣、柄は鶴。帯は……何て言えばいいんだろう、彩度と明度が低い黄色って感じ。
「みっつんの部屋なのに追い出してごめ~んって言うつもりだったんだけどさ~……五回も覗き未遂されたら謝る気なくすよね~…………みっつん? どうしたの、何か言ってよ~、みっつーん?」
「……可愛い」
「えっ、ぁ、ありがと……えへへ、みっつんなら褒めてくれるって分かってたけどさ~……嬉しい」
「可愛いよぉ……」
「えっちょ、なんで泣くの!?」
「分かんない、可愛過ぎて混乱した」
「どういうこと!?」
どういうことも何も、言った通りだ。感情が昂ったあまり混乱し涙が出たのだ。
「ふぅ……落ち着いた。悪いな取り乱して」
「う、うん、いいよ。いつものことだし」
「しかしすごいな。浴衣って一人で着られるものなんだな」
「まぁね~」
「……それ、何百万とか言わないよな?」
「あははっ! 言わない言わない、町のお祭りにそんなの着てくのは逆にダメだよ、ファッションに一番大事なのはTPOなんだから」
デートで何百万もする着物を着てくるのはTPOを弁えた行為と言えるのか?
「これ五十万ちょっとだから」
「十分高いじゃん!」
安心させられた分、落差がすごい。俺は今にもブリッジしてしまいそうなくらいに仰け反り、叫んだ。
「売れ残りの反物仕立ててもらっただけだから~、俺的にはタダだけど」
「お坊ちゃまがよぉ……」
「あははっ、家にプールある人に言われたくないって」
「それもそうかもしれないけど、俺は高い服とか食べ物とか……そういう贅沢してないからなぁ、習い事もやってないしバイトしてるし……お坊ちゃまエピソードないんだよ」
「……人一人勝手に連れてきて居候させてるのは?」
「そのパターンお坊ちゃまエピソードとして聞いたことないけど……うーん、まぁそうか、セイカのことは完全に俺のワガママだからな……プールとかサウナとか用意してもらえるような、俺の旨みって感じじゃないから見過ごしてたけど……よく考えたら恋人と同棲してるんだもんな俺!」
「うらやま~。俺もみっつんと同棲した~い」
「卒業したらしようぜ!」
「わ~いしよしよ~! えへへ……割と本気めで、ね。ふふ、楽しみ~……」
もちろん俺も本気だと頷き、将来を誓い合う。同棲の約束をした彼氏は多い、家の広さを今のうちから想定しておいた方がいいかもしれないな。
0
お気に入りに追加
1,244
あなたにおすすめの小説


【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
天国地獄闇鍋番外編集
田原摩耶
BL
自創作BL小説『天国か地獄』の番外編短編集になります。
ネタバレ、if、地雷、ジャンルごちゃ混ぜになってるので本編読んだ方向けです。
本編よりも平和でわちゃわちゃしてちゃんとラブしてたりしてなかったりします。
ド平凡な俺が全員美形な四兄弟からなぜか愛され…執着されているらしい
パイ生地製作委員会
BL
それぞれ別ベクトルの執着攻め4人×平凡受け
★一言でも感想・質問嬉しいです:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion
更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です
X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる