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理解と不満 (〃)

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昼間は墓参りに訪れる者も多く、前二つの廃墟に比べれば決して寂れた場所とは言えない墓地に、あんな化け物が居るなんて。しかもその化け物をまさかのヤクザキックで追い払うフタに、化け物を捕まえて軽い態度で声をかけてきたミタマ。正直……化け物より怖いかもしれない。

「フタさん、今のって……その」

「ん~?」

「……今、の、なんなんですか?」

「今のって~?」

「……っ、もう忘れちゃったんですか!?」

あの化け物の姿は一生忘れられないくらいに俺の心に深く刻まれた。なのにフタは首を傾げている。

「ごめんねみつき、俺何でもすぐ忘れちゃって……みつき嫌だよね、ごめんね」

泣きそうな顔で謝られて胸が締め付けられ言葉に詰まったその時、顔にべしっと小さな何かが当たった。猫の手だ、猫パンチを食らったらしい。

「…………ごめんなさい」

今度は俺に向かって威嚇する猫達から目を逸らし、小さく呟いた。

(忘れちゃうこと咎めちゃいけません、フタさんはそういう方なんですから……どうして、そういう方なんですか? もうフタさんは前の遊園地デートのことなんてすっかり忘れてる、楽しかったことも、私の髪と服褒めたことも……私はあんなに楽しくて、泣くほど嬉しくて……なのにフタさんはもう覚えてない。どうして、どうして、なんで忘れちゃうの、大事な思い出なのに!)

どろどろとした感情が噴き出して止まらない。せめて表には出さないようにと口を押さえる。

「みつきぃ? どうしたの、お口……吐きそう? 大丈夫? えっとぉ……あっ、あそこ、あそこなら吐いてもいいよみつきぃ」

フタは側溝を指してそう言う。俺をそこに向かわせようとする。俺は口を押さえるのをやめた手でフタの胸ぐらを掴んだ。

「……っ、る、さいっ! 何にも覚えてないくせに! 私はあんなに楽しかったのにっ、嬉しかったのに! 私、私フタさんが大好きで……だからフタさんとの時間すごく、すごく大事で、なのにフタさん覚えてくれない……私ばっかり好きみたい。フタさん、フタさん……本当に私のこと、好きですか」

「みつきぃ……? どしたの、ごきげんななめ? 俺なんかした?」

「何にも覚えらんないなら私のこと好きでいられる訳ない……たいして好きじゃないくせっ、なんでそんなに優しくするの! なんで褒めてくれるの! なんで、なんでっ……なんでぇ…………なんなんだよぉ……」

「ただいま、なーのじゃ。尻尾返してもらうぞぃ」

尻尾を毟られた瞬間、フタにまとわりついていた猫達の姿がフッと消えた。

「戻ったぞミツキ……ミツキ?」

フタに縋りついてみっともなく泣いている姿をミタマとサキヒコにまで見られてしまった。でももう何だかどうでもいいや。

「どうした、ミツキ。フタ殿っ、何があったのですか」

「分かんない」

「分からないじゃないでしょう! 傍に居たんですよね!? ミツキ、ミツキ大丈夫か、どうしたんだ、どこか痛むのか」

小さな子供のような手が俺の身体を揺さぶる。

「ふむ……あてられたな、みっちゃん。尻尾一本じゃ感覚だけ鋭くなって、防御には足りんかったか。すまんのぅみっちゃん、ふーちゃんも……さっちゃんも。ワシのせいじゃ」

「ミタマ殿、どういうことですか! 事と次第によってはこのサキヒコ、恩を仇で返しますよ!」

「……言った通りじゃ、尻尾一本貸し与えたことにより感覚が鋭くなり普段は感じていない墓場の陰気さにあてられた。すまんのぅみっちゃん、目測を間違えた、一本じゃ足りんかったのぅ。ない方がマシじゃったか?」

髪をくしゃくしゃとかき混ぜられている。かと思えば太く大きな狐の尻尾が腹や背を撫でた。

「あてられるとな、気分が落ち込んで普段と違う言動をしてしまう。これでよし……穢れは落ちた、綺麗になったぞぃ、みっちゃん」

尻尾に撫でられるうちに胸の奥底から溢れてきていたドロドロとした思いが薄まっていった。どうしてフタに不満をぶちまけてしまったのか、今思い返すともう分からない。

「ふーちゃん、何か言われたかもしれんが……今のみっちゃんが言うたことはみっちゃんが言いたかったことではないはずじゃ。気にするな、さっさと忘れるがええぞ」

「うん……もう覚えてない。みつき何か言ったの~?」

「…………ごめんなさい。ごめんなさい、フタさん……ごめんなさい」

「みっちゃん、大丈夫。言いたかったことじゃなかったろぅ? 何を言うたか知らんがみっちゃんの言葉じゃない、ワシが無駄に敏感にさせてしまったせいであてられただけじゃ、みっちゃんが気負うことなど何もない」

「でも、でも……本、音…………」

そう、本音だ。口に出してしまったのがミタマの言うように心霊スポットの雰囲気のせいで気分が落ち込み、少しおかしくなっていたせいだとしても、アレは俺の本音。フタへの不満。

「みつきぃ……大丈夫? 泣かないで」

俺は何にも理解してなんていなかったんだ、忘れっぽいのはフタの個性で可愛いところだなんて本気で思えていなかった。多少の物忘れやドジ、言葉の覚え違いくらいしか可愛がれない俺はフタの恋人に相応しくなかったんだ。

「フタさん……」

「ん?」

「…………俺のこと、好き?」

「うん! だいすきだよ、みつきぃ」

「……なんで?」

俺としたこと何にも覚えてないくせに。俺に告白したのは、弟が先に恋人を作って焦ったからってだけのくせに。俺のこと好きになるようなエピソード、覚えられもしないくせに。

「みつきが俺のこと好きだから!」

「…………は?」

「みつき、俺のこと好きで、俺のために色々頑張ってて、かわいい! だからだいすき」

「……じゃあ、フタさんのこと好きだったら……フタさん、誰でもいいの? 誰でも恋人にするの?」

誰が言ってるんだ、誰でも彼でも恋人にしているのは俺だろう。節操なしのクズめ。

「うん。でも俺、なんかみんなにいっぱい嫌われるから~……俺のこと好きなのみつきしか居ないしぃ、俺が好きなのもみつきだけだよ」

「うんって……ふふ、そういうのハッキリ言っちゃダメなんですよ」

「……? 俺なんかダメなこと言った? ごめんねみつきぃ」

「ううん……いい。大好き……フタさん」

顔とかエピソードとか、そういうのじゃない。自分のことを好きになってくれたから、好き。単純で当然の感覚。シンプルで正直で可愛いのがフタだ、フタらしい返事だった。俺はやっぱりフタが好きだ、どんな素晴らしい思い出も共有してくれないし、俺がそれを理解して不満を抱かなくなる日なんて来ないだろうけど、俺はフタに相応しくないのかもしれないけれど、でも、それでも、好きだ。

「…………結局、何があったんでしょう?」

「分からんが一件落着じゃ。みっちゃん、ふーちゃんといちゃつき終わったらこっち向いとくれ、報告があるんじゃ」

「分かった……フタさんの谷間の空気吸い切ったら、そっち向く……すーっ、はぁ……すーっ、はぁ……」

「あははっ、みつきぃ、もぉー、くすぐったぁい」

「…………変態じゃのう」

「いつものミツキですね、ようやく安心出来ました」

ミタマとサキヒコの声色も明るくなった、心配をかけていたようで申し訳ない。フタのこの、汗とフェロモンと石鹸が混ざった絶妙な雄の香りを肺に溜め込み終えたら謝ろう。
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