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バランスよく話して
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今にも泣き出しそうなくらいに落ち込んだまま、ヒトは俺を連れてホテルへと入り、レストランに自分達を案内させた。
「……鳴雷さんの服装が真面目なもので助かりました。ドレスコードをクリアしていますし、大人っぽいのであまり不審がられません」
昼間から三十路と高校生の男性同士の二人客がレストランに来て、怪しむ者はあまり居ないと思う。
「気を取り直して楽しんでください、このレストランの料理は最高ですから」
「はい、ありがとうございます。こんなところに連れてきてくださって……」
案内された席でそんなテンプレじみた話をして、フォークとナイフを取る。近畿旅行でホテルに泊まった際、母にレストランを予約され狼狽した反省から食事マナーは一通り学んだ。
(ヒトさんはこういうマナーが出来る人が好きに違いありませんぞ! マナーに寛容はありません……山奥の村に別荘を買うくらいの気持ちで挑まねば!)
必死さは心に留め、優雅さや余裕を演出しながら食事を進めていく。
「……鳴雷さん、もしかしてこういう場に慣れてらっしゃいますか? まだあまり体験したことはないだろうと……あなたの初めてが欲しくて奮発してみたのですが」
「いえ、デートで来たのは初めてです。小学生の頃、母の友人の結婚式に連れて行かれて……恥をかかないようにと躾けられました」
嘘だ。母に結婚式の招待状を送ってくるような友人は居ない。
「なるほど……失礼しました。では、私が初めてのホテルレストランデートの相手ですね」
「そうなりますね」
セイカとアキとの食事はデートとは少し違うと思うし、こっちは嘘ではない……よな? ヒトの嬉しそうな顔を見ていると心が痛む。
「本当に美味しいですね、こんなの初めて食べました」
「でしょう? お気に入りなんです。誕生日は毎年ここに来ているんですよ」
「へぇ……じゃあ、来年また連れてきてくれますか? ヒトさんの誕生日、一番傍でお祝いしたいです」
「……! も、もちろん……ぜひ」
緩んだ顔が赤く染まっていく。本当に可愛い人だ……フタに暴力を振るっていた時の恐ろしさなんて今は影もない。
「おまたせ~」
間延びした声の方に目をやれば、ボーイに介助され席に案内されてくるサンが手を振っていた。席に着いたサンはまだしっとりと濡れている三つ編みの髪を胸元に回し、膝に乗せ、垂らした。
(なんでそそのアニメでありがちな病弱な母親みたいな髪型は! かわゆい~! サンさん三つ編み似合いますなぁ、はぁあん首絞められたいでそ!)
普段とは違う髪型に昂ってしまう。その上サンは食事に邪魔にならない程度の上品な石鹸の香りを漂わせている、こんなの惚れ込むなという方が無茶だ。いや、もう随分と前から惚れ込んではいるのだが。
「ん、美味しい。勧める店にハズレがないのだけは、兄貴の長所だね」
「だけということはないでしょう……」
サンが来たことを露骨に嫌がっているヒトが小さくなった声で呟く。
「他なんかある?」
「可愛いよ?」
「水月、彼氏のこと全員可愛いって言うしな~……」
「すごく健気だよ。キュンキュンしちゃう」
「健気? 意外~……なんか腹立ってきたな。水月、ボクの長所は? 可愛い以外ね、水月それみんなに言うから」
全員に言っているから評価の意味を成さないというだけで、俺の言う「可愛い」が信用されていない訳じゃないんだよな?
「ボク、健気じゃないよね?」
「そう? 泊まった時とかご飯作ってくれるし着替え用意してくれるし、結構健気だと思うよ。あと甘え上手なとこがズルいよね。すごくときめく。今みたいに他の彼氏に俺譲りたがらないし、譲らされたら拗ねるのに、アキだったらそうならない優しいとことか好きだな」
「前にも言ったけど、お兄ちゃんが恋しい弟の気持ちは分かるからね~」
「…………文章量が違う。鳴雷さん、途中でサンに言われたから中断しただけで、あなたの思う私の長所……まだありますよね?」
なんなんだこの対抗し合う大人達は……すごく可愛いぞ? ヒトは俺達の関係がバレ、三人での食事会になってしまって酷く落ち込んだようだが、俺はこの状況を楽しんでしまっている。ヒトとサンに板挟みにされる快感は凄まじい。
「もちろんです。経験豊富そうなヒトさんがすぐ照れてくれるのすごく嬉しいですし、実はくせっ毛っていうギャップも可愛……可愛いナシか。えっと、好きです」
「ボクもくせっ毛だよ~、ほらほら」
「ふひゃへっ!? く、くすぐったいよサン、もう……変な声出た。サンのくせっ毛もかわっ、す、好きだよ。ストレートに見えて毛先くりんって超可愛っ……大好き」
三つ編みにされた髪の先端で耳と首筋をくすぐられ、奇妙な笑い声を上げてしまった。クラシックが流れる高級レストランであるまじき行為だ。
「なんか可哀想になってきたな~……可愛い解禁するよ」
「ありがとう」
「サン、邪魔しないでください。鳴雷さん……続きお願いします」
「あっ、はい。普段スーツってのもいいですよね、乱れた姿を見たくなっちゃいます。スーツって結構お尻の形分かりますしうへへ。身体も素敵です、ヒトさん本当に美乳で、いやすいません、えっと、雄っぱい、じゃなくて、綺麗な筋肉しててぇ……憧れるなぁって」
「チチとシリがデカくてたまんねぇって正直に言いなよ水月」
「いやデカいって言うかバランスがいいんだよヒトさんは。デカいのはまぁデカいんだけど、デカくてイイんじゃなくて、美乳で美尻なの……って何言わすの上品な店で」
下品な話をするな、俺。ここは高級レストランだ、心にお嬢様を飼うんだ。
「ボクも結構いい体してると思うんだけどな~?」
「そうなんですのよ三兄弟揃ってけしからんカラダしよってたまりませんわもう。エレクトが止まりませんでしてよ」
「水月、そんな話し方しても無駄だよ。水月は根っから下品。魂が男根の形をしてるんだから」
「何度生まれ変わっても男好きかぁ、じゃないんだよしてないよそんな形」
おっと、サンとばかり話しているとヒトが拗ねる。複数の彼氏と同時に話す時はバランスを意識しなければならないが、この兄弟は特にそれが顕著だ。気を付けなければ。
「……鳴雷さんの服装が真面目なもので助かりました。ドレスコードをクリアしていますし、大人っぽいのであまり不審がられません」
昼間から三十路と高校生の男性同士の二人客がレストランに来て、怪しむ者はあまり居ないと思う。
「気を取り直して楽しんでください、このレストランの料理は最高ですから」
「はい、ありがとうございます。こんなところに連れてきてくださって……」
案内された席でそんなテンプレじみた話をして、フォークとナイフを取る。近畿旅行でホテルに泊まった際、母にレストランを予約され狼狽した反省から食事マナーは一通り学んだ。
(ヒトさんはこういうマナーが出来る人が好きに違いありませんぞ! マナーに寛容はありません……山奥の村に別荘を買うくらいの気持ちで挑まねば!)
必死さは心に留め、優雅さや余裕を演出しながら食事を進めていく。
「……鳴雷さん、もしかしてこういう場に慣れてらっしゃいますか? まだあまり体験したことはないだろうと……あなたの初めてが欲しくて奮発してみたのですが」
「いえ、デートで来たのは初めてです。小学生の頃、母の友人の結婚式に連れて行かれて……恥をかかないようにと躾けられました」
嘘だ。母に結婚式の招待状を送ってくるような友人は居ない。
「なるほど……失礼しました。では、私が初めてのホテルレストランデートの相手ですね」
「そうなりますね」
セイカとアキとの食事はデートとは少し違うと思うし、こっちは嘘ではない……よな? ヒトの嬉しそうな顔を見ていると心が痛む。
「本当に美味しいですね、こんなの初めて食べました」
「でしょう? お気に入りなんです。誕生日は毎年ここに来ているんですよ」
「へぇ……じゃあ、来年また連れてきてくれますか? ヒトさんの誕生日、一番傍でお祝いしたいです」
「……! も、もちろん……ぜひ」
緩んだ顔が赤く染まっていく。本当に可愛い人だ……フタに暴力を振るっていた時の恐ろしさなんて今は影もない。
「おまたせ~」
間延びした声の方に目をやれば、ボーイに介助され席に案内されてくるサンが手を振っていた。席に着いたサンはまだしっとりと濡れている三つ編みの髪を胸元に回し、膝に乗せ、垂らした。
(なんでそそのアニメでありがちな病弱な母親みたいな髪型は! かわゆい~! サンさん三つ編み似合いますなぁ、はぁあん首絞められたいでそ!)
普段とは違う髪型に昂ってしまう。その上サンは食事に邪魔にならない程度の上品な石鹸の香りを漂わせている、こんなの惚れ込むなという方が無茶だ。いや、もう随分と前から惚れ込んではいるのだが。
「ん、美味しい。勧める店にハズレがないのだけは、兄貴の長所だね」
「だけということはないでしょう……」
サンが来たことを露骨に嫌がっているヒトが小さくなった声で呟く。
「他なんかある?」
「可愛いよ?」
「水月、彼氏のこと全員可愛いって言うしな~……」
「すごく健気だよ。キュンキュンしちゃう」
「健気? 意外~……なんか腹立ってきたな。水月、ボクの長所は? 可愛い以外ね、水月それみんなに言うから」
全員に言っているから評価の意味を成さないというだけで、俺の言う「可愛い」が信用されていない訳じゃないんだよな?
「ボク、健気じゃないよね?」
「そう? 泊まった時とかご飯作ってくれるし着替え用意してくれるし、結構健気だと思うよ。あと甘え上手なとこがズルいよね。すごくときめく。今みたいに他の彼氏に俺譲りたがらないし、譲らされたら拗ねるのに、アキだったらそうならない優しいとことか好きだな」
「前にも言ったけど、お兄ちゃんが恋しい弟の気持ちは分かるからね~」
「…………文章量が違う。鳴雷さん、途中でサンに言われたから中断しただけで、あなたの思う私の長所……まだありますよね?」
なんなんだこの対抗し合う大人達は……すごく可愛いぞ? ヒトは俺達の関係がバレ、三人での食事会になってしまって酷く落ち込んだようだが、俺はこの状況を楽しんでしまっている。ヒトとサンに板挟みにされる快感は凄まじい。
「もちろんです。経験豊富そうなヒトさんがすぐ照れてくれるのすごく嬉しいですし、実はくせっ毛っていうギャップも可愛……可愛いナシか。えっと、好きです」
「ボクもくせっ毛だよ~、ほらほら」
「ふひゃへっ!? く、くすぐったいよサン、もう……変な声出た。サンのくせっ毛もかわっ、す、好きだよ。ストレートに見えて毛先くりんって超可愛っ……大好き」
三つ編みにされた髪の先端で耳と首筋をくすぐられ、奇妙な笑い声を上げてしまった。クラシックが流れる高級レストランであるまじき行為だ。
「なんか可哀想になってきたな~……可愛い解禁するよ」
「ありがとう」
「サン、邪魔しないでください。鳴雷さん……続きお願いします」
「あっ、はい。普段スーツってのもいいですよね、乱れた姿を見たくなっちゃいます。スーツって結構お尻の形分かりますしうへへ。身体も素敵です、ヒトさん本当に美乳で、いやすいません、えっと、雄っぱい、じゃなくて、綺麗な筋肉しててぇ……憧れるなぁって」
「チチとシリがデカくてたまんねぇって正直に言いなよ水月」
「いやデカいって言うかバランスがいいんだよヒトさんは。デカいのはまぁデカいんだけど、デカくてイイんじゃなくて、美乳で美尻なの……って何言わすの上品な店で」
下品な話をするな、俺。ここは高級レストランだ、心にお嬢様を飼うんだ。
「ボクも結構いい体してると思うんだけどな~?」
「そうなんですのよ三兄弟揃ってけしからんカラダしよってたまりませんわもう。エレクトが止まりませんでしてよ」
「水月、そんな話し方しても無駄だよ。水月は根っから下品。魂が男根の形をしてるんだから」
「何度生まれ変わっても男好きかぁ、じゃないんだよしてないよそんな形」
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