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俺も行く

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ミタマの説明が終わった。自分にだけ分かるようなメモを取ったヒトは、そのメモと共に資料をバインダーに挟むと、電卓を叩いた。

「鳴雷さん、こちら現時点での見積もりとなります」

「五万……四千、八十円?」

「人件費もありますので……」

「意外と安いですね、何十万もするかと思ってました。えっと……現金だとちょっと持ち合わせないんですけど、電子イケます?」

「普段なら銀行振り込みをお願いするところですが、あなたですからね。構いませんよ」

「ありがとうございます! じゃあ早速」

俺とヒトの間柄でなければ、払ったという証明書などが必要なのだろう。気楽で助かる。

「……確かに。ではこれで、商談は終了です。作業はおそらく鳴雷さんが自宅に居ない時間帯と思われますので、ご在宅のご家族にお話いただけますか」

「はい、分かりました」

「では鳴雷さん、これからはプライベートな時間です。そろそろいい時間ですから、一緒にお食事等いかがですか? いい店を予約してあるんです」

「ぜひ! デートですね、楽しみ……あ、コンちゃん。コンちゃんはフタさんとこの猫ちゃんとかと遊んでてよ、デート終わったら迎えに来るから」

「楽しんでくるんじゃぞ。さっちゃん、さっちゃんこっちゃ来。逢瀬の覗き見など趣味が悪い」

俺には視えないけれど、サキヒコはミタマの方へ移動したようだ。ミタマは誰かと談笑しながらスゥっと姿を透けさせ、俺の目に見えなくなった。

「……何度見ても、目を疑う。はぁ…………さ、行きましょう」

店を予約してあるということは、その後のデートプランも立ててあると判断していいだろう。今日はリードされてみよう。

「ん……?」

エレベーターの前に立ち、ヒトは眉を顰める。フタ含め従業員達は一階で仕事中だろうに、エレベーターが動いているのだ。一階に下がっていくところのようだ。

「なんで……」

「フタさんが猫ちゃんにお昼あげに行くとかじゃないですか?」

エレベーターが上昇を始める。乗っているのがフタだとしたら俺達が今居る階を過ぎて最上階に止まるはずだ。しかしエレベーターはこの階に止まった、扉が開いていく。

「……っ!?」

ヒトが後ずさる。エレベーターから現れた長身長髪の彼は目を真っ直ぐ前へ向けたまま、扉の前に立っていた俺にぶつかった。

「ん……あ、水月!」

大きな手が俺の顔を撫で回し、無気力系美人なその整った顔がパァっと明るく花開く。

「サン……なんで、ここに?」

「フタ兄貴に水月がここ来てるって聞いてさ~。急いで来たんだ。ワンちゃん達に聞いたらヒト兄貴と話してるって言うから~……ヒト兄貴居る?」

「そ、そこに……」

「こっち? やっほー兄貴、水月と何話してたの?」

サンはヒトの居る場所とは少しズレたところに向かって手を振った。

「……商談です。庭にまた作って欲しい物があると」

「ふぅん……? 水月ぃ、彼氏のフタ兄貴が居て、他も顔見知りで、頼みやすいのは分かるけど~……ここあんまり学生が出入りしない方がいい事務所なんだよ?」

「うん……ごめんなさい」

「素直~、いい子いい子。可愛いねぇ水月は……で、兄貴。もう商談終わったの?」

「…………サン、あなたよく見れば……なんて格好をしているんですか」

涼し気な生地のタートルネックのシャツに、動きやすそうなスラックス。そのどちらもカラフルに汚れていた。手も顔も、髪さえも、油絵の具にまみれていて匂いもキツい。

「そんな格好で外を歩いてきたんですか? 乾いた絵の具の粉がポロポロ落ちてるじゃないですか、事務所を汚さないでください! 早く家に帰って、風呂に入って、着替えなさい。いいですね。鳴雷さん、行きましょう」

ヒトは俺の腕を掴みエレベーターに乗ろうとするが、サンの足がそれを止める。エレベーターの扉を足で無理矢理塞いだのだ、なんてガラの悪いポーズだろう……大人しそうな見た目かつ普段の態度も温和な彼のそんな仕草はキュンキュンくる。胸が痛い。

「ボクの質問の答えになってないよ、兄貴。それに……水月とどこ行く気なの? って言うか商談の部屋って一階にあったよね、なんで部屋に連れ込んでたの?」

怪しまれているのか? まずいな、ヒトは俺との交際を事務所の人間……特に兄弟二人には知られたくない様子だった。何とか誤魔化してやらないと。

「…………ペットの話をしたら、見たいと言ったので。ね……鳴雷さん」

「は、はい。蛇……見たくて」

「珍しいもんね~、気持ちは分かるよ。部屋出てたってことはもういいんだよね、帰るとこだった~? ボクの家来てよ、ねっいいでしょ水月」

「えっと……ごめん、今日は予定が……」

「そうなんだ~、なら仕方ないね。ちなみに兄貴、水月に行こうって言ってたけど~……どこ行くつもりだったの?」

「……家まで送って差し上げようと」

「ふ~ん……ボクも一緒に行くよ。水月と話したいし、家までの少しの間だけでもね」

「絵の具まみれのあなたを車に乗せるとお思いで? お断りします」

サンはエレベーターの扉を閉まらないようにしていた足を下ろした。納得してくれたのかと安堵した直後、ガァンッ! と激しい物音が鳴る。サンが扉を再び蹴りつけたのだ。

「俺も行く」

「………………分かり、ました」

穂張三兄弟は一見ヒトが管理しているように見えて、その実力関係はサンが一番上。それを改めて肌で感じた。
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