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妬き加減は人それぞれ

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ミフユの悩みを解決してやることは俺には出来ない。家の前まで送ってもらったのに恩返しが出来なかったことに無力さを感じ、深く息を吐く。

「鳴雷……」

「ん、大丈夫。玄関まででいいな? 俺バイト行かなきゃ」

「うん……ごめん、ありがとう」

セイカを車椅子から下ろし、車椅子を畳み、俺は靴を脱ぐことなく踵を返しバイト先の本屋へと急いだ。

「ふぅっ……」

バックヤードで一息ついて、着替えて、働く。明日はバイトは休みだし、今日は歌見と約束がある。自然と足取りが軽くなる。



バイトを終え、バックヤードへ。歌見は今日もやっぱり扇風機の前でぐったりとしていた。半裸の無防備な姿に期待を溜めた股間が張る。だが、暑がっている彼にイタズラをする訳にはいかない。

(ここで下手に触れば暑苦しがられ、嫌がられ、昨日の約束まで反故になる可能性が僅かながらありまそ!)

俺は夏場ずっと持ち歩いている母手作りの虫除け冷感スプレーを取り出し、バックヤードに入る前に買ったジュースを歌見の頬にぺたりとつけた。

「……っ、水月か……びっくりした」

「気付いてなかったんですか、扉結構大きい音鳴りましたぞ? お疲れのようですなぁ」

「今日は暑かったからな。雲もなけりゃ風もない、最悪だ」

「あー……そういえばそうでしたな、今日は。わたくし今日体育祭の行進の練習やったんでそ。五、六時間目に。憎らしい晴天をわたくしも拝みましたぞ」

「一番暑い時間帯だな、キツかったろ」

「……ええ、パイセンもそのくらいの頃にも配達してました?」

俺は三十分も参加していないけれど、途中から保健室に行ったなんて言えば心配されそうだから黙っておこう。体調が悪いならセックスはナシだとか言われそうだし。

「いや、配達は夕暮れからにしてもらった。倉庫整理やってたよ」

「そうでしたか、よかったですな。あ、パイセン、昨日も使ってもらったミントスプレー今日もありますぞ、どうです?」

「いいのか? じゃあ背中かけてくれ」

「背中だけでいいですかな?」

「あぁ、結構休んでるし……」

スプレーをかけ、バックヤード中に広がるハッカの香りに俺は瞬きを繰り返した。

「ふー……かなり涼しくなったよ、ありがとうな水月」

タンクトップを着直した歌見はシャツを羽織ると大きく伸びをした。ざっくりと胸元の空いたタンクトップ、その胸筋の谷間に滑り落ちていく汗の粒、思わずゴクリと生唾を飲んだ。

「パイセンはまだ夏休みでしたよな」

「あぁ、まぁ週四くらいで勉強しに行ってるからあんまり休んでる感じはしないけどな」

「……パイセンのパイセンと?」

「そうそう、キラキラネーム先輩。他人と接するのなんか時間の無駄って感じの人だけど……自分の復習になるからって俺の勉強に付き合ってくれてるんだよな。俺と同じで元々はそんなに頭良くなくて、頑張ってるって感じだから、俺が分からないとこ分かってくれて、しっかり説明してくれて……ま、いい人だよ」

「ほーん……」

随分長々と褒めるじゃないか。ぢりぢりと胸の奥底で嫉妬の炎が揺らぎ始め、自然と態度が悪くなってしまう。

「……妬いてるのか?」

「えっ、ぅ……そうですな、焼き餅屋が開けるレベルでヤキモチ焼いてまそ」

「ははっ、可愛いなぁお前は。そんな顔して」

「変な顔してました?」

歌見の大きな手に顔を包むように撫でられる。

「そういう意味じゃ……いやお前顔ちっちゃ! はぁ……小顔イケメンがよ…………あ、話逸れたな。悪い悪い。いやな、そんなとんでもない美形で、男を大勢侍らせておきながら……そのうちの一人がちょっと先輩と勉強してるだけで妬くなんてなぁ。こんな綺麗な顔してるくせに、ふふ、普通なら妬かせる方だろうに……可愛くて仕方ないよ」

「可愛いってのはよく分かりませんが……」

いや、そうだな、歌見が感じている可愛さとはやっぱり違うだろうけど、今俺がしていた嫉妬はまだ可愛い方だった。昼間の、セイカと繰言が楽しげに話している姿を見た際に湧き上がった嫉妬は、胸の奥を焦がす熱なんてものじゃなかった、次第に体積を増し腐臭を撒き散らす汚泥だった。

「可愛いよ、お前は」

セイカ以外の彼氏なら他の男と話しているのを見ても軽い嫉妬で済むのに、苛立ちを表に出して動作が乱暴になったりなんてしないのに……

「…………パイセン、今日はお家に来てくださるんですよな?」

「あ……あぁ、行く……約束したもんな」

「ママ上に話してますので、お夕飯一緒に食べましょうぞ」

「そうか。なんか悪いな……」

「その後は……どぅふふふふ」

「…………はぁ、可愛いクソガキなのになぁ」

歌見と交わる妄想を膨らませて気色悪く笑う俺に、歌見は呆れたようにため息をつく。

「久しぶりにパイセンのパイパイに触れられますぞ~!」

その呆れた顔の端に、気色の悪い俺を好んで笑う表情を見つけた俺は、もうたまらなくなって歌見の胸に飛び込んだ。

「そ、そんなに久しぶりじゃないだろ! 離れろバカ! 暑苦しい! やめっ……ひぁっ!?」

引き剥がされる前にとタンクトップ越しの胸に顔を埋めて激しく首を振り、歌見の胸の感触を顔全体で堪能していると甲高い声が上がった。驚いて動きを止め、顔を上げると、真っ赤な顔でぷるぷると震える歌見の姿があった。

「……パイセン、今、わたくしの顔で感じてくれましたな!? 乳首に触れちゃった訳でもないのに! 谷間すら性感帯にぃい! ぅおおぉおおお!」

「おっ、お前が顔擦り付けるからタンクトップが引っ張られてちょっと擦ったんだ! うおるな! 谷間って言うな! それに、その……た、谷間には、顔当たってないし……このタンクトップ、結構小さいから張っちゃって」

「パイセンだって谷間って言ってるじゃないですか!」

「谷間としか言いようがないんだから仕方ないだろ! でも俺の言う谷間とお前の言う谷間は違う! お前の谷間はなんかこう、下品だ! 俺のはただの部位なのに!」

「パイセンの身体がえっちぃから全てがえっちくなるのでそ」

「俺にエロさを見出すのなんてお前だけだ。ったく、はぁ……クソ、騒いだらまた暑くなった。もう少し扇風機に当たっていこう……」

立って帰る準備を整えていた歌見はまた扇風機の前に座った。俺は失態を反省しつつ彼の隣に腰を下ろし、歌見の汗の匂いを運ぶ扇風機の風を思い切り吸った。
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