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神としか言えない

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カミアは歌はあまり上手くない。そりゃ俺のような一般人に比べたら天と地ほどの差があるけれど、歌手と比べるのなら上手くはないという評価になる。
だからこそ応援したくなる。上達が素人にも聞いて分かるからライブに通う、配信を追う。

カンナは真逆だ。現役歌手と比べても上手いなんてもんじゃない。あのテンポで、あの激しい音の高低差を歌いこなせるなんて意味が分からない。口と喉の造りがそこらの人間とは違う。彼の歌は素晴らし過ぎる。心臓を鷲掴みにされて、脳を直接揺さぶられて、脊椎を撫で上げられるような、底に迫る歌声。
アレにはもう応援なんて必要ない、必要なのは信仰……いや違う、信仰させられるんだ。

「…………」

気付けば俺は部屋を出ていた。

《やべぇな、超ハムスターじゃん。剥製なんじゃねぇの》

《ぬいぐるみだって……ん? 鳴雷?》

「にーに!」

「鳴雷、どうしたんだ。課題終わったのか?」

「……聞いて」

俺が作ったハムスターぬいぐるみを眺めていた二人にイヤホンを押し付ける。彼らは片方ずつイヤホンを耳に入れ、俺はそれを見てから再生ボタンをタップした。

「うわ……」

《何これやべぇ》

二人の瞳孔が膨らんだのが分かった。鳥肌が立っていくのが見えた。

「…………すごかった」

聞き終えるとセイカは素直な感想を呟いた。アキは──

《俺ぁ敬虔なキリスト教徒だが、目の前に仏教や神道の神が現れりゃあそりゃ認めねぇ訳にはいかねぇ、信教鞍替えしちまうだろうさ。逆もまた然り、宗教観ペラペラの日本人も目の前にイエス様が降臨したら総員キリスト教徒になるだろ? そんな感じだった、神が降りてきたぜ。やべぇ歌だ、一体誰だ? ライブ行きたい、ポスター欲しい》

──なんかめっちゃ長々言ってるけど何言ってるか分かんない。

「やばくない?」

「すごい……誰? 他の歌も聞きたい」

「な、やばいよな……」

部屋に戻ろうとするとセイカにけしかけられたアキに捕らえられた。

「こんなとんでもない歌聞かせておいて歌手名も知らせずに去れると思ってんのか」

「痛い痛い痛い! 腕ひねらないでアキ!」

「俺みたいになりたくなけりゃ歌手名を吐け」

「最終的にちぎるのが目的なのこれ!? 離して離して事情説明するから!」

《秋風、離してやれ》

腕が解放された。しかしアキは俺の背後にピッタリ張り付いている、セイカの指示があれば俺は即座に腕をひねり上げられるだろう。ヤクザに掴まった警察のスパイの気分だ。

「これプロの歌手の歌とかじゃないんだよ……素人のなの。ギターと声しかなかったろ?」

「そういう歌もあるんだろ? 何年か前に流行ったじゃん、ほらあの……なんだっけ、お菓子の匂いが忘れられないみたいな歌」

「お菓子……? 何…………あっ、あぁアレか! いやドルチェとは言ってるけどアレ有名な香水のブランドの名前でお菓子の歌じゃないよ可愛いなぁもう!」

じんわりと頬を赤らめたセイカは俯いて口を噤む。可愛さに萌えていると腕を掴まれてひねられた。

《スェカーチカに何言いやがった兄貴》

「痛いってばもぉ~……」

《あっ、秋風、やめろ離せ》

離してもらえた。これ何回もやってもらったら肩の関節の可動域が拡がるかもな……

「で? 歌手誰?」

「秘密。ネットにアップされてないから調べても出ないしな」

「えー……また聞きたいのに」

「……俺だからって聞かせてくれたものなんだよ。神過ぎて、もう……布教せずにはいられなくて、聞いた瞬間の衝撃のままに聞かせちゃったんだけど……本当はダメだったと思うんだよなぁ~、忘れてくれ!」

カンナは俺以外に聞いて欲しくなどなかっただろう。だが俺はアキとセイカに聞かせてしまった。言い訳がましいが、身体が勝手に動いたんだ、ほとんど無意識に布教してしまったんだ、カンナの声にはそうさせる魅力があった。

「あんなもん聞かせておいて忘れろなんて……」

「ほんっとにごめん!」

《はぁ……秋風、やれ》

《よっしゃ》

「んぎゃああぁあああ!」

腕を今までより強くひねり上げられた。悲鳴を上げるとパッと手を離され、俺は大袈裟にその場に崩れ落ちた。

《よくやった》

《お褒めに預かり光栄の至り。ご褒美くださいお姫様》

《ん、近う寄れ》

俺がふざけていると二人も分かっているらしく、倒れている俺をほったらかしにして話している。アキはセイカの傍に寄って屈むと、セイカはアキの首にぶら下がるように抱きついてキスをした。

《ありがたき幸せ。愛してるぜスェカーチカ》

ソファに座ったアキは上機嫌にセイカの肩を抱き、頬にキスをしている。ちゅっちゅっと響く愛らしい音に俺の口角は自然と上がる。

(見事な薔薇製百合をローアングルで眺めるとか最高過ぎでわ?)

最高の景色だ。ここでご飯食べたい。

「ガキ共~、飯の時間……水月アンタ何やってんの?」

「セイカ様とアキきゅんのイチャコラをローアングルで眺めていまっそ」

「倒錯してるわねぇアンタら……飯の時間よ、さっさと来なさい」

俺はこの体勢のまま犬のように貪ってもよかったのだが、セイカ達がダイニングに行ってしまったので渋々彼らに着いていった。

「いただきます」

いつもと変わらない食卓だ。強いて普段との差異を上げるとするならば、義母の箸の進みが少し早いのと、机の片隅にハムスターのぬいぐるみが置かれていることくらいだろう。

「セイカ、アンタそれ何?」

「それ……? あっ、公次……公次、です」

「名前じゃなくて」

「俺が作ったんだよ、クマは持ち歩くの大変だから」

「あぁ……そうなの。まぁ……あんまり邪魔にならないから別にいいけど、汚れないように気を付けなさいね」

汚れたとしても汚れた部分を少し切って羊毛フェルトを被せればいいだけだ、羊毛フェルトのぬいぐるみは布と糸で作る物よりも修繕が楽だと俺は思っている。

「はい。大切にします……!」

セイカは慈愛に満ちた瞳をぬいぐるみに向けている。

「…………」

セイカがぬいぐるみを気に入ってくれたことを喜ぶよりも先に、ぢりぢりとした嫉妬の痛みを胸に感じた。
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