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二人の天使

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母は今日、少し前に近所に越してきたシングルファザーのネイの一人息子であるノヴェムを預かる約束をしていたらしい。ノヴェムは俺に懐いており、今は俺の膝の上に座っている。

「鳥待あの子初めて見るよな。近所の子供なんだ、最近越してきてたまに面倒見てる。って、鳴雷がさっき言ったから別にいいか」

「ええ、事情は分かりましたし、関わる気も特にありませんからもう大丈夫ですよ」

「そっか」

シュカはミタマとは正反対にノヴェムには一切興味がないようだ。黙々と三人前の朝食を食べている。

《……おい、んなとこ座ってたら兄貴飯食えねぇだろ》

「なんかアキ怒ってないか?」

「その子が膝乗ってたらお前が飯食えないだろって怒ってる」

「優しいなぁアキは、お兄ちゃんなら大丈夫だぞ」

セイカが翻訳を終えるとアキは舌打ちをし、ぷいっとそっぽを向いた。まさか今のは俺を気遣っての発言ではなく、ノヴェムに嫉妬しての発言だったのか? 俺のアキとノヴェムの可愛がり方は違うのに、他の彼氏を愛でていてもアキは嫉妬したりしないのに、何故かノヴェムだけはその対象になる。

(世界の至宝アルビノ超絶美少年と天使の再臨金髪メカクレショタの絡みなんて、尊さの波動でこの醜い世界が一旦滅んで全てが美しく完璧な世界が生まれまっそ! み、見てぇ~!)

アルビノという珍しい個性と、雪のような冷たさと儚さを感じさせる美貌から天使と評されるアキ。ふわふわとしたメカクレブロンドと無垢さから宗教画の天使のような聖域性を持つと俺が勝手に評しているノヴェム。二大天使が仲良く過ごしている姿が見たい。

「ミツキ、手が止まっているぞ。いかがわしい妄想をしていないで早く食べるんだ」

サキヒコに注意されてしまった。いつの間に俺の傍に戻ったんだ……いかがわしい妄想なんてしていないと大声で否定したいところだが、少々目が多い。俺は素直に食事を進めた。

「ごちそうさまでした」

「シュカくんはパクパク食べてくれるから作りがいあるわぁ~。水月ったらたまに考え事に夢中になってお箸止まっちゃうのよね」

「あぁ……分かります。学校でも稀に」

「あらそう、もう遠慮なく引っ叩いちゃっていいからね!」

「ふふっ……」

「それじゃ、私そろそろ出勤だから。水月、片付けよろしく。行ってきまーす」

全員でダイニングから母を見送った。食後、俺は全員分の皿を洗い、義母が部屋に戻り俺の天下となったリビングでノヴェムを再び膝に乗せた。

「おーがすと」

ノヴェムは抱っこしていた肉食恐竜のぬいぐるみを俺に見せてくれた。

「ん? あぁ、俺があげたラプトルだっけ、大事にしてくれてるんだな、嬉しいよ」

ノヴェムの髪はふわふわと柔らかい。子供は髪まで細いものなのだろうか、撫で心地がいい。

「狭雲さん……水月、あんなに小さな子でもいいんですか? 見境がないとは思っていましたが、まさかここまでとは」

「一応あの子はそういう目で見てないらしいぞ」

「へぇ……?」

ダイニングの方から失礼な会話が聞こえてくる。怒鳴り込みたいが、俺の膝に座ったノヴェムが機嫌良さげに足をぱたぱたと揺らしているから、今は大人しくしていたい。

(一応って何ですかセイカ様! シュカたま、そのわたくしを全く信じてなさそうな「へぇ」は何なんですかぁ!)

憤りを落ち着けるため、俺はノヴェムの小さな顔の下半分を右手で優しく掴んでみた。指にぷにぷにとした頬の感触が、手のひらに小さな顎の丸みが伝わってくる。

「ぷっ、ぷにぷに……!」

《お兄ちゃん?》

「可愛いなぁノヴェムくん……! 可愛いよぉ……」

「……ワ、ワシも触っていいかのぅ」

《や!》

「きゅうん……」

流石の俺でも英語なら断ったかどうかくらい分かる。お触りを断られたミタマは落ち込んでいる犬のような声を漏らし、ソファの隣に蹲った。

「コンちゃん、ソファ座りなよ。床硬いでしょ」

「ワシのような畜生は床で十分じゃ」

「コンちゃんは神様でしょ、もう……拗ねて……」

《お兄ちゃん、こっち向いて》

「ん?」

くいくいと襟を引っ張られ、ノヴェムを見下げる。

「えへへ」

「なぁに、ノヴェムくん」

ノヴェムは俺の視線を得て満足したらしくニコニコと笑っている。可愛い。子供とはこんなに可愛らしいものだったのか。場所も考えず喚き散らし、拾い食いも躊躇わず行う厄介なモノが子供という生物ではなかったのか?

「水月、私そろそろ帰りますね」

「えっなんで……俺が相手しなかったからか?」

「違いますよ。泊まる気もありませんし、これ以上ここに居ても仕方ないので帰るってだけです」

「鳴雷、俺達ちょっと出かけてくる」

「行ってきますです、にーに」

「えっちょっ待って待って、なんでそんなみんな一気に居なくなるの」

シュカが帰るのは仕方ないにしても、同時にセイカとアキまで出かけられては寂しい。

「セイカ、出かけるってどこにだよ」

「……言わなきゃダメ?」

「ダメ。約束したろ? 出かける時はいつどこに何で誰と行くのか話すって」

「えっと……その、よく行ってるアーケードの商店街あるんだ。秋風そこのコロッケ好きで、だから……えーっと、今日これから、商店街に、コロッケを買いに、秋風と行きます……かな?」

「なら俺も行くよ」

「鳴雷はその子の世話があるだろ。預かった子供連れ回して何かあったらどうするんだよ、家で大人しくしてろ」

《お兄ちゃん、お兄ちゃんこっち向いて。お兄ちゃんっ》

ノヴェムは何故か不機嫌そうに俺の服を引っ張っている。見下げて宥めると彼はニコっと微笑み、俺の服を離す。何なんだ?

「何かって、何があるって言うんだよ」

「事故とか、誘拐とか……そういうのがないにしても、日焼けが酷くてお風呂入れないとか言い出したら、アレだろ?」

「そんなトラブルに巻き込ませないし、日焼け止め塗っていくよ。それでもダメか? セイカ、本当にコロッケ買いに行くだけか? なんでそんなに俺を置いてきたがるんだよ」

「そっ、それは……」

「それは?」

「…………その子連れてお出かけとか絶対秋風不機嫌になる、から……その、鳴雷は、その子と一緒に留守番してて欲しくて」

「……分かった。待ってる。俺の分もコロッケ買ってきてくれよ」

アキがノヴェムに嫉妬しているのは俺も感じ取っていることだ。彼らだけなら仲良くしていられるのだが、俺が入ると俺の取り合いになる。アキが嫉妬のままにノヴェムから俺を取り上げればノヴェムは泣き喚くだろう。アキを叱りノヴェムを優先すればアキが拗ねてしまう。それを避けるためならば仕方ない。

「気を付けて行けよ~」

俺は大きく手を振って三人を見送った。ノヴェムも手を振っている、紅葉のような小さな手だった。
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