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恋の色

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また倒れたりすることだけはないだろうとシュカを信じ、俺は彼の家を後にした。

「どうしよう……お昼食べて集合なんだよね、シュカとイチャついたり一緒にお昼食べたりしようと思って早く出たのに……時間めっちゃ余ってる」

「図書館の近くに食事処はあるのか?」

「んー……確か、近くにカフェがあったかな。パスタくらい置いてるといいけど」

飲み物しか出さないカフェも、食べ物があっても茶菓子程度のカフェも多い。昼飯に値する物はあるだろうか。

「あ、パン屋があったな。コンビニはどこにでもあるし……食べられるとこはいっぱいあるよ」

「そうか、なら図書館に行って先に勉強を始めておくといい。昼になったら食事を取り、また図書館に行って合流するのだ」

「…………サキヒコくんは年積家の子だねぇ」

ミフユでも同じことを言っただろうな。海で出会ったばかりの頃はもっとボーッとしていて子供っぽかったのに……アレは海に囚われていたから彼らしさが出ていなかっただけなのか?

「その通りだが……どういう意味なんだ? 私は確かに年積だ……それが、何なんだ?」

「真面目で可愛いねって」

さて、照れて怒るかな? ミフユならそうしそうなものだが、年積家の教育でお目付け役のような口うるささと生真面目さを共に獲得しているだけで、性格がそっくりという訳ではない。どうなるかな。

「そう、か。悪い意味ではなくてよかった」

「不安にさせちゃってた? ごめんね」

「謝らないでくれ、私が勝手にそうなっただけだ……話すことしか出来ないのに、可愛いなんて思ってくれるのは嬉しい」

「……ふふっ、そっかぁ。サキヒコくんこういうのちゃんと嬉しいんだね、もっと言ってくよ」

時間を潰す方法が思い付かなかったので、サキヒコの提案通り図書館に向かった。

「何か読みたいのある?」

「ミツキが読みたいものを読むべきだ」

「この図書館BL小説が割と豊富で」

「賞を取った本は読んでおきたいな」

手のひら返しだ。俺は図書館の目立つところに置かれていた芥川賞を取ったという本を取り、気になるBL小説も取り、席に着いた。

「……ミツキ?」

「ページ捲って欲しくなったら言って」

小さな声でそう伝え、俺は両手で本を読み始めた。本を傷めないように片手で開くのはなかなか難しい、ページを捲る時は両手でやらなければな。

「…………はぁ」

深いため息が近くで聞こえた。



本を二冊同時に読んでいる男(超絶美形)は目立つ、誰にでも分かる話だ。俺はそこそこ人目を引いてしまった。だが、図書館内で話しかけてくる者など居ない。怪訝な目、恍惚とした視線、それらが向いているだけ。

「……捲ってくれ」

小心者の俺には目立つこと自体がストレスなのだが、美少年の吐息が耳にかかっていれば我慢出来る。

(サキヒコくんどういう体勢で本読んでるんでしょう、声は耳元で聞こえるんですよな……後ろから抱きついてるとか? ふほほっ)

サキヒコの体勢を妄想し、興奮し、ページを捲る手が遅れる。サキヒコの読んでいる真面目な本と、俺が読んでいる全年齢BL小説、残りのページ数の差が開くばかりだ。



半分も読めなかったけれど、腹が減った。昼食の時間だ。図書館を出て近くのカフェの看板を見る。

「……コーヒーオンリーの店っぽい。パン屋さん行こっか、コンビニ弁当数百円と焼きたてパン数百円ならパンがいいよね」

独り言を不審がられないようコード付きのイヤホンをつけ、サキヒコと話しながらパン屋へ移る。

(昼飯なのでガッツリしたものがいいですな。甘い系ではなく、お肉とか芋とか入ってるのが欲しいでそ。でも勉強会なら砂糖取っといた方が……?)

ベーコンエピとマリトッツォを購入。図書館の外に設置されている日陰のベンチで開封。

「……日陰でも暑いね」

「気温はよく分からない。ミツキ、一口……」

「あぁ、いいよ。ちょっと待ってね、食べやすくするから」

パンを一つまみずつちぎり、開いた紙袋の中に置く。サキヒコが食べ始めたようだが、俺の分の味は変わらない。なるほど、こうすればよかったのか。

「意外と硬い……」

「美味しい?」

「うん。肉の旨みが生地によく染み込んでいる、美味しいぞ」

「美味しいよねベーコンエピ、久々に食べたよ。母さん昔よく焼いてくれたんだけどなぁ……あの人凝ったり飽きたり忙しいからな~、次にパン作りにハマるのいつになるだろ。最近はもっぱらお菓子だもん、お菓子も好きだからいいけど……」

「ミツキの御母堂はこのような複雑なぱんも作れるのか……年積家に欲しいな。んん……! 生クリームは素晴らしい……命を終えてもなおこれが味わえるなんて、私はなんて幸運なのだろう」

サキヒコは洋菓子が、とりわけ生クリームを使ったものが好きなように思える。十七歳で絶望と苦痛の中死に、死後も海に囚われ身を切る寒さに震えていた彼が、自分を幸運だと思える日が来るとは……生クリームには感謝しなければ。

「…………ミツキ、改めてだが……」

「ん?」

「……あの日、私を見つけてくれてありがとう」

「あぁ、うん。どういたしまして」

「軽いな、落とし物を拾ったような態度だ。私に第二の生を与えているというのに。ミツキ、ミツキ自身がどう思おうがミツキは私にとって恩人だ。魂を救い、今もこうして幸福を分け与えてくれる」

幸福とはパンのことだろうか、と、サキヒコの食べた後の無味無臭のパンを食べながら彼を可愛く思う。

「……心臓なんてとっくの昔に朽ちたはずなのに、ミツキを見ていると……締められているように、痛む。私の主様は恋に恋する御方だった、いつも恋と愛について語っていた。だから、分かる。ミツキ……どうしようもなく苦しくて、傍から見れば白けるくらいに青いこの感情は…………恋だ。ミツキ……私は、あなたに……恋をしました」

「…………嬉しいよ。ありがとうサキヒコくん、同じ気持ちになれたね」

顔が見たい。今どんな顔をしているんだ? 顔が見たい。告白中どんな風に表情が変わっていったんだ? 顔が見たい。頬はどれくらい赤くなった? 耳は? 顔が見たい。手は握り締められたりしていたのか? 顔が見たい。背筋は伸ばしていたか? 丸まってしまっていた? 顔が見たい。顔が見たい。
顔が見たい。

「ミツキ……その、実はだな……霊能力が全くない、という者や……霊能力を完全にコントロール出来る、という者以外なら……身体から微弱に漏れ出している力の色で、簡単な喜怒哀楽程度なら分かるようになってきたんだ」

「えっ、そうなの? すごいね」

突然何の話だと思ったが、興味深い話だったのでついついはしゃいでしまう。

「だから……素っ気ない返事でも私には分かる。私がミツキに恋をしたと言った瞬間、ミツキから漏れている色が変わったんだ」

「へぇ! どんな色? 恋の色って言ったら桃色かなぁやっぱり。えって言うか素っ気なかったのアレ……カッコつけたのになぁ」

「…………腹が裂けて零れた内臓が、新鮮さを失い始めた時のような色だ」

「何それ殺意? 俺そんな感情持ってないよ」

「具体的にどんな感情かは分からない。けれど、水月が恋人と居る時によく出している色と同じだった……私にも、恋人に向けるような感情を向けてくれているということだ。嬉しかった……これを伝えたかっただけなのに、随分と遠回りになってしまったな。私は話すのが下手なのかもしれない」

そんな不気味な表現をされる色の感情を彼氏達によく向けているだって? 自分が怖くなってきたな。
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