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猫、許すまじ

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喚き散らして弱らせたことで何とか心の奥底に乙女を封じ込めることが出来た。

「……カマバッカ王国で二年過ごして男として帰ってこれた彼はすごかったんだと、改めて思い知った。人は誰しも心の中に乙女を持つ……俺なら、二年を乗り越えられただろうか」

「おや……? 鳴雷さん、そんなところで何を?」

エレベーターからヒトが降りてきた。

「何を……してたんでしょうか。俺は何をしていたんでしょう」

「……クイズですか?」

「いや、俺にも分からなくて……」

「……? 不思議な人で、っくしゅんっ! 失礼。あなたのそういったっくしゅん! へくしゅっ、くしゅっ……! 鳴雷さん、質問っくしゅんっ! があるっしゅんっ! ですが」

こういう語尾のゆるキャラ居そう。

「猫、触りました?」

「触ってはないですけど……フタさんの部屋には入りました。さっき……あっ、毛ついてました!? すいません、コロコロかけてきます!」

「えぇ……そうしっ、くしゅんっ! はぁ……エレベーターでもくしゃみが止まらなかったんですよ。フタの部屋から出る時は必ず全身を確認してくださいね」

「すいませんでした……」

「コロコロなら一階にもあるのでわざわざフタの部屋に戻らなくても大丈夫ですよ。どうぞこちらに」

距離を空けてヒトに着いていくと、彼は仕事部屋の入口近くの棚から筒状の粘着シートをコロコロと転がすアレを取り出した。正式名称は粘着カーペットクリーナーの、アレだ。

「全身お願いします」

「はい……」

「あっ、ヒト兄ぃ。おはよぉ~」

デスクワークが出来るとは思えないが、机で何やら作業中だったフタがヒトに駆け寄る。どうしてあんな扱いを受けておきながら、ヒトを避けはしないのか甚だ疑問だ。可愛いけども。

「はっくしゅんっ! っくしゅっ! くしゅっ……て、めぇ……!」

フタの服には見て分かるほど猫の毛がついている。腹の辺りが特に酷い、そういう模様に見えてきた。ヒトは俺の手からコロコロを奪い取り、ボディブローを食らわせるようにフタの腹にコロコロを叩き込んだ。

「ぐっ……!?」

「部屋から出る時っくしゅんっ! 必ずコロコロかけるのがっ、くしゅっ、飼うのを許す条件って俺ぁ何回もっくしゅんっ! あぁちくしょう鼻かゆい目かゆい猫滅びろ!」

「痛い痛いヒト兄ぃ強い強い。お腹平たく伸びちゃう。めっちゃくしゃみ出てるけど大丈夫? 風邪?」

「…………死ね」

「あぁーっ!? 痛い痛い痛い頭はダメ頭はダメ! コロコロ頭はダメだってハゲるぅーっ!」

フタがハゲては困る。俺は慌てて止めに入った。背後から忍び寄り、ヒトを羽交い締めにしたのだ。結果ヒトはくしゃみが止まらなくなり、目を真っ赤にし、恨み言を吐きながら仕事部屋を出ていった。

「か、可哀想……すいません、俺が来ちゃったから出がけのコロコロ忘れちゃったんですよね」

「みつきぃ……頭の取ってぇ……」

「は、はい!」

フタの髪を強く掴み、コロコロを引っ張る。慎重に外したつもりだがかなり抜けてしまった。しかしハゲてはいない。俺はホッと胸を撫で下ろし、フタの頭を撫でた。

「……コロコロしましょっか」

頭を丹念に払ったら首から下に余さずコロコロを転がし、空気清浄機のスイッチを入れ、掃除機をかけた。もちろん廊下とエレベーターの掃除もしておいた。

「これで大丈夫かな、コンちゃん」

「ワシに聞かれてものぅ……」

「お掃除ゲームみたいに掃除してないとこ光って見えたりしない?」

「せんのぅ」

「そっかぁ……まぁ、多分大丈夫だろ。フタさん、ヒトさんに謝りに行きましょ」

「なんで?」

一件を忘れてしまったらしいフタを連れ、仮眠室を覗いてみるとヒトはそこに居た。ここは念の為の確認で、本命はヒトの自室だったのだが、手間が省けた。

「ねぇ……どう思いますか、私が猫アレルギーなのを知っておきながら猫を二匹も飼ってるフタのことを。ボスから何か言ってやってくださいよ」

「おー……今カブ値上がりしてて売るので忙しいから後でな」

「あっ、株取引の真っ最中でしたか、ゲーム中かと……邪魔をしてすみません」

「300ベル超えはなかなかのアツさ……」

ヒトはゲーム中のボスに愚痴を語ろうとして失敗していた。なんか本当に可哀想になってきたな。

「ヒトさん、さっきはすいませんでした。コロコロ全身にかけてきました、部屋と廊下……あとエレベーターも、ちゃんと掃除したのでもう大丈夫だと思います」

「…………そうですか」

「まだ目赤いですね。ごめんなさい、本当に……ちょっと部屋に入っただけであんなについてるなんて。油断してました」

俺に猫の毛がついていたのはおそらく、フタに抱き締められたからだ。

「……そんなにしつこく謝っていただかなくても結構ですよ。あなたは悪くありません」

「ヒト兄ぃ、ごめ~ん」

「…………フタ、あなたはどうして謝るんですか?」

「なんかぁ、みつきが謝ろうって言ってたから」

「……鳴雷さん、猫に脱毛クリームって効くと思いますか?」

「早まらないでくださいヒトさん! 猫ちゃん達にこそ何の罪もありません!」

猫は自分の体をよく舐める生き物だ。毛が抜けるだけならまだしも、脱毛クリームを舐め取ってしまったらどんな健康被害があるか分からない。

「猫は存在自体が罪ですよ!」

「荒れてるわねぇ……いいの? ボスとして」

「カブ売り終わったし、そろそろ止めますよ。おい、フタ」

とうとうボスがゲーム機を置いた。

「コロコロかけるってのは毎日のルーティンとしてメモしてんだろ? 今日は来客で崩れちゃっただけだよな、もう欠かさずに出来るか?」

「うん」

「よしよし。おい、ヒト」

「……はい」

「ガタガタ言うな」

「…………酷くないですか!?」

フタへの優しい対応との違いに俺は思わず大声を上げた。

「あぁ、専務の息子さん……いえね、俺としましてはヒトよりフタと猫達の方が有用なので。ヒトに利用価値があればもう少し考えてやってもいいんですけどね」

「……精進して参ります」

「がんば」

「……! はい! 頑張ります!」

雑な三文字に嬉しそうな返事をするヒトが見ていられなくて、俺は続けて文句をつけた。

「ボスならもっと、然るべき対応ってのがあるんじゃないですか」

「フタは覚えないので厳しくしても仕方ないけど、ヒトは褒めると浮かれてミスが増えるんです。フタを贔屓しておくと勝手にやる気出して仕事の能率上げますし……これが然るべき対応なんですよ」

モヤモヤと文句が湧き出て止まらない。でも感情論でしか反論出来そうにない。俺はボスに口答えするのをやめ、俺がヒトを癒してやらなければと心に深く刻み込んだ。
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