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おまけ
おまけ 鮭! 酒! バトル!
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※水月の母視点 1294話~、寿司屋に行く穂張事務所の面々と母達のお話。
車に乗せられ連れられた先は寿司屋、穂張組の関係者が営んでいる寿司屋らしい。どんどんヤクザとズブズブになっていく……幸い、穂張組はヤクザらしい仕事はほとんどしていない。せいぜいが切り取り屋で、ただの建設会社と呼んで差し支えない。
「唯乃ぉ……私端っこの席ね、唯乃隣座ってね」
もっとも、それは警察などが握っている表向きの顔。裏の顔は真尋くんの手駒、彼の癪に障る人間だとかの捕獲と処理。
「はいはい、分かってるわよ」
國行くんの安全で幸福な生活を守るという仕事もあるらしいから、彼の喧嘩が半グレ組織だとかを巻き込む大きなものになった際は、事務所の者が出向くらしい。それが警察沙汰にならないのは真尋くんの力だ。
私が昔ストーカー被害に遭った際、真尋くんに相談すると彼は今日のように凶器を用いて解決した。駅で待ち伏せしていたストーカーをその場で殴ったのですぐに警察が来たが、彼が身分証を見せると嫌な顔をして帰って行った。あの身分証はマイナンバーカードだとか、免許証だとか、社員証だとか、そんなものじゃなかった。じゃあ何だと聞かれても、よく見えなかったから分からないけれど。
「おぉ! 久しぶりだなぁフタ。てめぇ焼肉屋の方にはよく顔出すくせに、寿司にもラーメンにもなかなか寄り付かねぇでよぉ」
「おー……誰だっけ」
「昔夏休みの自由研究手伝ってやっただろうが! ったく相変わらずだな……」
フタと呼ばれるえげつない外ハネの髪をした男は寿司屋の大将に親しげに話しかけられている。確か、ヒト、フタ、サンの前組長の隠し子三兄弟なんだっけ? 昔真尋くんから聞いた話では、無個性のバカで現組長のヒト、記憶力に難があるけれど一芸に秀でたフタ、ヤクザを辞めた盲目で抽象画家のサン、だったかしら。
(サンって子と水月がデキてるんだっけ? あー頭痛い。ヤクザなんかと関わって欲しくないのに……なんて、私が言っても説得力ないわよね)
ハーレムは学校内だけで留めて欲しかったなぁ、なんて事前に言ってたって無駄だ。恋はいつでもハリケーンって水月が前に言ってたわ、元ネタ何かしら。相手の知らないアニメやゲームのネタを会話にぶち込むの、あの子の悪い癖よね。
「そこの美女はまさか、雪也さんのコレかい?」
大将は小指を立てている。
「まさか。俺には愛する妻が居るんですよ。表の方の先輩です」
真尋くんは中指を立てるように左手薬指を大将に見せつけた。あぁちなみに、彼の本名は真尋だけれど、戸籍上の名前は雪也らしい。何故そんなことになっているのか詳しくは聞いていない。彼には名前が二つあって、私はどちらで呼んでもいいことになっている。ただそれだけの話だ。
「何にします?」
「マグロ」
「コハダ」
「しゃけ!」
私はセオリーに従って味の薄いものから注文することにしたが、真尋くんは一発目からマグロかぁ……フタくんはサーモンなのね。
「稲荷寿司あるかのっ?」
「あれ、狐。着いてきてたんですか」
「いかんかったかの。寿司と聞いて居ても立ってもおられんかったんじゃ」
「俺は別にいいですけど」
水月の新カレ、妖怪だか神様だか知らないけれど、とにかく超自然的な存在らしいミタマくん。バケモンまで彼氏にしだしたんだから、もうヤクザがどうとか言ってる場合じゃないのかも……いやいや懐いたバケモンよりヤクザの方が有害でしょ。結局ヒトコワなのよ。
「うどんないんすか?」
「俺ラーメン食べたい」
「天丼~」
「回転寿司じゃねぇんだぞ! ったく……あぁ、稲荷寿司はあるよ、ぼく。寿司って名の付くもんは置いてる」
「カリフォルニアロールはないんすか?」
「っる訳ねぇだろンなもん!」
従業員達が大将を怒らせている。半分遊びだろうな、コレ。
「しゃけ~」
「はいはいフタはサーモンな」
「前食った炙りチーズマヨ美味かったんすよ、ここでもやったら客増えるんじゃないすか」
「常連に見切られるわ! 回転寿司行けっつってんだろ、しっし!」
葉子はろくに食べず、微かに震えながらあがりばかり……あぁ、あがりはお茶のことよ。分かるわよね? ずっとお茶飲んでるなんて、慣れない合コンに頑張って来たけどダメだった陰キャみたいね。
「んんっ……! あぶらげのコクがすごいのじゃ……飯も、うむ、シイタケに、鶏肉まで……! 具がしっかり入っておる! 五目稲荷じゃ。対面の店は違うのぅ、褒めて遣わすぞ人間! 前にみっちゃんに買ってもらったのにはゴマしか入っとらんで……ゃ、あれはあれで美味かったんじゃがな?」
「人の真似して暮らすなら人外ムーブ控えめにしてくださいね」
「しゃけ」
「稲荷寿司おかわりじゃ!」
アキが真尋くんの趣味に一週間も付き合わされるか否かはミタマくんにかかっている。稲荷寿司くらい何個でも食べさせてあげないとね。
「ねぇミタマくん」
「コンちゃんと呼んどくれ。なんじゃ、ゆーちゃん」
「お魚は苦手? 稲荷寿司もいいけど、他のお寿司も美味しいのよ」
「しゃけちょーだい」
「……狐が好きなイメージのあるもんならだいたい好物のはずじゃぞ。稲荷寿司以外お供えがなかったから、自分ではよぅ分かっとらんが」
狐はイヌ科の肉食動物、魚も肉も食べるはずだ。いや、イメージ……実際の狐は別に油揚げが好きという訳でもないはず、そりゃ与えれば何でも食べるだろうけど。水月の影響でちょっと齧ったアニメやゲームの知識からなら確かに油揚げが大好きなイメージがある、そういったイメージで言うなら……何だろう?
「ウナギとかどうです?」
「次もしゃけ~」
「食べてみたいの。素晴らしき職人よ、ウナギをおくれ」
「狐、ウナギ好きなイメージある?」
「兵十からウナギ盗んでたじゃないですか」
「最後撃たれるヤツね……」
「てぶくろを買いに来ていた可愛いキツネが……うっうっ」
目元に手をやるだけの雑な泣き真似だ。
「混ぜるんじゃないわよバカ! てぶくろから読んだら狐への愛着深くなって余計悲しいのよ、ごんから読みなさいごんから」
「他の狐の好物となると……ふむ、小学五年生の男の子の頭蓋骨とかですかね?」
「しゃけ」
「え? えっと……」
「結局取らなかったヤツじゃなーい! 私あのキャラ大好き~! 初恋かもなの!」
葉子が急に元気になった。
「何、漫画? それも葉子の初恋ってだいぶ昔のじゃない……私漫画とかに触れたのは水月が漫画読み始めてからなのよ」
私の嫁の初恋を盗むなんて悪党ね。
「ウナギ美味いのぅ……天晴れな大将よ、次は稲荷寿司をおくれ」
「しゃけおくれ~」
ミタマくんはウナギを気に入りはしたようだけれど、一位は依然稲荷寿司のようだ。まぁ、その方が安上がりだから別にいいんだけど……やっぱり元が大豆のものより、肉や魚の方がエネルギー溜まりそうな気がするのよね。
「……ねぇ、ここってお酒はあるのかしら?」
「あるよ」
「もっとHEROみたいに」
「……あるよ。って何言わせるんだい」
「似てる似てる。ふふふ……オススメの清酒お願い。強めのね」
「え~、唯乃お酒飲むのぉ? もぉ~……お酒好きねぇ」
「しゃけ!」
「真尋くんは飲まないの? 飲めないんだっけ」
「飲めなくはないけど飲まないですね。勃ちが悪くなるので」
その理由堂々と言う?
「コンちゃん、お酒は? お供え物にありがちじゃない、日本酒」
「墓にかけるスキットル」
「お神酒の話してんのよ。どう?」
「ふむ……一杯試しにもらおうかの」
「しゃけ~」
大将は何を聞くでもなく至って当然のようにコンちゃんにも酒を一杯出した。どう見ても未成年の見た目をしているのに……そういう店、ってことね。
「あら、美味しい。どう? コンちゃん」
彼がイケる口ならば、これからの晩酌の相手になってもらえる。
「…………きゅう」
一杯一気に飲み干したコンちゃんは顔をボッと赤くし、バタンと机に突っ伏した。
「えっ、ちょっ……」
「ん……? あれ、何したんですか専務」
「一杯飲ませただけなんだけど……」
「あぁ……子供に化けてるんですからダメですよお酒飲ませちゃ。化けるイメージの中に酒はダメって入ってるんですから、実際の子供以上に飲めなくなってるはずですよ」
「しゃけ」
「自分で分かってなさいよコンちゃん! 人じゃないから大丈夫だと思ってた、もぉ~……ごめんねぇ?」
真尋くんは少し考えた後、人差し指と中指を立ててコンちゃんの頭に当てた。
「真を晒せ」
二本の指が空を切る。コンちゃんは椅子の上で三本尾の狐の姿へと変わり、目を見開いて起き上がるとポンっとコルクを抜くような音を立てて狐顔の少年の姿へ戻った。
「急に変化が解かれてたまげたのじゃ……」
「これで酔いは覚めます」
「えぇ……」
これまで信じてきた常識とは何だったのか。
「しゃけ~」
「……私も出来る? それ。手はこうで……まことをさらせ、だっけ?」
コンちゃんの姿は変わらない。もぐもぐと稲荷寿司を頬張って不思議そうに首を傾げている。
「やっぱりダメねぇ」
「んっく……ふぅ、そう簡単に変化を解かれてはたまらん」
「今回はその狐相手だから別にいいんですけど、下手に除霊とかの物真似すると怒らせるんで気を付けてくださいね」
「はーい」
「しゃけ!」
時折聞こえるフタくんのとぼけた声をBGMに、寿司と酒を楽しみ、夜は更けていく。全員の腹が膨れた頃、盛り上がりも冷めていく。
「なんかこの~……カラオケのフリータイムの最後の方みたいなさぁ、雰囲気」
「宴会の終わりってこんな感じよね、私は好き」
「そぉ? 私ちょっと苦手」
そんな話をしながら私達は穂張事務所へ戻った。一番に入った従業員の子が灯りを点けた瞬間、吹っ飛ばされた。
「お……縄解いたか」
従業員を蹴り飛ばしたマキシモはニヤリと笑ってロシア語で話した。
「なんて言ってんです?」
「背後からの道具での不意打ちなんかじゃ納得出来ない、もう一度戦ろう。それでお前が勝ったら葉子とはしっかり離婚して、秋風のことも諦める。だってさ」
「勝手~」
戦慄する従業員達と葉子に反し、真尋くんだけは緩くマキシモを批判した。
「正々堂々とか嫌いなんですよね俺。戦いってのは相手の行動パターンを理解し、罠を張り、道具を使うんです。人間はそうやって他の生物を食らって繁栄したんですよ?」
「勝つ自信がないのか、だってさ」
「やっすい挑発……はぁ、めんどくさ……まぁいいか、いっぱい食べたし、食後の運動しとかないと……」
「だ、大丈夫なのっ? あの子……ねぇ唯乃ぉ、マキシモすごく強いのよ?」
不意打ちをしているところしか見た覚えがないから、正直言えば私も不安だ。でも真尋くん自身は全く不安なんてないように見える。
「てめぇら離れてろ。アキタ、カイの手当てしてやれ。はぁーあぁー全くよぉ、俺の可愛い仔犬蹴ってくれちゃって……こんなにイラついたのはピクちゃんの花が百匹一気に散らされた時以来だ、許さねぇぜアオケダタラ」
「死んだ時くらい怒りなさいよ……」
「コイツらが死んだらそれくらい悲しいと思いますよ。特にフタは紫ピクくらい悲しい」
《グダグダ言ってねぇでさっさとやろうぜ、武器なしな》
真尋くんは深いため息をついて緩く構えた。両手を上げて頭を守るような姿勢だ。ボクシングの構えとは少し違う、もう少し高い、ムエタイ……? いや、うーん……格闘技に詳しい訳ではないからよく分からないわね。
「葉子、もっと下がって……」
葉子を背に庇って後ろへ下がる。それを横目で確認したマキシモはまず様子見として右フックを放ったが、簡単にいなされた。僅かに態勢を崩したところに真尋くんの蹴りが炸裂する。
《ぐっ……!? クソっ!》
マキシモは得意の蹴りを放つ。頭を狙い、意識を刈り取る凶悪な技だがそれもやはり片手で簡単にいなされ、カウンターの蹴りがモロに入ってマキシモの膝がガクガクと震え出す。
「すっごい! アレみたい、アレ。裂蹴拳!」
「ごめん私それ知らないわ葉子……」
着物を着たままここまで動けるなんて、と関心する。真尋くんはフラついたマキシモの側頭部に強い蹴りを放った、頭蓋骨と下駄が硬い音を鳴らす。
《ガッ……は、ぁ…………ちくしょう、参っ……》
マキシモが床に膝をつく。下がった頭に、後頭部に、真尋くんの踵落としが炸裂した。踏ん張ることも許されずにマキシモの頭はそのまま床に叩きつけられ、鼻血が床に広がる。
「………………」
ゴッ、ガッ、と下駄と頭蓋骨がぶつかる鈍い音が響き続ける。
「…………………………ふふ」
無表情だった真尋くんの口の端が僅かに持ち上がる。
「あはっ……」
快感を覚えているように頬を染め、色気のある笑顔を浮かべた。
「…………兄ちゃん! もう意識がないように見える……もう、やめたらどうだ」
私達も従業員達も身動ぎ一つせず、息すら止めて見守っていたが、國行くんがとうとう声を上げた。真尋くんはピタリと動きを止め、ぐりんっと首を回して國行くんを見た。
「……に、兄ちゃん?」
「あぁ……そう、兄ちゃん。お前の従兄だよな、俺。ふふ……そうそう、そう……うん」
「…………無意味にいたぶるのはよくない」
「テンション上がっちゃってぇ……どうにも止まんなくってぇ……」
「……ゲーム。兄ちゃん、ゲーム好きだろ。いつもつれなくして悪かった……一緒にゲームで遊ぼう。な?」
「ん…………ふふふっ、國行がゲーム一緒にしようなんて珍しいなぁ! よーしお兄ちゃん徹夜しちゃうぞ~! 何のゲームにしようかなぁ! 仮眠室にワンセット置いてるからそこでやろうぜ!」
「…………オールか。あぁ、今日くらいはいい……昼間寝たしな。兄ちゃん、あんまり慣れや年季が関係ない、運系か頭脳系で頼む」
従兄弟揃って仮眠室へと引っ込んだ。残された私達は彼らを見送った後、自然とマキシモを見下ろした。
「……自分の特技、応急手当」
妙にカタコトっぽい彫りの深い従業員が手を挙げた。
「あ……なら頼むわ。えっと」
「自分はシェパード。拘束は、どうする?」
「シェパードくんね。応急手当お願い。拘束は前よりギチギチにしてくれる?」
「はっ!」
ビシッと敬礼を決め、彼はテキパキと応急手当を済ませ、手馴れた様子で椅子への拘束を開始した。
「……マキシモが起きたら話したいし、私達も今日はここで泊まらせてもらいましょうか」
「えっ、こ、こんな男ばっかりの、ヤクザ事務所に泊まるなんて嫌よ! 近くのホテル取りましょっ?」
「いや、俺ら近くの社宅帰るんで……居るのはボスと坊ちゃん、ヒトさんとフタさんだけっすよ」
「ヒトさん今日居たっけ?」
「知らね、いつも居るんだし居るだろ」
「仮眠室から布団もらってきてここで寝るわ」
「……唯乃ぉ、一緒に寝てくれる?」
「もちろんよ! いえ、ダメよ、寝かせないわ! かつての夫の前でうんとよがらせてっ……!」
「人前でそんなこと言わないでよバカァ!」
照れた叫びが心地いい。従業員達はいそいそと事務所を出ていった、マキシモは気絶しているし拘束してあるので置物同然。一晩この部屋で二人きりよ! コンビニに行って替えの下着とか買ってきておこうかしら。
車に乗せられ連れられた先は寿司屋、穂張組の関係者が営んでいる寿司屋らしい。どんどんヤクザとズブズブになっていく……幸い、穂張組はヤクザらしい仕事はほとんどしていない。せいぜいが切り取り屋で、ただの建設会社と呼んで差し支えない。
「唯乃ぉ……私端っこの席ね、唯乃隣座ってね」
もっとも、それは警察などが握っている表向きの顔。裏の顔は真尋くんの手駒、彼の癪に障る人間だとかの捕獲と処理。
「はいはい、分かってるわよ」
國行くんの安全で幸福な生活を守るという仕事もあるらしいから、彼の喧嘩が半グレ組織だとかを巻き込む大きなものになった際は、事務所の者が出向くらしい。それが警察沙汰にならないのは真尋くんの力だ。
私が昔ストーカー被害に遭った際、真尋くんに相談すると彼は今日のように凶器を用いて解決した。駅で待ち伏せしていたストーカーをその場で殴ったのですぐに警察が来たが、彼が身分証を見せると嫌な顔をして帰って行った。あの身分証はマイナンバーカードだとか、免許証だとか、社員証だとか、そんなものじゃなかった。じゃあ何だと聞かれても、よく見えなかったから分からないけれど。
「おぉ! 久しぶりだなぁフタ。てめぇ焼肉屋の方にはよく顔出すくせに、寿司にもラーメンにもなかなか寄り付かねぇでよぉ」
「おー……誰だっけ」
「昔夏休みの自由研究手伝ってやっただろうが! ったく相変わらずだな……」
フタと呼ばれるえげつない外ハネの髪をした男は寿司屋の大将に親しげに話しかけられている。確か、ヒト、フタ、サンの前組長の隠し子三兄弟なんだっけ? 昔真尋くんから聞いた話では、無個性のバカで現組長のヒト、記憶力に難があるけれど一芸に秀でたフタ、ヤクザを辞めた盲目で抽象画家のサン、だったかしら。
(サンって子と水月がデキてるんだっけ? あー頭痛い。ヤクザなんかと関わって欲しくないのに……なんて、私が言っても説得力ないわよね)
ハーレムは学校内だけで留めて欲しかったなぁ、なんて事前に言ってたって無駄だ。恋はいつでもハリケーンって水月が前に言ってたわ、元ネタ何かしら。相手の知らないアニメやゲームのネタを会話にぶち込むの、あの子の悪い癖よね。
「そこの美女はまさか、雪也さんのコレかい?」
大将は小指を立てている。
「まさか。俺には愛する妻が居るんですよ。表の方の先輩です」
真尋くんは中指を立てるように左手薬指を大将に見せつけた。あぁちなみに、彼の本名は真尋だけれど、戸籍上の名前は雪也らしい。何故そんなことになっているのか詳しくは聞いていない。彼には名前が二つあって、私はどちらで呼んでもいいことになっている。ただそれだけの話だ。
「何にします?」
「マグロ」
「コハダ」
「しゃけ!」
私はセオリーに従って味の薄いものから注文することにしたが、真尋くんは一発目からマグロかぁ……フタくんはサーモンなのね。
「稲荷寿司あるかのっ?」
「あれ、狐。着いてきてたんですか」
「いかんかったかの。寿司と聞いて居ても立ってもおられんかったんじゃ」
「俺は別にいいですけど」
水月の新カレ、妖怪だか神様だか知らないけれど、とにかく超自然的な存在らしいミタマくん。バケモンまで彼氏にしだしたんだから、もうヤクザがどうとか言ってる場合じゃないのかも……いやいや懐いたバケモンよりヤクザの方が有害でしょ。結局ヒトコワなのよ。
「うどんないんすか?」
「俺ラーメン食べたい」
「天丼~」
「回転寿司じゃねぇんだぞ! ったく……あぁ、稲荷寿司はあるよ、ぼく。寿司って名の付くもんは置いてる」
「カリフォルニアロールはないんすか?」
「っる訳ねぇだろンなもん!」
従業員達が大将を怒らせている。半分遊びだろうな、コレ。
「しゃけ~」
「はいはいフタはサーモンな」
「前食った炙りチーズマヨ美味かったんすよ、ここでもやったら客増えるんじゃないすか」
「常連に見切られるわ! 回転寿司行けっつってんだろ、しっし!」
葉子はろくに食べず、微かに震えながらあがりばかり……あぁ、あがりはお茶のことよ。分かるわよね? ずっとお茶飲んでるなんて、慣れない合コンに頑張って来たけどダメだった陰キャみたいね。
「んんっ……! あぶらげのコクがすごいのじゃ……飯も、うむ、シイタケに、鶏肉まで……! 具がしっかり入っておる! 五目稲荷じゃ。対面の店は違うのぅ、褒めて遣わすぞ人間! 前にみっちゃんに買ってもらったのにはゴマしか入っとらんで……ゃ、あれはあれで美味かったんじゃがな?」
「人の真似して暮らすなら人外ムーブ控えめにしてくださいね」
「しゃけ」
「稲荷寿司おかわりじゃ!」
アキが真尋くんの趣味に一週間も付き合わされるか否かはミタマくんにかかっている。稲荷寿司くらい何個でも食べさせてあげないとね。
「ねぇミタマくん」
「コンちゃんと呼んどくれ。なんじゃ、ゆーちゃん」
「お魚は苦手? 稲荷寿司もいいけど、他のお寿司も美味しいのよ」
「しゃけちょーだい」
「……狐が好きなイメージのあるもんならだいたい好物のはずじゃぞ。稲荷寿司以外お供えがなかったから、自分ではよぅ分かっとらんが」
狐はイヌ科の肉食動物、魚も肉も食べるはずだ。いや、イメージ……実際の狐は別に油揚げが好きという訳でもないはず、そりゃ与えれば何でも食べるだろうけど。水月の影響でちょっと齧ったアニメやゲームの知識からなら確かに油揚げが大好きなイメージがある、そういったイメージで言うなら……何だろう?
「ウナギとかどうです?」
「次もしゃけ~」
「食べてみたいの。素晴らしき職人よ、ウナギをおくれ」
「狐、ウナギ好きなイメージある?」
「兵十からウナギ盗んでたじゃないですか」
「最後撃たれるヤツね……」
「てぶくろを買いに来ていた可愛いキツネが……うっうっ」
目元に手をやるだけの雑な泣き真似だ。
「混ぜるんじゃないわよバカ! てぶくろから読んだら狐への愛着深くなって余計悲しいのよ、ごんから読みなさいごんから」
「他の狐の好物となると……ふむ、小学五年生の男の子の頭蓋骨とかですかね?」
「しゃけ」
「え? えっと……」
「結局取らなかったヤツじゃなーい! 私あのキャラ大好き~! 初恋かもなの!」
葉子が急に元気になった。
「何、漫画? それも葉子の初恋ってだいぶ昔のじゃない……私漫画とかに触れたのは水月が漫画読み始めてからなのよ」
私の嫁の初恋を盗むなんて悪党ね。
「ウナギ美味いのぅ……天晴れな大将よ、次は稲荷寿司をおくれ」
「しゃけおくれ~」
ミタマくんはウナギを気に入りはしたようだけれど、一位は依然稲荷寿司のようだ。まぁ、その方が安上がりだから別にいいんだけど……やっぱり元が大豆のものより、肉や魚の方がエネルギー溜まりそうな気がするのよね。
「……ねぇ、ここってお酒はあるのかしら?」
「あるよ」
「もっとHEROみたいに」
「……あるよ。って何言わせるんだい」
「似てる似てる。ふふふ……オススメの清酒お願い。強めのね」
「え~、唯乃お酒飲むのぉ? もぉ~……お酒好きねぇ」
「しゃけ!」
「真尋くんは飲まないの? 飲めないんだっけ」
「飲めなくはないけど飲まないですね。勃ちが悪くなるので」
その理由堂々と言う?
「コンちゃん、お酒は? お供え物にありがちじゃない、日本酒」
「墓にかけるスキットル」
「お神酒の話してんのよ。どう?」
「ふむ……一杯試しにもらおうかの」
「しゃけ~」
大将は何を聞くでもなく至って当然のようにコンちゃんにも酒を一杯出した。どう見ても未成年の見た目をしているのに……そういう店、ってことね。
「あら、美味しい。どう? コンちゃん」
彼がイケる口ならば、これからの晩酌の相手になってもらえる。
「…………きゅう」
一杯一気に飲み干したコンちゃんは顔をボッと赤くし、バタンと机に突っ伏した。
「えっ、ちょっ……」
「ん……? あれ、何したんですか専務」
「一杯飲ませただけなんだけど……」
「あぁ……子供に化けてるんですからダメですよお酒飲ませちゃ。化けるイメージの中に酒はダメって入ってるんですから、実際の子供以上に飲めなくなってるはずですよ」
「しゃけ」
「自分で分かってなさいよコンちゃん! 人じゃないから大丈夫だと思ってた、もぉ~……ごめんねぇ?」
真尋くんは少し考えた後、人差し指と中指を立ててコンちゃんの頭に当てた。
「真を晒せ」
二本の指が空を切る。コンちゃんは椅子の上で三本尾の狐の姿へと変わり、目を見開いて起き上がるとポンっとコルクを抜くような音を立てて狐顔の少年の姿へ戻った。
「急に変化が解かれてたまげたのじゃ……」
「これで酔いは覚めます」
「えぇ……」
これまで信じてきた常識とは何だったのか。
「しゃけ~」
「……私も出来る? それ。手はこうで……まことをさらせ、だっけ?」
コンちゃんの姿は変わらない。もぐもぐと稲荷寿司を頬張って不思議そうに首を傾げている。
「やっぱりダメねぇ」
「んっく……ふぅ、そう簡単に変化を解かれてはたまらん」
「今回はその狐相手だから別にいいんですけど、下手に除霊とかの物真似すると怒らせるんで気を付けてくださいね」
「はーい」
「しゃけ!」
時折聞こえるフタくんのとぼけた声をBGMに、寿司と酒を楽しみ、夜は更けていく。全員の腹が膨れた頃、盛り上がりも冷めていく。
「なんかこの~……カラオケのフリータイムの最後の方みたいなさぁ、雰囲気」
「宴会の終わりってこんな感じよね、私は好き」
「そぉ? 私ちょっと苦手」
そんな話をしながら私達は穂張事務所へ戻った。一番に入った従業員の子が灯りを点けた瞬間、吹っ飛ばされた。
「お……縄解いたか」
従業員を蹴り飛ばしたマキシモはニヤリと笑ってロシア語で話した。
「なんて言ってんです?」
「背後からの道具での不意打ちなんかじゃ納得出来ない、もう一度戦ろう。それでお前が勝ったら葉子とはしっかり離婚して、秋風のことも諦める。だってさ」
「勝手~」
戦慄する従業員達と葉子に反し、真尋くんだけは緩くマキシモを批判した。
「正々堂々とか嫌いなんですよね俺。戦いってのは相手の行動パターンを理解し、罠を張り、道具を使うんです。人間はそうやって他の生物を食らって繁栄したんですよ?」
「勝つ自信がないのか、だってさ」
「やっすい挑発……はぁ、めんどくさ……まぁいいか、いっぱい食べたし、食後の運動しとかないと……」
「だ、大丈夫なのっ? あの子……ねぇ唯乃ぉ、マキシモすごく強いのよ?」
不意打ちをしているところしか見た覚えがないから、正直言えば私も不安だ。でも真尋くん自身は全く不安なんてないように見える。
「てめぇら離れてろ。アキタ、カイの手当てしてやれ。はぁーあぁー全くよぉ、俺の可愛い仔犬蹴ってくれちゃって……こんなにイラついたのはピクちゃんの花が百匹一気に散らされた時以来だ、許さねぇぜアオケダタラ」
「死んだ時くらい怒りなさいよ……」
「コイツらが死んだらそれくらい悲しいと思いますよ。特にフタは紫ピクくらい悲しい」
《グダグダ言ってねぇでさっさとやろうぜ、武器なしな》
真尋くんは深いため息をついて緩く構えた。両手を上げて頭を守るような姿勢だ。ボクシングの構えとは少し違う、もう少し高い、ムエタイ……? いや、うーん……格闘技に詳しい訳ではないからよく分からないわね。
「葉子、もっと下がって……」
葉子を背に庇って後ろへ下がる。それを横目で確認したマキシモはまず様子見として右フックを放ったが、簡単にいなされた。僅かに態勢を崩したところに真尋くんの蹴りが炸裂する。
《ぐっ……!? クソっ!》
マキシモは得意の蹴りを放つ。頭を狙い、意識を刈り取る凶悪な技だがそれもやはり片手で簡単にいなされ、カウンターの蹴りがモロに入ってマキシモの膝がガクガクと震え出す。
「すっごい! アレみたい、アレ。裂蹴拳!」
「ごめん私それ知らないわ葉子……」
着物を着たままここまで動けるなんて、と関心する。真尋くんはフラついたマキシモの側頭部に強い蹴りを放った、頭蓋骨と下駄が硬い音を鳴らす。
《ガッ……は、ぁ…………ちくしょう、参っ……》
マキシモが床に膝をつく。下がった頭に、後頭部に、真尋くんの踵落としが炸裂した。踏ん張ることも許されずにマキシモの頭はそのまま床に叩きつけられ、鼻血が床に広がる。
「………………」
ゴッ、ガッ、と下駄と頭蓋骨がぶつかる鈍い音が響き続ける。
「…………………………ふふ」
無表情だった真尋くんの口の端が僅かに持ち上がる。
「あはっ……」
快感を覚えているように頬を染め、色気のある笑顔を浮かべた。
「…………兄ちゃん! もう意識がないように見える……もう、やめたらどうだ」
私達も従業員達も身動ぎ一つせず、息すら止めて見守っていたが、國行くんがとうとう声を上げた。真尋くんはピタリと動きを止め、ぐりんっと首を回して國行くんを見た。
「……に、兄ちゃん?」
「あぁ……そう、兄ちゃん。お前の従兄だよな、俺。ふふ……そうそう、そう……うん」
「…………無意味にいたぶるのはよくない」
「テンション上がっちゃってぇ……どうにも止まんなくってぇ……」
「……ゲーム。兄ちゃん、ゲーム好きだろ。いつもつれなくして悪かった……一緒にゲームで遊ぼう。な?」
「ん…………ふふふっ、國行がゲーム一緒にしようなんて珍しいなぁ! よーしお兄ちゃん徹夜しちゃうぞ~! 何のゲームにしようかなぁ! 仮眠室にワンセット置いてるからそこでやろうぜ!」
「…………オールか。あぁ、今日くらいはいい……昼間寝たしな。兄ちゃん、あんまり慣れや年季が関係ない、運系か頭脳系で頼む」
従兄弟揃って仮眠室へと引っ込んだ。残された私達は彼らを見送った後、自然とマキシモを見下ろした。
「……自分の特技、応急手当」
妙にカタコトっぽい彫りの深い従業員が手を挙げた。
「あ……なら頼むわ。えっと」
「自分はシェパード。拘束は、どうする?」
「シェパードくんね。応急手当お願い。拘束は前よりギチギチにしてくれる?」
「はっ!」
ビシッと敬礼を決め、彼はテキパキと応急手当を済ませ、手馴れた様子で椅子への拘束を開始した。
「……マキシモが起きたら話したいし、私達も今日はここで泊まらせてもらいましょうか」
「えっ、こ、こんな男ばっかりの、ヤクザ事務所に泊まるなんて嫌よ! 近くのホテル取りましょっ?」
「いや、俺ら近くの社宅帰るんで……居るのはボスと坊ちゃん、ヒトさんとフタさんだけっすよ」
「ヒトさん今日居たっけ?」
「知らね、いつも居るんだし居るだろ」
「仮眠室から布団もらってきてここで寝るわ」
「……唯乃ぉ、一緒に寝てくれる?」
「もちろんよ! いえ、ダメよ、寝かせないわ! かつての夫の前でうんとよがらせてっ……!」
「人前でそんなこと言わないでよバカァ!」
照れた叫びが心地いい。従業員達はいそいそと事務所を出ていった、マキシモは気絶しているし拘束してあるので置物同然。一晩この部屋で二人きりよ! コンビニに行って替えの下着とか買ってきておこうかしら。
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