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真正面からぶつかり合って
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俺は寂れたゲームセンターの筐体の陰に隠れた。ゲームセンターの隣のシャッターが降りた何かの店の前でレイの元カレとアキの父親が睨み合っている。何の関係もない彼らは本来なら出会うことすらなかっただろう、だが彼らはたった今から戦い始める。
《アキからお前のことは聞いてないが……お前もアキのお友達か?》
「…………悪いが俺が分かるのはろくでなしの一言だけだ。何語か知らんが……故郷にお引き取り願おう」
臨戦態勢に入る元カレに対し、男はだらんと腕を垂らしたまま隙だらけの体勢で彼に向かっていく。
(アキきゅんも構えとかないんですよな、急に足が顎に入るから対戦相手はたまったもんじゃなさそうでそ)
アキは父親によって鍛えられた、彼の戦い方は父親も似ているはずだ。
「形州! 多分失神狙いで来るから顎とか頭気を付けて!」
「……了解」
男が立ち止まった瞬間、元カレは自ら仰け反った。その行動の理由が顎を蹴り上げようとした男の攻撃を避けるためだということに、俺の目と頭は後から追い付いた。
「はっや……」
ゲーム画面の中で起こることなら俺の動体視力はかなりのものだが、実戦では全く役に立たない。ハイキックの直後で体勢がまだ整っていないと見たのか元カレは拳を振るうが、男は簡単にそれを避けた。二発目も三発目も。
「……! 鳴雷!」
後ろに跳んで距離を取った元カレは振り返らないまま俺に呼びかけた。アイツ俺の名前覚えてたんだ……
「ひゃいっ!?」
「…………無理だ」
「えっ……む、無理って、何……勝てないってこと!?」
「……俺は喧嘩は嫌いだし格闘技も嫌いだ。ただ身体が大きくて筋肉質で動体視力と反射神経に恵まれているだけで……何の技術もない」
確かに、元カレは力任せに人を投げたり殴ったり蹴ったりするだけで、何かしらの格闘技の型を持っている訳ではない。ただ喧嘩の才能に恵まれているだけで、それを磨いてはいないということなら、同じく恵まれた肉体を持ちその上で格闘技を習得しているアキの父親は元カレの完全上位互換と言えなくもない……のか?
《どうした! かかってこないのか? あんまり時間はかけたくないんだ》
「…………レイに電話をかけろ。到着の確認が取れ次第、撤退する。ヤツは後輩に見張らせて、動きを全てお前に伝える……お前は見つからないようにレイの家にでも向かえ。それでいいな?」
《いい筋はしてる、鍛えてやりたくもあるが……会いたいのは息子なんでな。ったくお父様がせっかく来てやったってのに旅行なんかで日数潰して、昨日今日と逃げ回りやがって……お仕置きしてやらなきゃ気が済まねぇ》
「わ、分かった!」
「…………よし」
俺は言われた通りレイに電話をかけた。痺れを切らした男が元カレに蹴りかかり、今度はそれを避け切れず腕に掠った。舌打ちと共に元カレが拳を振るうが、やはり当たらない。
「……っ、ぐ……嫌いだこの親子」
カウンターとしてみぞおちに拳を抉り込まされ、フラつきながら距離を取った元カレがボヤく。
「も、もしもし、レイっ? 着いたか?」
『せんぱい? まだっすよ、そんなすぐ着けないっす』
「形州、勝てなさそうなんだよ……お前らが家に着いたら撤退するから、急いでくれ」
『え……? そ、そんな、くーちゃんが勝てない訳ないっすよ……』
ビチャチャッ、と少量の水が飛び散ったような音に振り返れば、路上に血が飛び散っていた。ここからではよく見えないが、元カレの鼻か口元から血が垂れている。
「キツそうなんだよ! 急いでくれ!」
『わ、分かったっすけどっ……走ってももうしばらくかかるっす、せーかくん居るし……でも、もう結構離れたっすから、もう逃げても大丈夫だと思うっすよ』
「そ、そうだよな……形州! まだ着いてはないけど、結構離れたって! 逃げよう!」
「…………二度も同じことを言わせるな、着いたら撤退だ」
なんて頑固なんだ、別れた相手のためにそこまでするか? それとも、それほどまでに従兄への告げ口が嫌なのか? 俺はとりあえずもう一度レイに急げとだけ伝えて電話を切った。
「もうフラフラじゃん……いつの間にあんなやられたんだよぉっ、早ぇよクソ……クソ親父ぃっ!」
男の方にはダメージを負った様子がない。おそらく全て避けているのだろう。対する元カレはもうボロボロだ、男は意識を刈り取るような攻撃はもう仕掛けていない、嬲ると決めたようだ。
「形州! もう十分だ、撤退しよう! 逃げる体力なくなっちゃう!」
返事をしなくなった元カレの説得を再開したその時、レイから「着いたっす」とメッセージが届いた。
「かっ、形州! レイ着いた! 着いたって! 逃げよう!」
スマホに意識を移していたほんの一瞬で、元カレはその場に膝をついていた。男の姿は、ない。
《よぉ、お兄ちゃん》
筐体の影でしゃがんでいた俺の真上から声が降ってくる。恐怖で身体が硬直し、上を向くことすら出来ない、目の前にあるこの太い足が誰のものかなんて考えたくない、そうやって現実逃避をしていても俺が首根っこを掴まれて元カレの隣まで投げ飛ばされる未来は否応なしに訪れた。
「…………痛い。結構重いな、お前……ダイエットでもしたらどうだ」
元カレに少し当たって、地面に叩き付けられた。痛い。怖い。イジメられっ子根性が顔を出して、亀のように蹲りたくなる。休み時間が終わるまで耐えようと諦めようとする。でもここは学校じゃない、イジメ時間の終わりのチャイムは鳴らない。
「形州……ここ警察来ないの……? 治安悪いとこって逆に警察いっぱいウロウロしてたりするじゃん」
「…………一般人がぼったくりだとかに引っかかりやすい繁華街の話だ、それは……ここは警察の目が届きにくいから治安が悪いんだ、喧嘩は日常茶飯事だから誰も通報しないし騒がない。通報したとしても場所と内容を伝えれば、あぁまた形州かと警察のやる気は途端に落ちる」
「お前の自業自得かよぉ!」
「……俺関連の事件は兄ちゃんが揉み消すんだ。そりゃやる気もなくなるだろ。普段はありがたいんだけどな……殴っても犯しても捕まらなくて」
「殴っ……犯…………お前ほんとカスだな!? 見直しかけて損した! 残らなきゃよかったぁ!」
恐怖を与えたいのかあえてゆっくりと向かってくる男を前に、俺は情けなくみっともなく泣き叫んだ。
「…………お前アイツの足に縋りつけ。俺はその隙にその辺のバイク盗んで逃げる」
トンっ、と男の前に突き飛ばされた。
「嫌だ! 俺通報するからお前が時間稼げ!」
俺は虫のようにカサカサと地面を這いずり、元カレの背後に回った。男は楽しそうに笑っている。
「……通報しても無駄だと言ったろ」
「外国人の無差別通り魔とか適当に言うよぉ! お前やお前の手下共関連じゃなきゃ普通に来るだろ!?」
「…………どうだろうな、そもそもやる気がないからな……この地区の警察は」
「俺もう二度とこの街来ねぇ!」
俺を踏み付けるために上げられた大きな足が降ってくるのを見ながら、俺は身を縮めてそう叫んだ。
「痛い! 痛ぁい! ごめんなさいっ、ごめんなさいセイカ様ぁ! あっ違っ、つい癖で……痛っ!」
踏まれ、蹴られ、弄ばれる俺の脇で元カレが立ち上がる。体力の回復を待っていたのか、さぁ逆転の一手を頼むと感激したのも束の間、彼は男の本気の蹴りで車道に放り出された。
《……あんまり楽しくて息子に会いに来たの忘れるとこだった。さ、秋風の居場所教えてもらおうか? お兄ちゃん》
しゃがんだ男に髪を掴まれて顔を上げさせられ、涙で歪んだ視界を閉じた俺は一心に助けを願った。
《アキからお前のことは聞いてないが……お前もアキのお友達か?》
「…………悪いが俺が分かるのはろくでなしの一言だけだ。何語か知らんが……故郷にお引き取り願おう」
臨戦態勢に入る元カレに対し、男はだらんと腕を垂らしたまま隙だらけの体勢で彼に向かっていく。
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アキは父親によって鍛えられた、彼の戦い方は父親も似ているはずだ。
「形州! 多分失神狙いで来るから顎とか頭気を付けて!」
「……了解」
男が立ち止まった瞬間、元カレは自ら仰け反った。その行動の理由が顎を蹴り上げようとした男の攻撃を避けるためだということに、俺の目と頭は後から追い付いた。
「はっや……」
ゲーム画面の中で起こることなら俺の動体視力はかなりのものだが、実戦では全く役に立たない。ハイキックの直後で体勢がまだ整っていないと見たのか元カレは拳を振るうが、男は簡単にそれを避けた。二発目も三発目も。
「……! 鳴雷!」
後ろに跳んで距離を取った元カレは振り返らないまま俺に呼びかけた。アイツ俺の名前覚えてたんだ……
「ひゃいっ!?」
「…………無理だ」
「えっ……む、無理って、何……勝てないってこと!?」
「……俺は喧嘩は嫌いだし格闘技も嫌いだ。ただ身体が大きくて筋肉質で動体視力と反射神経に恵まれているだけで……何の技術もない」
確かに、元カレは力任せに人を投げたり殴ったり蹴ったりするだけで、何かしらの格闘技の型を持っている訳ではない。ただ喧嘩の才能に恵まれているだけで、それを磨いてはいないということなら、同じく恵まれた肉体を持ちその上で格闘技を習得しているアキの父親は元カレの完全上位互換と言えなくもない……のか?
《どうした! かかってこないのか? あんまり時間はかけたくないんだ》
「…………レイに電話をかけろ。到着の確認が取れ次第、撤退する。ヤツは後輩に見張らせて、動きを全てお前に伝える……お前は見つからないようにレイの家にでも向かえ。それでいいな?」
《いい筋はしてる、鍛えてやりたくもあるが……会いたいのは息子なんでな。ったくお父様がせっかく来てやったってのに旅行なんかで日数潰して、昨日今日と逃げ回りやがって……お仕置きしてやらなきゃ気が済まねぇ》
「わ、分かった!」
「…………よし」
俺は言われた通りレイに電話をかけた。痺れを切らした男が元カレに蹴りかかり、今度はそれを避け切れず腕に掠った。舌打ちと共に元カレが拳を振るうが、やはり当たらない。
「……っ、ぐ……嫌いだこの親子」
カウンターとしてみぞおちに拳を抉り込まされ、フラつきながら距離を取った元カレがボヤく。
「も、もしもし、レイっ? 着いたか?」
『せんぱい? まだっすよ、そんなすぐ着けないっす』
「形州、勝てなさそうなんだよ……お前らが家に着いたら撤退するから、急いでくれ」
『え……? そ、そんな、くーちゃんが勝てない訳ないっすよ……』
ビチャチャッ、と少量の水が飛び散ったような音に振り返れば、路上に血が飛び散っていた。ここからではよく見えないが、元カレの鼻か口元から血が垂れている。
「キツそうなんだよ! 急いでくれ!」
『わ、分かったっすけどっ……走ってももうしばらくかかるっす、せーかくん居るし……でも、もう結構離れたっすから、もう逃げても大丈夫だと思うっすよ』
「そ、そうだよな……形州! まだ着いてはないけど、結構離れたって! 逃げよう!」
「…………二度も同じことを言わせるな、着いたら撤退だ」
なんて頑固なんだ、別れた相手のためにそこまでするか? それとも、それほどまでに従兄への告げ口が嫌なのか? 俺はとりあえずもう一度レイに急げとだけ伝えて電話を切った。
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男の方にはダメージを負った様子がない。おそらく全て避けているのだろう。対する元カレはもうボロボロだ、男は意識を刈り取るような攻撃はもう仕掛けていない、嬲ると決めたようだ。
「形州! もう十分だ、撤退しよう! 逃げる体力なくなっちゃう!」
返事をしなくなった元カレの説得を再開したその時、レイから「着いたっす」とメッセージが届いた。
「かっ、形州! レイ着いた! 着いたって! 逃げよう!」
スマホに意識を移していたほんの一瞬で、元カレはその場に膝をついていた。男の姿は、ない。
《よぉ、お兄ちゃん》
筐体の影でしゃがんでいた俺の真上から声が降ってくる。恐怖で身体が硬直し、上を向くことすら出来ない、目の前にあるこの太い足が誰のものかなんて考えたくない、そうやって現実逃避をしていても俺が首根っこを掴まれて元カレの隣まで投げ飛ばされる未来は否応なしに訪れた。
「…………痛い。結構重いな、お前……ダイエットでもしたらどうだ」
元カレに少し当たって、地面に叩き付けられた。痛い。怖い。イジメられっ子根性が顔を出して、亀のように蹲りたくなる。休み時間が終わるまで耐えようと諦めようとする。でもここは学校じゃない、イジメ時間の終わりのチャイムは鳴らない。
「形州……ここ警察来ないの……? 治安悪いとこって逆に警察いっぱいウロウロしてたりするじゃん」
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「嫌だ! 俺通報するからお前が時間稼げ!」
俺は虫のようにカサカサと地面を這いずり、元カレの背後に回った。男は楽しそうに笑っている。
「……通報しても無駄だと言ったろ」
「外国人の無差別通り魔とか適当に言うよぉ! お前やお前の手下共関連じゃなきゃ普通に来るだろ!?」
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「俺もう二度とこの街来ねぇ!」
俺を踏み付けるために上げられた大きな足が降ってくるのを見ながら、俺は身を縮めてそう叫んだ。
「痛い! 痛ぁい! ごめんなさいっ、ごめんなさいセイカ様ぁ! あっ違っ、つい癖で……痛っ!」
踏まれ、蹴られ、弄ばれる俺の脇で元カレが立ち上がる。体力の回復を待っていたのか、さぁ逆転の一手を頼むと感激したのも束の間、彼は男の本気の蹴りで車道に放り出された。
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