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ублюдок

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潰してくる、そう簡単に呟いたレイの元カレの腕を思わず掴む。なんて太い手首だ。

「ま、待て形州っ……さん! 何言ってんだよ……どういうことだよ! 潰すって、何を……何が」

「…………説明が足りなかったか? さっき索敵を頼んだ後輩が見つけたんだ。お前らの敵を……そこのアルビノの父親をな。尾行されていたらしい」

「そんな……」

どこからだ? 駅から? 家から? 警察の巡回があるから手を出してこなかったのか? なら、下手に動かず家に居るべきだった? レイを巻き込んだ、俺の判断ミスだ、どうしよう……どうしよう、どうしよう……

「……だから、潰してくる。それがお前らが俺に望むことだろう」

「ぁ……」

そうだ、そのために元カレに頼ったんだ。倒してもらえばいい。

「…………俺は、喧嘩は嫌いなのに」

「えっ」

「……お前らは先に行ってろ。このクソ暑い日にいつまでも外でダラダラしてたら熱中症になる」

「そうさせてもらうっす。くーちゃん、頑張って!」

レイはアキの腕を組み、セイカはアキの日傘の下から出ないように着いていく。

「気を付けてね……」

義母は元カレに一言残し、三人を追う。俺は、俺も……レイに着いて行かなければ。

「…………」

昨日蹴られた腕はまだ痛むし、元カレにズタボロにされた記憶も古くはない。残ったって足でまといになるだけ、邪魔なだけ。そう自分に言い聞かせて足を進める。

「……………………な、なぁ、レイ……俺」

振り返り、大役を任された背中を見る。あの眼力を浴びず、遠くに離れて身長もよく分からなくなると、彼への恐怖心が薄れていく。ボソボソと大人しく喋り「喧嘩は嫌い」と語り、レイ達の熱中症だとかまで気遣った彼は──多分、俺が思い込もうとしているほど悪辣な人間ではない。

「……俺、ちょっと様子見てくるよ」

「えっ!? 危ないっすよ、一緒に避難するっす」

「でも」

「くーちゃん気にしてるんすか? くーちゃんなら一人で大丈夫っすよ」

何よりも俺は、レイが「頑張って」の一言だけで大役を彼に任せたのが気に入らない。今見せた信頼も腹が立つ。俺が今カレなのに、アイツはただの元カレなのに、アイツの方が強くて頼りになるのは分かっているけれど、俺は頼られたって応えられないけれど、でもそれでも彼氏としてのプライドが壊せない。

「……アキと、葉子さんにかかってくる電話やメッセージは……アキには知られないでくれ。もしアイツが負けて俺が捕まっても、アキが呼び出されないように」

「そうならないように一緒に避難しようって言ってるんす! くーちゃんだけなら負けても呼び出せないっすよ!」

「ナチュラルに扱い酷いよね……まぁ、元カレってそんなもんかなぁ……私もマキシモに何かあっても行かないと思うし」

「でも! 尾行されてるんだろ? お父さんが形州を避けて俺達を追ったらその避難の意味がない。形州の気が変わるかもしれない、帰っちゃうかも」

「くーちゃんはそういうことしないっすよ」

「んっであのDVクソ野郎の信頼結構高いんだよぉ!」

「くーちゃんDVはしてないっす!」

「監禁、強制ピアス、脅迫、全部全部DVだろうが! アイツより俺のが頼りになるってとこ見せてやる!」

「あっ……せんぱい! ダメっすよせんぱい、せんぱぁいっ!」

「先に行っとけ!」

俺はレイの静止を振り切って元カレの後を追った。ヤツはのしのしと歩いていたけれど、その巨躯ゆえ歩幅が広く、俺は随分走らなければ追いつけなかった。

「はぁっ、はぁっ……はぁ……ま、待て、待て、形州……さん!」

「……先に行ってろと言ったはずだが」

「お前の命令を聞く義務なんかない! ですぅ……えっとですね、その、いわば部外者のあなたに丸投げってのはぁ……やっぱりぃ、気が引けてぇ」

「…………」

「っていうかレイがお前を未だに信頼してるのが気に食わないんだよぉ! お前が倒したアキのお父さんをバックに写真撮って送ってやるんだ!」

「……相変わらず頭が悪いな、お前」

「なんだよぉ! 脳筋みたいなガタイしてるくせによぉ! あっすいません頭脳明晰であります形州様は……」

「…………俺の家まで来たり、今レイと一緒に行かなかったり……力量差が分かっているくせに分かっていないような動きをするから、頭が悪いと言ってるんだ」

元カレは深いため息をついている。

「……レイや、あの赤髪、女ならまだしも……お前を庇ってやることはないからな。弾になるか、見学に徹するかしてろ」

「レイは分かるけど、セイカか葉子さんでも庇う気あったの……? やっぱ意外と優しいよね……ちょっと頭おかしいヤンデレなだけで。いや、ヤンデレマッチョって一番怖くない?」

「…………」

形州は立ち止まり、振り返って俺を見下ろす。

「ごめんなさい! ヤンデレマッチョ美味しいです! 殺さないでぇ!」

「……うるさい。気持ち悪い。黙れ」

「ごめんなひゃあい……」

怒られてしまった。至極真っ当な怒りだ、少し喋り過ぎた。

「はぁ……しかしもったいないですなぁ普通のシャツ着用など……いい雄っぱい持ってるんですからタンクトップとか着て乳見せて欲しいでそ…………いや待てよ、タンクトップよりピタピタシャツの方がいいか? ピタピタシャツなら胸筋だけでなく漫画みたいに腹筋までクッキリ形が見えて激エロ……うん、タンクトップよりそっちがいい。なぁ形州! もっとピッタリしたシャツ着ないか?」

「……彼氏の元恋人にセクハラするのってどういう気持ちでやってるんだ?」

「えっちな体してるなぁって思って……」

「…………髪染めてもう少ししおらしくするなら抱いてやってもいいが」

「俺タチ専だから……形州くんネコやって」

深いため息をついた元カレは俺の頭にそっと手を置いた。かと思えば俺の頭を握ってきた。

「……形州、せ、ん、ぱ、い」

「いだだだだだだごめんなさいごめんなさいごめんなさい形州さん形州先輩ごめんなさいこめかみなくなるこめかみなくなるごめんなさい!」

「…………よし。さっきの返事だが、断る。俺もタチ専だ」

「こめかみ凹んだぁ……頭にくびれできたよこれぇ……」

「……居たな」

「痛いよホント……んっ?」

こめかみをさすりながら歩いていると、立ち止まった元カレにぶつかった。大きな背中から顔だけを覗かせてみれば、パーカーのフードを目深に被って顔を隠した男が居た。

「…………ублюдок」

元カレの言葉に男がピクリと反応する。

「なんて言ったんです?」

「……ろくでなし。さっき赤髪のから教わった」

「ワォ……俺下がってますね」

開戦の気配を察した俺は素早く距離を取り、通報のためこの場の住所と目印になるものを調べた。
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