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合鍵を持つ者

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朝、目を覚ました俺はアキの手を引いてダイニングに向かった。起きたら包帯を外そうと眠る前に話していたが、寝起きの頭は母の意見を求めた。

「うーん……どうしようかしらねぇ、アキがこれで過ごせるならこのまでもよさそうだけど」

「流石に見えないと飯も食べられないんじゃないですか? 食事中だけでも目を開けさせないと……」

「でもサンさんは普通に食べてましたぞ」

「生まれつきの全盲を引き合いに出すなよ。あぁそうだ、あの人と付き合ってるんだから水月はそういう誘導お手の物じゃないのか?」

「食事の誘導はしたことありませんぞ」

「うーん……アキのはホットサンドにしましょうかね」

母の機転によりアキの朝食は手で食べられるものとなった。俺達の分はベーコンに目玉焼き、レタス、そしてトーストだ。プレートに盛られている。

「朝食のボリュームがすごい……!」

一人暮らしの歌見は朝食の量に感激していた。



朝食を終えると歌見は急いで家を出ていった、一旦アパートに戻って荷物を取ってから大学に行かなければならないと慌てていた。

「……そろそろ私も出なきゃね。気を付けなさいね、水月」

「はい、行ってらっしゃいませ」

母を見送り、リビングに戻る。ソファでは包帯を巻き直したアキがセイカの肩に頭を預けて退屈そうにしている。

「アキの具合どうだ?」

「痛いって言ってるけど、落ち着いてる」

「そっか……」

「…………あの、な? 秋風……昨日泣いただろ? で、鳴雷が慰めた」

頷きながらセイカの隣に腰を下ろす。

「鳴雷のおかげで何とか、俺と鳴雷が殴られたりしたのは自分のせいって思い込みは薄れたみたいなんだけど……」

「そうか! よかった……ん? けど? けどって?」

「……ほら、秋風ちょっと野生動物っぽいとこあるだろ? 痛くても痛い顔しないとか、外で飯食う時は知らないヤツに背後取られないようにするとか」

後者は全く気付かなかった。

「それにプラスして、自分の大切にしてるモノは他人に知られると利用されるかもしれないから、これからは誰を大切にしてるか誰にも知られないように気を張るって……言ってて、さぁ……なんか、悲しくて」

「……だな」

異国の地で出来た大切な人達。それを紹介したのは実の父親。それが油断だとか、弱みを見せただとか、落ち度として記憶されるのはとても悲しいことだ。

「…………アキ」

俺には父親が居ないからよく分からない。でも、息子の大切な人を聞き出してそれを利用するなんて、父親のすることではないとは分かる。いや、人間のすることですらない。でも、ヤツはそれをやった。外道だ、そう非難したところであった出来事は変わらない。アキの悲しい学習をリセットするのは難しい。

「アキは多分、何言っても……思い直しちゃくれないよな。改善したつもりなんだし……この先警戒が解けていくのをゆっくり待つしかないのかな」

「……時間任せか」

「一番の薬だからなぁ」

俺に出来るのはその時間を出来る限り優しいものにしていくことくらいだろう。

「……ところで鳴雷、今日は出かけないのか? 夏休み後少しだしデートの約束とか入ってるんじゃないのか?」

「今日は流石に家に居るよ、アキが心配だし……課題終わってないし。助けてくれセイカ」

「しょうがないな。答えは教えないからな、解き方のアドバイスだけだぞ」

十分だとセイカを拝み、学校支給のノートパソコンを持って彼の隣へと戻る。雑談もしながらセイカに教えを乞い、俺は少しずつ課題を片付けていった。

「……秋風やっぱり静かだなぁ。いつもならもっと俺のこと可愛い可愛い言ってくるのに」

「それも弱みを見せない的なことなのかな?」

「めっちゃもたれてるから違うと思う。単に喋る気になれないんだと……んっ? お前のママ上……忘れ物でもしたのかな?」

その疑問の理由は至極単純、玄関扉の開閉音が聞こえたからだ。義母が出ていった音ではない、鍵を挿して回す音がした、誰かが入ってきたのだ。廊下から足音がする。

「だ、誰……? アキのお父さん来たとか?」

「え……全員ここで死ぬのか?」

戦慄する俺とセイカに対し、アキはくつろいだままだ。アキは自分の父親であるという可能性を考えていないのだろうか、そう不思議に思ったところで扉が開いた。

「せんぱーい、せんぱーい……アキくんの部屋かな……」

馴染みのある可愛らしい声と、紫色のシルエットが見えた俺は安心して声を上げた。

「あっ、レイ! こっちこっち」

ダイニングを抜けて窓から庭に出ようとするレイを呼び止める。こちらを向いた彼はパァっと笑顔になり、俺に向かって走ってきた。

「せんぱいっ!」

ソファに座っている俺の膝の上に飛び乗ってきた彼を抱き締めて、まずは唇を重ねる。

《狭いな……秋風、膝座っていいか?》

《ん……あぁ、いいぜ》

ソファの真ん中に座っていたセイカがアキの膝の上へ移動する。俺はレイの舌のピアスの感触を久しぶりに味わいながら、俺に向かい合うように座った彼の太腿を抱いて彼の身体を回し、俺の太腿の上に横向きに座らせ、セイカが先程まで座っていた方へ足を伸ばさせ、キスを続行した。

《俺達はお前の親父さんじゃないかってビビってたんだけど、秋風はくつろいだまんまだったな。なんで?》

《え? あぁ……足音軽かったからな。親父なら足音しないか、もっと重いか、どっちかだ》

《なるほど、デカかったもんな。え、足音しないかもしれないのか? 怖……》

《忍び寄るつもりなら足音消すと思うぜ》

《怖……》

キスを終え、見つめ合う。微笑み合って抱き締め合う。

「もぉ、せんぱい舌吸い過ぎっすよぉ……痺れちゃったっす。にしても久しぶりっすね、コミケぶりっすか?」

「そう……だなぁ。今日はどうしたんだ?」

「あの後せんぱいすぐまた旅行行っちゃって寂しくてぇ……帰ってきたって聞いて、居ても立っても居られなかったっす! メッセ送るの忘れちゃったっすけど、今日用事あったりしないっすよね?」

「今日は特に何もないよ」

「よかったっす。見て欲しいものがあるんすよ。でもその前に……アキくん何してるんすか? 最強呪術師のコスプレとか、じゃないっすよね……素で髪白くてちょうどいいんすけど」

「昨日の俺と同じこと言ってるな。怪我しちゃったんだよ」

「目をっすかぁ!? うわー……視力、大丈夫なんすよね……?」

「あぁ、瞼とか目の周り切っただけだから眼球は無事だよ」

レイは分かりやすくため息をついて胸を撫で下ろした。我がことのように心を動かしてくれて、とても嬉しい。

「なんでそんな怪我しちゃったんすか?」

来るだろうと予感していた当然の疑問に、俺とセイカの空気は途端に重苦しいものへと変わった。
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