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ナンパですか……?

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日が傾き始めてデートが終わる時が来た。家まで送ると言うとハルは幸せそうに微笑んで俺の腕に抱きついたが、実家に近付くと俺から一歩離れ、表情を固めた。

「あぁ、霞染はんとこの……三女はん? こんにちは」

「こんにちは~」

「おぉ、霞染はんとこのお嬢さん…………横の子誰や?」

「東京の友達。観光案内してた~」

近所に知り合いが多いらしい。ハルは自然な笑顔を作って応対していたが、ハルに話しかける者は誰もハルの名を呼ばなかったし、俺への視線は警戒や疑念が含まれたものだった。

(この空気嫌いでそ~!)

人間関係が希薄な都会育ちの俺には過干渉に感じて辛い。

「あ、みっつん。俺ん家ここ」

「えっ? あ、あぁ……は? ずっと壁だったぞ……?」

しばらく続いた塀がハルの実家のものであったことに驚き、口を開けたまま門扉を眺めた。お奉行様が居そうというか、高名な寺社っぽいというか……あぁダメだ、俺の希薄な和の知識では和風建築は語れない。

「デカ過ぎんだろ……」

「……広いだけで、つまんない家だよ。じゃーねみっつん、送ってくれてありがと」

「あぁ、うん……ばいばい、ハル」

別れ際にキスでもしたかったけれど、今もそれとない視線を感じる。

「あ、みっつん。勝手なお願いでごめんなんだけど……俺が送ってもらった感あんまり近所の人に見せて欲しくなくて……引き返さずに、ぐるっと回ってくれない? えっとね、このまま真っ直ぐ行って三つ目で右に曲がって二つ目で左に行って、また左に曲がって四つ目で左に行って、六つまっすぐに行って右に曲がったら多分みっつんのホテルだと思うのね。その道行ってくれる?」

「…………?」

「お願いね~! ばいばい!」

ハルは大きく手を振り、大きな門の向こうへ消えていった。

「これだから京都はっ、慣れてりゃ道分かりやすいんだろうけど地形の変化がないから余所者には分からないんだよぉ……!」

「……とにかく真っ直ぐ歩くんだ、ミツキ。曲がるところに来たら言ってやる」

「ありがとうナビヒコ……!」

「サキヒコだ」

サヒコキの記憶力が高くてよかった。俺一人ではとても道を覚えられなかった。今朝の待ち合わせ場所を過ぎ、見覚えのある道に出てきて安心し始め、ホテルの姿が見えて心底安堵したその時──鈴の音が聞こえた。

「もし、そこの」

鈴の音の方向を考えるよりも前に声をかけられ、振り返る。白に赤い模様が入った着流しを着た金髪の青年が立っていた。夏場だというのにマフラーのようなものを巻いている。目は細く切れ長で、まろ眉が可愛らしい。日本人らしい顔立ちだから髪は染髪だろうか、けれど生え際に黒色は見えないしムラもない。染めたばかりなのかな?

「……俺ですか?」

「そやそや、そこのべっぴんさん。こんにちは……ゃー、こんばんは、じゃろか?」

空を見れば不気味なほどに赤く染まっていた。

「夕方ですからね……どっちでしょう、こんばんは……ですかね?」

「どっちじゃろなぁ、夕方は色々と曖昧じゃ。黄昏時っちゅう言葉は……誰そ彼、話している相手の顔も見えん薄暗さから来とるそうじゃぞ」

出会った直後に既知のポピュラー雑学を投げつけられた時、どういう反応をすればいいんだろう。

「まさに、ですね。あなたは誰ですか?」

「欲しい返事をくれよるの。ワシは……んー……んー…………ミタマ……ミタマじゃ。分野わけの 魅魂みたまじゃ! コンちゃんて呼ぶがええぞ」

今考えてなかったか? 偽名だろうか。顔つき通りとても怪しい。

「なんでミタマでコンに……」

「魂を魅入ると書いてミタマじゃからの。魂はコンて読むじゃろ?」

なるほど。

(……なんなんですかこの子。ドッッタイプ!! どちゃくそタイプですぞ! 一人称ワシ、のじゃ系、和装、半端なく胡散臭い関西弁糸目美人……これが、京都か! ックゥウたまんねぇでそ!)

現地妻や一晩だけのアバンチュールは主義に反するというか、あまり肯定的には捉えにくいというか、でも性欲は主義や性格を変えてしまうものだというか、何というか……ナンパしたい!

(ん? ってか、ナンパ……されてね?)

突然話しかけてきて、何故か雑学を披露して、名前を名乗って……これはナンパでは? 超絶美形になればナンパまでされるのか。女性にされたことは何度かあって困ったが、とうとう好みの男の子が来た! ッヒュウ!

「えっと、ミタマさん。コンちゃん……で、いいんですね?」

「敬語もいらんぞぃ」

「……何の用? コンちゃん」

「ヌシを気に入ってのぅ、声掛けさせてもろうたんじゃ。特にこれといった用はないぞぃ」

ナンパだ! キタコレ!

「……っ! お、俺も! 俺もだよ、一目見た時から惹かれてた!」

目を細めて笑うその表情や顔つきは非常に胡散臭い。今から何か売り付けられたり勧誘されたりしてもおかしくないと思えてしまう。

「ほぅ? ヌシはえらい遊び人のようじゃの」

「そんな! 俺は今まで本気の恋しかしたことないよ!」

「本気? ふむ…………この身体、好きにしてええ言うたら?」

「ホントにぃ!? やったぁ!」

なんて積極的な子だろう。現実だろうか、詐欺なのでは?

「ふふ、正直なやっちゃ、可愛ええのぅ。ヌシが仮の寝床としとるのはここじゃな? 連れ込むとええ」

ホテルに連れ込んでいいと言っているのか? 是非と叫びたいところだが、ラブホテルじゃあるまいしそんなこと出来ない。ちゃんと予約を入れて、三人だけで泊まる部屋を借りたのだから。

「えっ、と、ごめん……俺達だけで登録? しちゃってるから、急に増やすのは多分無理……かな」

「……? こっそり連れ込みゃええじゃろう」

「そういう問題じゃないよ、ここラブホじゃないんだしさ……それに、そういうことはもう少しお互いを知ってからシたいなー……って」

「ほぅ? やったぁ! とか言っておったのはどこの誰じゃろな」

「俺でぇす……仕方ないじゃん、コンちゃん可愛いし…………でも、だからこそ、正式にと言うか……誠実に? 付き合いたいなぁー……って。そういうのは、嫌?」

観光客を狙って後腐れのないワンナイトラブを楽しんでいるタイプの子なら、こんなふうに言ったら付き合うどころかワンナイトすら出来ないだろう。失敗だったかな。

「ミツキ、ミツキ……」

今はサキヒコに返事が出来ない。けれど彼の声からは緊急性を感じる。俺はサキヒコの声が聞こえる方に耳を向け、聞いていますよとアピールした。

「……あの男、私を見ている気がする」

耳のすぐ傍で酷く怯えたような声がそう囁いた。
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