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ダブル膝枕
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新しくグラスを持ってくる、に賭けた俺は負けた。グラスを取りに戻ってくる、に賭けていても負けていた。ヒトは台所で水を飲んで手ぶらで戻ってきた。
「…………ぁ?」
酔っ払い特有の赤い顔に涙の跡をつけたヒトは俺と俺の太腿に頭を置いたフタを見下ろし、大きく舌打ちをした。
「んっだよちくしょうコイツばっかり! そろそろ俺の番だろうがクソが!」
「ひっ!? な、何ですか。フタさん今体調悪いんですから無茶しないでくださいよ!」
俺はフタが蹴られないように腕を伸ばしてフタの胴を庇った。俺の予想はまたしても外れ、ヒトはフタを蹴りはせずその場にガクンと膝をついた。
「フタばっかりずりぃんだよぉ!」
俺の胸ぐらを掴み、そう叫ぶ。その言葉の意味はよく分からない。
「ば、ばっかりって何ですか」
「俺の方が有能なのにっ、俺の方が頑張ってるのにっ! 親父も雪也さんもっ……弟ばっかぁっ! ちくしょう……ちくしょうっ、ちくしょう……なんなんだよクソっ、クソ、クソぉっ……」
俺にはよく分からない不満の言葉と共に涙を流し、俺の胸ぐらからずるりと手を下ろす。
「泣かないでくださいよ……」
「てめぇもだぁっ! フタばっかり……フタばっかりぃ……てめぇ二人も取りやがって! どっちか寄越せよフタぁっ!」
「フタさんは今特にダメなんですって!」
フタに向かって怒鳴り始めたので俺は慌ててヒトを止めた。眠りかけているフタは「うぅん」と苦しそうに声を漏らして寝返りを打った。
「………………私にも膝枕してくださいよ」
「うわ急に敬語に戻っ……えっ?」
「私の方が優秀でしょう!? 気も合うし……! 私に膝枕しなさいよ!」
「酔い過ぎですよもぉ……何言ってんのか自分でも分かってないでしょ? 俺に膝枕されて何が楽しいんですか……まぁ、それで気が少しでも晴れるなら、こっち側どうぞ……」
弟に張り合うあまり意味不明なことを言っているのだと察した俺は、とにかくこの厄介な酔っ払いをどうにかするためにフタが寝ていない方の足を差し出した。フタが両足とも取ってしまわなくてよかった。
「…………寝る」
「ど、どうぞどうぞ……」
素直に使うとは思わなかったなぁ、と枕にされ始めたばかりの方の足を見下ろしてため息をつく。俺に膝枕をされたなんてシラフになってから知ったら、ヒトはどんな反応をするか……と怖がる俺の耳にスマホのシャッター音が届いた。
「……サン!?」
「撮れたかな?」
こちらに向けられたサンのスマホには俺の後頭部だけが映っていた。
「……っ、セーフ! 映ってない……って撮らないでよ! サンは……撮っても、その」
見えないんだから意味ないだろ! なんて言い方はしたくなくて、でも言い換えも思い付かなくて、言葉に詰まる。そんな俺の悩みなんて露知らず、サンはくすくすと笑っている。
「明日兄貴に見せんの」
「やめてよぉ! やめて! 絶対やめて、分かった? もし撮ったらどんな手を使ってでもその写真消すからね!」
「……へい、シャッター音を消すアプリをインストール」
「諦めてよぉ! やめなよそんな非合法感のあるアプリ入れるの! なんでそんなヒトさんへの嫌がらせに心血を注ぐの! 俺への嫌がらせでもあるよ今回は!」
「…………嫌いだから?」
「シンプル! だけに悲しい……兄弟だろ? 確かにヒトさんはフタさんに酷いことしてきたけど、でも……今はやめようとしてくれてるし、そんな時にサンが変わらず嫌がらせ続けちゃ……その、上手くいかないと思う」
俗世に穢れていない美しい瞳はぼんやりと俺を映している。
「ボクはね、フタ兄貴を虐めたからヒト兄貴が嫌いなんじゃなくて、自分の不運と無能を他人が悪いみたいに喚き散らすところや、自分の思考や感情が一番正しいと常に信じてるところが、嫌いなんだよ」
「…………」
「ヒト兄貴が泣いてたから優しい水月は同情しちゃったのかな? お父さんに認められたくて、それが出来なかったからお父さん殺したヤツに認めてもらおうとしたのに、それも出来なかったから拗ねて、暴れて、喚いて、泣いてるだけ。ほっときなよ」
そう吐き捨てるとサンは俺の方に振り向いているのをやめて、机に向き直った。
「ちくしょう……クソ、クソっ……弟なんか、居なけりゃ……俺が」
サンの話を聞いたからだろうか、ヒトがまるでぐずっている子供のように見えた。放っておけと言われたけれど、俺にはそれは出来なかった。ヒトの頭を撫でてしまった。
「…………? 雪也さん……」
ヒトは俺を誰かと間違えているのか、俺の手をぎゅっと握った。
「……水月ですよ。鳴雷 水月です」
「鳴雷さん…………鳴雷さんは私を選んでくれますか。私が一番有能なんです……私が一番使える、私が一番頑張る……私が、一番…………だから、俺を選んでぇ……」
痛いくらいに強く手を握られ、俺はもう片方の手でヒトの頭を撫でた。すると彼は少しずつ落ち着いて、俺の手を握り締めるのをやめて目を閉じた。手を離してはくれないまま、寝息を立て始めた。
(……お父さんに認められたかったのにダメで、代わりの人もダメで…………ご結婚なさってると聞きましたし、お子さんも居るそうですが……それじゃダメだったんでしょうか。結婚なんて、他者から認められる人生で一番のイベントだと思うのですが)
ヒトの頭を撫でるのをやめ、フタの頬をつまむ。大人の彼には同い歳の彼氏達ほどのハリや弾力はないが、その柔らかい肉の感触もクセになる。
(代わりの人……雪也さん……ヒトさんの、三兄弟全員の、お父さんを殺した人…………自殺に、追いやった人)
ヒトが名前を呼んでいた人物の姿が頭に浮かんだ。
「サン、ヒトさんが言ってた雪也さんって……谷間チラ見せ泣きボクロ和服美人人妻のこと?」
「は?」
「ごめん間違えた。ボスのことだよね?」
「うん。でも雪也って呼ぶと怒るよ、表に出してる名前だから。組に関わる時は別の名前使ってるはず。ボクもう組抜けてるからあんま詳しくないけど……自分だけはこの名前で呼んでいいんだとか勝手に思い込んで、周りにマウント取るみたいに呼ぶから、ヒト兄貴はよく怒られてるんだよ」
「そ、そうなんだ……なんか、アレだねホント……親に構って欲しくてイタズラする子供みたい」
「…………来年三十路がそれじゃ世話ないね」
サンはヒトに同情的になることが気に入らないようで、そういう話には乗ってきてくれない。でも「放っておけ」と軽く言うだけで、ヒトのようにフタと関わることをやめるよう強く勧めてきたりはしない。この違いはやはり、ヒトよりもサンの方が大人だということなのだろうか。まだまだガキの俺にはよく分からない。
「…………ぁ?」
酔っ払い特有の赤い顔に涙の跡をつけたヒトは俺と俺の太腿に頭を置いたフタを見下ろし、大きく舌打ちをした。
「んっだよちくしょうコイツばっかり! そろそろ俺の番だろうがクソが!」
「ひっ!? な、何ですか。フタさん今体調悪いんですから無茶しないでくださいよ!」
俺はフタが蹴られないように腕を伸ばしてフタの胴を庇った。俺の予想はまたしても外れ、ヒトはフタを蹴りはせずその場にガクンと膝をついた。
「フタばっかりずりぃんだよぉ!」
俺の胸ぐらを掴み、そう叫ぶ。その言葉の意味はよく分からない。
「ば、ばっかりって何ですか」
「俺の方が有能なのにっ、俺の方が頑張ってるのにっ! 親父も雪也さんもっ……弟ばっかぁっ! ちくしょう……ちくしょうっ、ちくしょう……なんなんだよクソっ、クソ、クソぉっ……」
俺にはよく分からない不満の言葉と共に涙を流し、俺の胸ぐらからずるりと手を下ろす。
「泣かないでくださいよ……」
「てめぇもだぁっ! フタばっかり……フタばっかりぃ……てめぇ二人も取りやがって! どっちか寄越せよフタぁっ!」
「フタさんは今特にダメなんですって!」
フタに向かって怒鳴り始めたので俺は慌ててヒトを止めた。眠りかけているフタは「うぅん」と苦しそうに声を漏らして寝返りを打った。
「………………私にも膝枕してくださいよ」
「うわ急に敬語に戻っ……えっ?」
「私の方が優秀でしょう!? 気も合うし……! 私に膝枕しなさいよ!」
「酔い過ぎですよもぉ……何言ってんのか自分でも分かってないでしょ? 俺に膝枕されて何が楽しいんですか……まぁ、それで気が少しでも晴れるなら、こっち側どうぞ……」
弟に張り合うあまり意味不明なことを言っているのだと察した俺は、とにかくこの厄介な酔っ払いをどうにかするためにフタが寝ていない方の足を差し出した。フタが両足とも取ってしまわなくてよかった。
「…………寝る」
「ど、どうぞどうぞ……」
素直に使うとは思わなかったなぁ、と枕にされ始めたばかりの方の足を見下ろしてため息をつく。俺に膝枕をされたなんてシラフになってから知ったら、ヒトはどんな反応をするか……と怖がる俺の耳にスマホのシャッター音が届いた。
「……サン!?」
「撮れたかな?」
こちらに向けられたサンのスマホには俺の後頭部だけが映っていた。
「……っ、セーフ! 映ってない……って撮らないでよ! サンは……撮っても、その」
見えないんだから意味ないだろ! なんて言い方はしたくなくて、でも言い換えも思い付かなくて、言葉に詰まる。そんな俺の悩みなんて露知らず、サンはくすくすと笑っている。
「明日兄貴に見せんの」
「やめてよぉ! やめて! 絶対やめて、分かった? もし撮ったらどんな手を使ってでもその写真消すからね!」
「……へい、シャッター音を消すアプリをインストール」
「諦めてよぉ! やめなよそんな非合法感のあるアプリ入れるの! なんでそんなヒトさんへの嫌がらせに心血を注ぐの! 俺への嫌がらせでもあるよ今回は!」
「…………嫌いだから?」
「シンプル! だけに悲しい……兄弟だろ? 確かにヒトさんはフタさんに酷いことしてきたけど、でも……今はやめようとしてくれてるし、そんな時にサンが変わらず嫌がらせ続けちゃ……その、上手くいかないと思う」
俗世に穢れていない美しい瞳はぼんやりと俺を映している。
「ボクはね、フタ兄貴を虐めたからヒト兄貴が嫌いなんじゃなくて、自分の不運と無能を他人が悪いみたいに喚き散らすところや、自分の思考や感情が一番正しいと常に信じてるところが、嫌いなんだよ」
「…………」
「ヒト兄貴が泣いてたから優しい水月は同情しちゃったのかな? お父さんに認められたくて、それが出来なかったからお父さん殺したヤツに認めてもらおうとしたのに、それも出来なかったから拗ねて、暴れて、喚いて、泣いてるだけ。ほっときなよ」
そう吐き捨てるとサンは俺の方に振り向いているのをやめて、机に向き直った。
「ちくしょう……クソ、クソっ……弟なんか、居なけりゃ……俺が」
サンの話を聞いたからだろうか、ヒトがまるでぐずっている子供のように見えた。放っておけと言われたけれど、俺にはそれは出来なかった。ヒトの頭を撫でてしまった。
「…………? 雪也さん……」
ヒトは俺を誰かと間違えているのか、俺の手をぎゅっと握った。
「……水月ですよ。鳴雷 水月です」
「鳴雷さん…………鳴雷さんは私を選んでくれますか。私が一番有能なんです……私が一番使える、私が一番頑張る……私が、一番…………だから、俺を選んでぇ……」
痛いくらいに強く手を握られ、俺はもう片方の手でヒトの頭を撫でた。すると彼は少しずつ落ち着いて、俺の手を握り締めるのをやめて目を閉じた。手を離してはくれないまま、寝息を立て始めた。
(……お父さんに認められたかったのにダメで、代わりの人もダメで…………ご結婚なさってると聞きましたし、お子さんも居るそうですが……それじゃダメだったんでしょうか。結婚なんて、他者から認められる人生で一番のイベントだと思うのですが)
ヒトの頭を撫でるのをやめ、フタの頬をつまむ。大人の彼には同い歳の彼氏達ほどのハリや弾力はないが、その柔らかい肉の感触もクセになる。
(代わりの人……雪也さん……ヒトさんの、三兄弟全員の、お父さんを殺した人…………自殺に、追いやった人)
ヒトが名前を呼んでいた人物の姿が頭に浮かんだ。
「サン、ヒトさんが言ってた雪也さんって……谷間チラ見せ泣きボクロ和服美人人妻のこと?」
「は?」
「ごめん間違えた。ボスのことだよね?」
「うん。でも雪也って呼ぶと怒るよ、表に出してる名前だから。組に関わる時は別の名前使ってるはず。ボクもう組抜けてるからあんま詳しくないけど……自分だけはこの名前で呼んでいいんだとか勝手に思い込んで、周りにマウント取るみたいに呼ぶから、ヒト兄貴はよく怒られてるんだよ」
「そ、そうなんだ……なんか、アレだねホント……親に構って欲しくてイタズラする子供みたい」
「…………来年三十路がそれじゃ世話ないね」
サンはヒトに同情的になることが気に入らないようで、そういう話には乗ってきてくれない。でも「放っておけ」と軽く言うだけで、ヒトのようにフタと関わることをやめるよう強く勧めてきたりはしない。この違いはやはり、ヒトよりもサンの方が大人だということなのだろうか。まだまだガキの俺にはよく分からない。
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