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お熱い雑炊

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米が鍋に投入され、卵が米の量に合わせた数割られていく。あまり慣れていないのか、卵を割る手つきは酷く慎重だ。眼差しも真剣そのもの。リュウに話しかけるのは躊躇われ、ヒトと無言の時を過ごす──

「鳴雷さん、少しいいですか」

──と、思われたが、ヒトの方から沈黙を破ってくれた。

「は、はい……なんでしょう」

「…………どうして時々私の味方をしてくださるのかな、と」

「味方……しましたっけ。ぁ、フタさんにお礼言った方がいいとか言ったことですか? アレは味方とかじゃなくて……ただ、そうした方がいいと……俺が思ったから、です。別にそんな……ヒトさんの側についてるとか、そういうのじゃないです」

「……そうですか。それで味方をされたように思えるということは、やっぱり気が合うってことですね」

何かしてもらったら礼をするべき、というのは大抵の人間が持っている感覚だ。気が合うも何もないと思う。

「そう……ですね」

でも、そういうことにしておこう。ヒトには気分良く過ごしてもらって、フタへの暴力を我慢してもらわなければならない。

「あの、店ではすいませんでした。俺……かなり失礼な態度取っちゃって、怒ってます……?」

「…………別に」

「俺のこと、嫌いになっちゃいました?」

「……え?」

「…………あっ、いえいえあのっ、変な意味じゃなくて! 今後は……一緒に映画観たりとか、ないのかなって」

言い方が悪かった。アレじゃ恋人の機嫌を取ろうとしているあざといヤツみたいだ。俺と過ごしてもストレス解消にならなくなってはいないか聞きたかっただけなのに。

「……………………ズルい人ですね」

「俺が……ですか? えっ、ど、どこが……?」

「……店では私も悪かったので、あの件はもうなかったことに……もう、フタと別れろなんて言いませんから」

「あ……は、はい! ありがとうございます」

「これからはやり方を変えますよ」

それは回りくどくて陰湿な手でフタと別れさせてみせるという宣言だろうか、と思い至ったがヒトの機嫌を損ねたくないし、確認するのも怖いので、黙っておいた。

「出来ました~」

「ありがとうございます、先にいただきますね」

ヒトは完成した雑炊を持って去っていった。足音が離れていったのを確認してリュウが口を開く。どうやら一つ完成させたことで調理中にも話す余裕が出来たようだ。

「……ヒトさんは口説けへんのん? フタさんも落としとるんやろ? 三兄弟コンプは狙わんのん?」

「ヒトさん既婚者なんだよ、子供居るし。そんな人に手ぇ出せないよ」

「ほーん……なるほど」

「まぁ確かに兄弟丼とかロマンではあるけど、カンナとカミアの双子丼で我慢しとくよ」

そんな下世話な話をしている間に雑炊は完成した。土鍋を持ってアキ達の元に戻り、リュウの帰りを待ちつつ皿に取り分けた。

「改めていただきます」

熱々の雑炊をスプーンにすくい、ふぅふぅと息を吹きかけて冷ましてから口に運ぶ。卵の優しい味わい、全体に染み込んだフグの出汁。自然と口角が持ち上がる幸せな時間が訪れた。

「んん……! 美味しい」

「お……白菜の欠片あった」

「ちょくちょくあるよな。ちっちゃいけどよく煮えてて美味しい」

《美味ぇ~》

アキもセイカも幸せそうな顔をしている。サン達はどうだろうか。

「ん~! 美味しい! 流石フグ、いい出汁出てるよ」

「…………美味しい」

サンとヒトは顔を綻ばせている。フタは──

「……ヒト兄ぃ~、俺も食べたい~」

──皿を取り上げられていた。しかしちゃんと取り分けられてはいる。一体どういうことだろう。

「もう少し冷めるまで待ちなさい。昔、雑炊をかっこんで口を大火傷し、上顎の皮が剥がれたのは誰ですか?」

「誰~?」

「てめぇだよ! 何っ回忠告しても冷ましながら食うってことを覚えらんねぇから! 熱いもん食わせらんねぇんだよてめぇには! なんって手のかかる! ガキかてめぇは!」

なるほど。確かにフタの記憶力なら一口目で火傷して、二口目はちゃんと冷まして、三口目でまた火傷して……なんてことをやらかしかねない。

「はぁ……ったく。冷めたら渡しますからもう少し待ってなさい」

「は~い」

ヒトは雑炊を食べつつ、フタに取り分けた分を時折かき混ぜている。満遍なく冷めるようにしているのだろう。そういう気遣いは出来るんだな……火傷して騒がれる方が面倒臭いなんて理由だとしても好感が持てる仕草だ。

「美味ぁ……はぁ、なんやほっとするわぁ」

戻ってきたばかりのリュウは一口目の後、そう感想を呟いた。いい笑顔だ。可愛らしい。

「……ヒト兄ぃ~、俺もそれ食べた~い」

「冷めたら渡しますよ、もう少し待ちなさい」

にーに、おかわり! と元気な声と共に皿が渡される。俺の弟は最高に可愛い。レンズの下が全く見えない色の濃いサングラスをかけているのが悔やまれる、赤い瞳はどんな表情を浮かべているのだろう。

「ヒト兄ぃ、それちょ~だい」

「今冷ましてるんですよ、もう少し待ってなさい」

俺とセイカだけならともかく、リュウの家族にまで薄暗い中で飯を食えと要求することは出来ない。アキの快適さと俺の目の保養のためだけに、照度を下げろとは言えない。

「…………ヒト兄ぃ~、それ俺のないの~?」

「今冷ましてるっつってんだろが鶏以下が!」

おっと、とうとうヒトがキレたな。短気な彼にしては持った方じゃないか?

「もう冷めたんじゃない? あげたら?」

「そうでしょうか……フタ、ゆっくり食べるんですよ」

「は~い」

笑顔で皿を受け取ったフタは恐る恐る一口食べ、顔を綻ばせた。ちょうどいい温度に冷めていたようだ。ホッとしたのも束の間、フタは勢いよく雑炊をかっこみ、唸りながら口を押さえた。

「んんゔぅっ!?」

「ゆっくり食えっつっただろうが!」

どうやら満遍なく冷めてはいなかったようだ。
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