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何も分かってくれなくてもいい

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俺とフタの分のカラシ抜きたこ焼きを食べ終わったので、残りをセイカ達に渡す。彼らはカラシが好きでも苦手でもなく、どちらも食べ比べてみたかったようで、四つのたこ焼きを二つずつ食べていた。それも互いに食べさせ合いながら。

「……鳴雷さん」

スマホの内カメラを鏡替わりに歯に青のりがついていないか確認していると、ヒトに声をかけられた。慌ててスマホをポケットに入れ、表情を整える。

(歯のチェックしてるのバレちゃったかもしれませんな、はずかち~でそ)

まだ確認し切れていないので、口は出来る限り閉じていよう。

「…………あのお二人は恋人同士ですか?」

声を潜めたヒトの視線の先にはセイカの腰を抱いているアキと、アキにもたれかかっているセイカの姿があった。

「えっ、ぁ、いえ、めちゃくちゃ仲良いだけです」

「別に隠さなくてもいいですよ」

「いや本当に……」

「……本当に? ふぅん……私達三人でダブルデートのお邪魔をしているのかと思ったのですが」

五人とも俺の恋人なので、デートにするのに邪魔なのはヒトだけだ。なんて言える訳もなく、俺は「ソンナコトナイデスヨー」と当たり障りのない返事をする。

「そうですか……随分距離が近いですね、女子高生だとかなら頻繁に見かける距離感ですが。最近は男もああなんですか?」

「いやぁ……アキはその、ハーフで海外育ちでして。距離感がおかしく感じるのは文化の違いかなぁと」

「海外育ち、なるほど…………鳴雷さんの弟と聞きましたが?」

「母が友人に卵子提供をしたので、腹違い種違い卵同じの異父兄弟です。最近その友人が離婚して日本に戻ってきたので、兄弟としての仲を深め中です」

「…………ややこしい話ですね」

「俺もそう思います。何ヶ月か前に存在を知ったばっかりなんですよ……」

「……シンパシーを感じますね。私も異母兄弟の存在を知った時は衝撃的でした」

この人すぐ気が合うとかシンパシーがどうとか言い出すなぁ。そんな距離の詰め方するから友達居ないんじゃないか?

《口の横にソースついてるぜスェカーチカ》

《えっ、どこ?》

《あぁそこじゃねぇそこじゃねぇ。こーこっ》

アキがセイカの唇の端を舐めた。俺と一緒にそれを目撃したヒトは俺に視線を寄越す。俺はただ首を横に振った。

《取れた? ありがと》

《いいってことよ、お姫様》

《姫言うな》

セイカはアキの行動に照れて怒り出すかと思っていたが、何でもないような態度だ。俺が思っているよりセイカはアキからのスキンシップに慣れているらしい。

「……英語なら何となく話せるのですが、全く聞き取れませんね。何語ですか? 独仏伊なら響きで分かるはずですから、欧州の方でもありませんね」

「ロシア語です」

「分からない訳です、全く馴染みがない。ついでにお聞きしたいのですが、あの過剰なまでの紫外線対策は一体?」

「……アキはアルビノなんです、って言ったら分かってくれますか?」

「ええ、高値が付いている爬虫類は大抵そうですから原理と特徴くらいは理解しているつもりですよ」

「よかった。分かってくれない人も居るんです。流石ヒトさん」

「…………フタなんて絶対理解しないでしょう?」

「あー……かもですね。でも……」

「弟のことを理解し配慮することすら出来ないアレを恋人になんて、馬鹿な話だと思いませんか? 弟さんのためにももう少し頭のいいのを選んでみては?」

酷い言いようだ、そんなにフタが嫌いなのか?

「……理解も記憶もしてくれなくても、フタさんはアキをバカにしたりアキの傘や帽子を取ったりなんて絶対しないから、それでいいんです。何も知らず、覚えてもくれないからこそ、変に気を遣ったことを言いませんし」

「…………そうですか」

先程まで微笑んで話していたヒトは眉を顰めて不機嫌を顕にし、話を雑に切り上げてサンの方に身体を向けた。

「サン、そろそろ全員食べ終わったようですし、次に行きましょう」

「そうだね。お腹膨れたし~……名所なんか案内されても見えないからなぁ。買い物でもする?」

「土産屋行きましょか」

「売り物触っていい店にしてね」

リュウに連れられて行った先は、所狭しと様々なグッズが並ぶ珍妙な店だった。

「ドンキとヴィヴァ混ぜてソースで味付けしたような店だな……フタさん、狭いですから縦に並びましょう。手は繋いだままで」

「ゔぃゔぁて何……?」

「みつき手ぇ繋ぐの好きなの~? かわいいねぇ」

フタがはぐれないためだが、可愛がられるのは悪い気はしないので否定せず顔への愛撫を受け入れた。

「あの、フタさん……今日も俺、旅行だからちょっとオシャレしてきたんです。フタさんに会えるなんて思ってなかったからデートの時よりは気ぃ抜いちゃってるんですけど……今日の格好はどうですか?」

フタは俺の手を握ったまま一歩引き、俺の爪先から頭のてっぺんまでをじっくりと見た。

「う~ん……服とかよく分かんないけどぉ、みつきかわいいから何でも似合うよ~。みつきはオシャレさんだねぇ、かわいい~」

ファッションのことなんてよく分かっていないのに、それでも俺をちゃんと見てから感想を言ってくれるから、内容がどんなものでも薄っぺらく感じない。嬉しい。目が潤んできた。

「はぁ……フタ、何ですかその言い草。可愛い恋人がオシャレをしているのなら、もっと言いようがあるのでは? ねぇ、鳴雷さん」

「だってぇ~……何言えばいいか分かんないし~」

「えっ、ゃ、俺はフタさんの言葉、すごく嬉しかったです」

「そぉ? よかった~、何言ったか覚えてないけど」

「嘘に決まってるでしょうフタ、あんな言い方で満足する人間なんて居ませんよ」

俺は満足している。決め付けないで欲しい。でもあんまり強く反論してヒトの機嫌を損ね過ぎたらまたフタが殴られるかもしれない。

「季節感を捉えた色の合わせ方、長い手足をより美しく見せる着こなし……靴の色とシャツのワンポイントが同じ色だとか、他にも……あぁ、鳴雷さんは服に合わせて髪型も変えてますよね。何度か顔を合わせただけですが分かりますよ。なのにフタは不躾にあなたの頭をぐしゃぐしゃ触って……ちゃんとセットした髪に触られることほど腹が立つことはありませんよねぇ?」

「ヒト兄ぃ話長ぇ~」

「懇切丁寧にあなたがフタの言動を不愉快に思ったことを伝えてあげてもこの態度ですよ、本当にこんなのが恋人でいいんですか?」

「……え?」

ヘラヘラ笑っていたフタが口角を下げ、眉尻まで下げて不安そうに俺を見る。

「あなたほどの顔と性格なら恋人なんて選びたい放題でしょう。もっと頭が良く細かいところに気付く人間に替えたらどうです? この顔や体格が好きなんだとしても、代わりはすぐ見つかりますよ」

「みつきぃ……俺、なんかやなことしてた?」

「嫌なことしかしてませんよあなたは!」

「ぇ……み、みつき、みつきぃ……ごめんね? ごめんね、俺……俺、俺さぁ……ぅー……どう言えば、ぁー……分かんない……あのさぁ……みつきぃ…………なんだっけぇ、分かんない、何話してたっけ、何考えてたんだっけ俺ぇ、忘れた……でも何だろなんかめっちゃやだ、どうしよ、みつき……」

ヒトの機嫌は取っておかなければならない、でないとフタがまた殴られてしまう。だから我慢していたけれど、もう我慢の限界だ。ヒトは腕や足を振るわなくてもフタを追い詰められるのだ。

「……っ、いい加減にしてください! 俺はフタさんの言葉がちゃんと嬉しかったし、頭触られたっていい! 頑張ったオシャレの詳細分かってくれなくてもっ、髪型崩されても! いい! フタさんは頑張ったこと認めてくれる、褒めてくれる、可愛がってくれる! 俺がどんだけ嬉しいかも察せてないくせに俺が怒ってるとか決め付けてっ、恋人替えろとか……何なんだよっ、何様のつもりなんだよ! 俺はフタさんがいいんだ、顔も体も性格も何もかも大好きなんだ! だからっ…………ですから、もう……口出さないでくださいよ……好きな人の悪口聞くの辛い……」

「…………みつきぃ? みつきどったの、怒ってるの? 泣いてる? 俺なんかしたぁ?」

場所も考えず大声で喚き散らし、俯いた俺の顔を覗き込むためフタはその場に膝をついた。服が汚れることなんて一切気にせず、何の躊躇もなく、ただ一心に俺を心配している。

「フタさんは悪くない……フタさんだいすき」

どこまでも純な彼が、大好きだ。
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