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たい焼きを分け合おう

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デートをした際のフタはこんなにも落ち着きのない人間ではなかった。二人きりだったからだろうか。

「クソっ、全然見つからない……どこまで行ったんだ」

ぶつぶつと文句を呟きながらヒトは辺りを見回している。盲目のサンには迷子に対する定番の質問「そこから何が見える?」が使えないし、目立つ建物やモニュメントを待ち合わせ場所として仮定することも出来ない。

「髪長いし背ぇ高いから目立つんやけど……あっ」

リュウが足を止め、ヒトがそれに気付いて振り返る。リュウはたい焼きを売っている屋台を指差した。

「居った」

屋台の暖簾の向こうに足首まである髪を結ぶことなく垂らした者の姿があった。

「カスタード美味し~! 兄貴達にも買ってくから後二個焼いて~」

「あいよ」

「あ、りゅーくんに案内してもらうんだった。その子の分も」

「はいはい三つやね、ちょっとお待ちください」

音を鳴らすことも手を挙げることもしていないサンを見て、俺は恐る恐るヒトの様子を伺った。彼は握った拳をぶるぶると震わせている。

「……ありがと~。甘いのの次はしょっぱいの欲しいんだけどオススメの店ある?」

「信号渡って右行ったとこにせんべい屋ありまっせ」

「おせんべ? いいね。行ってみる、ありがと~」

店主に手を振り、サンは杖を揺らしながら信号の方へ向かっていく。

「…………っ、サン!」

ヒトがとうとう声を上げた。振り返ったサンの左手にはたい焼きが入っているのだろう紙袋があった。

「サン! あなたっ、私が電話で何を言ったか覚えてますか!?」

サンはたい焼きを持ったまま薬指と小指をピンと伸ばした。手のひらを広げての「待って」のサインなのだろう。ヒトもそれを察し、もぐもぐと口を動かすサンを待っている。サンはごくりと喉仏を動かし、もう一口たい焼きを齧った。

「食うなっ!」

ヒトがサンの手からたい焼きを奪い取る。

「あっ……ちゃんとヒト兄貴のも買ってるって、カスタードとつぶ餡一個ずつ。フタ兄貴のもあるからね~」

「やった~、ちょーだい」

「はーい、どうぞ~。りゅーくんはもう居る? りゅーくんのも買っといたんだけど~」

「……っ、この……クソっ……! 殺す……!」

「ヒ、ヒトさん、たい焼き潰れちゃう……」

サンの食べかけを握り潰してしまいそうだったので、ヒトの手からたい焼きを回収しておいた。

「ん……? 水月? 居るの?」

「あ、うん。アキとセイカと一緒に大阪旅行……サン達も来てたんだね。あのさ、サン、みんなで来てるんだからあんまり単独行動しちゃダメだと思うんだ。ヒトさんの合流しようってのも無視するし……」

「なんか鳴らして手上げてろってヤツ? そんなのボクがやったら即絡まれるよ。どう考えても助けて欲しがってる視覚障害者だもんね~、水月も声かけるでしょ」

「そ、その時は普通にはぐれたからとか説明すれば……」

「ボクデカいんだから手なんか上げなくても見えるだろ。そもそもヒト兄貴は何でボクに着いてきてないのさ、ボクのお世話がヒト兄貴の今日の仕事だろ?」

酷い開き直り方だ。

「ヒトさんが話してるのに構わずたい焼き食べたりとかさ……よくないよ本当に」

「そういえばボクのたい焼きどこやったの兄貴」

「ぁ……俺が持ってる、どうぞ」

「ありがと」

たい焼きを渡すとサンはまたそれを食べ始めた。

「水月は随分ヒト兄貴の味方するね」

「味方っていうか……普通のこと言ってるだけですよ」

「普通、ねぇ? ふふ……りゅーくん! 案内頼むよ、美味しいもの、面白いもの、楽しいこと、教えて」

「あー、はい。ほな着いてきてください」

「ん。水月、介助お願いね」

サンは俺の左腕を抱き、にっこりと微笑んだ。俺の右手はフタの手首を強く掴んだままだ。

「……フタ、こっちに来なさい」

俺の両手を塞がっているのを見たヒトはフタを呼んだ。

「えぇ~、やだ」

こつん、とフタの頭が頭にぶつけられる。可愛い。

「ヒトさん、俺大丈夫ですからお気になさらず。大切な恋人ですから責任持って案内しますよ」

「…………そうですか」

じろっとフタを睨み、ため息をつき、静かに返事をする。その表情は酷く疲れた大人のものだ、仕事後よりもよっぽど疲れているように見える。

「水月達来るって知らなかったから水月の分買ってないや、兄貴達一個ずつでいい? それならカスタードかつぶ餡どっちか選んで」

「あー……ヒトさんどうします?」

「ヒト兄貴は余り物でいいよ」

こんなに疲れた顔を見せられたら優先しない訳にはいかない。でもそれを口に出すのは憚られる。

「年長者から選んでもらうのが筋じゃないかな」

「……子供に選ばせてやるのが大人ってものですよ。どうぞ鳴雷さん達、好きな物をお選びください。私はどちらでも構わないので」

「そうですか? じゃあ……カスタードで。お前らは?」

「俺達は餡子とカスタードで」

「俺もカスタードがええ」

「じゃあ兄貴達はつぶ餡ね。どれが何か分かんないからみんな自分で選んで」

見た目では中身が何なのか分からないが、たい焼きを包んでいる紙に「カス」「アン」と書いてある。それを目印に俺達はたい焼きを分け合った。

《半分こ半分こ……こんくらいかな?》

《あぁ、いいんじゃないか》

《頭&頭と尾&尾どっちがいい?》

《やだよそんな化けモン食うの。頭と尾交換しようぜ》

アキは受け取ってすぐたい焼きを半分に割り、セイカの分も割った。どうやら半分ずつ食べるようだ、それなら二つの味を楽しめる。

「フタさんも半分こします?」

いい考えを見たとフタの方を振り向けば、彼の口からはたい焼きの尻尾だけがはみ出していた。どう見ても半分ずつ分けられるほど残っていない。

「ん~?」

「な、何でもないです」

「……鳴雷さん、私とします?」

「え……いいんですか?」

「私も両方味わっておきたいと思っていたんです」

そう言ってたい焼きを割ったヒトは二つを見比べ、少し大きく割れた方を俺に渡してくれた。フタが絡まなければ基本的にはいい人なのだろうか。

「本当、気が合いますね」

「ありがとうございます! 半分……これくらいかな。どうぞ、ヒトさん」

俺は同じくらいに割れたので中身が多そうな頭側をヒトに渡した。
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