上 下
1,184 / 1,942

増大する負荷

しおりを挟む
サキヒコの声が聞こえる。別荘を離れてからはすっかり見聞きできなくなった彼の存在を感じる。成仏ならともかく消滅してしまったらどうしようなんて考えて毎日不安だった俺にとって、サキヒコの存在が濃くなるのはとても嬉しいことで、涙腺が緩んだ。

「よがっだよザギビゴぐゔん……」

「な、何故泣く……ミツキ」

「みつき、みつきぃー、ちーん」

四つ折りのティッシュ越しに鼻をつままれる。素直に鼻水を差し出すと頭を撫でてもらえた。

「ぅへへ…………っじゃない! めっちゃ子供扱い……! 俺はっ、俺はもっとこう、頼れる男でありたくてぇ……」

「ミツキ、ミツキ、私の声が聞こえるのか? 本当に聞こえるんだな?」

「サキヒコくんっ、そうだよすごく聞こえる……! ど、どうしたの? なんで……これがフタさんぱぅわなの?」

「俺なんもしてねぇよ?」

霊感のある者の傍に居ると自然と霊感が育っていく、なんて話はよく聞く。そういうことなのだろうか。

「猫達に霊としての生き方を教わったのだ、死んでいるのに生き方というのもおかしいが」

俺の予想は外れたみたいだ。

「猫達って、先代のイチニィミィって子達?」

「そういえば夜中一緒に出かけてたねぇ」

おかっぱ着物ショタのサキヒコが猫三匹と夜の街を探検? なにそれ可愛い。ほのぼのホラー探索ゲームとして四千円くらいで売ってくれ。

「何してたの~?」

「それを話す前に、まず幽霊というものについて一つ知っておいて欲しいことがある。私のように自我を持つ者は少ないということだ、体感八割くらいは残留思念……本人ではないが、強い感情の残像が空間にこびりついているモノだ」

「液晶画面の焼き付き的なこと?」

「何だそれは」

「……?」

何十年も前に生まれ、そして死んだサキヒコは仕方ないにしても、最新機器に囲まれスマホに頼った生活をしているフタには分かって欲しかった。

「そういったモノをこう……鉄板に張り付いてしまった魚の皮や卵を剥がすように、ガリガリっとこそげるんだ」

「あー……?」

フライパンに張り付いた食材を剥がした経験はあるが、空間に焼き付いた感情とかいう訳の分からないファンタジーで概念的な物に対しての説明に使われると、途端に理解が難しくなる。

「で、そういった焦げ付いたモノは主人に出す訳にはいかないが、完全に焦げた訳ではないので作りながら食べるだろう?」

「まぁ……こんがり焼けてて一番美味しいとこだったりするよね、焼きそばとかだと特に」

「そういったことをしてきたんだ」

「…………残留思念を、食べた?」

「そういうことだ」

そういうことだって言われてもなぁ……

「人の形をしてはいるから最初は躊躇するのだが、仕留めると霧散してしまうのでな、食事は香を楽しむようなものだった。食人をしているような酷い絵面ではなかったから、その辺りは安心していいぞ」

「仕留めるって、残留思念に仕留めるとかあるの?」

「焦げ付きも剥がさないと食べられないだろう? 仕留める、というのは焦げ付きで言うところの剥がす作業だ。今回は猫達にやっていただいた。空間から剥離させ残留思念を構成する力をいただく……それが霊の食事だ。食事と言っても生者にとってのものとは違い必須ではないがな。手っ取り早く己を強化したいならそうやって他を喰らう必要があるということだ」

よく分からないが、とにかくサキヒコが消滅の危機を避け俺と会話が可能になったのはめでたいことだ。細かいプロセスなんてどうでもいい。

「これは生者のためにもなる行為なのだぞ。残留思念とはいえ動いたり話したりするからな、気味の悪い幻聴が聞こえる道として嫌われたり、車で走っていたら突然現れて驚いて事故を起こしてしまったり……残留思念があって生者にとっていいことなど一つもないからな」

「へぇー……」

「…………まぁ、今話したことは全て師匠の受け売りなのだが」

姿は見えないため表情は分からないが、照れているような声色だった。可愛い。

「師匠って猫達? すごいね……流石妖怪に片足突っ込んでるだけあるよ、人間の幽霊の強化も出来ちゃうんだもんね」

「途中からなんか聞いてなかったんだけどさ~……サキちゃんパワーアップしたんだよね? よかったね~……俺には全然そんなふうには見えないけど」

「なんかシュインシュイン鳴ってたりオーラまとってたりしないんですか?」

「……? いつも通りのサキちゃんだけど……」

初めから生きた人間と同じように見えているフタにとって、多少のパワーアップは微々たる差のようだ。

「そういうものなんですね……ま、とにかくサキヒコくんと話せるようになってよかったよ」

「私も嬉しい」

「明日から大阪に旅行行くんだ、一緒に来るよね? 姿も見えるようになりたいけど……師匠に教えを受けるのはまた今度ってことでどうかな?」

「大阪……生前も行った経験はない、楽しみだ」

「みつき大阪行くの~? なんかちょっと前に似たようなこと聞いたような気がするなぁ……ま、いいや。行ってらっしゃ~い」

ブンブンと大きく手を振られた。今から行く訳ではないのだがと思いつつ手を振り返すと、フタはハッとしたように白猫を抱えた。

「ばいばいみつきぃ」

「あ……はい! さようなら、フタさん。サキヒコくん、行こ」

もう少しフタとイチャついていたかったけれど、そろそろ夕飯の時間だし、話の流れでもう帰ることになったのはちょうどいいんだと自分に言い聞かせた。

「うん」

「……っ!?」

ズン、と肩に重さが戻る。高熱が出る前のようなゾクゾクとする寒さも宿り、胃の内容物がせり上がってくる。

「ミツキ?」

「……サ、サキヒコくんさ、今どんな感じで着いてきてるの? ほら、俺姿見えないから……教えて欲しいな」

「ミツキの右斜め後ろに立っているぞ。浮くことも出来るが何となく地に足を付けていたいんだ」

「歩いて着いてきてるの?」

「あぁ、浮いて移動するのはまだ少し慣れない」

俺の肩に乗っている訳ではないのか。この重さ寒さは単純に、俺に憑いているというだけで与えられる負荷なのか。フタはこれに耐えていたのか? それとも霊感の強い人間は抵抗力も高いのか?

「ミツキ? 顔色が悪いようだが……」

「だ、大丈夫大丈夫。ちょっとお腹すいてるだけ。行こ、サキヒコくん」

俺はニッコリと笑ってみせた。サキヒコが俺の笑顔で安心してくれたかどうか、彼の表情で測りたい。あのどこかミフユに似た可愛い顔が見たい。姿が見られるようになったら俺への負荷は強くなるのだろうか、これ以上酷くなったら俺はもう歩くことすらままならないだろう。それでも俺は、彼氏の顔が見たい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

変態村♂〜俺、やられます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。 そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。 暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。 必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。 その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。 果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?

少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。 ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。 だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。

小さい頃、近所のお兄さんに赤ちゃんみたいに甘えた事がきっかけで性癖が歪んでしまって困ってる

海野
BL
小さい頃、妹の誕生で赤ちゃん返りをした事のある雄介少年。少年も大人になり青年になった。しかし一般男性の性の興味とは外れ、幼児プレイにしかときめかなくなってしまった。あの時お世話になった「近所のお兄さん」は結婚してしまったし、彼ももう赤ちゃんになれる程可愛い背格好では無い。そんなある日、職場で「お兄さん」に似た雰囲気の人を見つける。いつしか目で追う様になった彼は次第にその人を妄想の材料に使うようになる。ある日の残業中、眠ってしまった雄介は、起こしに来た人物に寝ぼけてママと言って抱きついてしまい…?

犬用オ●ホ工場~兄アナル凌辱雌穴化計画~

雷音
BL
全12話 本編完結済み  雄っパイ●リ/モブ姦/獣姦/フィスト●ァック/スパンキング/ギ●チン/玩具責め/イ●マ/飲●ー/スカ/搾乳/雄母乳/複数/乳合わせ/リバ/NTR/♡喘ぎ/汚喘ぎ 一文無しとなったオジ兄(陸郎)が金銭目的で実家の工場に忍び込むと、レーン上で後転開脚状態の男が泣き喚きながら●姦されている姿を目撃する。工場の残酷な裏業務を知った陸郎に忍び寄る魔の手。義父や弟から容赦なく責められるR18。甚振られ続ける陸郎は、やがて快楽に溺れていき――。 ※闇堕ち、♂♂寄りとなります※ 単話ごとのプレイ内容を12本全てに記載致しました。 (登場人物は全員成人済みです)

ポチは今日から社長秘書です

ムーン
BL
御曹司に性的なペットとして飼われポチと名付けられた男は、その御曹司が会社を継ぐと同時に社長秘書の役目を任された。 十代でペットになった彼には学歴も知識も経験も何一つとしてない。彼は何年も犬として過ごしており、人間の社会生活から切り離されていた。 これはそんなポチという名の男が凄腕社長秘書になるまでの物語──などではなく、性的にもてあそばれる場所が豪邸からオフィスへと変わったペットの日常を綴ったものである。 サディスト若社長の椅子となりマットとなり昼夜を問わず性的なご奉仕! 仕事の合間を縫って一途な先代社長との甘い恋人生活を堪能! 先々代様からの無茶振り、知り合いからの恋愛相談、従弟の問題もサラッと解決! 社長のスケジュール・体調・機嫌・性欲などの管理、全てポチのお仕事です! ※「俺の名前は今日からポチです」の続編ですが、前作を知らなくても楽しめる作りになっています。 ※前作にはほぼ皆無のオカルト要素が加わっています、ホラー演出はありませんのでご安心ください。 ※主人公は社長に対しては受け、先代社長に対しては攻めになります。 ※一話目だけ三人称、それ以降は主人公の一人称となります。 ※ぷろろーぐの後は過去回想が始まり、ゆっくりとぷろろーぐの時間に戻っていきます。 ※タイトルがひらがな以外の話は主人公以外のキャラの視点です。 ※拙作「俺の名前は今日からポチです」「ストーカー気質な青年の恋は実るのか」「とある大学生の遅過ぎた初恋」「いわくつきの首塚を壊したら霊姦体質になりまして、周囲の男共の性奴隷に堕ちました」の世界の未来となっており、その作品のキャラも一部出ますが、もちろんこれ単体でお楽しみいただけます。 含まれる要素 ※主人公以外のカプ描写 ※攻めの女装、コスプレ。 ※義弟、義父との円満二股。3Pも稀に。 ※鞭、蝋燭、尿道ブジー、その他諸々の玩具を使ったSMプレイ。 ※野外、人前、見せつけ諸々の恥辱プレイ。 ※暴力的なプレイを口でしか嫌がらない真性ドM。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

処理中です...