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失神! 餌やり体験
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映画は面白く、ポップコーンと炭酸飲料は美味しく、話の合う人間と感想を語り合うのは楽しく、俺は今日ここに来た自分の選択を褒めた。
「こんなに楽しい会話はいつぶりでしょう……あぁそうそう、ルートヴィヒの食事がちょうど今日なんですよ。鳴雷さん、給餌の体験してみます?」
「いいんですか!?」
ルートヴィヒというのはフタが飼っているヤモリの名前だ。爬虫類には犬猫とは違い、毎日の給餌を必要としないものも居る。体温が低く、哺乳類ほど活動的ではない彼らは多くの餌を必要としないのだ。与え過ぎると逆に体調を崩してしまう。
(人間の感覚としては毎日餌あげたくなりますけどな……)
爬虫類の餌は虫が定番だ。しかしヒトはペレットフードを車に置きっぱなしにしていた。あの件から彼が生きた虫での給餌を行っていないことは容易に想像が──
「こちらのケースから好きなコオロギを取って、ルートヴィヒに与えてください」
──ペレットと虫、両方使っているというのもまた、容易に想像が付いたことだ。小さなケースの床が見えなくなるほど狭苦しく押し込められたコオロギらしい虫達が、透明のケースの中でうぞうぞうぞうぞうじゃうじゃうじゃうじゃもぞもぞごそごそ……
「鳴雷さん? 鳴雷さんっ!?」
俺にとってはこの世の地獄のような光景。俺の意識はあっさりと失われ、背筋をピンと伸ばしたまま真後ろに倒れた。
気付いた時には俺は知らない部屋でベッドに寝かされていた。こんな部屋もあるのか、あくまでも事務所なのに結構広く私室を作っているんだな、と思いながら起き上がる。
「鳴雷さん、起きましたか。大丈夫ですか? 貧血ですかね」
「……いや、あの、俺虫苦手で」
「倒れるほど……? ふふっ、爬虫類が好きなのに飼ってないのはそういうことでしたか。活き餌でないと嫌がる個体も居ますが、冷凍でも人工フードでも大丈夫な子も居ますから、ショップで確認するといいですよ。ウチの子は何でも食べます」
「はぁ……」
別に虫が嫌いだから飼っていない訳ではないけれど、一応「参考になるなぁ」みたいな顔はしておこう。
「……モンティの給餌に挑戦してみます?」
「む、虫じゃ……ないんですよね?」
「はい。解凍しておきました。本来の食事予定は昨日だったんですが、あなたに見せてあげたかったのでズラしたんです」
それは申し訳ないことをした。だが、ヒトがつまんでいるピクリとも動かないネズミを見て、俺の身体は再び硬直した。思考も酷く遅くなった。
(か、解凍……解凍、安らかなお顔のネズミさんはもう死んでらっしゃるということでしょうか。蛇さんの餌……餌!? く、食うの!? 死体を!?)
食肉加工されていない、食事と言うよりは死体と呼ぶべき肉を目にし、命の営みとやらを肌で感じた俺の目玉は再びぐるんと上に回った。
「ありゃ~……」
意識を失う寸前、サンに雰囲気が似た緊張感のない声が聞こえた気がした。
自らの手でやることは出来なかったが、ヒトが爬虫類達に餌をやるところは見せてもらった。ヤモリの下手くそな餌への食いつき方も、蛇の口の開き具合や腹の膨らみも、満足のいくものだった。
「レオパって食べるの下手で可愛いですよね~……勢いよくズレて……ぁあぁ虫の足が口からはみ出てるぅぅ」
「どうしてそんなに虫が嫌いなんです?」
「…………む、昔、食べさせられ、て……いやっ、飲んではないです、飲み込んではないんですけど! 口ん中でジジジッて、噛んでパリぐちゃドロって……ダメなんですよ、虫全般。特に蝉」
「それはそれは……」
ぽんぽん、と大きな手が俺の頭を撫でる。暴力を振るうところばかり見てきたせいか、ヒトがそんなことをするなんて思っていなくて、僅かに反応が遅れた。
「……っ、あ……はは、いや、昔のことなんで、そんな」
「倒れるほどのトラウマなのに?」
「…………ネズミでも、倒れちゃいましたし」
「あなたが虫が苦手で繊細なこと、私は忘れませんよ」
思考が上手く回らない俺が、フタを揶揄した言葉だったと気付くのには時間がかかった。
「次はワラビとキナコですね」
怒るタイミングを逃した俺は、黙ったまま小さな虫がカエルの飼育ケースにパラパラと落とされる様を見た。
「……この子達には手であげないんですね」
「そうすることもありますよ。今日は小さめの虫なので」
「砂に潜って生き残って繁殖したりしませんかね……?」
「ふふっ、ワラビとキナコは優秀なハンターですよ。その心配は杞憂に終わることでしょう。見ていてください」
入れられた虫の数を数えていた訳でも、全てを目で追えていた訳でもないが、砂と大して変わらない色の小さなそれらはもぞもぞと動いてはカエル達に発見され、次々と長い舌に捕らえられていった。
「おぉー……すごいですね!」
「まぁ生き残ったとしてもいつかオヤツになるだけですけどね」
「それもそうですね……」
見た感じ、虫らしきものはもう居ない。カエル達は立派なハンターだ。カエルと俺の目を逃れ、既に砂に潜っている虫が居るとしたら話は別だが。
「いやー、しかし丸っこい……可愛いなぁ…………そういえば、ヒトさんお仕事はいいんですか?」
「午前までに終わらせましたよ」
「流石ですー……」
俺、いつ頃帰れるんだろう。映画は面白かったし、近くでヒトのペット達を見られるのは嬉しいけれど、やっぱりヒトの傍にずっと居るのは嫌だ。緊張や恐怖でストレスが溜まる。
「あぁ、そうそう……プレゼントがあるんです」
ヒトは引き出しを開け、いくつもある白っぽく細長い物を一つ取り出した。
「これは……」
「モンティの皮です」
脱皮した蛇の皮だ。頭から尻尾まで綺麗に繋がっている。
「ここまで綺麗に脱げるのは珍しいんですよ」
「へぇー……! ありがとうございます」
「ラプトルのお礼です。財布に入れておくといいですよ」
金運上昇、だったか? あまりそういうことは信じていないけど、他に入れておく場所もないしとりあえずはそうしておこうかな。
「こんなに楽しい会話はいつぶりでしょう……あぁそうそう、ルートヴィヒの食事がちょうど今日なんですよ。鳴雷さん、給餌の体験してみます?」
「いいんですか!?」
ルートヴィヒというのはフタが飼っているヤモリの名前だ。爬虫類には犬猫とは違い、毎日の給餌を必要としないものも居る。体温が低く、哺乳類ほど活動的ではない彼らは多くの餌を必要としないのだ。与え過ぎると逆に体調を崩してしまう。
(人間の感覚としては毎日餌あげたくなりますけどな……)
爬虫類の餌は虫が定番だ。しかしヒトはペレットフードを車に置きっぱなしにしていた。あの件から彼が生きた虫での給餌を行っていないことは容易に想像が──
「こちらのケースから好きなコオロギを取って、ルートヴィヒに与えてください」
──ペレットと虫、両方使っているというのもまた、容易に想像が付いたことだ。小さなケースの床が見えなくなるほど狭苦しく押し込められたコオロギらしい虫達が、透明のケースの中でうぞうぞうぞうぞうじゃうじゃうじゃうじゃもぞもぞごそごそ……
「鳴雷さん? 鳴雷さんっ!?」
俺にとってはこの世の地獄のような光景。俺の意識はあっさりと失われ、背筋をピンと伸ばしたまま真後ろに倒れた。
気付いた時には俺は知らない部屋でベッドに寝かされていた。こんな部屋もあるのか、あくまでも事務所なのに結構広く私室を作っているんだな、と思いながら起き上がる。
「鳴雷さん、起きましたか。大丈夫ですか? 貧血ですかね」
「……いや、あの、俺虫苦手で」
「倒れるほど……? ふふっ、爬虫類が好きなのに飼ってないのはそういうことでしたか。活き餌でないと嫌がる個体も居ますが、冷凍でも人工フードでも大丈夫な子も居ますから、ショップで確認するといいですよ。ウチの子は何でも食べます」
「はぁ……」
別に虫が嫌いだから飼っていない訳ではないけれど、一応「参考になるなぁ」みたいな顔はしておこう。
「……モンティの給餌に挑戦してみます?」
「む、虫じゃ……ないんですよね?」
「はい。解凍しておきました。本来の食事予定は昨日だったんですが、あなたに見せてあげたかったのでズラしたんです」
それは申し訳ないことをした。だが、ヒトがつまんでいるピクリとも動かないネズミを見て、俺の身体は再び硬直した。思考も酷く遅くなった。
(か、解凍……解凍、安らかなお顔のネズミさんはもう死んでらっしゃるということでしょうか。蛇さんの餌……餌!? く、食うの!? 死体を!?)
食肉加工されていない、食事と言うよりは死体と呼ぶべき肉を目にし、命の営みとやらを肌で感じた俺の目玉は再びぐるんと上に回った。
「ありゃ~……」
意識を失う寸前、サンに雰囲気が似た緊張感のない声が聞こえた気がした。
自らの手でやることは出来なかったが、ヒトが爬虫類達に餌をやるところは見せてもらった。ヤモリの下手くそな餌への食いつき方も、蛇の口の開き具合や腹の膨らみも、満足のいくものだった。
「レオパって食べるの下手で可愛いですよね~……勢いよくズレて……ぁあぁ虫の足が口からはみ出てるぅぅ」
「どうしてそんなに虫が嫌いなんです?」
「…………む、昔、食べさせられ、て……いやっ、飲んではないです、飲み込んではないんですけど! 口ん中でジジジッて、噛んでパリぐちゃドロって……ダメなんですよ、虫全般。特に蝉」
「それはそれは……」
ぽんぽん、と大きな手が俺の頭を撫でる。暴力を振るうところばかり見てきたせいか、ヒトがそんなことをするなんて思っていなくて、僅かに反応が遅れた。
「……っ、あ……はは、いや、昔のことなんで、そんな」
「倒れるほどのトラウマなのに?」
「…………ネズミでも、倒れちゃいましたし」
「あなたが虫が苦手で繊細なこと、私は忘れませんよ」
思考が上手く回らない俺が、フタを揶揄した言葉だったと気付くのには時間がかかった。
「次はワラビとキナコですね」
怒るタイミングを逃した俺は、黙ったまま小さな虫がカエルの飼育ケースにパラパラと落とされる様を見た。
「……この子達には手であげないんですね」
「そうすることもありますよ。今日は小さめの虫なので」
「砂に潜って生き残って繁殖したりしませんかね……?」
「ふふっ、ワラビとキナコは優秀なハンターですよ。その心配は杞憂に終わることでしょう。見ていてください」
入れられた虫の数を数えていた訳でも、全てを目で追えていた訳でもないが、砂と大して変わらない色の小さなそれらはもぞもぞと動いてはカエル達に発見され、次々と長い舌に捕らえられていった。
「おぉー……すごいですね!」
「まぁ生き残ったとしてもいつかオヤツになるだけですけどね」
「それもそうですね……」
見た感じ、虫らしきものはもう居ない。カエル達は立派なハンターだ。カエルと俺の目を逃れ、既に砂に潜っている虫が居るとしたら話は別だが。
「いやー、しかし丸っこい……可愛いなぁ…………そういえば、ヒトさんお仕事はいいんですか?」
「午前までに終わらせましたよ」
「流石ですー……」
俺、いつ頃帰れるんだろう。映画は面白かったし、近くでヒトのペット達を見られるのは嬉しいけれど、やっぱりヒトの傍にずっと居るのは嫌だ。緊張や恐怖でストレスが溜まる。
「あぁ、そうそう……プレゼントがあるんです」
ヒトは引き出しを開け、いくつもある白っぽく細長い物を一つ取り出した。
「これは……」
「モンティの皮です」
脱皮した蛇の皮だ。頭から尻尾まで綺麗に繋がっている。
「ここまで綺麗に脱げるのは珍しいんですよ」
「へぇー……! ありがとうございます」
「ラプトルのお礼です。財布に入れておくといいですよ」
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