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おーがすと!

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健全なものしかないとはいえ同人誌のどな字すら知らない者に見つかる訳にはいかないので、購入した薄い本は全て部屋に隠した。明日辺りゆっくり読もう。今日夜更かししてしまおうか?

《お兄ちゃーん。まだ~?》

悩む俺を現実に引き戻したのはノック音と可愛らしい声。ノヴェムだ。

「もう終わったよ。ごめんな待たせて」

ノヴェムは片手に一昨日俺があげた恐竜のぬいぐるみを抱いている。大事にしてくれているんだなと可愛く思い、金色のふわふわした髪を優しく撫でた。

「晩ご飯付き合ってくれるか? 一人じゃやっぱ寂しいもんな」

夕飯は母が作ってくれている。ワンプレートの料理だったので生野菜だけを取り除いてからレンジで温めた。

「ふふ……ラプトル大事にしてくれてるのか?」

「おーがすと!」

「うん……?」

「おーがすと」

ノヴェムはぬいぐるみを突き出しながらニコニコ笑顔でそう繰り返した。彼は以前執拗にセイカが抱いているテディベアの名前を聞いていた、ぬいぐるみに名前を付けるタイプなのだろう。

「もしかして名前か? オーガストちゃん? くん? ふふ、可愛いなぁ」

《八月にお兄ちゃんからもらったからAugustなの》

「……? おぅ、オーガストオーガスト……なんか聞いたことあるなぁー、よくある名前なのかな」

なんて呟きながら温め終わった夕飯をダイニングへと運ぶと、いつの間にか椅子に座っていたアキの膝の上に座っているセイカが眉を顰めていた。

「八月って意味だぞ……大丈夫かお前、月の英語くらい覚えとけよ」

「……ただのド忘れ! ド忘れじゃないかセイカぁ……なんだ、二人も俺の晩飯に付き合ってくれるのか? 優しいなぁ大好きだぞ」

「後で全月と曜日、英語で書かせるからな」

「勘弁してください水曜日とか絶対無理ですって……!」

興味のないことを記憶するのが苦手な俺にとって、英単語のスペルを覚えることほど難しいことはない。

「ごちそうさまでした」

「よし、ノートとペン持ってこい」

「ホ、ホントにやるのぉ……? やめとこっ? ほら、ノヴェムくんせっかく来てるし、今日は遊ぼうよ……」

「……そうだな。じゃあコイツが帰ってからな。歯磨きとかは片手で出来るだろ?」

逃れることは難しそうな英語の密着授業の気配を感じ、深く落ち込んだ俺は癒しを求めて膝の上のノヴェムを抱き締めた。

《お兄ちゃん? どうしたの?》

「可愛いなぁ……ちっちゃい。何このちっちゃいおてて。ちゃんと爪ある……」

「……なぁ鳴雷、前……ネイに秋風殴らせて秋風の母親に冷めてもらって、お前の母親との仲良し大作戦……みたいなの立てただろ?」

「え……? あ、あぁ、アレか。立てた立てた。アキが殴られるフリめちゃくちゃ上手いのはいいんだけど、ネイさんが賛成してくれるかどうか……っていうか話す機会ないんだよなぁあの人と。ウチ来た時は葉子さんがべったりしちゃうし」

「それなんだけどさ、前に連絡先交換しててさ、作戦のこと話してみたんだよ。鳴雷に先に言わなくてごめんなさい……でも、上手くいったんだ。協力してくれるんだってさ」

知らない間にトントン拍子で話が進んでいたらしい。驚きのあまり声も出ないとはこのことだ。まさかネイが賛成するなんて思わなかった。

「え……い、いいの? マジで?」

「……秋風のお母さん、よっぽど鬱陶しいんだな」

子供の粗末な作戦に乗るほど?

「そんなに? なんかちょっと可哀想になってきたなあの人……」

「秋風はさ、自分が殴られた程度で恋が冷める訳ねぇって言ってんぜ。まぁ作戦やりたくないって訳じゃあないみたいだけど」

「うーん……確かになぁ、あの人アキのこといらない感じ出してるし……次の男行って次の子供に期待託そうみたいなこと考えててもおかしくないんだよな。でも、アキの好みじゃなかったとはいえプレゼントはしっかり用意してるし、避けられてるけどスキンシップ測ろうとかしてるし、可能性はあると思うんだよなぁ」

「……あの人にとって秋風が要るにしろ要らないにしろ、暴力振るう男はもう嫌なんじゃないかって思うんだよな。それが原因で別れてきてる訳だし、秋風に聞いた限りじゃあの人が殴られることも結構あったみたいだし」

「あー、じゃあ、イケるかもな……」

「今日作戦実行しないかってネイが言ってるんだけど、どう思う?」

そんなに急ぐほど義母からのアピールが嫌なのか。いや、ネイには他人の伴侶に好かれることにトラウマがあってもおかしくない過去がある。ネイにとってはガキの粗末な作戦も即座に実行に移す価値があるのだろう。

「よし……やろう! って言っても俺ら何もしないけど……アキに言っといてくれ」

「分かった。秋風殴られた時の反応練習しとく?」

「そうだな、無反応じゃおかしいしリアクション取らないと」

セイカがアキに作戦決行日は今日だと伝える傍ら、俺はどういう反応をすれば自然かを考えた。

「わぁ、何するんですかネイさん、アキー……って感じかな?」

「セリフはそれで……いや、実際秋風が殴られた時ってそんなにペラペラ話せるかな」

「ア、アキー、だけでいいってことか?」

「うーん……」

頭を悩ませる俺達をよそに、アキは殴られた時の吹っ飛び方の確認と練習をしていた。

《っし、俺の方は準備いいぜ》

「準備終わったってさ……なぁ鳴雷、演技って後から説明しても分かってくれなさそうだし、ノヴェムはその場に居ない方がいいよな」

「そう、だな……じゃあセイカ、こっちで見ててくれるか?」

「分かった」

「ネイさん来たら葉子さん一番に行くから、そうなったらちょっとアキが割り込んで殴られる流れ作るの難しいよな……アキはトイレ行ってたとかで、葉子さんより玄関の近くに居たってことにしようか。それでインターホンが鳴ったから出た……」

「言っとく」

「ん、頼む」

俺は風呂に入るところだったとかで廊下に居よう、義母がどんな反応をするかこの目で見たい。
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