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おまけ

おまけ 夏休みだから遊ぼ(ハル×カンナ)

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※ハル視点 ※1138話~ 水月がフタとデートをしている頃、二人で遊んでいたハルとカンナの様子。



人生で一度しかない高校一年生の夏。ザメさんに連れてってもらった別荘旅行で最高の思い出は出来たけれど、思い出はあればあるほどいいもの。今年はコミケの後には京都に帰省することになったから、それまでに最低でも後一つは思い出を作りたい。

ってことでみっつんを二人きりのデートに誘いたかったけれど、俺の予定が空いている日はみっつんの予定が詰まっていて、みっつんが空いてる日は俺が詰まってた。だから仕方なく俺はデートを諦めて、みっつんの他の彼氏と友達として遊ぶことにした。

「で、来てくれるのがまさかの……しぐしぐ一人っていう、ね。まさか……しぐしぐだけとはなぁ~」

待ち合わせ場所に指定した駅前で俺は一人ため息をついた。このめんナナさんサンちゃんの大人組は仕事があって気軽には遊びに来れないと分かってはいたし、しゅーの付き合いが悪いのも分かっていた。りゅーは来ると思ってたのに、理由も言わずに断りやがった。

「はぁ……しぐしぐぅ……旅行中に結構仲良くなれたけど、二人きりでも話持つかなぁ~……」

りゅーと三人なら楽しく遊べただろうけど、しぐと二人きり……俺の大好きなアイドル、カミアの双子の兄と、カミアに声がそっくりな彼と、二人きり。

「あぁあ~緊張するぅ! みっつん待ってる時とはまた違う緊張っ、ヤバいぃ……」

緊張し過ぎて十分前に着いてしまった。それからまだ三分と少ししか経っていない。しぐが遅刻しないタイプなら、後七分はこの緊張の中待たなければいけない……目を閉じて深呼吸をしていると、目の前に人が立った。

「お姉さん一人ぃ? 待ち合わせ中? ため息ついちゃってどうしたの? すっぽかされたとか?」

ナンパか……

「ため息じゃないし深呼吸だし~。ちょっと早く来過ぎちゃっただけ。友達が声掛け辛いから向こう行ってくれない?」

「友達と待ち合わせ中? 俺もツレ居るからさぁ、ダブルデートってことにしない? お茶でも奢るよ」

鬱陶しいな。ナンパされて「私可愛いんだぁ」なんてはしゃぐ時期はもうとっくに通り過ぎたっての。ナンパするヤツは単純に見た目がいい子を選んでいる訳じゃない。頭が悪そうなヤツ、断らなさそうなヤツ、尻軽そうなヤツ、そういうのが基準だ。

(頭悪そうに見えるって姉ちゃんにも言われるもんね……姉ちゃんも大概頭悪そうだけど。今日のファッションもノリ良さそうな感じにしちゃったし、そりゃナンパされるかぁ)

待ち合わせの時間までには後五分ある。さっさと追い払ってしまおう、待ち合わせ相手がみっつんやしゅー、りゅーならともかく、今日はしぐだけ。ナンパ野郎が居たら怯えてしまう。

「ごめんね~。友達そういうのダメな子なの、大人しくってさぁ……だから今日は遠慮するね」

「絶対楽しませてみせるから!」

「…………あのさぁ、優しく断ってる間に引き下がれよ。アンタ鏡見たことある?」

「は……? どういう意味だよ」

「ごめんね~? あっち行けって意図も読み取れない頭には難しかったね~……アンタレベルのツラで俺に話しかけんなっつってんの、向こう行けよ顔面E判定」

ここまで言えば「ブス」とか捨て台詞を吐きながらどこかへ行くだろう。大抵はそうだった。でも、この日は違った。ナンパ男は俺の手を掴んできた。

「ちょっ、何、離して!」

「ふざけんなこのクソ女! お高く止まりやがって……!」

「きゃっ、ちょ、髪触んなぁっ!」

身長はヒールを抜いても俺の方がある。でも、腕の太さが違う。力じゃ勝てない。どうする? 大声で助けを求める? 既に結構騒いでいるのに誰も助けに入ってくれないのに。

「は、はるくんに何するのっ、離してっ」

弱々しい声が聞こえて自分の失態を思い知る。しぐが来てしまった。まずい、しぐに危害を加えさせるのだけは避けなくては。

「んだよてめぇ……向こう行っとけ、クソガキ」

「し、しぐっ、駅員さんとか呼んできてっ、痛っ、髪引っ張んなっつってんだよド鬼畜野郎!」

「は、はるくん……はるくんっ」

予想は的中。しぐはやっぱり駅員を呼んでくるなんて出来ない、その場でオロオロするだけだ。こういうところがみっつんに可愛がられているんだろうし、俺も普段なら可愛いと思うけど、今回だけはムカつく。

「すぅーっ…………ちかぁあああーんっ!」

「……はっ?」

「痴漢! 痴漢! この人痴漢!」

普段の蚊の鳴くような声は何だったのか、しぐは駅前広場に居る者全てに届く声を出した。単純な大声じゃなくて、よく通る声、カミアそっくりな声。

「ち、違うっ! 俺は……! 黙れお前っ!」

「ねぇっ、お兄さん、ぼくの友達助けて!」

視線を集めたしぐは足を止めた群衆の中の一人を指差した。そういえば聞いたことがある、こういう時は不特定多数に「誰か助けて」と言うよりも一人を指して「あなたが助けて」と頼む方が助けてもらえる確率が高いと。

「……っ、わ、分かった」

「そっちのお兄さんもお願いっ、みんな……助けてっ!」

一人、二人と前に出たところで全員に向かって呼びかけると、それまで高みの見物を決め込んでいた群衆が一気になだれ込む。ナンパ男は流石に俺の手を離し、その瞬間しぐが俺の手を掴んで走り出した。

「走って!」

引っ張られるままに走り、人通りの少ない道を選んで角を三つ曲がったところでしぐはようやく足を止めた。

「はぁっ、はぁっ……ぁ、ありがと、しぐ……」

「はるくん……大丈夫?」

「うん、ちょっと髪乱れちゃっただけ。すぐ直すからちょっと待って」

引っ張られた髪を整え、しぐに向き直る。

「よし……本調子! しぐしぐぅ~! さっきはホントにありがとね!? しぐしぐあんな大声出たんだ、いつも声ちっちゃいからぁ~……もうすっごいびっくりした!」

「……うん。びっくり、した……まだ、あんなに……声、出るなんて…………けほっ」

「あっ、やっぱり無理しちゃった~……? 喉痛い? ショッピングの後でカフェの予定だったけど~、カフェ先にしよっか」

前から気になっていたカフェにしぐを連れて入った。俺はコーヒーを、しぐはオレンジジュースを注文した。

「オシャレな店~……今度みっつんとぉ…………ふふふっ」

「お待たせしました」

「あっ、ありがとうごさいまーす」

「ぁ……り、がと……」

コーヒーを飲みながら、しぐに気付かれないように自分の手首を見た。アザにまではなっていないが、まだ赤い。掴まれた跡だ。

(……あんな男もあしらえないし、手を振りほどけなかった。ナンパされるのなんかしょっちゅうだし、あんなふうに逆ギレする男もたまに居る……今日も、父さんの時も、ずっと……俺は運良く逃げられただけで、そのうち、知らない男に無理矢理)

手が震える。違う。震えているのは手だけじゃない。

(振りほどいて逃げるくらいは出来るように鍛える? やだ! これ以上筋肉ついたら今持ってる服全部似合わなくなる……ファッション変えてナンパされないようにする? もっとやだ! なんで俺が我慢しなきゃなんないの、俺何も悪いことしてないのに、好きな格好してるだけなのに……)

全身だ。

(…………分かってる。好きなことだけ通すのなんて無理って。でも、でも、でもっ、可愛い格好してたい……買い物とか、読書とか、他の好きなことならまだ我慢出来るけど……格好ダサくすんのだけはやだ! 無理矢理なんて、もっとやだけど……でも、でも)

コーヒーカップの持ち手をつまむ指先に力が入らなくなってきた。俺はコーヒーカップから手を離し、膝の上に手を置いた。

「はるくん……こわかった?」

「…………あは、分かる? 結構ね……俺こんなカッコしてるから男に普通にナンパされんの。今日みたいに逆ギレするヤツってさ、俺が男だって知ったらどうすんのかな。レイプ……は、まぁないよね。ボコられるだけかな……どっちにしろやだなぁ」

「はるくん……」

「男に見えるカッコとかすりゃいいだけなんだけど……ダサいカッコはやなんだ」

「…………へんそう」

「変装……?」

「はるくん、可愛くて、足長くて、モデルさんみたいだから、モデルさんみたいに、変装する。デートとか、いざって時以外は、変装」

元芸能人ならではの発想だ。なるほど、変装か……それなら地味な格好や男に見える格好をしていてもテンションが上げられるかもしれない。

「どう、かな。だめ……?」

地味な上着の下に俺の好きな服を着ておくとか、そういうオシャレも楽しめそうだ。みっつんと居ればナンパなんてされないだろうから、デートの日はこれまで通り普通にオシャレが出来る。

「……すっごくいいかも! 変装ね、なるほど~……それなら可愛いカッコしなくてテンション上げらんなくても、変装してるってワクワク感でテンション上げられるもんね~。テンションプラマイゼロ!」

しぐは口元を嬉しそうに緩める。

「ありがと、速攻解決しちゃった。しぐしぐ最高~。じゃあさっ、次どこ行くか決めちゃおっか。ショップが並んでる通りあるじゃん? ショーウィンドウぐるっと見て良さげな店入ってぇ~……ワンセットくらいは買おうかな~」

そういえば、しぐはどのくらいオシャレに興味があるのだろう。今彼が着ているのは胸に大きくウサギのロゴが入った黒いパーカーだ。暑そう。

(プレボね……しぐしぐ財布もプレボじゃなかったっけ。一回盗られて、みんなで取り返しに行ったんだよね~……なんかもう懐かしいわ。あの時のしゅーヤバかったな~)

ボトムは席に着いている今は分からない。さっきは見ている余裕なんてなかった。

「ふぅ……ごちそうさまっ、そろそろ行こっか。あ、しぐはここ出さなくていいよ。助けてくれたお礼」

「でも」

「いいからいいから」

二人分の代金を支払いながら横目でしぐのボトムを確認する。黒のスウェットだ、太腿から膝にかけてブランド名が書かれ、ウサギのロゴも入っている。

「しぐってさ、プレボ好き?」

「ぷれ、ぼ……? 何…………ぁ、服?」

略称が分からなかったようでしぐは一瞬戸惑ったけれど、すぐに察して頷いた。

「うん……すき。ウサギなのに、可愛いだけじゃなくて、カッコよくて、ブランド有名だから、着てても、変じゃない」

ウサギの写真がプリントされていたり、キャラ物だったりは流石に恥ずかしいから、ロゴがウサギってだけで服の上下を揃えて……そんなにウサギ好きなの? 可愛いなぁこの子。

「ふーん……ま、可愛いと思うし好きならいいんだけどさぁ、上下同じ色のパーカーとスウェット、しかも両方ダボダボ系は……うーん、素材の味を殺してる感あるな~……」

「……変?」

「変じゃないよ、全然変じゃない! ただ~……しぐしぐ髪も黒で、しかも顔半分隠してるからぁ~……服も全部黒だと、黒が多過ぎるかな~って」

「靴下、灰色」

「ホントだ。でもスニーカーは黒なのね……」

カミアの双子の兄という圧倒的なポテンシャルを持ちながら、こんなファッションで満足しているなんて残念過ぎる。磨きたい、原石を磨きたい……!

「しぐしぐっ、ウィンドウショッピングでもいいからさ~、今日はいっぱい試着してもらうよ!」

「え……い、いい。ぼくは……そういうの、いい」

「可愛くなったらみっつんにもーっと可愛がってもらえるよっ?」

「……! ぅ……でも……………………やる」

「やったぁ! じゃ、この店行ここの店っ」

俺達は店を巡り、楽しんだ。俺が勧めた服をしぐが着て、しぐが選んでくれた服を俺が着た。しぐは自分に似合う服を考える気がないだけのようで、俺に選んでくれる服や組み合わせはどれもセンスが良く、参考になるものだった。

(流石カミアのお兄ちゃん、って感じ? カミアのお兄ちゃん……カミアのお兄ちゃん!? カミアのお兄ちゃんと買い物してんの俺! カミアのお兄ちゃんに服選んでもらって……カミアのお兄ちゃんに選んだ服着せてたの!?)

しぐはカミアじゃない、比べちゃダメだしカミアの兄としてしかしぐを見ないのもダメだ。しぐはしぐなんだ。仕草が小動物みたいで可愛くて、でもいざとなったら俺のために大声を出してくれる、一人の人間としてちゃんと魅力的な人だ。
全部ちゃんと分かってるし、しぐのことはしぐ単体でちゃんと好きなのに、俺の人生を潤してくれたアイドルの兄が目の前に居ると一度思ってしまったらもう止まらなくなった。

「……っ、し……しぐってさ、カミアと……一卵性ってヤツ?」

「うん」

「そうなんだぁ……身長とかも一緒? これがカミアのサイズ感……」

しぐは顔半分が隠れているから俺の発言が不快だったかどうか分からない。気の弱いしぐは嫌な思いをしても声に出してくれなさそうだから、知らず知らずのうちに傷付けてしまいそうで怖い。

(俺、結構人のヤなこと言っちゃうタイプみたいだし…………ってか一卵性ってことはDNA的には同一人物ってこと!? カっ、カ、カカっ……カミアが、カミアと同じモノで構成された人間が、目の前に……!?)

手が震えてきた。呼吸も落ち着かない。瞬きも意識しなければ出来ない。

「はるくん……? 大丈夫?」

「ひゃいっ! らいりょぶれす!」

「危ないお薬使ってる人みたいだよ」

「なんてこと言うのぉ! ちょっと噛んじゃっただけだってぇ。えへへ……気にしないで!」

「…………」

しぐは黙って俺の方を向いている。俺のカミア好きはしぐもよく分かっているはず、カミアの話題を出した直後だし、同一視のような真似をしてしまっていることを察してしまったのかな。

(何やってんの俺……助けてくれた子傷付けて。しぐのことはちゃんとしぐで好きなのに、カミアと兄弟だからとか、そういうことなくたって俺は……)

カミアは、俺の救いだった。未遂で済んだとはいえ父親に襲われて、バカなことに軽い気持ちでやっていたパパ活の相手に「金を積めばやれると思ったのに」なんて罵倒されて、自分が男に性的対象として見られやすいと理解して、外を歩くのが怖くなった。

女子のグループでも、男子の輪の中でも、俺は女未満で男未満だった。明確に虐げられたことなんてないし、むしろどちらからも可愛がられていたけれど、どちらにも馴染めていなかった。異物だ。教室で飼ってる可愛い動物と同じ。女未満で男未満以前に、人間未満だったのかもしれない。

可愛い格好をやめれば男に狙われなくなるかもしれない、女子に男として見てもらえるかもしれない、男子に仲間として認められるかもしれない。そんなふうに考えて、俺は一時期スカートを履かず男物の服ばかり着ていた。

そんな時にカミアに出会った。カミアが俺を救ってくれた。大好きになった、カミアみたいに可愛くなりたくなった。カミアと同じ可愛さは俺にはないから、女の子の真似事をして「可愛い」を目指した。いや、目指している。

(カミア大好きだからテンション上がっちゃうのしょうがないじゃん…………違うでしょ、俺。カミアの大事なお兄ちゃん傷付けちゃダメ、そんなの可愛くない)

カミアより歌の上手いアイドルも、カミアよりダンスが上手いアイドルも、カミアより可愛く振る舞っていたアイドルも、誰もカミアに勝てなかった。
だってカミアが世界で一番可愛いから。可愛いは見た目や振る舞いだけじゃなくて、内面から滲み出るものだから。

「はるくん、ぼくの家、遊びに来て」

「…………へっ?」

「なんか、元気ないから……ウロウロするより、ゆっくりしよう」

「ぁ……ご、ごめん、気ぃ遣わせちゃって……大丈夫! 元気なのは元気なの、ナンパ野郎のせいでちょっと気分落ち込んでるだけで」

「お父さんが、カミアの色んなの集めてる。見ていいよ」

「行く」

欲望に逆らえず、俺はショッピングを中断してしぐの家に遊びに行った。しぐのお父さんの部屋は、オタ部屋だった。天井にまで貼られたポスター、本棚を埋め尽くした関連書籍。壁一面の棚を埋めるグッズ。当然CDも全て揃っている、初版盤と通常盤が……

「何この空間~! 最高~!」

「元気出た? よかった」

「あっ……う、うん。なんかごめん、はしゃいじゃって……」

「……はるくん、カミア好き?」

「う、うん……好きだけど」

「ぼくも。ぼくもカミア好き」

口元だけだけれど、しぐが優しい笑顔を浮かべているのが分かる。カミアの笑顔とは全然違う。違った魅力がある。

「ぼく、顔ダメになって、アイドル出来なくなった。カミアとも離れ離れ。でも、はるくん、気を遣わないで。ぼく今日やな思いしたの、はるくんが髪の毛引っ張られてるの見た時だけ。はるくんカミア好きなの、嬉しい」

しぐは俺の手を取り、きゅっと握る。

「運動量、違うから……カミアの方が締まってるかも。でも、指の長さとか、手のひらの大きさは、同じはず」

恐る恐る握り返すと確かに握手会で握った手と同じ大きさだった。柔らかさは違う、しぐはぷにぷにしている。

「足の大きさも、身長も同じ。声も…………──げんーき出して♪ ねっ♥ 頑張ってるよー♪ ねっ♥ ゆっくり休んで♪ ねっ♥ またぼくだけに笑ってよー♪ ねっ♥」

「ひゃあぁうセカンドシングルぅ……!?」

「……喜ばれるの、嬉しいの。だからはるくん、ぼくやな思いしてないから、気を遣わないで。カミアのこと知りたかったら、聞いて。モノマネして欲しかったら、言ってね」

「耳溶けたぁ……ひぇええんなんて可愛い声ぇ、やゔぁいいぃ……」

ふぅふぅと肩で息をして少しずつ呼吸を落ち着かせ、しぐが話してくれたことを冷え始めた頭でゆっくりと噛み砕く。とにかく、俺の発言がしぐを傷付け不快にさせていた訳ではないというのには、安心した。

「ふぅー……」

「歌、何好き? カミアのなら、全部歌える」

「待ってぇ……歌ってくれんのぉ? な、何万? 何万払うべき?」

「……お代ははるくんの笑顔がいいな★」

「ギャーッ!」

「…………はるくん? はるくんっ? はるくんっ!」

今まで話し方は全然似ていなかったのに、突然カミアそっくりの話し方で、同じ声で、俺の名前を呼んで、あんなこと言われたらもう叫びながら倒れてしまう。

「むり……」

「は、はるくんっ、ごめんね?」

「過剰なファンサは命を奪う……」

「ごめんねっ」

「ぁ……い、いいのっ、謝んないで、しぐは悪くな──」

「ゆるしてぴょん★」

「先週7チャンでやってたヤツーっ! もってくれ俺の心臓っ……ぐふっ」

床に伏した俺を見てしぐはクスクス笑っている。りゅーが「ほんまもんのSはしぐや」と語っていたのを何故か思い出した。

「いやS言うてもシバくのん好きとかとちゃうねんで? しぐはなんちゅうか、からかうんとかくすぐるんとか、過剰に喜ばせたり笑わせたりするんが好きみたいやねん、シバくSやのうてサービスのSタイプやな。しぐのテンション上がっとる時に3Pなんかしたら絶対ヤバいで……ヤりたいわぁ」

「きっしょ……」

「……自分に言われても嬉しないわ」

「喜ばれても気持ち悪いけどそれはそれでムカつく!」

なんて話して笑い合っていた。なんでこんなに鮮明に当時の映像が蘇るんだろう、走馬灯かな?

「はるくん、はるくん、何見てカミア、ハマったの?」

しぐは俺をからかうのに飽きたのか俺の肩を揺すりながら質問をしてきた。マイペースだ……可愛い。

「…………何見てっていうか、ロケに出くわしたことあるんだよね」

そう、あれは確か男性恐怖症のようなものを発症してしばらくした頃、可愛らしい女物の服を着れなくなっていた頃、家に閉じこもってばかりではいけないと母が俺を外に連れ出した。その行先でカミアが街頭インタビューのようなロケをしていた。

「親子で買い物してる人の話を聞く……みたいなロケだったかな。母の日近かったから、仲良し親子を探そうみたいな企画?」

「たまにある」

「あるよね。それで声かけられたの、美人親子だったからかな~? なんて……い、今のツッコむとこなんだけど」

「……? なんで? はるくん、美人」

軽率に心臓を止めにかかるのはやめて欲しい。トキメキで死ぬ。

「ぐっ……ふぅ、耐えた……」

「ちぇ」

「ちぇって言ったぁ!? ね、狙ってたのしぐぅ……どこまで話したっけ、えっと、それでね」

女物の服は着れなくなっていたけれど、髪を切るほどの思い切りの良さはなかった。だから俺の髪は女装に合うよう手入れした、あまり男らしくないサラツヤの長髪。そんな髪をカミアは褒めてくれた。

「そう、カミアが髪を…………ダジャレじゃないからね?」

「あはははっ、はるくん上手ぅ」

「ダジャレじゃないってば! もぉ~、笑う演技上手いなぁ~……」

綺麗な髪ですね、大切になさってるんですね、すごく可愛いです! 僕天然パーマだから、綺麗なストレートって憧れあるんです~……そんなふうに言われた。下心も打算もない純粋な褒め言葉は、可愛い格好がしたいという俺の欲を育てて恐怖心の殻を破らせた。

「はるくん、テレビ出たの?」

「ううん、カットされちゃったみたい。放送見たけど出てなかったもん」

母が正直に息子の引きこもりを治すリハビリだと説明してしまい、お昼の放送には似つかわしくないと判断されたのか放送はされなかった。

「……無理しないで自分のペースで頑張ってね、って言ってくれたの。母さんや姉ちゃん達には急かされたり、腫れ物扱いされたりしてたから……優しい応援が沁みてさぁ……もう、帰ってすぐカミア調べて、そこからはドルオタ街道まっしぐら」

「そっか……」

「あんなに可愛い子に応援されたら頑張っちゃうし、可愛いって言われたらもっと可愛くなりたくなるじゃん? カミアが居るから今の俺があるの」

「……カミア、いい子」

うんうんと頷き、言葉の続きを待つ。俺の知らないカミアのエピソードを話してくれるのかと期待していた。

「カミアはいい子だから、心底の可愛いこと言える。だから人の心を打って、最高のアイドルやれる。歌がぼくより下手で、ダンスもそれなりでも、一生懸命だからみんな応援する。ライブ来る」

「うん……? そうだね、カミアすっごく応援したくなる! 最高に可愛い」

「ぼくは、あの頃、全部計算だった。人に好かれるように振る舞ってた。歌もダンスも出来たから、カミアほど一生懸命じゃなかったし……だから、顔が無事なの、あの子で正解」

「…………」

「カミアは、ぼくより色々下手だからって、ぼくがアイドル続けるべきだったって思ってる。ぼくが何回言っても、ダメ。だから……はるくん、ファンとして、カミアに……分かるまで、応援してあげて」

「……うん! 言われなくてもやっちゃうよ~!」

しぐは嬉しそうに口元を緩めて頷く。

「…………ぁ、飲み物……忘れてた。ごめんね、ジュース、持ってくる」

「お構いなく~」

しぐが部屋を出ていった後、俺は本棚を漁った。ハマる以前のカミアが表紙の本などは初めて見るカミアだ、たまらない。

「古そうな雑誌……どこの? これ。見たことない。ジュニアアイドル?」

知らない雑誌を見つけて読んでみると、ジュニアアイドル時代のカミアを見つけた。カミアが二人居る、いや、片方はしぐなんだ。

「え~しぐめっちゃ可愛いじゃ~ん。どっち? 全然見分けつかない。ぁ、書いてる。右がカミア……じゃあ左がしぐかぁ、可愛い~!」

火傷跡があるらしいけど、メイクで誤魔化せるならそうしていればいいのにと俺は思ってしまう。まぁカミアそっくりだから、そうしたら外出が難しくなりそうだけれど。

「……しぐ遅いなぁ」

そんなに広い家じゃなさそうなのに、ジュースを取ってくるのにそんなにかかるものだろうか。

「お……? 何これ、スクラップブック……?」

スクラップブックを見つけた。カミアが載った新聞の切り抜きだ。一冊目から見ようと端のスクラップを取り出して見てみる。

「可愛い~…………えっ?」

凄惨な事件の記事があった。硫酸男の記事。カミアを庇った兄が大火傷を負ったという事件の記事。

「…………しぐ」

病院に運び込まれるしぐの写真だとかはない。元気に歌っていた頃の二人の写真が一つ小さく載っているだけだ。

「……あっ、お、おかえり~!」

足音が聞こえて慌ててスクラップブックを本棚に戻し、適当な雑誌を引っ張り出し、しぐを出迎える。その手には缶ジュースが一本ずつあった。

「どっちが、いい? オレンジと、ブドウ」

「あ、じゃあ~……ブドウの方。ありがと……な、なんか遅くなかった?」

「ぷぅ太の水、ついでに入れ替えてた」

「そっか。ぁ、後でさ、ぷぅ太ちゃんまた見せてよ~」

「……! いいよ」

今日イチの笑顔だ。ペットを飼ったことがないから分からないけど、そんなに嬉しいものなのかな。

「前からずっと思ってたけどさ~……しぐってみっつん居ないとちゃんと喋れるよねっ。学校でしか会わなかった頃はさ~、もう聞こえないくらいで話すからさ~、正直ちょっと苦手な子だったんだけど」

「ぇ……ぅ…………恥ず……しっ……く、て……」

しぐの顔が一気に真っ赤に染まった。

「みっつんの話出したらそうなっちゃうの~?」

「……んな、つもり……な、けど」

「か~わ~い~い~! もぉ~しぐのこと苦手~とか思ってた俺バカぁ~!」

「わ……!」

思わず抱き締めると、みっつんがよくしぐの腰を抱いていたりする理由が分かった気がした。

(これは傍に置いときたいわぁ……)

肩幅の狭さ、腰の細さ、ぷにぷに具合、たまらない。

「じゃ、ぷぅ太ちゃんのとこ行こっ」

「うん。カミア、もういい?」

「ん~……また今度遊びに来させてっ? 一回で全部見ちゃうのもったいないよ~」

「……ふふ、うん……じゃあ、行こ」

しぐと腕を組んで部屋を出る。初対面の頃は邪魔でしかなくて、鬱陶しく思っていた彼が大切な友人になるなんて想像もしていなかった。
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