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小さなペット達

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ヒトに連れられ、四階の彼の部屋に通された。フタの代わりにサンドバッグになることくらいは覚悟しておかなければと、強く拳を握った。

「…………トカゲは好きですか?」

「……へっ? は、はい……人並みに」

予想していなかった質問に素っ頓狂な声が出て、頬が熱くなった。

「人並み……普通の人は爬虫類が嫌いなものですよ? まぁいいでしょう、来てください」

奥の部屋へと誘われ、殴られる覚悟を固めたまま足を進める。窓に遮光カーテンがかけられた部屋にぼんやりと灯りが点き、棚に並んだケージの一つをヒトは指差す。

「……この子はレオパードゲッコー。ハイイエロー。正直な感想をどうぞ」

「レオパっ? 生で見るの初めてです……! わぁ目おっきい可愛い……! ほんとに何か口角上がってるみたいな顔つきなんですね、笑ってるみたい……可愛い」

ネットでは動画をよく見かけるが、生では見たことがなかった生き物に興奮してしまう。殴られる覚悟を決めて身を固めていたのに、今は何も構えられていない、今殴られたら多大なダメージを受ける、ひとしきりはしゃいでからそのことに気付き、慌てて身構え直した。

「す、すいませんはしゃいで……あの、なんでトカゲ好きか聞いたんですか?」

「…………可愛いペットを気持ち悪いなんて言われたくないので。恐竜が好きでもヘビやトカゲは嫌いなんてよくある話ですから」

「はぁ……でも、レオパってヤモリじゃないですか」

「……知ってましたか。では、トカゲとヤモリの違いは?」

「えぇ……? 目の大きさとか、瞼の有無。足の速さ……? ヤモリは壁とかに張り付くの得意とか……」

「…………何か飼ってます?」

「え、いえ、何も」

動物は嫌いではないが、好きと言うほどでもない。可愛いとは思うし触れるけれど、餌や水の用意や糞尿の世話を毎日することを考えると癒しより労力の方が大きく思えてしまうし、何より命の責任を持ちたくない。

「そうですか……蛇は好きですか?」

「あ、はい。かなり。個人的に一番セクシーな生物だと思ってます」

「こちらがポールパイソンです」

「ふぉお……!? くぅう……! 生で見るとたまりませんね、この鱗、うねり具合、しかもこの身体全てが筋肉だと思うともう……」

手足がないというのがまた原点にして頂点というか、生物の完成系みたいな雰囲気があってイイ。実際他の生物の祖となる生物という訳でも、最も優れた生物という訳でもないのだろうけど。雰囲気だ雰囲気。

「蛙はどうですか?」

「蛙……あんまり意識したことないです」

「こちらアメフクラガエルです」

「丸っ! えぇ可愛い~……知ってる蛙の形と違う。わらび餅みたい。太らせちゃった訳じゃないんですよね……?」

「本当に蛙にはあまり興味無いみたいですね、それで正常な体型ですよ」

よく見ると蛙だけはケージ内に二匹居るようだ。もぞもぞ動いているから分かったけれど、土と同じ色をしているから彼らが止まっていたら見つけられなかっただろう。

「お名前とかってあるんですか?」

「ルートヴィヒ」

ゲッコー月光だからベートーヴェン……?」

「モンティ」

「パイソンだから……?」

「ワラビとキナコ」

「急に見た目から付けた……」

「由来、全問正解です。なかなか凝ってるでしょう。順番に一、二、三……って付けてくようなバカとは違います」

割と素直な名付け方だと思う。まぁ、数字よりはずっとマシだし、名前らしくなっているけれど。しかしヒトの言うバカとはフタのことなのか、父親のことなのか……

「あなたはさっき私と話が合うと仰っていましたが、その通りみたいです。私達は気が合いますね」

爬虫類と両生類が可愛く見えて、素直な名付け方の由来を推測出来ただけだぞ? 一体今まで何人を気が合うと言ってきたんだろう。

「こんなにも話の分かる人、初めてです」

0人、だと……? 生き物苦手板でしか人と話したことがないのか?

「あなたは何故かウチの事情を結構知っているみたいですね。実際のトップが私ではなく、サンですらなく、ある粗暴な男ということも分かっていますか?」

「あ、はい……粗暴かどうかは、分かりませんけど」

フタやサンにボスと呼ばれる彼のおかげでレイが助かり、アキの怪我も防がれた。彼の性格などはよく知らないが、ヒトよりは粗暴な人間ではないと思う。

「彼は私達の父を殺しました」

サンから聞いた話だ。

「そんな男に従わされているのも、そんな男にフタが懐いているのも、今穂張興業で働いている八割があの男がここに入れた人間だということも、何もかもが……癪に障る」

麻薬を売り、人生を破滅させた人間を売り、そんな商売を潰されて首が回らなくなったから自分で命を絶った。サンは父親に関してそう話していて、ボスへの恨みはなさそうだった。しかし、ヒトは恨みが濃いようだ。サンとは違い興業の運営に関わっているからだろうか。

「クズ共はアイツやフタばかり持ち上げ、私に対して尊敬の念はない。昔から組に居る連中はサンを正当な後継者だと未だに思っている……私が長男で、能力的にも最も相応しいにも関わらずだ」

「……血ばっかり見る体質の組織って、嫌ですよね」

「あぁ全く愚かにも程がある! やっぱりあなたとは気が合いますね、話していて楽しい人間なんて初めてです……!」

適当に同意してみたら思いの外喜ばれた。

「ま、だから、そんな訳で、私は常に爆発寸前のストレスと戦っているんですよ。そんな時にフタが遅刻し、仕事を忘れ、サンのパシリすらこなせず、ヘラヘラ笑って俺の前に立ちっ、猫を飼ってやがる……! 殴るなという方が無茶でしょう」

「ね、猫は関係ないんじゃ……」

「猫は存在するだけで迷惑なんですよ! っくしゅ! はぁ……話してるだけでクシャミ出てきた……クソっ、忌々しい」

「アレルギーなんですか? わ……すいません、それは同じ建物で飼われると辛いですよね……で、でも、フタさんにはどれも悪意はないので、殴るのは」

「悪意がないから修正出来ねぇんだろうが行動がよぉ!」

「だ、だったら殴っても仕方ないじゃないですかぁっ……」

「そうなんですよ……スッキリはしますが、意味がなくて虚しくてね。もうフタの顔も見たくない、適当なヤツにフタのお守り役を押し付けて、遅刻も失敗も連中にカバーさせようかと思います」

見捨てる、というように思えて悲しいけれど、きっとフタにとっては殴られるより見捨てられる方が楽なはずだ。ヒトを慕っている訳でもなさそうだし、ヒトに叱られて成長することもなさそうだし。

「けど、まぁ……ストレスが溜まりますよね。やっと本題です、あなたに伝えたいのはここからなんですよ」

「は、はい……」

「フタを引き離して私のストレス解消を手伝ってください」

「サンドバッグになれ、と……?」

「……この子達を時々見に来て欲しいんです。今日分かったんです、ペットを褒められるとすごくいい気分になる……と。恐竜の話もしたいですね、映画の話なんかも。だからつまり、時々ここに遊びに来てください。私の話し相手になってください」

「そんなことなら是非! 俺もまた見たいです、ご飯食べるとことかも見たいですし」

「あなたが私を無視せず、時々遊びに来てくださるのなら、フタには関わらないよう頑張りますよ」

そう言いながらヒトはスマホを取り出した。連絡先を交換しようということだろう。俺は二つ返事で受け入れ、フタやサンに似た幼げな笑顔を見た。
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