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拗ねてしまわないで
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鮭が焼き上がる頃、フタが起きてきた。顔を洗ったりなどはもう済ませたようだ、朝の支度もスマホにメモしてあるのだろうか。
「おはよぉサンちゃん……ん? みつきぃ、おはよぉ~。どしたの朝から」
「おはようございます。どうしたって、一緒にお泊まりしたじゃないですか」
「…………? そだっけ。そっかぁ、じゃあ今日の朝ご飯は楽しいね」
「き、昨日デートしたのは覚えてますよねっ? 遊園地行って、帰りに車で……キスとかしたんですけど。あの時間はちゃんとフタさんの中にありますよねっ?」
初デートは大切な思い出だ。俺は情けない姿を晒してしまったけれど、それでも一生語っていきたい出来事だ。それをたった一日で忘れられては流石の俺も心が折れるかもしれない。
「あー……ごめんねぇ?」
申し訳なさそうな笑顔を見た俺の目は、その後しばらく閉じることを忘れた。心臓が痛んで、息が止まった。
「……みつき?」
シャツの胸元を強く握り締める。
「みつき、みつきっ? どっか痛いの? みつきぃ、泣かないで、ちゃんと言って。みつきぃ、ねぇ、胸? 胸痛いの? サンちゃん、びょーいんに電話……」
「……っ、る……さいっ! フタさんのバカぁっ!」
俺を心配する優しい手を振り払って、困惑する瞳を睨み付ける。
「みつき……? お、俺? 俺が……何かしちゃったの? 俺…………ごめんね、みつき、俺やなことした? みつき、みつきぃ……」
「兄貴」
「あっ、サンちゃん。どうしよ、みつき……」
「スマホ、昨日撮った写真見てみたら?」
「え、でも、みつき泣いてる……」
「いいから、写真見て。昨日のことなら思い出せるはずだろ」
目が熱い。溶け出してるみたいだ、頬がべとべとする。胸が痛い、喉も痛い。あんなこと言うつもりなかった、手を振り払ったりなんてしたくなかったのに、忘れられたショックで抑制が効かない。
「水月、みーつーきっ、大丈夫?」
「……っ、サン……サンっ、俺……俺はぁっ、楽しかったのに……情けないとこいっぱい見せちゃったけどっ、楽しくて、嬉しくて、幸せでぇっ、フタさんのことすごくすごく好きになって、なのに……! フタさん、一日で忘れるなんて……楽しかったのも、好きなのも、俺ばっかりなんだ……」
「水月、違うよ。兄貴は楽しかったことだろうが嫌なことだろうが覚えられないよ」
「そんな、そんなのおかしいっ、フタさん楽しくなかったんだ……!」
「……水月、お願い。兄貴と付き合うんなら、兄貴のこと分かってあげて。水月こそちゃんと思い出してみてよ、昨日兄貴楽しそうにしてただろ? 演技なんて出来る人じゃないよ」
昨日……そうだな、昨日はフタは楽しそうにしていた。アトラクションを楽しんで、俺を可愛いと愛でてくれた。あの幸せな時間は共有され続けるものだと思っていた。
「おかしいなんて……言わないで。お願い…………兄貴! どう? そろそろ思い出せた?」
スマホを弄っていたフタにサンが声をかける。
「何が?」
「昨日、水月と遊園地デートしたろ? どうだった?」
「……やめてよサン、そんなことフタさん覚えてないんだ」
「楽しかった! なんかさぁー……なんだっけ? ちょっと待って。えーと……ぷてらのどん、がぁ……恐竜じゃなくて、よくりゅーで……飛べなくて、かっくーしてる」
…………俺が昨日話した浅い知識だ。
「あとね、見て見て。みつき。かわいいの。髪と服、いっぱい悩んだんだって、俺に好きになって欲しいってさぁ、かわいいよね」
「見てって言われても困るけど、それ超可愛いね。水月は一生懸命で可愛いんだよね、全身で好き好き言ってくる感じ? めちゃくちゃ懐いた犬みたいな」
「全身で好き好き分かる~、そんな感じ。流石サンちゃん」
「さっき兄貴、水月とデートしたこと覚えてないって言って、水月泣かせたんだよ」
「えっ」
「デートしたことは思い出せたよね? 慰めなよ」
サンに背を押されてフタが遠慮がちに俺の前にやってきた。フタは頭を掻き、サンに助けを求めるように振り返ったが、すぐに俺に向き直って俺の顔に触れた。
「みつきぃ……ごめんね」
「……フタさん」
「色々すぐ忘れちゃってぇ……でも、覚えてた! 写真見たら出てきた。すぐ頭から出てこないだけでぇ、覚えてたから……なんだっけ……ぁ、そうそう、泣かないでみつき」
頬をむにむにと揉まれながら、親指で目元を拭われる。何やってるんだ、俺……好き勝手喚いて泣いて、これじゃまるきりガキじゃないか。
「…………フタさん、楽しかった?」
「何が?」
「……昨日のデート、遊園地……楽しかったですか?」
「うん! 楽しかったぁ。何か……何がどうとか、言えないけどぉ……とにかくなんか、楽しかった」
「フタさん……フタさんは、俺のことどう思ってますか?」
「かわいい!」
屈託のない笑顔でそう言うフタの方こそ可愛らしい。
「好き、ですか?」
「すき~」
「…………俺とキスしたいって思えますか?」
「きす……ちょっと待って」
顔の前で手を広げられる。口に手を当てて考え込むフタに、俺とのキスはそんなに悩むほどやりたくないことなのかと落ち込みかけたその時──
「ちゅーのこと」
──とサンがフタに囁き、フタは目を見開きサンを指差した。
「それぇ! くっ……いや今のはイケた! もうちょいで自力でイケた! えっと、何だっけ」
「水月が、水月とちゅーしたいかって聞いてる。返事早く」
「あぁそうそう……ちゅーしていいの? みつき」
頷くとフタは身を屈めて俺と唇を触れ合わせてくれた。それだけじゃない、両腕で頭を抱き締めてくれた。
「……作法、今思い出した。ごめんね遅れて」
舌が口の中に入ってくる。昨日初めてフタとキスをした時、俺達は互いの頭を抱き締め合っていた。ちゃんと覚えてくれていたんだ。
「んっ……フタ、さん……好きっ、すきぃ……だいすき、フタさん……」
先程までとは別種の涙が溢れる。俺はフタの頭にぶら下がるように彼の頭を抱き締めて、優しく俺の口内を撫で回す舌に舌を擦り寄せた。
「おはよぉサンちゃん……ん? みつきぃ、おはよぉ~。どしたの朝から」
「おはようございます。どうしたって、一緒にお泊まりしたじゃないですか」
「…………? そだっけ。そっかぁ、じゃあ今日の朝ご飯は楽しいね」
「き、昨日デートしたのは覚えてますよねっ? 遊園地行って、帰りに車で……キスとかしたんですけど。あの時間はちゃんとフタさんの中にありますよねっ?」
初デートは大切な思い出だ。俺は情けない姿を晒してしまったけれど、それでも一生語っていきたい出来事だ。それをたった一日で忘れられては流石の俺も心が折れるかもしれない。
「あー……ごめんねぇ?」
申し訳なさそうな笑顔を見た俺の目は、その後しばらく閉じることを忘れた。心臓が痛んで、息が止まった。
「……みつき?」
シャツの胸元を強く握り締める。
「みつき、みつきっ? どっか痛いの? みつきぃ、泣かないで、ちゃんと言って。みつきぃ、ねぇ、胸? 胸痛いの? サンちゃん、びょーいんに電話……」
「……っ、る……さいっ! フタさんのバカぁっ!」
俺を心配する優しい手を振り払って、困惑する瞳を睨み付ける。
「みつき……? お、俺? 俺が……何かしちゃったの? 俺…………ごめんね、みつき、俺やなことした? みつき、みつきぃ……」
「兄貴」
「あっ、サンちゃん。どうしよ、みつき……」
「スマホ、昨日撮った写真見てみたら?」
「え、でも、みつき泣いてる……」
「いいから、写真見て。昨日のことなら思い出せるはずだろ」
目が熱い。溶け出してるみたいだ、頬がべとべとする。胸が痛い、喉も痛い。あんなこと言うつもりなかった、手を振り払ったりなんてしたくなかったのに、忘れられたショックで抑制が効かない。
「水月、みーつーきっ、大丈夫?」
「……っ、サン……サンっ、俺……俺はぁっ、楽しかったのに……情けないとこいっぱい見せちゃったけどっ、楽しくて、嬉しくて、幸せでぇっ、フタさんのことすごくすごく好きになって、なのに……! フタさん、一日で忘れるなんて……楽しかったのも、好きなのも、俺ばっかりなんだ……」
「水月、違うよ。兄貴は楽しかったことだろうが嫌なことだろうが覚えられないよ」
「そんな、そんなのおかしいっ、フタさん楽しくなかったんだ……!」
「……水月、お願い。兄貴と付き合うんなら、兄貴のこと分かってあげて。水月こそちゃんと思い出してみてよ、昨日兄貴楽しそうにしてただろ? 演技なんて出来る人じゃないよ」
昨日……そうだな、昨日はフタは楽しそうにしていた。アトラクションを楽しんで、俺を可愛いと愛でてくれた。あの幸せな時間は共有され続けるものだと思っていた。
「おかしいなんて……言わないで。お願い…………兄貴! どう? そろそろ思い出せた?」
スマホを弄っていたフタにサンが声をかける。
「何が?」
「昨日、水月と遊園地デートしたろ? どうだった?」
「……やめてよサン、そんなことフタさん覚えてないんだ」
「楽しかった! なんかさぁー……なんだっけ? ちょっと待って。えーと……ぷてらのどん、がぁ……恐竜じゃなくて、よくりゅーで……飛べなくて、かっくーしてる」
…………俺が昨日話した浅い知識だ。
「あとね、見て見て。みつき。かわいいの。髪と服、いっぱい悩んだんだって、俺に好きになって欲しいってさぁ、かわいいよね」
「見てって言われても困るけど、それ超可愛いね。水月は一生懸命で可愛いんだよね、全身で好き好き言ってくる感じ? めちゃくちゃ懐いた犬みたいな」
「全身で好き好き分かる~、そんな感じ。流石サンちゃん」
「さっき兄貴、水月とデートしたこと覚えてないって言って、水月泣かせたんだよ」
「えっ」
「デートしたことは思い出せたよね? 慰めなよ」
サンに背を押されてフタが遠慮がちに俺の前にやってきた。フタは頭を掻き、サンに助けを求めるように振り返ったが、すぐに俺に向き直って俺の顔に触れた。
「みつきぃ……ごめんね」
「……フタさん」
「色々すぐ忘れちゃってぇ……でも、覚えてた! 写真見たら出てきた。すぐ頭から出てこないだけでぇ、覚えてたから……なんだっけ……ぁ、そうそう、泣かないでみつき」
頬をむにむにと揉まれながら、親指で目元を拭われる。何やってるんだ、俺……好き勝手喚いて泣いて、これじゃまるきりガキじゃないか。
「…………フタさん、楽しかった?」
「何が?」
「……昨日のデート、遊園地……楽しかったですか?」
「うん! 楽しかったぁ。何か……何がどうとか、言えないけどぉ……とにかくなんか、楽しかった」
「フタさん……フタさんは、俺のことどう思ってますか?」
「かわいい!」
屈託のない笑顔でそう言うフタの方こそ可愛らしい。
「好き、ですか?」
「すき~」
「…………俺とキスしたいって思えますか?」
「きす……ちょっと待って」
顔の前で手を広げられる。口に手を当てて考え込むフタに、俺とのキスはそんなに悩むほどやりたくないことなのかと落ち込みかけたその時──
「ちゅーのこと」
──とサンがフタに囁き、フタは目を見開きサンを指差した。
「それぇ! くっ……いや今のはイケた! もうちょいで自力でイケた! えっと、何だっけ」
「水月が、水月とちゅーしたいかって聞いてる。返事早く」
「あぁそうそう……ちゅーしていいの? みつき」
頷くとフタは身を屈めて俺と唇を触れ合わせてくれた。それだけじゃない、両腕で頭を抱き締めてくれた。
「……作法、今思い出した。ごめんね遅れて」
舌が口の中に入ってくる。昨日初めてフタとキスをした時、俺達は互いの頭を抱き締め合っていた。ちゃんと覚えてくれていたんだ。
「んっ……フタ、さん……好きっ、すきぃ……だいすき、フタさん……」
先程までとは別種の涙が溢れる。俺はフタの頭にぶら下がるように彼の頭を抱き締めて、優しく俺の口内を撫で回す舌に舌を擦り寄せた。
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