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忘れっぽい彼に刷り込むには

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早朝、サンのスマホが鳴り響き、俺達は目を覚ました。

「ふぁああ……俺まだ起きる時間じゃねぇのにぃ~…………二度寝しよ」

アラームを鳴らしたのが自分のスマホではないと確認したフタは二度寝を決め込み、目を閉じた。俺は昨晩散々撮られた復讐としてフタの寝顔を撮った後、サンを追った。

「サン、朝ご飯作ってくれるの?」

「うん。この味噌使い切りたいから今日は和食ね」

「朝に和食かぁ……馴染みないなぁ、楽しみ。あ、サン、火使うなら危ないから髪くくっとかない? 自分の家で、それもキッチンで触角センサーなんか要らないだろ?」

「……そうだね。じゃあ水月、お願い」

櫛を持って戻るとサンはダイニングの椅子に腰かけていた。俺は丁寧にサンの髪を梳かし、頭の後ろで結んだ。

「出来たよ、サン」

「…………編まないの?」

「ハルじゃないんだから……俺には無理だよそんなの」

「……なんだ」

「つ、次までに練習しておく! 編み込みとか色々習得しておくから!」

「そう? 頑張ってね」

ひとまとめになった髪を揺らしてサンはキッチンへと戻って行った。顔を半分隠している前髪は邪魔そうに見えるが、サンの感覚は視覚に頼り切っている俺とは違う。

「……何か手伝うことある?」

「別にないかな」

「そっか……」

サンが朝食の支度をするのを眺める。鮭の切り身をグリルに入れて、手のひらの上で豆腐を切って──

「あっ包丁!」

──いるところを見て包丁を形州から返されたことを思い出した俺は鞄の元に走った。

「サン、昨日……じゃないや、その前か。形州、あの、レイの元カレ。あの大男が来てさ、拾ったからって包丁返してくれたんだよ。意外と律儀でびっくりした……勝手に持ち出してごめんね、サン」

「……あの包丁? そっか。ありがとう」

「ううん……ごめん」

「もう気にしなくていいよ。あの時もボクが叱りたかったのはボクの物を盗んだことじゃなくて、アンタが一人で危ないことに突っ込んでったことだ。ボクは上等な道具なんかより、水月がずっと大事なんだからね」

くしゃくしゃと頭を撫でられる。大きな手が心地よくて、思わず目を閉じてサンの手に擦り寄った。

「……おっと。ワカメ入れ忘れるところだった」

サンは朝食作りに戻った。もちろん俺を撫でた手を洗うのは忘れなかった。

「ん……? 水月、アンタ昨日から包丁持ちっぱだったの?」

「うん、フタさんの上着借りにサンに会うから、その時に渡そうと思って鞄入れてたんだけど、忘れちゃってて……えへへ」

「職質受けたんだよね? ヤバくない?」

「…………フタさんが和彫りすごい上にヒトさんがペットのエサ車に忘れてて助かった。俺ノーマークだったんだ……」

「水月は鞄見られなかったの?」

「開けてちょっと見せただけ、触られもしなかったよ。包丁は一応中敷きの下に入れてたから」

「……水月ボクらのことあんま物騒とか言えないよ」

「え、えぇ……? なんでさ……」

そんな話をしてもまだ朝食は完成しないし、フタも起きてこない。見えているとしか思えない見事な手際のよさで調理を進めるサンを眺め、数十秒で沈黙に耐え切れなくなった俺はまた口を開いた。

「あのさ、サン……フタさんってさ、学校行ってた? フタさんの時代ってしっかりした性教育とかなかったのかな」

「何、兄貴そんなにむちんちんだった?」

「うん、フタさんむちんちんで……待ってむちんちんって何」

「ちんちんに関して無知」

「……ちんちん無知じゃなくて?」

「むちんちん」

まぁ、いいか。こんなこといちいち気にしてたらサンと会話は出来ない。

「学校ねぇ、言ったと思うけどボクら異母兄弟だから子供の頃はそんなに一緒に居なかったんだよ。水月に分かりやすく言うと法事で会う従兄弟くらいの仲かな」

「俺の母さん親とすら絶縁してるから俺その感覚分かんないんだ」

「……水月ってザ平凡ですみたいな態度取ってるくせに割とモデルケースからズレてるよね。父親知らないし腹違い種違い卵同じとかいうややこし過ぎる弟居るし」

「母さんがすごいだけで俺は平凡なんだよ……顔以外は。まぁ、感覚はいいよ。フタさんの子供時代分かんないってこと?」

脱線し始めた話を元の位置に戻した。

「んー……まぁその頃からヒト兄ぃよりは仲良かったから、割と分かるよ。確か、母親のお店手伝ってたとかで学校はあんまちゃんと行ってなかったんじゃないかな? 行っても寝てたとか、給食だけ食べに行ってたとか、そんな感じだったと思う」

「そうなんだ……」

「給食ってアレ給食費払ってなくても一応食べれるからね」

「払ってなかったってこと?」

「あんま死んだ人のこととやかく言うのアレだけど、兄貴の母親はねぇ……払わないタイプだね、うん。家まで来られてようやくちょっと渡すみたいな感じ?」

「死んじゃったの?」

「ボク達全員親両方死んでるよ。両方って言っても父親一人だから全部で四人だけどね」

三十歳にもならない頃にもう親が死んでいるのは、現代では結構珍しいんじゃないだろうか。俺の母はいつまで元気で……いや、考えるのはやめよう、母なら何か俺が寿命迎えても元気でいそうだし。

「そうなんだ……」

「しんみりしなくていいよ、しんみりする価値あるの一人も居ないから」

「そ、そんな言い方……」

「だからまぁ、兄貴は性教育どころか義務教育もろくに受けてないし、穂張興業の職員だいたいそんな感じだよ。でも……何年か前にボスが一括で教育したはずなんだよね。だからみんな中学卒業レベルの学力はあるし、性交渉のリスクとかゴムの大切さとかは分かってるはずだよ」

ボス……レイの元カレの従兄弟だな、あのエロスの権化みたいな人。

「結論、兄貴の記憶力の問題」

「そっかぁ……」

「でも兄貴、継続的に情報入るとちゃんと覚えるよ。ボクの名前とか、水月の顔と名前ももうちゃんと覚えてるし……旅行行ってたのに覚えてるってことは、水月が彼氏になったから毎日写真とか見てたんだろうしね」

「え、何それ嬉しい」

「だから毎日エロいことしてやればいいんだよ」

「天才……?」

「世間的にもボクは天才だよ。新聞とか雑誌でもそう紹介されてる」

そういえばサンはそこそこ名の売れた画家だったな。

「まぁ毎日は水月来れないだろうし、兄貴も仕事あるし無理だろうから……そうだね、兄貴のスマホにオナニーの手順メモってやれば? 玩具とか贈って」

「昨日思い付いてやろうとしたけど罪悪感に襲われて出来なかったことを……」

「罪悪感? あぁ、水月そういうのあるんだ」

「サンにもあるよね!? なさそうな言い方やめてよ怖いよ!」

「水月、恋人や兄弟に薬を盛って監禁する男に罪悪感がどうとか言っても無駄だよ」

「怖いってぇ! あるだろ罪悪感! あってよ!」

「罪悪感ねぇ……あぁ、ボスに兄弟で分けなってもらったお菓子、一人で食べてフタ兄貴泣かせた時は……ちょっと感じたかも」

「なんて可愛いエピソード」

お菓子をもらうような仲なのも、サンが食いしん坊なのも、フタがお菓子を食べられずに泣いてしまったことも、兄を泣かせておいて「ちょっと」罪悪感を感じた程度なのも、何もかも可愛い。
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