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キスの正しい作法
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倒した運転席に横たわったフタに覆い被さる。まさかカーセックスを出来る日が来るとは……
「……ぁ、待ってみつき」
「はい! 待ちます!」
「電気点けて」
「え、明るい方がいいんですか?」
「……? うん、暗いと見えないじゃん」
初めてっぽいから明るくては恥ずかしいだろうと気を利かせていたけれど、そんな必要はなかったらしい。
「じゃあ点けますね」
車内灯のスイッチを入れ、オレンジがかった優しい光に俺達を包ませる。
「……そ、それじゃあ……触っていきますよ、フタさん」
「おー……よろしくー?」
緊張している俺に対し、フタの返事は相変わらず緩い。
(あ、メガネ……顔横にしたりしたらフレーム歪んじゃいますぞ。惜しいですが、外しておきますかな)
まずメガネを外そうと手を伸ばすと、その手をぺしっと払われた。
「これはこのまま」
「……? は、はい、すいません」
メガネを外すなんてとんでもない! と言うのは大抵メガネっ子を抱く側のワガママなのだが、フタは何故メガネにこだわって……そういえばこのメガネ、撮影機能あるとか言ってなかったか? 一人称視点ハメ撮り希望? なら後で送ってもらおう。
「さ、触ります……」
セックスが何なのかよく分かっていない二十七歳男性という、天然記念物を通り越して空想上の生物レベルの珍しさ。萌えと緊張と恐怖がない混ぜになる中、表情すら整えられないまま俺はフタの身体に触れた。
「ぉ……」
温かい。パーカーを開いてタンクトップの上から胸を撫で、胸筋を優しく揉む。脱力した筋肉の柔らかさは何度も味わってきたが、全く飽きる気配がない。
「……楽しい?」
「とても……!」
歌見や俺のような見せ筋の柔らかさとは違う、アキのような締まり過ぎた戦闘用の肉体とも少し違う、シュカが近い。実戦で鍛えられた、バランスは悪い本物の筋肉だ。
「ふーん……? 変わってるね……」
「誰でも喜びますってこんな上等な雄っぱい!」
左手でタンクトップ越しに胸を揉みながら、右手はタンクトップの中に潜り込ませて腹筋を撫でた。くっきりと割れたそこもまた──
「……っ、痛……」
「えっ、い、痛かったですかっ? すいませんっ……」
無表情でじぃっと俺を見つめていたフタが不意に漏らした言葉に俺の声は裏返る。慌てて謝罪をし、そんなに強く触れたつもりはなかったのにとタンクトップを捲ってみると、原因はすぐに分かった。
「……! あ……」
刺青が入っていない、本来の肌の色のままのはずの腹部は広範囲に渡って青紫色に変色していた。何度も、何度も、何度も何度も殴られたか蹴られたかした跡だ。
「何、このアザ……なんでこんなに」
「……みつきぃ?」
「ごっ、ごめんなさいお腹触っちゃって! 痛かったですよね、ホントにごめんなさい!」
「いいけどぉ…………もう終わり?」
「へ……?」
「何だっけ、みつきがしたがってたヤツ。もう終わったの?」
「ま、まだですけど……続けていいんですか? お腹こんなに……こんな、アザ」
「めっちゃ腹押すとかならやだけどー、違うんならしよーよ。したいんだよね? みつき」
気遣いなどは感じない。多分フタはそんな器用なこと出来ない。見た目は酷いけれど、大した痛みはないのだろうか? 腹にズンと重さがかかるアトラクションも笑顔で乗っていた訳だし……
「……痛かったらすぐ言ってくださいね」
「みつき医者みてぇ。へへっ、はーい先生」
「…………もう、可愛いなぁ……なんでそんなに可愛いんですか? アラサーのくせにぃ……」
幼い笑顔を浮かべたフタの頬を撫で、顎を支えて角度を整え、唇を重ねた。腹を避けた俺の手は両方とも胸へと戻り、その柔らかさや体温を満喫している。
「ん……」
このままディープキスも済ませてしまおうと舌を伸ばし、よく半開きになっているフタの口の中へ侵入する。その直後彼は首を横に振った。
(性急過ぎましたかな……修正せねば)
ディープキスは早過ぎたかと反省する俺にフタは予想外の言葉をかけた。
「もぉー、食ってからだいぶ経つんだから飯残ってねぇって。可愛いなぁみつきぃ、へへへ……」
「……へっ? あ、あの……フタさん? 何の話をしてらっしゃるので……?」
わしゃわしゃと頭を撫でられながら尋ねる。
「何って……みつきぃ、今口ん中探そうとしてたろ? 違うの?」
「……そんな小型齧歯類みたいなことしませんよ! なんでそんな発想にぃ!」
「えー……? 刺身食った後とかイツよく俺の口に手ぇ突っ込むよ?」
「猫じゃん! あのですね、ディープキスというのがあるんですよ! 互いの舌を絡ませ合って、愛を確かめ合う恋人達の儀式が!」
「……ちょっと待ってメモするから最初からゆっくり言って」
「…………名前は、ディープキス。べろちゅーとか……フレンチキスとも言います。口を押し付け合って、舌を絡ませ合う、恋人同士で行うものです」
「あぁちゅーねちゅー、それなら知ってる~」
雰囲気が壊れるなぁと落ち込みかけたが、こうやって説明させられると興奮するな。フェラやセックスなどありとあらゆるエロ用語を知らないでいてくれ、フタ、全部俺に教えさせてくれ。
「ん、書けた」
「じゃ、実践します?」
「すんの? いいよぉ、恋人同士だもんな」
改めて唇を押し当てるとフタの方から舌を伸ばしてきた。互いにと説明したからだろう、積極的だ。
「ん……フタさんっ……!」
俺はほとんど無意識にフタの頭を両腕で抱き締めた。サンと付き合い始めてすぐ、弟に先を越されるのが悔しいからなんて理由で告白してきたフタと、俺は上手くやれる気がしなかった。すぐに飽きられると思っていたし、口では惚れさせてやると宣言しながらも心の底では半ば諦めていた。
「可愛い、はぁっ……フタさん、俺の……」
今日のデートで惚れたのは俺の方だった。情けないところをいっぱい見せてしまったけれど、可愛いと言ってもらえたのは嬉しかったし、フタが何も話してくれない時間は酷い気分だった。
「…………こぉすんの?」
フタの腕が頭に回る。息継ぎの一瞬にそう尋ねた彼に、抱き締め合うのがキスの正しい作法だと口の中で伝えた。
「……ぁ、待ってみつき」
「はい! 待ちます!」
「電気点けて」
「え、明るい方がいいんですか?」
「……? うん、暗いと見えないじゃん」
初めてっぽいから明るくては恥ずかしいだろうと気を利かせていたけれど、そんな必要はなかったらしい。
「じゃあ点けますね」
車内灯のスイッチを入れ、オレンジがかった優しい光に俺達を包ませる。
「……そ、それじゃあ……触っていきますよ、フタさん」
「おー……よろしくー?」
緊張している俺に対し、フタの返事は相変わらず緩い。
(あ、メガネ……顔横にしたりしたらフレーム歪んじゃいますぞ。惜しいですが、外しておきますかな)
まずメガネを外そうと手を伸ばすと、その手をぺしっと払われた。
「これはこのまま」
「……? は、はい、すいません」
メガネを外すなんてとんでもない! と言うのは大抵メガネっ子を抱く側のワガママなのだが、フタは何故メガネにこだわって……そういえばこのメガネ、撮影機能あるとか言ってなかったか? 一人称視点ハメ撮り希望? なら後で送ってもらおう。
「さ、触ります……」
セックスが何なのかよく分かっていない二十七歳男性という、天然記念物を通り越して空想上の生物レベルの珍しさ。萌えと緊張と恐怖がない混ぜになる中、表情すら整えられないまま俺はフタの身体に触れた。
「ぉ……」
温かい。パーカーを開いてタンクトップの上から胸を撫で、胸筋を優しく揉む。脱力した筋肉の柔らかさは何度も味わってきたが、全く飽きる気配がない。
「……楽しい?」
「とても……!」
歌見や俺のような見せ筋の柔らかさとは違う、アキのような締まり過ぎた戦闘用の肉体とも少し違う、シュカが近い。実戦で鍛えられた、バランスは悪い本物の筋肉だ。
「ふーん……? 変わってるね……」
「誰でも喜びますってこんな上等な雄っぱい!」
左手でタンクトップ越しに胸を揉みながら、右手はタンクトップの中に潜り込ませて腹筋を撫でた。くっきりと割れたそこもまた──
「……っ、痛……」
「えっ、い、痛かったですかっ? すいませんっ……」
無表情でじぃっと俺を見つめていたフタが不意に漏らした言葉に俺の声は裏返る。慌てて謝罪をし、そんなに強く触れたつもりはなかったのにとタンクトップを捲ってみると、原因はすぐに分かった。
「……! あ……」
刺青が入っていない、本来の肌の色のままのはずの腹部は広範囲に渡って青紫色に変色していた。何度も、何度も、何度も何度も殴られたか蹴られたかした跡だ。
「何、このアザ……なんでこんなに」
「……みつきぃ?」
「ごっ、ごめんなさいお腹触っちゃって! 痛かったですよね、ホントにごめんなさい!」
「いいけどぉ…………もう終わり?」
「へ……?」
「何だっけ、みつきがしたがってたヤツ。もう終わったの?」
「ま、まだですけど……続けていいんですか? お腹こんなに……こんな、アザ」
「めっちゃ腹押すとかならやだけどー、違うんならしよーよ。したいんだよね? みつき」
気遣いなどは感じない。多分フタはそんな器用なこと出来ない。見た目は酷いけれど、大した痛みはないのだろうか? 腹にズンと重さがかかるアトラクションも笑顔で乗っていた訳だし……
「……痛かったらすぐ言ってくださいね」
「みつき医者みてぇ。へへっ、はーい先生」
「…………もう、可愛いなぁ……なんでそんなに可愛いんですか? アラサーのくせにぃ……」
幼い笑顔を浮かべたフタの頬を撫で、顎を支えて角度を整え、唇を重ねた。腹を避けた俺の手は両方とも胸へと戻り、その柔らかさや体温を満喫している。
「ん……」
このままディープキスも済ませてしまおうと舌を伸ばし、よく半開きになっているフタの口の中へ侵入する。その直後彼は首を横に振った。
(性急過ぎましたかな……修正せねば)
ディープキスは早過ぎたかと反省する俺にフタは予想外の言葉をかけた。
「もぉー、食ってからだいぶ経つんだから飯残ってねぇって。可愛いなぁみつきぃ、へへへ……」
「……へっ? あ、あの……フタさん? 何の話をしてらっしゃるので……?」
わしゃわしゃと頭を撫でられながら尋ねる。
「何って……みつきぃ、今口ん中探そうとしてたろ? 違うの?」
「……そんな小型齧歯類みたいなことしませんよ! なんでそんな発想にぃ!」
「えー……? 刺身食った後とかイツよく俺の口に手ぇ突っ込むよ?」
「猫じゃん! あのですね、ディープキスというのがあるんですよ! 互いの舌を絡ませ合って、愛を確かめ合う恋人達の儀式が!」
「……ちょっと待ってメモするから最初からゆっくり言って」
「…………名前は、ディープキス。べろちゅーとか……フレンチキスとも言います。口を押し付け合って、舌を絡ませ合う、恋人同士で行うものです」
「あぁちゅーねちゅー、それなら知ってる~」
雰囲気が壊れるなぁと落ち込みかけたが、こうやって説明させられると興奮するな。フェラやセックスなどありとあらゆるエロ用語を知らないでいてくれ、フタ、全部俺に教えさせてくれ。
「ん、書けた」
「じゃ、実践します?」
「すんの? いいよぉ、恋人同士だもんな」
改めて唇を押し当てるとフタの方から舌を伸ばしてきた。互いにと説明したからだろう、積極的だ。
「ん……フタさんっ……!」
俺はほとんど無意識にフタの頭を両腕で抱き締めた。サンと付き合い始めてすぐ、弟に先を越されるのが悔しいからなんて理由で告白してきたフタと、俺は上手くやれる気がしなかった。すぐに飽きられると思っていたし、口では惚れさせてやると宣言しながらも心の底では半ば諦めていた。
「可愛い、はぁっ……フタさん、俺の……」
今日のデートで惚れたのは俺の方だった。情けないところをいっぱい見せてしまったけれど、可愛いと言ってもらえたのは嬉しかったし、フタが何も話してくれない時間は酷い気分だった。
「…………こぉすんの?」
フタの腕が頭に回る。息継ぎの一瞬にそう尋ねた彼に、抱き締め合うのがキスの正しい作法だと口の中で伝えた。
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