冴えないオタクでしたが高校デビューに成功したので男子校でハーレムを築こうと思います

ムーン

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人の影まばらな早朝の電車に乗り、席に座って仮眠を取っていると、ドンッ! と背後の窓が強く叩かれた音がして飛び起きた。

「びっくりしたー……あっ、やばっ!」

危うく寝過ごすところだった。アナウンスで起きるだろうなんてのは自惚れだったようだ。しかしさっきの音は一体? 鳥でもぶつかったのか? でも窓には羽根や血は付いていなかった、まさか……

「…………サキヒコくん?」

サキヒコが起こしてくれた、というのは考え過ぎだろうか。肩が重だるく体温が下がっている感覚があるから傍に居るとは思うのだが。

「居るよね? これからデート、えっと、逢い引きとかで分かる? 恋人と遊園地に遊びに行くんだ。デートだから二人きりがいいんだろうけど、フタさんどうせ見えないからいいよね。遊園地、サキヒコくん初めてだよね? 体感はさせてあげられないけど、見て楽しいのもあるはずだから……あ、お昼ご飯は俺のつまみ食いしていいからね」

傍に居るはずのサキヒコにそう伝えつつ俺がまず向かったのはサンの家だ。インターホンを押してしばらく待つと、眠そうな顔をしたサンが出てきた。

「おはよう、サン」

「……水月? ふわぁ…………あぁ、そっか、上着か。ちょっと待ってて」

サンがフタの上着を持ってくるのを玄関で待たせてもらった。

「これこれ。薄手だけど黒だから刺青透けないと思うんだよね。白だと透けるらしいから」

そう言ってサンが持ってきたのは白い薄手のパーカーだった。

「えっと……サン、それ白色だけど……」

「…………間違えた。ちょっと待っ……あー、ごめん、来て」

サンに連れられてクローゼットを開け、色違いの黒いパーカーを探すのを手伝った。

「同じの色違いで買ったの忘れてた……昨日完全にこれだと思ってアイロンかけておいたのに。そっちどう? シワついてたり変な匂いしたりしてない?」

「大丈夫だよ、綺麗」

「そ? よかった。じゃあ早く兄貴んとこ行ってあげて」

パーカーを腕にかけてサンの家を後にし、近くにある穂張興業の事務所を目指す。早朝とはいえ真夏、じっとりとした暑さがまとわりつく。しかし身体の芯は冷えている、これはサキヒコが傍に居るからだろう。

「サキヒコくんって暑いとか涼しいとか感じる? って聞いてもなぁ……返事聞こえないしなぁ」

幽霊に取り憑かれていると肩が重くなり、倦怠感に襲われ、体温が下がる。前者二つはサキヒコが罪悪感を覚えるかもしれないので悟らせないようにしなければな。



今日は穂張興業の前に立っている者は居なかった。扉は開いていたので中に入り、エレベーターに乗った。

(人気がありませんな、まだ出社されてないんでしょうか)

最上階に着いた。フタの部屋だろう扉には「返事をするまで決して扉を開けるな」とボロい貼り紙が貼ってある。

(なにこれ)

ノックなしの入室は確かに無礼だが、貼り紙をするほどだろうか。それほど穂張興業の社員には常識がないということだろうか。とりあえず扉を叩いてみた。

「……フタさーん、俺です、あなたの恋人の水月です」

声もかけてみる。

「みつきー? 来ちゃったの? 俺迎えに行ったのにぃ」

返事があった、開けてもいいだろうか。

「開けるな!」

ドアノブを握って傾けた瞬間、扉の向こうからそう叫ばれ慌てて手を離した。

「す、すいません!」

着替え中か何かだろうか、そんなに怒らなくてもいいのに……いや、俺が無礼だったんだ、これからデートだというのに俺は何を……と落ち込む俺に再び声がかかった。

「ふぅ……いいよみつきぃ、入ってー」

恐る恐る扉を開け、中の様子を伺う。

「早く閉めて早く」

「あっ、ご、ごめんなさい……」

言われた通りにするとフタは両手に抱えていた白猫と黒猫を下ろし、服についた毛を軽く払った。

「おはようございます、フタさん」

「おはよぉ」

フタの現在の服装はタンクトップにジーンズ、着替えは終えているようだ。

「さっきの子がヨンちゃんとイツちゃんですか?」

机の下や棚の裏に潜り込んだ猫達を軽く覗きながら尋ねるも、フタはスマホを弄っていて返事をしてくれない。

(何か、意外と最新家電が多いですな。あとホワイトボードが多いでそ)

ノートサイズのホワイトボードが扉や冷蔵庫に吊ってある。飾りなどはなく、素っ気ない印象を受ける。置物などはないが観葉植物らしき物は窓辺に置いてある、ツンツンした細長い葉っぱの小さな鉢だ、可愛い。

(ロボット掃除機もありますな、猫ちゃんが乗ったりするんでしょうか)

部屋を見回すのを終え、改めてフタを見つめる。以前見た時に比べて包帯やガーゼの数が増えている気がする。またヒトにやられたのか?

「……みつきさぁ、前彼氏の写真と名前全員分送ってくれたじゃん」

「えっ? あ、はい」

「今見てたんだけどさぁ、居ないんだよね。その子誰? 一瞬みふゆって子かなーって思ったんだけどさぁ、髪型違うし……」

フタは俺の背後を指差している。

「なー、名前教えて。写真撮らせて、顔覚えんの苦手なの俺…………いい? あんがと」

にぱーっと笑ったフタは俺にスマホを向けた。

「さきひこ……ね。よろしくぅ、一緒に行くの? チケット二人分なんだけどなぁー……自腹でいい感じぃ?」

「あ、あの……フタさん、視えてらっしゃるんですか? サキヒコくんのこと……」

「え……? 見えてるって何…………あっ、いやいやいやいや見えない見えない見えてない俺なんにも見えてない!」

「えっ? いや、だって今サキヒコって……」

「聞ーきーまーちーがーいぃー! みつきの、ほら、あれー……そ、そら、そらまめ…………あ、そうそう、空耳空耳、みつきの空耳、へへへ……」

「……フタさん今、空耳のこと自力で思い出したんですか?」

俺は空耳だと教えてなんていない、何も言っていない、なのにフタは誰かから聞いて思い出したような反応をした。

「あの……サキヒコくんは旅行先で会った幽霊なんです。最初は普通の人間と同じに話せたんですけど、今はもう俺には視えなくて……もしフタさんが幽霊視えるタイプなら、正直に言ってください。言いふらしたり笑ったり嘘だって言ったりしませんから、絶対」

「………………俺、生きてんのと死んでんのの区別つかねぇの」

「そう……なんですね。そっか、サキヒコくん視えるんだ……居るんですね? よかったぁ今まで話しかけてきたの独り言じゃなくて」

まさか視えるタイプの彼氏が出来ていたとは! これならアキに対するセイカのように翻訳係になってもらって、夢の中以外でもサキヒコと意思疎通することが出来るかもしれない。サキヒコのためにも今回のデートでフタともっと仲良くなって、彼氏で居てもらわなくては!

「えっとねぇ、この仔がイチ、こっちはニィ、今俺の肩乗ってんのがミィ」

覚悟を固める俺の脇でフタは何もない空間に向かって何かを説明していた。
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