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テディベアの名前
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ノヴェムはリュウの膝に移り、アキの膝を完全に取り返したセイカは満足そうな顔でテディベアを抱いている。
《テディ、おなまえつけてもらった?》
《んなもん付けてねぇよ》
《どうしてつけてあげないの? テディかわいそう》
人の膝の上に座った二人で会話してるの、なんかいいなぁ。可愛い。
「鳴雷ぃ……」
今日も俺は壁として彼らを見守ろうと気配を消していたのに、セイカに困ったような声で呼ばれた。
「このガキ、ぬいぐるみに名前付けろってうるさい」
「名前? クマに? ふぅん……いいじゃん、つければ」
俺が持っているのは推しぬいばかりなので名前を付けるも何もないのだが、幼い頃母の恋人がくれた動物のぬいぐるみには名前を付けていた覚えがある。
「リュウはぬいぐるみに名前付けてたか?」
「持ってへんから分からん」
「そっか。セイカは名前付けるの嫌なのか?」
「…………思い付かないし」
「じゃあ俺が考えてやるよ、どうだ?」
拗ねたようにテディベアに顔の下半分を埋めていたセイカはピクっと俺の言葉に反応した。
「んー……クマだろ? 熊、クマなぁ」
「セイセイとかどや」
「それパンダだろ、リュウ」
「クマやん。ほな水月は何かええのん思い付いたんか?」
「バーソロミュー、どうだ?」
「長くて覚えにくいし強そう、やだ」
「強そうなん嫌なん?」
「嫌だろ……まぁ、いいや。思い付いた。クマだ」
クマだから、何とか。というふうに名前を発表するのだと思っている俺とリュウはセイカの次の言葉を待って彼をじっと見つめている。
《おい、名前決めたぞ。クマだ、クマ》
《くま……かわいいおなまえ! よかったねテディ、オーナーおなまえくれたね。ねぇ、なでていい?》
《……………………ちょっとだけだぞ》
ノヴェムがテディベアに触れる。セイカは嫌そうな顔をしながら小さな手をジトっと睨んでいる。
「くま~、くーまー……ふふふ」
「……名前クマなん? えぇ……せーかぁ、自分名前がニンゲンやってみぃや、嫌やろ?」
「まぁまぁ、苗字はバーソロミューだから」
「違う。苗字は鳴雷」
「鳴雷クマ? う、うぅん……セイカがそれでいいならいいけどさ」
狭雲じゃないんだ、とは言わないでおこう。書類上はもう早苗に変わって久しいし、セイカにとって苗字はあまり意識したくないものだろうから。
「ええのん? まぁ俺のんやないし、あんまりやいやい言うもんやないんやろうけど……」
《お触りタイム終わり》
《あっ…………さわらせてくれてありがとう、せーかお兄ちゃん。おなまえつけたり、ノヴェムにさわらせてくれたり、いいこになったからきっと、おててもどってくるね》
《…………どうだろうな》
セイカがノヴェムからテディベアを離した。ノヴェムは泣き喚いたりせず、ニコニコと笑っている。
《水月お兄ちゃん、ゲームしよ》
「ゲーム? したいのか? いいぞ」
対戦や協力プレイ可能なゲームのほとんどは最大人数が四人だ。俺達は五人。一人余ってしまうので、コントローラーを交代で使った。
日が暮れる頃リュウは家に帰り、母が仕事と買い物から帰ってきた。夕食を終えた後にインターホンが鳴り、すまなさそうな顔をしたネイがノヴェムを引き取っていった。
《またね、お兄ちゃん》
「ばいばーい」
《明日はだめ?》
「お兄ちゃん明日は用事あるんだ、ごめんなぁ」
昼間立てた義母にネイに幻滅してもらう作戦にはネイの許可と協力が不可欠だ。十中八九ネイは嫌がるだろうけど、今度ゆっくり話せる時にダメ元で提案してみよう。
「……今日は前より遅かったな、あの人」
「ん? あぁ……残業あるタイプの会社なんだろ。目のクマも酷いし、あんまり眠れてないんだろうな」
「昨日はあのガキ夜中までずっと一人だったのか……まぁ、居ない方が気楽なこともあるけど、あのガキはそういうのんじゃないよな」
「……明日はデートの予定あるから俺は行けないんだけど、気になるならノヴェムくんの様子見に行ってやったらどうだ? 家すぐそこだし」
「別に……気になるって訳じゃない。頼まれたんならまだしも、こっちから行くとか……ないだろ」
セイカはテディベアに顔を押し付けて俯いた。きっと明日になってもノヴェムの様子を見に行くか迷って、結果行かなかったら落ち込むのだろう。そんなセイカは見たくない、ここは俺がそれとなく誘導してやろう。
「ノヴェムくん、アキのこともセイカのことも好きみたいだから俺が居なくても二人と遊べるならきっと喜ぶよ。少なくとも一人で居るよりずっといい。もし明日もノヴェムくんと遊んであげる気になったんなら俺が朝イチでネイさんに話してきてやるからさ、お風呂とかでゆっくり考えてきな」
「……うん」
セイカのためにもなるからと言うよりも、他人が喜ぶだとかの理由を添えてやった方がセイカは行動を起こしやすい。
(きっと言ってきますぞ、ガキの面倒見てやることに決めた……とね!)
そんな俺の予想は大当たり、セイカは風呂から上がると俺のところに来てこう言った。
「明日、ガキの子守りしてやろうかなって思って……俺は別にどうでもいいけど、アイツが寂しがろうと……どうでも」
寂しがらせたくないんだろうな、優しいくせに素直じゃくて可愛い。
「あぁ、じゃあ明日言っといてやるよ」
「……ありがとう」
デート先はジュラ村とかいう遊園地、早起きをして行かなければならない。そのついでにちょっと近所の家に寄るくらい負担にはならない。
デート当日の朝、まだ空が白み始めたくらいの頃に目を覚ました俺はスマホのアラームを止め、欠伸をしながら準備を始めた。母に相談して決めたいつもよりオシャレな服を着て、母に教わったヘアアレンジをして、香水をつけて──デートの準備を整えた俺は一足先に朝食を済ませ、荷物を持って家を出た。
「……ぁ、おはようございます水月さん。何か?」
隣の隣の向かいの家のインターホンを押すと、ジャケットとネクタイはまだ身に付けていないネイが現れた。
「すいません朝早くから。俺は今から用事があって出かけるんですが、セイカとアキはノヴェムくんと遊びたいみたいで……ノヴェムくんに聞いてみてくれませんか?」
「はい、ちょうど今居るので……」
ネイの足にしがみついている、寝癖がついた頭が愛らしいノヴェムは俺を見つけて嬉しそうに手を振った。
《ノヴェム、水月さんは今日お出かけだけど、水月さん以外のお二人は遊びに来てもいいよって言ってるんだって。どうする? 行きたい?》
《水月お兄ちゃんいないの……? でも、しょーらいのおよめさんのおとーとと、そのおともだちだから、たくさんなかよくしなきゃ! いく!》
「行きたいそうです。すいませんね連日……会社に行く前に預けに行きますので、よろしくお願いします」
「はい、本当朝早くにすいません……それじゃあ、さようなら」
笑顔で手を振ってその場を離れ、電車を待つ時間でアキにノヴェムが家に預けられることをメッセージで伝えた。
「ふわぁ……」
早起きしたからか眠い。デート中には絶対に寝てはいけない。電車の揺れが心地いいし、少し仮眠を取ろうかな。
《テディ、おなまえつけてもらった?》
《んなもん付けてねぇよ》
《どうしてつけてあげないの? テディかわいそう》
人の膝の上に座った二人で会話してるの、なんかいいなぁ。可愛い。
「鳴雷ぃ……」
今日も俺は壁として彼らを見守ろうと気配を消していたのに、セイカに困ったような声で呼ばれた。
「このガキ、ぬいぐるみに名前付けろってうるさい」
「名前? クマに? ふぅん……いいじゃん、つければ」
俺が持っているのは推しぬいばかりなので名前を付けるも何もないのだが、幼い頃母の恋人がくれた動物のぬいぐるみには名前を付けていた覚えがある。
「リュウはぬいぐるみに名前付けてたか?」
「持ってへんから分からん」
「そっか。セイカは名前付けるの嫌なのか?」
「…………思い付かないし」
「じゃあ俺が考えてやるよ、どうだ?」
拗ねたようにテディベアに顔の下半分を埋めていたセイカはピクっと俺の言葉に反応した。
「んー……クマだろ? 熊、クマなぁ」
「セイセイとかどや」
「それパンダだろ、リュウ」
「クマやん。ほな水月は何かええのん思い付いたんか?」
「バーソロミュー、どうだ?」
「長くて覚えにくいし強そう、やだ」
「強そうなん嫌なん?」
「嫌だろ……まぁ、いいや。思い付いた。クマだ」
クマだから、何とか。というふうに名前を発表するのだと思っている俺とリュウはセイカの次の言葉を待って彼をじっと見つめている。
《おい、名前決めたぞ。クマだ、クマ》
《くま……かわいいおなまえ! よかったねテディ、オーナーおなまえくれたね。ねぇ、なでていい?》
《……………………ちょっとだけだぞ》
ノヴェムがテディベアに触れる。セイカは嫌そうな顔をしながら小さな手をジトっと睨んでいる。
「くま~、くーまー……ふふふ」
「……名前クマなん? えぇ……せーかぁ、自分名前がニンゲンやってみぃや、嫌やろ?」
「まぁまぁ、苗字はバーソロミューだから」
「違う。苗字は鳴雷」
「鳴雷クマ? う、うぅん……セイカがそれでいいならいいけどさ」
狭雲じゃないんだ、とは言わないでおこう。書類上はもう早苗に変わって久しいし、セイカにとって苗字はあまり意識したくないものだろうから。
「ええのん? まぁ俺のんやないし、あんまりやいやい言うもんやないんやろうけど……」
《お触りタイム終わり》
《あっ…………さわらせてくれてありがとう、せーかお兄ちゃん。おなまえつけたり、ノヴェムにさわらせてくれたり、いいこになったからきっと、おててもどってくるね》
《…………どうだろうな》
セイカがノヴェムからテディベアを離した。ノヴェムは泣き喚いたりせず、ニコニコと笑っている。
《水月お兄ちゃん、ゲームしよ》
「ゲーム? したいのか? いいぞ」
対戦や協力プレイ可能なゲームのほとんどは最大人数が四人だ。俺達は五人。一人余ってしまうので、コントローラーを交代で使った。
日が暮れる頃リュウは家に帰り、母が仕事と買い物から帰ってきた。夕食を終えた後にインターホンが鳴り、すまなさそうな顔をしたネイがノヴェムを引き取っていった。
《またね、お兄ちゃん》
「ばいばーい」
《明日はだめ?》
「お兄ちゃん明日は用事あるんだ、ごめんなぁ」
昼間立てた義母にネイに幻滅してもらう作戦にはネイの許可と協力が不可欠だ。十中八九ネイは嫌がるだろうけど、今度ゆっくり話せる時にダメ元で提案してみよう。
「……今日は前より遅かったな、あの人」
「ん? あぁ……残業あるタイプの会社なんだろ。目のクマも酷いし、あんまり眠れてないんだろうな」
「昨日はあのガキ夜中までずっと一人だったのか……まぁ、居ない方が気楽なこともあるけど、あのガキはそういうのんじゃないよな」
「……明日はデートの予定あるから俺は行けないんだけど、気になるならノヴェムくんの様子見に行ってやったらどうだ? 家すぐそこだし」
「別に……気になるって訳じゃない。頼まれたんならまだしも、こっちから行くとか……ないだろ」
セイカはテディベアに顔を押し付けて俯いた。きっと明日になってもノヴェムの様子を見に行くか迷って、結果行かなかったら落ち込むのだろう。そんなセイカは見たくない、ここは俺がそれとなく誘導してやろう。
「ノヴェムくん、アキのこともセイカのことも好きみたいだから俺が居なくても二人と遊べるならきっと喜ぶよ。少なくとも一人で居るよりずっといい。もし明日もノヴェムくんと遊んであげる気になったんなら俺が朝イチでネイさんに話してきてやるからさ、お風呂とかでゆっくり考えてきな」
「……うん」
セイカのためにもなるからと言うよりも、他人が喜ぶだとかの理由を添えてやった方がセイカは行動を起こしやすい。
(きっと言ってきますぞ、ガキの面倒見てやることに決めた……とね!)
そんな俺の予想は大当たり、セイカは風呂から上がると俺のところに来てこう言った。
「明日、ガキの子守りしてやろうかなって思って……俺は別にどうでもいいけど、アイツが寂しがろうと……どうでも」
寂しがらせたくないんだろうな、優しいくせに素直じゃくて可愛い。
「あぁ、じゃあ明日言っといてやるよ」
「……ありがとう」
デート先はジュラ村とかいう遊園地、早起きをして行かなければならない。そのついでにちょっと近所の家に寄るくらい負担にはならない。
デート当日の朝、まだ空が白み始めたくらいの頃に目を覚ました俺はスマホのアラームを止め、欠伸をしながら準備を始めた。母に相談して決めたいつもよりオシャレな服を着て、母に教わったヘアアレンジをして、香水をつけて──デートの準備を整えた俺は一足先に朝食を済ませ、荷物を持って家を出た。
「……ぁ、おはようございます水月さん。何か?」
隣の隣の向かいの家のインターホンを押すと、ジャケットとネクタイはまだ身に付けていないネイが現れた。
「すいません朝早くから。俺は今から用事があって出かけるんですが、セイカとアキはノヴェムくんと遊びたいみたいで……ノヴェムくんに聞いてみてくれませんか?」
「はい、ちょうど今居るので……」
ネイの足にしがみついている、寝癖がついた頭が愛らしいノヴェムは俺を見つけて嬉しそうに手を振った。
《ノヴェム、水月さんは今日お出かけだけど、水月さん以外のお二人は遊びに来てもいいよって言ってるんだって。どうする? 行きたい?》
《水月お兄ちゃんいないの……? でも、しょーらいのおよめさんのおとーとと、そのおともだちだから、たくさんなかよくしなきゃ! いく!》
「行きたいそうです。すいませんね連日……会社に行く前に預けに行きますので、よろしくお願いします」
「はい、本当朝早くにすいません……それじゃあ、さようなら」
笑顔で手を振ってその場を離れ、電車を待つ時間でアキにノヴェムが家に預けられることをメッセージで伝えた。
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