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謝罪は夢の中で
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アキとセイカの戯れをしばらく眺めた後、俺は部屋に戻った。腹の痛みに声を漏らしつつ寝転がり、虚空を見つめる。
「…………サキヒコくん、居る?」
家に帰ってからずっと肩に重さを感じている。この重さ怠さはサキヒコが傍に居る証だ。
「お話したいから、俺が寝たら夢に来て」
そう宣言し、目を閉じる。勝手に始まる妄想を無理矢理止め、四肢を脱力させ、眠りに落ちた。
いつの間にか俺は目を開けて立っていた、ここは中学校の教室だ。いい思い出は少ないけれど懐かしい。
「ミツキ……」
恐る恐る俺に声をかけてきたのは教室に似つかわしくない和服を着たおかっぱ頭の少年だ。
「サキヒコくん! よかった、居た。俺の思い込みじゃなかったんだね」
「怪我をさせてしまってごめんなさい……」
「……いいよ、別にわざとじゃないんだろ?」
「わざとではない、主様と話したくて話したくて……願ううちにミツキと身体が重なり、私はミツキの身体を乗っ取ってしまっていた。これなら話せると躍起になって二度も乗っ取り……こんな副作用があるなんて、知らなかったんだ」
サキヒコは心底すまなさそうな顔で俺の下腹に触れた。
「……知らなかったではすまされない。痛かったろう。本当にごめんなさい……ミツキ」
「いいってば。それより……乗っ取り? ってのしたら……その、サキヒコくんの怪我が移っちゃうの?」
「霊魂歴は長いが、自由になってからはまだ日が浅い。霊としての力や特性など全く分からないんだ」
「……そっか」
「だが、予感はある。この先三度目四度目と重ねていけば、傷は筋肉に到達し内臓を貫く。そして……次は頭蓋骨が陥没するか、手足のどこかが折れるか……これは進行する、きっと」
「…………そう。じゃあもう貸してあげられないなぁ……死にたくはないし。ちょっと皮膚が裂けるくらいにだったら、ジェットコースターとか乗せてあげたかったんだけどなぁ」
今は腹に触れても痛みを感じない。服を捲ってみると皮膚が何層かパックリと裂けていた。
「一番大事なことなんだけどさ」
「なんだっ?」
「サキヒコくんは今も痛いの?」
「……い、いや……今は、少しも。身体には傷も欠けもないし……それが一番大切なことなのか?」
「痛くないの? 本当に? よかったぁ……サキヒコくんが痛くないなら俺それでいいよ、大した怪我じゃないし……次、内臓まで届かなくて肉だけならまぁ……うん、あと一回くらいなら乗っ取ってもいいよ」
「ミツキ……どこまで自己犠牲精神が強いんだ。そんなことではいけない! 自分の身体を大切にするんだ!」
主人を庇って死んだサキヒコに自己犠牲精神がどうとか言われたくない。
「まぁさ、とにかく、ご主人様に会えてよかったね」
「……ありがとう。ミツキのおかげだ、私は永久にあそこから離れられないはずだった……それがもう一度主様に会い、何をしてきたかを伝えられた。これ以上の幸せはない」
「お骨もそろそろ納められるみたいだし……成仏しちゃうのかな?」
「分からん、だが……その可能性は高いな」
俺はサキヒコを成仏させたくない。まだ恋人になれていない、ちゃんと触れ合えていない。でもそんなの俺の勝手だ、サキヒコは俺に恩を感じているから俺が身体を要求すれば差し出してしまうかもしれない、サキヒコは俺のことなんて好きじゃない、だって──
(あんなに愛してくれる人が居るんですもの)
──サキヒコの主人は何十年も前に死んだ彼の帰還を喜び、骨を抱いていた。きっとネザメとミフユのように愛し合った仲なのだろう、俺が間男なんだ。
(ネザメ様の曾祖父様を天国で待ちたいですよな、サキヒコくんも……わたくしなんか、サキヒコくんには要りません)
その時が来たら笑って見送ろう、涙はいけない。あぁでも、見送りなんて出来ないのかな、じゃあ今のうちに言っておくべきなのかな。
「そっか……うん。じゃあ……今のうちにさよならを言っておくべきだよね」
「…………は? 何を言っている」
「えっ?」
「……そこは、俺の愛でこの世に縛るだとか何だとか言うところだろう。前のように……まさか私への興味が失せたのか?」
思ってた反応と違う。
「…………私を愛していると宣ったのは妄言か?」
「ち、違う違う! 真剣真剣! でも、ほら……ひいおじいさん……ツザメさん、だっけ? あの人が……その、好きなんでしょ、サキヒコくんは……俺、なんか間男みたいだし」
「確かに私はツザメ様を敬愛してはいるが……それと一体何の関係が……ま、まさか、まさかミツキっ、ツザメ様と私が! 当代のネザメ様とミフユのような関係だと思ってはいまいな!」
「……違うの?」
「ちがぁう! 愚か者めが! あ、あ、あんな関係っ、年積家始まって以来の不祥事だ! 主人に手をつけられるなどと……! なんと不敬! なんと無礼! 有り得ん!」
ネザメとミフユってイレギュラーなんだ……
「ツザメ様は私を兄のように慕い、弟のように可愛がってくださった。それは私も同じだ。兄弟でそのような関係になることなどっ……」
サキヒコは俺をじっと見つめ、ため息をついた。
「実例……」
「……なんかごめんなさい」
「とにかく! この私は清い身体のまま死んだのだ! 女性はもちろん男とも性的接触をしたことなど一切ない! ミツキに抱きつかれたり、へ、変なところを撫で回されたりっ……妙なものを握らされたりっ! アレが初めてだ……」
「え」
あの程度の接触すら初めて? そんなウブな少年に俺はいきなりあんな……犯罪じゃないか。
「……ツザメ様は恋をしてみろとも仰っていたし……その……ミツキ、ミツキが私を愛していると言うなら、宣言通り現世に縛って欲しい……そして私にツザメ様の命令を達成させて欲しい」
「…………はい!」
ほのかに頬を赤らめたサキヒコにそう言われ、俄然やる気に満ち溢れた俺は力強い返事をした。
「…………サキヒコくん、居る?」
家に帰ってからずっと肩に重さを感じている。この重さ怠さはサキヒコが傍に居る証だ。
「お話したいから、俺が寝たら夢に来て」
そう宣言し、目を閉じる。勝手に始まる妄想を無理矢理止め、四肢を脱力させ、眠りに落ちた。
いつの間にか俺は目を開けて立っていた、ここは中学校の教室だ。いい思い出は少ないけれど懐かしい。
「ミツキ……」
恐る恐る俺に声をかけてきたのは教室に似つかわしくない和服を着たおかっぱ頭の少年だ。
「サキヒコくん! よかった、居た。俺の思い込みじゃなかったんだね」
「怪我をさせてしまってごめんなさい……」
「……いいよ、別にわざとじゃないんだろ?」
「わざとではない、主様と話したくて話したくて……願ううちにミツキと身体が重なり、私はミツキの身体を乗っ取ってしまっていた。これなら話せると躍起になって二度も乗っ取り……こんな副作用があるなんて、知らなかったんだ」
サキヒコは心底すまなさそうな顔で俺の下腹に触れた。
「……知らなかったではすまされない。痛かったろう。本当にごめんなさい……ミツキ」
「いいってば。それより……乗っ取り? ってのしたら……その、サキヒコくんの怪我が移っちゃうの?」
「霊魂歴は長いが、自由になってからはまだ日が浅い。霊としての力や特性など全く分からないんだ」
「……そっか」
「だが、予感はある。この先三度目四度目と重ねていけば、傷は筋肉に到達し内臓を貫く。そして……次は頭蓋骨が陥没するか、手足のどこかが折れるか……これは進行する、きっと」
「…………そう。じゃあもう貸してあげられないなぁ……死にたくはないし。ちょっと皮膚が裂けるくらいにだったら、ジェットコースターとか乗せてあげたかったんだけどなぁ」
今は腹に触れても痛みを感じない。服を捲ってみると皮膚が何層かパックリと裂けていた。
「一番大事なことなんだけどさ」
「なんだっ?」
「サキヒコくんは今も痛いの?」
「……い、いや……今は、少しも。身体には傷も欠けもないし……それが一番大切なことなのか?」
「痛くないの? 本当に? よかったぁ……サキヒコくんが痛くないなら俺それでいいよ、大した怪我じゃないし……次、内臓まで届かなくて肉だけならまぁ……うん、あと一回くらいなら乗っ取ってもいいよ」
「ミツキ……どこまで自己犠牲精神が強いんだ。そんなことではいけない! 自分の身体を大切にするんだ!」
主人を庇って死んだサキヒコに自己犠牲精神がどうとか言われたくない。
「まぁさ、とにかく、ご主人様に会えてよかったね」
「……ありがとう。ミツキのおかげだ、私は永久にあそこから離れられないはずだった……それがもう一度主様に会い、何をしてきたかを伝えられた。これ以上の幸せはない」
「お骨もそろそろ納められるみたいだし……成仏しちゃうのかな?」
「分からん、だが……その可能性は高いな」
俺はサキヒコを成仏させたくない。まだ恋人になれていない、ちゃんと触れ合えていない。でもそんなの俺の勝手だ、サキヒコは俺に恩を感じているから俺が身体を要求すれば差し出してしまうかもしれない、サキヒコは俺のことなんて好きじゃない、だって──
(あんなに愛してくれる人が居るんですもの)
──サキヒコの主人は何十年も前に死んだ彼の帰還を喜び、骨を抱いていた。きっとネザメとミフユのように愛し合った仲なのだろう、俺が間男なんだ。
(ネザメ様の曾祖父様を天国で待ちたいですよな、サキヒコくんも……わたくしなんか、サキヒコくんには要りません)
その時が来たら笑って見送ろう、涙はいけない。あぁでも、見送りなんて出来ないのかな、じゃあ今のうちに言っておくべきなのかな。
「そっか……うん。じゃあ……今のうちにさよならを言っておくべきだよね」
「…………は? 何を言っている」
「えっ?」
「……そこは、俺の愛でこの世に縛るだとか何だとか言うところだろう。前のように……まさか私への興味が失せたのか?」
思ってた反応と違う。
「…………私を愛していると宣ったのは妄言か?」
「ち、違う違う! 真剣真剣! でも、ほら……ひいおじいさん……ツザメさん、だっけ? あの人が……その、好きなんでしょ、サキヒコくんは……俺、なんか間男みたいだし」
「確かに私はツザメ様を敬愛してはいるが……それと一体何の関係が……ま、まさか、まさかミツキっ、ツザメ様と私が! 当代のネザメ様とミフユのような関係だと思ってはいまいな!」
「……違うの?」
「ちがぁう! 愚か者めが! あ、あ、あんな関係っ、年積家始まって以来の不祥事だ! 主人に手をつけられるなどと……! なんと不敬! なんと無礼! 有り得ん!」
ネザメとミフユってイレギュラーなんだ……
「ツザメ様は私を兄のように慕い、弟のように可愛がってくださった。それは私も同じだ。兄弟でそのような関係になることなどっ……」
サキヒコは俺をじっと見つめ、ため息をついた。
「実例……」
「……なんかごめんなさい」
「とにかく! この私は清い身体のまま死んだのだ! 女性はもちろん男とも性的接触をしたことなど一切ない! ミツキに抱きつかれたり、へ、変なところを撫で回されたりっ……妙なものを握らされたりっ! アレが初めてだ……」
「え」
あの程度の接触すら初めて? そんなウブな少年に俺はいきなりあんな……犯罪じゃないか。
「……ツザメ様は恋をしてみろとも仰っていたし……その……ミツキ、ミツキが私を愛していると言うなら、宣言通り現世に縛って欲しい……そして私にツザメ様の命令を達成させて欲しい」
「…………はい!」
ほのかに頬を赤らめたサキヒコにそう言われ、俄然やる気に満ち溢れた俺は力強い返事をした。
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